良い家族はケンカをしないのではない——やりとりの7割はズレていて、直す速さだけが違う
母と赤ん坊——この世でいちばん息が合っているはずの二人組のやりとりを、54組ぶん、コマ送りで数えた研究がある。噛み合っていない時間が、7割を超えていた。理想の家族像が音を立てて崩れる数字だが、研究者たちの結論は逆だった。ズレは故障ではなく、仕様である。
ズレは仕様である——同期3割の実測値
前の単位046「理解」の結論は、家族というもっとも近い相手でも聞き取りは他人並み、というものだった。それを前提に置くと、次の問いは自動的に決まる。通じないのが標準なら、家族の質はどこで決まるのか。
トロニックとコーンが1989年に発表した観察研究が、その答えの土台になる。生後3ヶ月・6ヶ月・9ヶ月の各18組、計54組の母子の対面のやりとりを記録し、表情・視線・発声の状態が噛み合っているかをコマ単位で符号化した。結果、やりとりの時間の70%以上はミスマッチ——二人の状態が噛み合っていない時間だった。この世でいちばん相性が良いはずの二人組で、である。
ただし、この研究の本体はズレの多さではない。修復の速さのほうだ。ミスマッチからの修復はおよそ3秒から5秒に1回という頻度で起き続け、6ヶ月児では相互作用の誤りのおよそ3分の1が、次の一手で修復されていた。ズレて、直して、またズレて、また直す。健全なやりとりとは、同期した状態のことではなく、この往復運動が回り続けている状態のことだった。
なぜ修復が発達を作るのか
トロニックが同じ1989年に発表した理論論文は、この観察を相互調整モデルとして束ねた。乳児と養育者は互いの情動を調整し合う一つの系であり、ズレ——研究の言葉では相互作用の誤り——はその系の通常運転に含まれる。重要なのはここからで、誤りが修復される経験の反復は、乳児に「自分の働きかけでやりとりは立て直せる」という効力の感覚と、崩れたときの対処の型を育てる。つまりズレは、修復とセットになったとき、単なるノイズではなく練習問題になる。
この見方は、家族観をひとつ書き換える。完璧に噛み合った関係は、目標ではないどころか、練習問題のない教科書である。ズレを一度も経験しない関係からは、立て直しの技術は育たない。彼が別の実験系で示した無表情の実験——038「応答」で扱った——が応答の停止の毒性を示したのに対し、この研究群が示したのは、応答のズレの無害さ、むしろ有用さである。毒なのは、ズレることではなく、ズレたまま戻ってこないことだ。
修復の速さは、体に出る
ズレっぱなしと素早い修復の差は、主観の話ではない。生理指標に出る。
プロヴェンツィらが2015年に発表した研究は、生後3〜4ヶ月の乳児とその母親46組(不安障害のある母親19組、対照27組)を、母親が一時的に無表情になる実験手続きにかけ、再会場面でのやりとりの修復と、乳児の唾液コルチゾール——ストレスで上がるホルモン——の反応性との関連を調べた。再会場面での修復は乳児のコルチゾール反応性と関連し、遊び場面での修復までの時間の長さも独立に寄与していた。修復が速い組ほど、乳児のストレス反応は穏やかだったのである。
もうひとつ、この研究の副産物が示唆的だ。乳児のストレス反応は、母親に不安障害の診断があるかどうかとは関連しなかった。関連したのは、実際に経験したやりとりの質である。乳児は親の診断名ではなく、目の前の応答と修復に反応する。属性ではなく行動、というこの棚の通奏低音が、生後3ヶ月の唾液からも検出されたことになる。
値切り:「ケンカゼロが良い家族」という理想
さて、この単位が値切る神話はこれだ——良い家族はケンカをしない。子どものために、争いは一切見せてはならない。
カミングスらが1989年に発表した実験は、子どもたちに大人同士の怒りのやりとりを形態を変えて見せ、反応を測った。非言語の冷たい怒り、言葉の応酬、言葉と身体的攻撃。どの形の怒りも子どもには負の出来事として知覚された——黙って怒る冷戦も、子どもにはちゃんと見えている。しかし決定的な差を作ったのは、幕引きだった。未解決のまま終わる怒りは、解決されて終わる怒りよりはるかに負の出来事として知覚され、子どもにより強い怒りと苦痛を引き起こした。言葉と身体的攻撃を伴う形態は最悪で、家庭内で大人同士の身体的攻撃を経験してきた子どもは、実験場面でもより強い苦痛を示した。ここで一度、断っておく。現に身体的な暴力があり安全が脅かされている場合、それはこの棚の技術論の外の問題であり、外部の助けが要る。
では、解決を見せることには積極的な価値があるのか。マッコイ、カミングス、デイヴィスが2009年に発表した縦断研究は、5〜7歳の子どもがいる235家族を3時点で追跡し、夫婦間の葛藤の質を破壊的なものと建設的なもの——問題解決に向かい、温かさと収拾を伴うもの——に分けた。建設的な葛藤は、子どもの情緒的な安心感を介して、後の向社会的行動——人を助け、分け合い、思いやる行動——と結びついていた。葛藤の目撃が一律に毒なのではない。解決に向かう葛藤は、対立が世界の終わりではないことと、対立の収め方の実演になる。夫婦がどう仲直りするかという技術そのものは恋愛と結婚の棚の持ち場だが、家族という共同生活の観点から言えるのはこうだ——同居する子どもや家族は、葛藤の観客である。観客に見せるべきは、無葛藤という不自然な演目ではなく、幕引きである。
親子ときょうだいの修復の実務
証拠の含意を、家の中の手順に翻訳する。
第一に、破れを認める側の敷居を下げる。修復は謝罪の勝ち負けではなく、系の再起動である。全面的な非を認める演説は要らない。「さっきは言い方がきつかった」という部分的な認めで、ループは回り始める。第二に、再開の合図を固定する。麦茶を注ぐ、そばに座る、いつもの呼び名で呼ぶ——どの家にも、休戦の非言語信号がすでにある。それを家族が合図として認識していれば、再開の一手の費用は下がる。第三に、幕引きを観客に届ける。親同士の言い争いを子どもが見ていたなら、解決したという情報も子どもに届ける。「さっきのは、こう決めて終わったよ」の一文である。目撃した破れと、目撃しない修復の組み合わせが、いちばん割に合わない。
きょうだいの衝突では、親は裁判官になりがちだが、判決はどちらかの敗訴で終わり、修復の練習にならない。スミスとロスが2007年に発表した実験は、5〜10歳のきょうだいがいる48家族の半数に、親が裁定者ではなく調停者として振る舞う訓練——基本ルールを決め、双方の言い分を引き出し、解決そのものは子どもたちに委ねる——を施した。約2ヶ月の追跡で、調停群の子どもは自分たちの話し合いに基本ルールの設定や論点の特定といった調停の技法を持ち込むようになり、家庭での衝突はより建設的に解決され、相手のきょうだいの目標・感情・視点の理解でも統制群を上回った。統制群の子どもは、非難と弁明の要求という係争の技法に留まった。裁定の代わりに手順を渡すこと——この単位の言葉でいえば、修復のループを子ども自身に運転させる練習である。そして、修復は子育ての専売ではない。成人したきょうだいの数年越しのわだかまり、老いた親との棚上げされた一件。破れの物理は同じで、違うのは時定数だけである。
時間・変化:修復までの時間が、関係の時定数である
この単位の変数を一言でいえば、修復までの時間——ラテンシーである。乳児のやりとりでは秒の単位で修復が回り、それがコルチゾールに映る。児童期の親子ゲンカの修復は分から時間の単位になり、思春期には日の単位が混ざる。成人した家族のあいだでは、破れは年単位で放置されうる。
そして放置には利息がつく。未修復の破れは、次の接触の敷居を上げ、接触が減ることで修復の機会そのものが減る。044「境界」で見た没交渉——壁が厚すぎて風が通らない状態——は、多くの場合、性格の不一致の結果ではなく、未修復の破れが複利で育った最終形である。逆に言えば、時定数は短くできる。その日のズレはその日のうちに、が理想だが、実務的には「破れてから最初の接触までの時間を、前回より短くする」だけで複利の向きが反転する。何年も断絶した関係の修復が一度の大きな和解で起きることは稀で、小さな接触の再開——短い文面、事務連絡、法事の立ち話——から時定数が縮んでいくのが通例である。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
標本の断りを置く。この単位の乳児研究は欧米の中流家庭の、しかもほぼ母子のペアに偏っている。葛藤の実験は倫理的制約から人工場面で、コルチゾールの研究は46組と小さい。数字は向きの証拠として使い、自分の家の目標値は自分で測って決める。
妨げるものは3つ。第一に、ズレゼロの完璧主義。7割ズレるのが仕様である以上、ズレを失敗と数える会計は必ず破産する。第二に、謝罪を敗北とみなす家の文化。修復の一手を先に出すことが負けになる場では、全員が勝とうとして全員が座礁する。第三に、「時間が解決する」という放置。カミングスの実験が示した通り、未解決は情報として残り続ける。時間が運ぶのは解決ではなく利息である。
助けるものは2つ。第一に、再開の合図の共有。どの振る舞いが休戦の申し出なのかを、平時に家族で言葉にしておく。第二に、幕引きの習慣。言い争いの後に「終わったこと」を宣言する一文を置く——観客がいるなら観客にも。
最初の一歩は10分。いま自分の家族関係の中にある未修復のズレを1つ選ぶ。今日中に、小さな一手——部分的な認めの一言、再開の合図、短い文面——を1回だけ出す。相手の反応までは今日の課題に含めない。出した一手と、出す前後の自分の気分だけを記録する。
次の単位は 048「共有」——ズレて、直して、また続く。その反復の上に何十年ぶんの時間が積もったとき、家族には食卓と物語という共有財産が残る。棚の最後の単位で、その財産の中身を検品して、この棚を閉じる。
- Tronick & Cohn 1989(Child Development 60(1):85-92):生後3・6・9ヶ月の各18組、計54組の母子のやりとりをコマ単位で符号化。やりとりの時間の70%以上はミスマッチ状態だった。修復はおよそ3〜5秒に1回の頻度で起き続け、6ヶ月児では相互作用の誤りのおよそ3分の1が次の一手で修復されていた
- Tronick 1989(American Psychologist 44(2):112-119):相互調整モデル。ズレ(相互作用の誤り)は系の通常運転に含まれ、修復される経験の反復が「自分の働きかけでやりとりを立て直せる」という効力の感覚と対処の型を育てる。ズレは修復とセットになったとき練習問題になる
- Provenzi et al. 2015(Psychopathology 48(6):386-394):生後3〜4ヶ月の母子46組(不安障害の母19・対照27)。無表情実験の再会場面での修復が乳児の唾液コルチゾール反応性と関連し(p<0.01)、遊び場面での修復までの時間も独立に寄与。母親の診断の有無とは関連せず、乳児は診断名ではなく実際に経験したやりとりに反応していた
- Cummings, Vogel, Cummings & El-Sheikh 1989(Child Development 60(6):1392-1404):大人同士の怒りを形態を変えて子どもに見せた実験。非言語の怒りを含むどの形態も負の出来事として知覚されたが、未解決の怒りは解決された怒りよりはるかに負で、より強い怒りと苦痛を誘発した。言葉と身体的攻撃を伴う形態が最悪で、家庭内で大人同士の身体的攻撃を経験した子どもはより強い苦痛を示した
- McCoy, Cummings & Davies 2009(Journal of Child Psychology and Psychiatry 50(3):270-279):5〜7歳の子がいる235家族の3時点縦断。問題解決と温かさを伴う建設的な夫婦間葛藤は、子どもの情緒的安心感を介して、後の向社会的行動と結びついた。葛藤の目撃が一律に毒なのではなく、解決に向かう葛藤は対立の収め方の実演になる
- Smith & Ross 2007(Child Development 78(3)):5〜10歳のきょうだいがいる48家族の半数に、親が裁定者ではなく調停者として振る舞う訓練を施した実験。約2ヶ月の追跡で、調停群の子どもは自分たちの話し合いに基本ルールの設定や論点の特定といった調停の技法を使うようになり、家庭での衝突はより建設的に解決され、相手のきょうだいの目標・感情・視点の理解でも統制群を上回った。裁定の代わりに手順を渡すことが、修復のループを子ども自身に運転させる練習になる
- 修復までの時間(ラテンシー)が関係の時定数である:乳児では秒、児童期では分〜時間、成人家族では年単位まで延びる。未修復の破れには複利の利息がつき、没交渉はその最終形であることが多い。破れてから最初の接触までの時間を前回より短くするだけで、複利の向きは反転する
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 良い家族はケンカをしない。子どもの前で対立を見せてはならない | 子どもに強い苦痛を引き起こしたのは葛藤そのものではなく未解決の葛藤だった。解決されて終わる怒りへの反応ははるかに穏やかで、問題解決と温かさを伴う建設的な葛藤はむしろ、235家族の縦断で子どもの情緒的安心を介して向社会的行動と結びついた。見せるべきは無葛藤ではなく幕引きである。ただし身体的な暴力は技術論の外で、外部の助けが要る |
| やりとりがズレるのは、相性が悪い証拠だ | もっとも息が合っているはずの母子54組でも、やりとりの70%以上はミスマッチ状態だった。ズレは故障ではなく仕様であり、健全さはズレの少なさではなく、3〜5秒に1回という頻度で回り続ける修復の側にあった。ズレを失敗と数える会計は必ず破産する |
| 気まずさは時間が解決してくれる | 未解決の怒りは情報として残り続け、解決された怒りよりはるかに負の出来事として知覚された。修復までの時間は乳児の生理指標に映る実変数であり、放置された破れは接触の敷居を上げて修復の機会自体を減らす複利で育つ。時間が運ぶのは解決ではなく利息である |
家族の理想像として流通しているのは、ズレのない調和である。実測値は、7割のズレと、3秒に1回の修理作業だった。つまり家族とは、完成品として愛でるものではなく、稼働したまま修理し続ける機械である。しかも整備士は全員無資格で、マニュアルはなく、部品の取り寄せもきかない。それでもこの機械が何十年も走るのは、修理の腕が上がるからだ——皮肉なことに、その腕を上げる唯一の教材は故障である。壊れない家族があったとして、そこでは誰も、直し方を知らないままである。
Q1. トロニックとコーンの観察では、生後3・6・9ヶ月の各18組、計____組の母子で、やりとりの時間の____%以上がミスマッチ状態だった。修復はおよそ____秒に1回の頻度で起き、6ヶ月児では誤りの約____が次の一手で修復されていた。穴埋め
Q2. プロヴェンツィらのコルチゾール研究(46組)が示した2つの知見——修復について、および母親の診断について——を述べよ。一問一答
Q3. 「ケンカゼロが良い家族」という理想に対して、本文が示した証拠の組み合わせとして正しいものはどれか。選択
Q4. 本文が挙げた幕引きの3点セットを答え、「いちばん割に合わない組み合わせ」とは何かを説明せよ。一問一答
Q5. 修復までの時間(時定数)が延びていく順に、本文の記述に従って並べよ。(成人家族の破れ/乳児のやりとり/児童期の親子ゲンカ/思春期)並べ替え
いま家族とのあいだにある未修復のズレ(今朝の言い合いでも、数年前の一件でもよい)を1つ選ぶ。今日中に、小さな修復の一手を1回だけ出す——部分的な認めの一言(さっきは言い方がきつかった)、家の休戦の合図(お茶を注ぐ・隣に座る)、短い文面のいずれか。相手の反応を求めることは課題に含めない。記録するのは3行:①選んだズレ ②出した一手 ③出す前と後の自分の気分。家族がいない・疎遠な場合の代替:連絡が途絶えている相手1人に、返信を要求しない事務的で短い文面(近況を一行聞くだけ)を送ることを一手として数える。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Tronick E.Z., Cohn J.F. (1989) 'Infant-Mother Face-to-Face Interaction: Age and Gender Differences in Coordination and the Occurrence of Miscoordination', Child Development 60(1):85-92 — www.jeffcohn.net
- Tronick E.Z. (1989) 'Emotions and emotional communication in infants', American Psychologist 44(2):112-119 — local.psy.miami.edu
- Provenzi L., Giusti L., Fumagalli M., Tasca H., Ciceri F., Menozzi G., Mosca F., Morandi F., Borgatti R., Montirosso R. (2015) 'What Dyadic Reparation Is Meant to Do: An Association with Infant Cortisol Reactivity', Psychopathology 48(6):386-394 — karger.com
- Cummings E.M., Vogel D., Cummings J.S., El-Sheikh M. (1989) 'Children's responses to different forms of expression of anger between adults', Child Development 60(6):1392-1404 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- McCoy K., Cummings E.M., Davies P.T. (2009) 'Constructive and destructive marital conflict, emotional security and children's prosocial behavior', Journal of Child Psychology and Psychiatry 50(3):270-279 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Smith J., Ross H. (2007) 'Training Parents to Mediate Sibling Disputes Affects Children's Negotiation and Conflict Understanding', Child Development 78(3):790-805 — srcd.onlinelibrary.wiley.com