「平時の発信が貯金になる」——だが緩衝は控えめで条件付き、良い評判はむしろ逆利子を生み、元本は発信でなく行動だ
平時にコツコツ発信しておけば信頼の貯金になる、と教わる。だがその貯金の比喩は、二つのことを甘く見せる。緩衝は想定より薄くて条件付きだし、良い評判は期待を上げて、いざ裏切られたときの反動を大きくする——いわば逆利子だ。積むほど安全とはかぎらない。そして肝心なのは、貯金の元本が発信ではなく行動だということ。発信で稼げるのは、行動に世間が付ける利子の、そのまた端数にすぎない。
平時の発信が貯金になる——という比喩の甘さ
前の単位で、想定の限界を知り、平時に脆弱性を減らしておく備えの構えが手に入った。ここからは、その平時の営みのもう一つの面——日々の発信が、信頼の「蓄え」になるのかに進める。これで、炎上と情報戦を扱う緑の段は締めになる。そして、この平時の段は、本当はここから始めたかった段でもある。
用語をほどく。平時発信とは、危機のない普段から、自分の商いについて発信することだ。そして事前評判(prior reputation)とは、危機の前に、世間があなたについて持っている評判のことである。よく聞くのは、「平時にコツコツ発信しておけば、それが信頼の『貯金』になり、いざというとき自分を守ってくれる」という言い方だ。
この単位が示すのは、その「貯金」という比喩が、二つのことを甘く見せている、ということである。ひとつは、貯金は確かにあるが、想定より控えめで条件付きだということ。もうひとつは、比喩が「逆利子」——良い評判が、かえって負債になる側面——を、すっかり隠していることだ。そして、その貯金の元本は、「発信」ではなく「行動」のほうにある。順に見ていく。
この棚を貫く見方が、締めの一歩手前でも効く。「良い発信を積めば安心」という安心もまた、確かな出典を持たない期待である。 広報の仕事は、しばしば「評判という資産を、発信でつくる仕事」と語られる。だが、この単位が実証に沿って言うのは、その逆だ——評判は、発信でつくる資産ではなく、行動の履歴に、世間が後から付けた評価にすぎない。発信は、その評価を、ほんの少し前後させられるだけだ。だからこの単位は、平時の発信を「信頼をつくる魔法」として持ち上げるのでも、「無駄」として切り捨てるのでもなく、それが「何を、どこまで動かせて、何は動かせないのか」を、正直に見る。
貯金は、確かにある——ただし、控えめで条件付き
まず、良い知らせから。平時に築いた良い評判は、危機のとき、あなたを守るクッションになりうる。Coombs と Holladay が2006年に示したのは、好ましい事前評判が、危機のときのハロー(後光のように、印象を全体へ広げる働き=緩衝)として働く、という向きだった。
ただし、彼らの研究の眼目は、そのクッションが想定より薄い、という点にある。「これだけ良いことをしてきたのだから、一度の失敗くらいは大目に見てもらえるはずだ」——その期待ほどには、緩衝は効かない。しかも、効き方は条件しだいだ。だから「貯金があるから大丈夫」と高をくくるのは危うい。クッションは実在するが、あなたが思っているより、薄くて、当てにならない。緩衝を過大評価したまま危機に入ると、想定していた守りが働かず、二重に足をすくわれる。
なぜ、緩衝は思ったより薄いのか。ひとつには、危機のとき、人々の注意は、過去の良い履歴ではなく、いま目の前で起きていることに集中するからだ。ふだんどれだけ良い発信を積んでいても、その記憶は、目の前の失敗の生々しさの前では、かすみやすい。もうひとつは、緩衝が効くのは、たいてい「軽い危機」までだ、という点だ。ちょっとしたつまずきなら、日ごろの信頼が「まあ、あそこなら仕方ない」と受け止めてくれる。だが、重い危機——責任が自分にあることが明らかな場合には、そのクッションは、あっけなく突き抜けられる。だから、貯金を当てにできるのは、そもそも当てにする必要が薄い、軽い場面までなのだ。いちばん助けてほしい重い場面ほど、緩衝は頼りにならない。
しかも「逆利子」がある——良い評判は、負債になりうる
もっと居心地の悪い話がある。良い評判は、クッションになるだけでなく、負債になることがある。Rhee と Haunschild が2006年に示した「良い評判という負債(Liability of Good Reputation)」は、高い評判を持つほど、失敗のときに、より強く罰せられることを示した。
なぜか。良い評判は、まわりの期待を上げる。「あそこなら間違いないはずだ」という期待が高いほど、その期待が裏切られたときの反動は、大きくなる。これが、いわば「逆利子」だ。貯金をしているつもりが、実は、いざ違反したときに支払う利息のほうを、自分で吊り上げている。なお、この研究は、同じ著者らによる2004年の別の論文——製品リコールの意思決定を扱ったもの——とは別の作品で、DOIで識別される。だから、「平時に良い評判を積めば積むほど、いつでも安全だ」とは、単純には言えないのである。
便益か、重荷か——条件で変わり、元本は行動
では、良い評判は、味方なのか、敵なのか。答えは「条件による」だ。Zavyalova らが2016年に示したのは、評判が便益にも、重荷にもなり、その向きが、関係者が、その組織にどれだけ「自分ごと」として同一化しているかで変わる、ということだった。
関連する研究も、同じ向きを支える。Kim が2017年に、過去の業績の履歴が、危機の責任の帰属に影響することを示し、Jahng が2017年に、危機の前のブランドへの態度が、危機対応の効き方を左右することを示した。Majid と Rhee が2018年には、評判がリコールのときの帰結を左右することを示している。どれも、「良い評判=一律に安全」という単純な図式を、崩している。ここで、この棚の締めへの布石を、一つ置いておく——「貯金」という比喩は、下振れ(逆利子)を隠してしまう。そして、その貯金の元本は、発信そのものではない。元本は、日々の行動だ。発信で稼げるのは、行動という元本に、世間が付ける利子の、そのまた端数にすぎない。
この「元本と利子」の見方は、平時の発信の力を、正しい大きさに縮める。良い発信は、行動という元本を、少しだけ多くの人に、少しだけ良く見えるように伝えられる——利子を、わずかに増やせる。だが、元本そのものを、発信で増やすことはできない。中身のない発信をいくら重ねても、それは元本ゼロに利子だけを付けようとするようなもので、いざ引き出そうとすれば、残高がないことが露見する。しかも、期待だけは上がっているから、露見したときの落差は大きい。だから、平時にいちばん効く「発信」は、たいてい、発信そのものではなく、発信するに値する行動を、一つ増やすことである。次の橙の段や、この棚の締めが問うのも、結局はこの一点——評判は、語られる前に、行われている——に戻っていく。
時間・変化:事前評判と危機の研究
順に置く。2006年、Coombs と Holladay が事前評判の緩衝が控えめで条件付きであることを、Rhee と Haunschild が良い評判の逆利子を示す。2016年、Zavyalova らが便益と重荷の条件を示す。2017年、Kim が業績履歴と責任帰属を、Jahng が事前ブランド態度の調整を示す。2018年、Majid と Rhee が評判とリコールの帰結を示した。
この間に確からしくなったのは、「平時の発信が貯金になる」ではない。確からしくなったのは、事前評判の緩衝は控えめで条件付きであり、良い評判はむしろ期待を上げて逆利子を生みうる——貯金の比喩は下振れを隠し、元本は発信でなく行動である、という向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「良い評判を積めば積むほど安全」という思い込みだ。緩衝は想定より薄く、しかも期待が上がって逆利子を生む。もうひとつの妨げは、「発信」を貯金の元本と取り違えることである——元本は行動で、発信はその利子の、そのまた端数だ。
助けになるのは、平時の発信を、「見栄えを整える作業」ではなく、「行動の履歴を、正直に見えるようにする作業」として捉えることだ。中身のある行動に裏づけられた発信だけが、いざというとき、クッションらしきものになる。裏づけのない発信は、期待だけを上げて、逆利子の元をつくる。
もう一つ、助けになる見方がある。平時の発信を、「危機のときの保険」として設計しないことだ。保険のつもりで積んだ発信は、どうしても「良く見せる」方へ傾き、期待を上げる端数になりやすい。そうではなく、発信を、いま関わっている人に、誠実に情報を届ける営みとして続ける——その積み重ねが、結果として、いざというときの下支えにもなる。見返りを当てにして積む貯金より、見返りを当てにせず続けた行動のほうが、危機のときに効く——この順序の逆説を、覚えておきたい。
最初の一歩は10分。自分の平時の発信(SNS、お知らせ、プロフィールなど)を、いくつか思い出して書き出す。それぞれについて、「その裏に、実際の行動の裏づけがあるか(元本)」なのか、「発信だけで、行動が伴っていない見栄えか(端数)」を仕分ける。端数の発信が多ければ、それは、いざというとき、期待だけを上げて逆利子の請求書になりかねない部分だ。他社の評判を調べる必要はない——自分の発信の棚卸しだけで完結する。元本にあたる発信が思ったより少なければ、それは、発信を増やす前に、行動を増やす番だ、という合図である。
一人で商いを回している読者にとって、この仕分けは、とりわけ残酷で、とりわけ役に立つ。大きな組織なら、発信の見栄えを、分業でいくらでも磨ける。だが、一人の商いでは、発信の後ろにあるのは、まぎれもなく自分の行動だけだ。だからこそ、端数の発信を見つけたとき、それを埋める道は一つしかない——見栄えを足すのではなく、裏づけになる行動を、一つ実際にやること。遠回りに見えて、これが、小さな担い手にとっての、いちばん確かで、いちばん壊れにくい、評判のつくり方である。
次の単位は 489「社内に危機を知らせるには?」——平時の蓄えの話から段はひとつ進んで、いざ危機が起きたとき、まず内側の人にどう伝えるのかへ入る。
- この棚の読者は自分の商いの評判を自分で背負う人で、緑の段の締めとして平時発信(危機のない普段から自分の商いについて発信すること)を扱う。事前評判は危機の前に世間が持っている評判。俗説『平時の発信が貯金になる』に対し、貯金の比喩が二つのことを甘く見せると見る。緩衝は控えめで条件付きなこと、逆利子を隠していること。そして貯金の元本は発信でなく行動である
- 好ましい事前評判は危機時のハロー(緩衝)として働くが、その保護は想定より薄く条件依存である(Coombs & Holladay 2006)。これだけ良いことをしてきたのだから大目に見てもらえるという期待ほどには緩衝は効かない。緩衝を過大評価したまま危機に入ると想定していた守りが働かず二重に足をすくわれる。クッションは実在するが思っているより薄くて当てにならない
- 良い評判は負債にもなりうる。Rhee & Haunschild 2006の良い評判という負債は、高い評判を持つほど失敗のときにより強く罰せられることを示した。良い評判はまわりの期待を上げ、期待が高いほど裏切られたときの反動が大きい逆利子を生む。貯金をしているつもりが違反時に支払う利息を自分で吊り上げている。なおこの研究は同じ著者らの2004年の別論文(製品リコールの意思決定)とは別の作品でDOIで識別される
- 評判は便益にも重荷にもなり、その向きは関係者がどれだけ自分ごととして同一化しているかで変わる(Zavyalova ら 2016)。良い評判が一律に安全という単純な図式は崩れており、条件で向きが反転する。だから平時の評判を無条件の資産として扱うのは危うい
- 関連する研究も同じ向きを支える。Kim 2017は過去の業績履歴が危機の責任帰属に影響することを、Jahng 2017は危機前のブランドへの態度が危機対応の効き方を左右することを、Majid & Rhee 2018は評判がリコール時の帰結を左右することを示した。どれも良い評判=一律に安全という図式を崩している
- 確からしくなったのは平時の発信が貯金になるではなく、事前評判の緩衝は控えめで条件付きであり良い評判はむしろ期待を上げて逆利子を生みうる、という向きである。貯金の比喩は下振れを隠し、貯金の元本は発信でなく日々の行動で、発信で稼げるのは行動に世間が付ける利子のそのまた端数にすぎない。中身のある行動に裏づけられた発信だけがクッションらしきものになる
- 最初の一歩は10分。自分の平時の発信(SNS・お知らせ・プロフィールなど)を書き出し、それぞれ実際の行動の裏づけがある(元本)か発信だけで行動が伴わない見栄え(端数)かを仕分ける。端数の発信が多ければ期待だけを上げて逆利子の請求書になりかねない部分である。他社の評判を調べる必要はなく自分の発信の棚卸しで完結する。元本にあたる発信が少なければ発信を増やす前に行動を増やす番だという合図になる
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 平時にコツコツ発信して良い評判を積めば、それが信頼の貯金になり、危機のとき必ず自分を守ってくれる | 貯金は確かにあるが控えめで条件付きである。Coombs & Holladay 2006は好ましい事前評判が危機時のハロー(緩衝)として働く一方、その保護が想定より薄く条件しだいであることを示した。これだけ良いことをしてきたのだから大目に見てもらえるという期待ほどには緩衝は効かない。緩衝を過大評価したまま危機に入ると、想定していた守りが働かず二重に足をすくわれる。貯金があるから大丈夫と高をくくるのは危うい |
| 良い評判は高ければ高いほど、危機のときに有利で安全だ | 良い評判は負債にもなりうる。Rhee & Haunschild 2006の良い評判という負債は、高い評判を持つほど失敗のときにより強く罰せられることを示した。良い評判はまわりの期待を上げ、あそこなら間違いないという期待が高いほど裏切られたときの反動が大きい——これが逆利子である。貯金をしているつもりが、いざ違反したときに支払う利息を自分で吊り上げている。なおこの研究は同じ著者らによる2004年の別論文(製品リコールの意思決定)とは別の作品でDOIで識別される。積めば積むほど安全とは単純に言えない |
| 信頼を築くには、とにかく良い発信を増やすことがいちばん大事だ | 貯金の比喩は下振れ(逆利子)を隠し、しかも元本を取り違えさせる。評判は便益にも重荷にもなり関係者がどれだけ自分ごととして同一化しているかで向きが変わり(Zavyalova ら 2016)、過去の業績履歴が責任帰属に影響し(Kim 2017)、事前のブランド態度が対応の効きを左右し(Jahng 2017)、評判がリコールの帰結を左右する(Majid & Rhee 2018)。良い評判=一律に安全という図式は崩れている。貯金の元本は発信でなく日々の行動で、発信で稼げるのは行動に世間が付ける利子の端数にすぎない |
皮肉なのは、平時にいちばん熱心に良い発信を積んだ人ほど、いざ失敗したときに、いちばん高い利息を請求されることだ。発信は、まわりの期待を上げる。上がった期待は、うまくいっているあいだは追い風だが、一度裏切られると、そのまま向かい風の強さに変わる。しかも、その発信の後ろに行動の裏づけがなければ、期待だけがひとり歩きして、逆利子の元本になる。信頼の貯金が積み上がっているように見えるとき、たいていそれは、まだ誰も、その残高を引き出そうとしていないだけかもしれない。発信で稼げるのは端数で、元本は、本業の行動が決める。だから、発信を増やす前に、まず、裏づけになる行動を増やす。
Q1. 『平時の発信が貯金になる』という比喩を、この単位は二つの点で甘いと値切った。その二つを述べよ。一問一答
Q2. 高い評判を持つほど失敗のときに ____ 罰せられることを、Rhee & Haunschild 2006は良い評判という ____ として示した。良い評判はまわりの ____ を上げ、裏切られたときの反動を大きくする——これが ____ である。穴埋め
Q3. 良い評判が便益になるか重荷になるかについて、Zavyalova ら 2016をふまえた説明として正しいものはどれか。選択
Q4. この単位が言う『貯金の元本は発信ではなく行動』とは、どういう意味か。発信で稼げるものに触れて述べよ。一問一答
Q5. この単位が扱った事前評判と危機の研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Zavyalova らが便益と重荷の条件を示す(イ)Coombs と Holladay が緩衝が控えめで条件付きと示す(ウ)Majid と Rhee が評判とリコール帰結を示す(エ)Kim が業績履歴と責任帰属を示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の平時の発信(SNSの投稿・お知らせ・プロフィール・紹介文など)を、いくつか思い出して書き出す。それぞれについて、その裏に実際の行動の裏づけがあるか(元本)、それとも発信だけで行動が伴っていない見栄えか(端数)を仕分ける。端数の発信が多ければ、それはいざというとき期待だけを上げて逆利子の請求書になりかねない部分だと意識する。他社の評判を調べたり、実在企業の発信を評価したりする必要はなく、自分の発信の棚卸しだけで完結させる。最後に、元本にあたる発信の数と端数にあたる発信の数を書き添え、元本が少なければ発信より行動を増やす番だと一言メモする。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Coombs W.T., Holladay S.J. (2006) ‘Unpacking the halo effect: reputation and crisis management’, Journal of Communication Management 10(2):123-137 — doi.org
- Rhee M., Haunschild P.R. (2006) ‘The Liability of Good Reputation: A Study of Product Recalls in the U.S. Automobile Industry’, Organization Science 17(1):101-117 — doi.org
- Zavyalova A., Pfarrer M.D., Reger R.K., Hubbard T.D. (2016) ‘Reputation as a Benefit and a Burden? How Stakeholders’ Organizational Identification Affects the Role of Reputation Following a Negative Event’, Academy of Management Journal 59(1):253-276 — doi.org
- Kim J. (2017) ‘Elaborating the halo effect of SCCT: how and why performance history affects crisis responsibility and organizational reputation’, Journal of Public Relations Research 29(6):277-294 — doi.org
- Jahng M.R. (2017) ‘How Should You Tweet?: The Effect of Crisis Response Voices, Strategy, and Prior Brand Attitude in Social Media Crisis Communication’, Corporate Reputation Review 20(1):39-52 — doi.org
- Majid K., Rhee M. (2018) ‘Firm/product reputation and new-product recalls’, Marketing Intelligence & Planning 36(5) — doi.org