「上司が裁けば収まる」——だが、命じた静けさは、納得の静けさとは限らない
社内でもめ事が起きたら上司が裁いて命じれば収まる、と教わる。皮肉なことに、いちばん公平に裁いたつもりの上司ほど、いちばん恨まれることがある。命じられた側は、結論の中身より先に、自分の言い分を聞かれないまま決められたことを覚えている。人は、負けたことより、蚊帳の外に置かれたことに傷つく。命じた静けさは、納得の静けさとは限らない。
前の単位で、第三者に間に入ってもらう調停・仲裁という道が手に入った。ここでは、その第三者があなた自身になるとき——社内の対立を仲裁するにはどうすればいいのかを扱う。
「社内でもめ事が起きたら、上司が『こうしろ』と裁いて命じれば、それで収まる」——これが、この単位が向き合う俗説である。上に立つ者が白黒つけて命じる。一見、手っ取り早い。だが、第三者として対立に関わるとき、「裁く(決めて命じる)」のか「調停する(話し合いを助ける)」のかで、その後の結果は変わる。 そして、どちらを選ぶべきかには、思ったより繊細な判断がいる。まず断っておくと、この単位は個別のハラスメントや労務の助言をしない。扱うのは、対立の当事者どうしのあいだに、あなたが第三者として立つときの、役割の選び方である。
「裁く」か「調停する」か——役割で結果が変わる
上司が部下どうしの対立に介入するとき、とれる立場は一つではない。自分で結論を出して命じる(裁定に近い)のか、当事者が自分たちで解決するのを助ける(調停に近い)のか。この役割の違いが、当事者の受け止め方を左右する。一九八九年、Karambayya と Brett が *Academy of Management Journal* 誌 32(4):687-704 で、管理職が部下の対立を扱う場面を調べ、どの第三者の役割をとるかによって、当事者が感じる公正さが変わることを示した。上から一方的に裁かれると、たとえ結論が妥当でも「勝手に決められた」という不満が残りやすい。ここに、この単位の「証拠の読み違え方」がある——上司が命じたこと(裁定)を、当事者が納得したこと(解決)と取り違える。 命じれば、その場は静かになる。だが、静かになったことと、収まったことは、同じではない。負けた側は、その場では口をつぐんでも、心の中で反論を続けている。そして、次の機会に、別のかたちで蒸し返す。表面的な沈黙を「解決」と数えてしまうと、地下で燃え続ける火に気づけない。第三者として立つ者がまず疑うべきは、自分の裁定が生んだ静けさが、納得の静けさなのか、それとも諦めの静けさなのか、である。
いつ裁き、いつ調停するか
では、裁くのと調停するのは、どちらが正しいのか。答えは「場合による」だ。一九九五年、Elangovan が *Academy of Management Review* 誌 20(4):800-830 で、管理職が対立にどう介入すべきかの選び方の枠組みを示した。急いで決めねばならないのか、当事者の納得が特に重要なのか、対立の中身は事実の食い違いか価値観の対立か——こうした条件によって、向く役割は変わる。一九九八年、Elangovan は *International Journal of Conflict Management* 誌 9(4):301-335 で、この枠組みを実際のデータで検証し、条件に合った役割を選んだほうが、介入の成功率が上がることを示した。つまり、いつも裁くのでも、いつも話し合わせるのでもなく、その対立に合った役割を選ぶことが要る。たとえば、納期が明日に迫っていて今すぐ誰かが決めねばならないなら、悠長に話し合わせる余裕はなく、裁定に近い役割が要るだろう。逆に、これからも一緒に働く二人の、根の深いわだかまりなら、こちらが結論を押しつけても関係は修復されず、二人が自分たちで折り合う調停のほうが向く。役割を対立の中身に合わせるとは、こういうことだ。同じ「上司として対立に入る」でも、決めて命じるのと、話し合いを助けるのとは、まるで別の仕事なのである。なお、こうした第三者介入の型を早くに整理したのは Sheppard の枠組みだが、ここではその後の実証で語る。
命じた解決より、合意した解決が守られる
前の単位で見たことが、社内でも効く。上から命じた解決は、当事者が自分たちで合意した解決より、守られにくい。 裁定は、その場では決着したように見えても、負けたと感じた側が納得せず、あとで蒸し返したり、面従腹背になったりしやすい。二〇〇〇年、Ross と Conlon が *Academy of Management Review* 誌 25(2):416-427 で、調停と裁定を組み合わせる方式(メディエーション・アービトレーション)を理論的に検討し、どの順で、どう組み合わせるかによって、当事者の受け止めと結果が変わることを論じた。まず話し合いを助け、それでもまとまらなければ最後に判断を示す——順番一つで、当事者が「自分たちで決めた」と感じられるかが変わる。命じるのを最初の手ではなく、最後の手に回すだけで、収まり方は変わってくる。順番が大事なのは、人の心理が素直だからだ。最初に自分の言い分を十分に聞いてもらえた人は、たとえ最後の結論が自分に不利でも、「話は聞いてもらえた」という感覚が残る。逆に、いきなり結論から入られると、結論の中身以前に、「聞いてもらえなかった」という怒りが先に立つ。だから、決めるにしても、決める前に、両者に十分話させる。その一手間が、後の履行を左右する。急いで命じて早く終わったつもりが、履行されずに二度手間になるより、最初に時間をかけて聞くほうが、結局は速い。
「調停すれば解決する」も、保証されていない
ここで、逆向きの正直さも要る。「上司が裁くな、調停せよ」と言われると、今度は「調停すれば解決する」と思いたくなる。だが、それも実証で保証されているわけではない。二〇〇四年、Bingham が *Conflict Resolution Quarterly* 誌 22(1-2):145-174 で職場の紛争解決における調停を検討し、二〇一三年、Bollen と Euwema が *Negotiation Journal* 誌 29(3):329-353 で職場メディエーションの研究を総括して、職場でのメディエーションの効果を実証的に調べた研究は、まだ少ないとレビュー自身が明言した。つまり、「裁けば収まる」も「調停すれば解決する」も、確かな実証には支えられていない。これは、この棚が繰り返す見方——道具の効き目は、思うほど測られていない——の、社内版だ。だから、どちらの役割も、万能の解決策として過信しない。加えて、これらの研究の多くは、海外の、しかも上級管理者を対象にしたものだ。中小の会社や家業では、上司はあなた自身であり、当事者とも近しい。だから、研究の向き——役割の選び方で結果が変わる、命令より合意が守られる——だけを受け取り、細かい数字を自分の職場に当てはめすぎない。
時間・変化:1989年から2013年へ
順に置く。一九八九年、Karambayya と Brett が、第三者の役割によって当事者の感じる公正さが変わることを示す。一九九五年、Elangovan が、いつ裁きいつ調停するかの選び方の枠組みを示し、一九九八年、その枠組みを実証して、条件に合った選択が成功率を上げることを示す。二〇〇〇年、Ross と Conlon が、調停と裁定の組み合わせ方で結果が変わることを論じる。二〇〇四年の Bingham、二〇一三年の Bollen と Euwema が、職場メディエーションの効果実証はなお少ないと総括する。この四半世紀で確からしくなったのは、「上司が裁けば収まる」ではない。確からしくなったのは、役割の選び方で結果が変わり、命令より合意が守られ、しかしどの役割も万能ではない——という向きのほうだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、第三者として立ったとき、反射的に「自分が裁く」役に回ってしまうことである。上に立つ者ほど、決めて命じるのが仕事だと思いがちだ。決めることは、頼られている証でもあり、気持ちがいい。だからこそ、その気持ちよさに引きずられていないかを疑う。命じた静けさは、納得の静けさとは限らない。助けになるのは、対立に関わる前に、いま自分がとろうとしているのは裁定か調停か、この対立にはどちらが向くかを、一度立ち止まって選ぶことだ。急がねばならないなら裁定、関係の継続や納得が重いなら調停、というように、対立の中身に役割を合わせる。ほとんどの対立は、実は急を要していない。にもかかわらず、その場の気まずさから逃れたくて、つい即断してしまう。一拍おいて、本当に今すぐ決めねばならないのかを自分に問うだけで、調停という選択肢が視界に入ってくる。
もう一つ、第三者の要は中立だ。どちらか一方に肩入れしていると当事者に見えた瞬間、調停は成り立たない。家業や小さなチームでは、あなた自身がどちらかと近しいことも多い。そのときは、自分が本当に中立でいられるか、いられないなら別の人に頼めるかを、正直に見積もる。対立の当事者を、性格や立場で「どちらが悪い」と決めつけないことも、中立の一部である。人はどうしても、ふだん親しい側の言い分を、無意識に正しく感じてしまう。その傾きに自分で気づいていることが、かろうじて中立を保つ第一歩だ。中立を装うより、中立が難しいと知って構えるほうが、たいてい公平に近い。その難しさを認めることが、公平への確かな入口になる。
最初の一歩は10分。自分が第三者として関わった(あるいはこれから関わる)対立を一つ思い浮かべる。それについて、(1)自分は裁定と調停のどちらをとった(とろうとしている)か、(2)その対立には本当はどちらが向くか、(3)自分はその対立で中立でいられるか、を書き出す。当事者を実験台にして、裁定や調停を「試す」ことはしない。点検するのは、自分の役割の選び方と、自分の中立性だけである。
- 桃の段の単位。上司が部下どうしの対立に介入するとき、自分で結論を出して命じる(裁定に近い)のか、当事者が自分たちで解決するのを助ける(調停に近い)のかで結果が変わる。Karambayya・Brett 1989(Academy of Management Journal 32(4):687-704)は、どの第三者の役割をとるかによって当事者が感じる公正さが変わると示した。証拠の読み違え方は、上司が命じたこと(裁定)を、当事者が納得したこと(解決)と取り違えること。命じた静けさと収まったことは同じではない
- 裁くのと調停するのはどちらが正しいかは場合による。Elangovan 1995(Academy of Management Review 20(4):800-830)は、管理職が対立にどう介入すべきかの選び方の枠組みを示した。急いで決めるのか、当事者の納得が重いのか、事実の食い違いか価値観の対立かで向く役割は変わる。第三者介入の型を早くに整理したのはSheppardの枠組みだが本単位はその後の実証で語る
- Elangovan 1998(International Journal of Conflict Management 9(4):301-335)は、介入戦略の選び方の枠組みを実際のデータで検証し、条件に合った役割を選んだほうが介入の成功率が上がることを示した。いつも裁くのでもいつも話し合わせるのでもなく、その対立に合った役割を選ぶことが要る
- 上から命じた解決は、当事者が自分たちで合意した解決より守られにくい。裁定は負けたと感じた側が納得せず蒸し返したり面従腹背になったりしやすい。Ross・Conlon 2000(Academy of Management Review 25(2):416-427)は調停と裁定を組み合わせる方式(メディエーション・アービトレーション)を理論的に検討し、どの順でどう組み合わせるかで当事者の受け止めと結果が変わると論じた。命じるのを最初でなく最後の手に回すだけで収まり方は変わる
- 逆向きの正直さも要る。調停すれば解決するも実証で保証されていない。Bingham 2004(Conflict Resolution Quarterly 22(1-2):145-174)が職場の紛争解決の調停を検討し、Bollen・Euwema 2013(Negotiation Journal 29(3):329-353)が職場メディエーションの研究を総括して、職場でのメディエーションの効果を実証的に調べた研究はまだ少ないとレビュー自身が明言した。裁けば収まるも調停すれば解決するも確かな実証には支えられていない
- 確からしくなったのは、上司が裁けば収まる、ではない。役割の選び方で結果が変わり、命令より合意が守られ、しかしどの役割も万能ではない、という向き。これはこの棚が繰り返す見方(道具の効き目は思うほど測られていない)の社内版で、どちらの役割も万能の解決策として過信しない。介入研究は海外・上級管理者標本中心のため、中小・家業では上司=あなた自身に読み替え断定転用しない
- 第三者の要は中立。どちらか一方に肩入れしていると当事者に見えた瞬間、調停は成り立たない。家業や小さなチームでは自分がどちらかと近しいことも多く、そのときは中立でいられるか、いられないなら別の人に頼めるかを正直に見積もる。対立の当事者を性格や立場でどちらが悪いと決めつけないことも中立の一部。上に立つ者ほど反射的に自分が裁く役に回りがちだが、命じた静けさは納得の静けさとは限らない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 社内でもめ事が起きたら、上に立つ者が結論を出して命じれば、それで対立は収まる | 第三者として対立に関わるとき、裁く(決めて命じる)のか調停する(話し合いを助ける)のかで結果が変わる。Karambayya・Brett 1989は、どの第三者の役割をとるかによって当事者が感じる公正さが変わると示した。上から一方的に裁かれると、結論が妥当でも勝手に決められたという不満が残りやすい。上司が命じたこと(裁定)を、当事者が納得したこと(解決)と取り違えてはならない。命じた静けさと、収まったことは同じではない |
| 裁くのが良くないなら、いつでも話し合わせる調停にすれば、対立はうまく解決する | Elangovan 1995は、管理職が対立にどう介入すべきかの選び方の枠組みを示し、1998年にそれを実証して、条件に合った役割を選んだほうが介入の成功率が上がると示した。急いで決めるのか、納得が重いのか、事実の食い違いか価値観の対立かで向く役割は変わる。いつも裁くのでもいつも話し合わせるのでもなく、その対立に合った役割を選ぶことが要る |
| 職場メディエーションを導入すれば、社内の対立は実証に裏づけられて解決する | Bingham 2004は職場の紛争解決における調停を検討し、Bollen・Euwema 2013は職場メディエーションの研究を総括して、職場でのメディエーションの効果を実証的に調べた研究はまだ少ないとレビュー自身が明言した。裁けば収まるも調停すれば解決するも、確かな実証には支えられていない。道具の効き目は思うほど測られておらず、どちらの役割も万能の解決策として過信しない |
皮肉なのは、いちばん公平に裁いたつもりの上司ほど、いちばん恨まれることがある、ということだ。正しい結論を、きっぱり命じる。それは強いリーダーの姿に見える。だが、命じられた側は、結論の中身より先に、「自分の言い分を聞かれないまま決められた」ことを覚えている。人は、負けたことより、蚊帳の外に置かれたことに傷つく。第三者の力は、正しい答えを持っていることではなく、両者が自分の言葉で話せる場を、公平に保てることのほうにある。だから、社内でもめ事が起きたとき、まず問うべきは「どちらが正しいか」ではない。「自分は、二人が自分たちで折り合える場を、中立に保てるか」である。裁くのは、最後でいい。
Q1. 「上司が裁けば収まる」という言い方の落とし穴を、Karambayya・Brett 1989 に触れて説明せよ。何を何と取り違えているのかにも触れること。一問一答
Q2. Elangovan 1995・1998 が、管理職の第三者介入について示したこととして正しいものはどれか。選択
Q3. 上から ____ た解決は、当事者が自分たちで ____ した解決より守られにくい。Ross・Conlon 2000 は調停と裁定を ____ る方式を検討し、どの順で組み合わせるかで結果が変わると論じた。命じるのを最初の手ではなく ____ の手に回すだけで、収まり方は変わる。穴埋め
Q4. 「調停すれば解決する」もまた保証されていない、とはどういうことか。Bingham 2004 と Bollen・Euwema 2013 に触れて説明せよ。この棚のどの見方の社内版かにも触れること。一問一答
Q5. この単位が扱った研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Elangovan が枠組みを実証し合った選択が成功率を上げると示す(イ)Karambayya・Brett が役割で公正感が変わると示す(ウ)Bollen・Euwema が職場メディエーションの効果実証はなお少ないと総括する(エ)Ross・Conlon が調停と裁定の組み合わせ方で結果が変わると論じる並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。自分が第三者として関わった、あるいはこれから関わる社内・チーム・家業の対立を一つ思い浮かべる。それについて三つを書く。(1)自分は裁定(決めて命じる)と調停(話し合いを助ける)のどちらをとった、あるいはとろうとしているか。(2)その対立には本当はどちらが向くか——急ぐのか、納得や関係の継続が重いのか、事実の対立か価値観の対立かで考える。(3)自分はその対立で中立でいられるか。いられないなら、別の人に頼めるか。対立の当事者を、性格や立場でどちらが悪いと決めつけない。当事者を実験台にして裁定や調停を試すことはしない。点検するのは、自分の役割の選び方と、自分の中立性だけである。一人で複数人の取り分やもめ事を調整する立場の場合も、同じ三つを書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Karambayya R., Brett J.M. (1989) ‘Managers Handling Disputes: Third-Party Roles and Perceptions of Fairness’, Academy of Management Journal 32(4):687-704 — doi.org
- Elangovan A.R. (1995) ‘Managerial Third-Party Dispute Intervention: A Prescriptive Model of Strategy Selection’, Academy of Management Review 20(4):800-830 — doi.org
- Elangovan A.R. (1998) ‘Managerial Intervention in Organizational Disputes: Testing a Prescriptive Model of Strategy Selection’, International Journal of Conflict Management 9(4):301-335 — doi.org
- Ross W.H., Conlon D.E. (2000) ‘Hybrid Forms of Third-Party Dispute Resolution: Theoretical Implications of Combining Mediation and Arbitration’, Academy of Management Review 25(2):416-427 — doi.org
- Bingham L.B. (2004) ‘Employment Dispute Resolution: The Case for Mediation’, Conflict Resolution Quarterly 22(1-2):145-174 — doi.org
- Bollen K., Euwema M. (2013) ‘Workplace Mediation: An Underdeveloped Research Area’, Negotiation Journal 29(3):329-353 — doi.org