「社内に流せば伝わる」——だが届いたことと伝わったことのあいだの溝を、危機はいちばん広げる
危機のとき、いちばん立派な発信をした会社ほど、内側の人から「何も聴いてもらえなかった」と言われる。公式の手段を尽くし、整った文面を一斉に流す——その量の多さが、かえって「これは通達であって、対話ではない」という感触を強める。従業員は、指示の受け手であると同時に、外に出れば会社の語り手だ。その語り手が腑に落ちていないまま外へ送り出されれば、世間は最初のひと言で見抜く。
社内に危機を知らせるとは、何を指すのか
前の単位で、平時に信頼を積む発信のしかたが手に入った。それを、いざ危機が起きたとき、まず内側の人へどう知らせるかへ進める。ここから段はひとつ進んで、世間への発信の話から、関係者への伝達の話に入る。
まず言葉をほどく。社内に危機を知らせるとは、何かが起きたときに、その事実と対応を、まず身内——一緒に働く人たちに伝えることである。俗説は言う——「社内に流せば、伝わる」。だが、この単位が見るのは、その「流す」と「伝わる」がどれだけ違うかだ。流す(一斉に周知する)ことと、伝わる(相手が腑に落ちる)ことは、別のできごとである。評判を背負うのは広報担当だけではない。従業員に事情を説明する店主も、協力者へ連絡する個人事業主も、家業で身内に事態を告げる人も、ここに立つ。そして思い出しておきたい——危機のとき守るのは体裁ではなく、被害を受けた人と、これからの信頼だ。順番を間違えた対応を、世間は必ず見抜く。 その見抜く目は、まず社内から始まる。言うことは三つ。社内に知らせるとは何を指すのか、流すとどこまで伝わると確かめられているのか、その範囲の外で何が起きるか。この単位は「これをやれば燃えない」を教える棚ではない。
「流せば伝わる」の裏——研究はまだ新しく、答えは薄い
まず、正直な前置きから。有事の社内コミュニケーションを扱った研究は、意外なほど新しく、蓄積が薄い。 FrandsenとJohansenが2011年に『The study of internal crisis communication』(Corporate Communications 16(4):347-361) で枠組みを整理したときも、Johansenらが2012年に『Entering new territory』(Public Relations Review 38(2):270-279) で組織の実態を調べたときも、この領域は「新しい territory(未踏の地)」として語られていた。
つまり、「社内にこう流せば、確かに伝わる」という強い実証が、たくさんあるわけではない。分かっているのは、むしろ質的な向き——一方向に流すだけでは足りない、ということのほうだ。ここで橙の段の見方を当てておく——危機対応の教えは実在するが、その効き目の多くは、まだ十分に測られていない。だから「流せば伝わる」は、確かめられた事実ではなく、確かめられていない期待にすぎない。しかも、これらの研究の多くは欧州の組織を調べたもので、日本の小さな商いや家業——社内が家族や少人数——にそのまま当てはまるとはかぎらない。
会社は立派に発信する、だが内側は「聴かれない」と感じる
では、流すだけでは何が起きるのか。MazzeiとRavazzaniが2011年に『Manager–employee communication during a crisis: the missing link』(Corporate Communications 16(3):243-254) で、ある金融危機のさなかの企業を調べたところ、会社は立派なコミュニケーションを計画し、公式の手段をいくつも使っていた。にもかかわらず、従業員の側は「自分たちの声が聴かれていない」「要点がはっきりしない」と感じていた。
これが、彼らの言う「失われた環(missing link)」である。発信の量や体裁は整っているのに、内側の人にとっては、届いていない。流す側は「これだけ伝えた」と思い、受け取る側は「何も聴いてもらえない」と感じる——この食い違いこそが、社内コミュニケーションのいちばん危ういところだ。とくに有事は、みなが不安で、情報に飢えている。そこで一方的に「決まったこと」だけを流せば、かえって「自分たちは蚊帳の外だ」という感覚を強めてしまう。伝えた量と、伝わった実感は、別物である。この食い違いは、悪意から起きるのではない。流す側は、正確に、漏れなく伝えようとして、つい「事実の通知」に集中する。だが受け取る側が知りたいのは、事実そのものだけでなく、「自分はこれからどうなるのか」「自分の声は届くのか」という、もっと切実な問いへの答えだ。この問いに触れないまま事実だけを流すと、どれだけ丁寧でも、聴いてもらえていないという感覚が残る。
一方向ではなく、双方向と納得が要る
では、何が食い違いを埋めるのか。Menが2014年に『Why Leadership Matters to Internal Communication』(Journal of Public Relations Research 26(3):256-279) で示したのは、上下・左右の双方向のやりとり(対称的なコミュニケーション)と、耳を傾けるリーダーの姿勢が、従業員の受け止め方を大きく左右する、ということだった。
一方的な通達は、情報を届けはするが、納得を作らない。質問を受け、返し、分からない点をその場で埋める——この往復があって初めて、事実は「伝わった」状態になる。これは、従業員を管理したり監視したりする話ではない。むしろ逆で、相手を、指示を受ける対象ではなく、一緒に事態に向き合う人として扱う、ということだ。小さな商いや家業なら、これはもっと直接的になる。一斉メールより、顔を合わせて「いま、こういう状況で、こう考えている」と話し、相手の疑問に答えるほうが、はるかに伝わる。往復には、もう一つの効き目がある。相手の疑問は、こちらが見落としていた穴を教えてくれる。何を不安に思うか、どこが分かりにくいかは、聞いてみないと分からない。だから往復は、伝えるための手間であると同時に、自分の説明を直すための手がかりでもある。
従業員は、第一の広報である
なぜ、内側への伝達をここまで重く見るのか。それは、内側の人が、そのまま外への語り手になるからだ。 HeideとSimonssonが2011年に『Putting Coworkers in the Limelight』(International Journal of Strategic Communication 5(4):201-220) で示したように、従業員は、コミュニケーションの脇役ではなく、主役の一人——第一の広報である。
Mazzeiが2010年に『Promoting active communication behaviours』(Corporate Communications 15(3):221-234) で示したのも、従業員が自ら進んで会社のことを語る「アンバサダー」になるには条件がある、ということだった。腑に落ちていない従業員は、外で問われたとき、言葉に詰まるか、あるいは会社への不満を漏らす。逆に、事情を理解し納得している従業員は、聞かれたことに落ち着いて答えられる。だから、社内が納得していない発信は、外に出た瞬間に見抜かれる。対外的な発信の土台は、内側の納得にある——★の段で断ったとおり、順番を間違えた対応を、世間はまず社内から見抜くのだ。小さな商いなら、これはさらに切実だ。従業員や協力者、身内の一人が、取引先や近所や家族に「うちは大丈夫なのか」と問われる。そのとき返す言葉が、あなたの説明の受け売りではなく、腑に落ちた自分の言葉になっているかどうかで、外に伝わる落ち着きはまるで変わる。内側にいる人を、いちばん最初に、いちばん丁寧に納得させておくこと——それが、いちばん確かな対外発信になる。
時間・変化:2010年から2014年へ
順に置く。2010年、Mazzeiが従業員が能動的に語る条件を示す。2011年、FrandsenとJohansenが社内危機コミュニケーションの枠組みを整理し、MazzeiとRavazzaniが「会社は発信するが従業員は聴かれないと感じる」失われた環を示し、HeideとSimonssonが従業員を第一の伝え手として位置づけた。2012年、Johansenらが組織の実態を「未踏の地」として調べ、2014年、Menが双方向のやりとりとリーダーの姿勢の重みを示した。
この数年で確からしくなったのは、「社内に流せば伝わる」という約束ではない。確からしくなったのは、この領域の研究はまだ新しく、一方向に流すだけでは足りず、会社の発信と従業員の実感は食い違い、そして従業員こそが第一の広報だ、という向きの事実である。流すことと、伝わることは、別である。どれも、発信をやめる理由ではなく、発信の重心を「量」から「往復」へ移すための手がかりだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「一斉に周知した」ことで、伝わったと錯覚することである。流した量は、伝わった実感を保証しない。もう一つの妨げは、有事に「決まったこと」だけを一方的に流し、内側の人を蚊帳の外に置くことだ。それは、外への語り手を、自ら黙らせることに等しい。
助けになるのは、危機のとき、外へ発信する前に、内側の人が納得しているかを確かめる往復を、一度はさむことである。誰に、何を、どんな順で伝え、どんな疑問が出そうかを、先に考えておく。一方的な通達ではなく、問いを受け、答える余地を残す。
最初の一歩は、次の単位に進む前に、自分の商いで、有事に真っ先に事情を伝えるべき「内側の人」(家族・従業員・協力者)は誰かを書き出し、その人に、どんな順で、どう伝えるかを一つ用意しておくこと。誰かを監視したり試したりする必要はない。自分の伝える相手と、伝え方を、自分の手元で整理するだけでよい。
次の単位は 490「記者と関係を築くには?」——内側への伝達から、外側の伝え手である記者との関係づくりへ進む。
- 社内に危機を知らせるとは、何かが起きたときその事実と対応をまず一緒に働く人たちに伝えること。俗説は社内に流せば伝わると言うが、流す(一斉に周知する)ことと伝わる(相手が腑に落ちる)ことは別のできごとである。この棚は燃えない方法を教える棚にせず、危機で守るのは体裁でなく被害を受けた人とこれからの信頼で、その順番を世間はまず社内から見抜く
- 有事の社内コミュニケーションを扱った研究は新しく蓄積が薄い。FrandsenとJohansen 2011『The study of internal crisis communication』(Corporate Communications 16(4):347-361)が枠組みを整理し、Johansenら2012『Entering new territory』(Public Relations Review 38(2):270-279)が実態を未踏の地として調べた。流せば伝わるは確かめられた事実でなく確かめられていない期待で、研究の多くは欧州標本のため日本の小さな商いに断定転用しない
- MazzeiとRavazzani 2011『Manager–employee communication during a crisis: the missing link』(Corporate Communications 16(3):243-254)は、ある金融危機のさなか、会社は立派なコミュニケーションを計画し公式手段を多用していたのに従業員は自分たちの声が聴かれず要点がはっきりしないと感じていたことを示した。発信の量や体裁は整っているのに内側には届かない——これが失われた環である
- 有事はみなが不安で情報に飢えており、そこで一方的に決まったことだけを流すと、かえって蚊帳の外だという感覚を強めてしまう。流す側は「これだけ伝えた」と思い受け取る側は「何も聴いてもらえない」と感じる。伝えた量と伝わった実感は別物で、この食い違いこそ社内コミュニケーションのいちばん危ういところである
- Men 2014『Why Leadership Matters to Internal Communication』(Journal of Public Relations Research 26(3):256-279)は、双方向のやりとり(対称的なコミュニケーション)と耳を傾けるリーダーの姿勢が従業員の受け止め方を大きく左右すると示した。一方的な通達は情報を届けるが納得を作らない。質問を受け返し分からない点をその場で埋める往復があって初めて事実は伝わった状態になり、これは相手を監視することではなく一緒に事態に向き合う人として扱うことである
- HeideとSimonsson 2011『Putting Coworkers in the Limelight』(International Journal of Strategic Communication 5(4):201-220)は従業員がコミュニケーションの脇役でなく主役の一人=第一の広報だと示した。Mazzei 2010『Promoting active communication behaviours』(Corporate Communications 15(3):221-234)は従業員が自ら会社を語るアンバサダーになるには条件があると示した。腑に落ちていない従業員は外で言葉に詰まるか不満を漏らす
- この数年で確からしくなったのは社内に流せば伝わるという約束ではなく、この領域の研究はまだ新しく、一方向に流すだけでは足りず、会社の発信と従業員の実感は食い違い、従業員こそが第一の広報だという向きの事実である。社内が納得していない発信は外に出た瞬間に見抜かれ、対外的な発信の土台は内側の納得にある
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 危機のときは、公式の手段で社内に一斉に周知すれば、それで伝わる | 流す(一斉に周知する)ことと伝わる(相手が腑に落ちる)ことは別のできごとである。有事の社内コミュニケーションの研究はまだ新しく(Frandsen & Johansen 2011・Johansen ら 2012)、一方向に流すだけでは足りないことが分かっている。Mazzei & Ravazzani 2011は、会社が立派に発信していても従業員は聴かれず要点不明と感じる「失われた環」を示した。伝えた量は、伝わった実感を保証しない |
| 社内への伝達は、決まったことを正確に通達すれば十分だ | 一方的な通達は情報を届けるが納得を作らない。Men 2014は、双方向のやりとり(対称的なコミュニケーション)と耳を傾けるリーダーの姿勢が従業員の受け止め方を大きく左右すると示した。とくに有事はみなが不安で情報に飢えており、決まったことだけを一方的に流すと蚊帳の外だという感覚を強めてしまう。質問を受けて答える往復があって初めて、事実は伝わった状態になる。これは相手を監視することではなく一緒に事態に向き合うことである |
| 社内への伝達と、世間への発信は、別々に考えればよい | 内側の人はそのまま外への語り手になる。Heide & Simonsson 2011は従業員が第一の伝え手であることを、Mazzei 2010は従業員が自ら会社を語るアンバサダーになるには条件があることを示した。腑に落ちていない従業員は外で問われると言葉に詰まるか不満を漏らす。だから社内が納得していない発信は外に出た瞬間に見抜かれ、対外的な発信の土台は内側の納得にある。順番を間違えた対応を、世間はまず社内から見抜く |
皮肉なのは、危機のとき、いちばん立派な発信をした会社ほど、内側の人から「何も聴いてもらえなかった」と言われることである。公式の手段を尽くし、整った文面を一斉に流す——その量の多さが、かえって「これは通達であって、対話ではない」という感触を強める。従業員は、指示の受け手であると同時に、外に出れば会社の語り手だ。その語り手が腑に落ちていないまま外へ送り出されれば、世間は最初のひと言で見抜く。社内に流したものは、たいてい、伝わったのではなく、ただ届いただけである——そして、届いたことと伝わったことのあいだの距離こそ、危機がいちばん広げてしまう溝だ。
Q1. この単位の中心は、____(一斉に周知する)ことと ____(相手が腑に落ちる)ことは別のできごとだ、という区別である。有事の社内コミュニケーションの研究はまだ新しく、____ に流すだけでは足りないことが分かっている。穴埋め
Q2. Mazzei & Ravazzani 2011が示した「失われた環(missing link)」とは何か。会社側と従業員側の食い違いに触れて述べよ。一問一答
Q3. Men 2014が示した「食い違いを埋めるもの」として、この単位の説明に合うものはどれか。選択
Q4. 「従業員は第一の広報である」とはどういうことか。Heide & Simonsson 2011とMazzei 2010に触れ、対外的な発信の土台がどこにあるかを述べよ。一問一答
Q5. 社内危機コミュニケーションをめぐる研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Menが双方向とリーダーの姿勢の重みを示す(イ)Mazzeiが従業員が能動的に語る条件を示す(ウ)Johansenらが組織の実態を未踏の地として調べる(エ)Mazzei & Ravazzaniが「聴かれない」失われた環を示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の商いで何か問題が起きたとき、真っ先に事情を伝えるべき「内側の人」(一緒に働く家族・従業員・協力者・重要な取引先など)を、思いつくかぎり書き出し、伝える順に並べる。それぞれについて、(1)その人に最初に伝えるべき要点は何か、(2)一方的な通達ではなく、疑問を受けて答える往復をどう作るか(顔を合わせる・電話する・折り返しの時間を空けておく、など)を一〜二文で書く。最後に、その人が外で問われたときに落ち着いて答えられるために、何を分かっておいてもらう必要があるかを一言添える。誰かを監視したり試したりする必要はなく、自分の伝える相手と伝え方を自分の手元で整理して完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Frandsen F., Johansen W. (2011) ‘The study of internal crisis communication: towards an integrative framework’, Corporate Communications: An International Journal 16(4):347-361 — doi.org
- Johansen W., Aggerholm H.K., Frandsen F. (2012) ‘Entering new territory: A study of internal crisis management and crisis communication in organizations’, Public Relations Review 38(2):270-279 — doi.org
- Mazzei A., Ravazzani S. (2011) ‘Manager–employee communication during a crisis: the missing link’, Corporate Communications: An International Journal 16(3):243-254 — doi.org
- Heide M., Simonsson C. (2011) ‘Putting Coworkers in the Limelight: New Challenges for Communication Professionals’, International Journal of Strategic Communication 5(4):201-220 — doi.org
- Men L.R. (2014) ‘Why Leadership Matters to Internal Communication: Linking Transformational Leadership, Symmetrical Communication, and Employee Outcomes’, Journal of Public Relations Research 26(3):256-279 — doi.org
- Mazzei A. (2010) ‘Promoting active communication behaviours through internal communication’, Corporate Communications: An International Journal 15(3):221-234 — doi.org