「家族なら言わなくても分かる」は、家の中でいちばん高くつく前提である——夫婦の聞き取り精度は他人と同じだった
平均14.4年連れ添った24組の夫婦に、曖昧な一言の意図を当てさせた実験がある。聞き取りの正確さは、初対面の他人と統計的に区別がつかなかった。夫婦が他人より多く持っていたのは、理解ではなく、通じているという自信だけだった。
触れた後は、聞き取りの検査
前の単位045「親密」で、情愛は表現されて初めて家族に観測されると書いた。だが表現には受信側がある。出した温度が、意図した通りに届いているか。逆に、家族が出しているものを、こちらは正しく読めているか。この単位は、家族というもっとも近い相手に対する理解の精度を検査する。先に結論を言えば、検査結果はかなり悪い。そして悪いこと自体は問題ではない——悪さを知らずに自信だけ持っていることが問題なのだ。
持ち場の断りを2つ。視点取得や心の理論の総覧は思考法の棚が引き受ける。ここで扱うのは、家族という間柄に固有の錯覚と、家族に効く数個の技術だけである。また、対話のスキル一般——傾聴の型、質問の技法——は友達の棚と恋愛と結婚の棚にも持ち場がある。この単位の固有の主題は、「近いからこそ読み違える」という構造そのものだ。
夫婦の聞き取りは他人並み——近さがつくる錯覚
サヴィツキーらが2011年に発表した一連の実験は、この棚の橙区間でいちばん身も蓋もない数字を出した。
第2実験では、平均14.4年連れ添った24組の夫婦が、曖昧な一言——たとえば「ここ、暑くなってきたね」が「窓を開けて」の意味か、単なる感想か——を配偶者に伝え、聞き手がその意図を当てた。正答の水準は、初対面の相手と組んだ場合と統計的に区別がつかなかった。一方、話し手の側は、配偶者になら伝わるはずだと見積もっていた。精度は他人並み、自信だけが夫婦専用——研究者たちはこの現象を、近さがつくるコミュニケーションの錯覚(クロースネス・コミュニケーション・バイアス)と名づけた。
機構は視線の実験で見える。同じ論文の第1実験では、48人の指示役が96人の聞き手に、格子棚の物を動かすよう指示した。棚には聞き手にしか見えない物が混ざっている。聞き手は、指示役が見えない物のことを言っているはずがないと分かっているのに、相手が友人だと、自分にしか見えない物へ手を伸ばす率が上がった——初対面相手なら15%のところ、友人相手では24%。最初の自己中心的な解釈を訂正するのも遅かった。つまり、親しい相手に対しては、自分の知っていることを相手も知っているという前提で聞く手抜きが起きる。近さは、自他の区別という認知の作業を省略させるのである。
読心の実力は、親しくても3割
では、人はそもそも他人の内面をどのくらい読めるのか。
アイクスらが開発した共感的正確さの測定では、会話を録画し、一方が各時点で考えていたこと・感じていたことを本人に書き出させ、もう一方にそれを推測させて、一致率を第三者が採点する。スティンソンとアイクスが1992年に発表した実験では、初対面の男性同士の正確さは19.9、男友達同士は29.8だった。友人は初対面より約5割も高い——が、絶対値を見てほしい。100点満点の30点である。親しさは読心の実力を確かに上げる。上げた先が3割なのだ。
この数字は家族にそのまま持ち込んでいい教訓を含む。長く暮らした相手について、こちらの推測は他人よりは当たる。だが「当たる」の水準は、外れのほうが多いという水準である。家族の顔色から読み取った不機嫌の理由、黙っている子の胸の内、老親が言わずにいる困りごと——それらの推測は、平均すれば10回のうち7回前後は外れていると考えて設計したほうが安全だ。
想像は外れる、質問は当たる
それなら、もっと一生懸命に相手の身になって考えればよいのか。この、道徳の授業がずっと推奨してきた方法を、正面から検査した研究がある。
エヤル、ステフェル、エプリーが2018年に発表した論文は、25の実験で「相手の視点に立って考える」教示の効果を測った。表情や嘘の読み取りといった標準課題(実験1〜15)では、視点取得を教示された群はむしろ統制群より不正確だった——効果量にしてd=−0.26。配偶者やパートナーの好みを当てる自然な課題でも同じで、37種類の活動への好みや21の意見文への反応を予測させた実験で、視点取得の教示は精度を改善しなかった。想像を頑張ることは、確信を強めるだけで、正確さを上げない。
効いた方法は1つだけある。最後の実験25で、相手の視点を頭の中で取る代わりに、相手から直接手に入れる——つまり事前に本人と話して聞く——条件は、予測の正確さを実際に上げた。研究者たちの言葉を借りれば、必要なのは視点取得ではなく視点獲得である。読心術は存在しない。存在するのは、口に出して聞くという、拍子抜けするほど地味な技術だけだ。
家族への実装——心を仮説として言葉にする
聞けば分かる、とはいえ、家族相手の「聞く」には設計がいる。2つの研究群が設計図をくれる。
第一に、マインド・マインデッドネスの研究。マインズらが2001年に発表した研究は、生後6ヶ月の子を持つ母子71組を観察し、母親が子の心の状態を適切に言葉にするコメント——「眠くなったのかな」「それが気に入ったんだね」——の頻度が、12ヶ月時点の愛着の安定を予測することを示した。説明できた分散は12.7%で、従来の感受性の指標の6.5%を上回る。2002年の続報では、57組の追跡で、6ヶ月時点の適切な心のコメントが45〜48ヶ月時点の心の理解の成績を予測した(分散の11%)。ここで重要なのは、当てることではない。子の内面への推測を、決めつけではなく仮説として口に出す——外れていれば子の反応で分かる——という営みの反復が、関係と発達の両方に効いていたことだ。この技術は相手が3歳でも73歳でも使える。「疲れてるでしょ」と断定する代わりに、「疲れてるように見えるけど、どう」と仮説で差し出す。訂正の余地を残した推測だけが、答え合わせを許す。
第二に、親は何をどうやって知るのかという研究。スタッティンとケアが2000年に発表したスウェーデンの14歳703人とその親の調査は、親の監視・監督が子を守るという通説を検査して、逆向きの答えを出した。親が子の生活について知っていることの大部分は、監視や探りではなく、子どもの自発的な開示から来ていた。そして非行や警察沙汰と強く結びついていたのは、監視の量ではなく開示の少なさだった。理解は、取りに行くものではなく、話してもらえる関係に貯まるものである。042「継続」で扱った関わりの規則性と、041「誠実」で扱った約束の履行は、この開示の口座を開くための与信にあたる。
時間・変化:同居年数は、聞き取りの精度を買わない
理解について、時間はわれわれの味方だと思われている。長く一緒にいれば、いつか分かり合える——だが実験結果は逆向きだ。平均14.4年の夫婦の聞き取りが他人並みだったことを思い出してほしい。年数は精度を上げていなかった。むしろ年数が蓄積させるのは、「もう分かっているから確認しない」という習慣のほうである。理解の在庫は自動更新されない。10年前の子ども像、働いていた頃の親像、新婚時代の配偶者像——在庫の棚卸しをしない家では、家族は昔の家族の模型と暮らすことになる。
しかも相手は変わり続ける。子どもは成長とともに内面を外から見せなくなり、親の知識は監視から開示へと供給源を切り替えざるをえない。老いた親は、心配をかけまいとして困りごとを言わなくなる。同居していても、単身で離れていても、この不透明化は進む。だから理解は、状態ではなく作業である——定期的に、手動で、聞いて更新するもの。都合のいいことに、その更新作業そのものが、前の単位で扱った情愛表現を兼ねる。聞かれることは、気にかけられることだからだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
標本の断りを置く。この単位の実験は米国の大学生と中流の夫婦、スウェーデンの14歳、英国の母子など、欧米の標本に大きく偏っている。実験室の課題は日常会話より人工的で、共感的正確さの数字も課題依存だ。数字の絶対値を家庭に直輸入せず、「親しさは自信ほどには精度を買わない」という向きだけを持ち帰るのが正しい使い方である。
妨げるものは3つ。第一に自信——このバイアスの厄介さは、間違えている瞬間ほど通じている感覚が強いことにある。第二に、確認の質問を水くさいと感じる規範。「いちいち聞くのは他人行儀」という感覚こそ、聞き取りを他人以下にする。第三に忙しさ。開示は隙間時間に起きるが、隙間は予定表に載らない。
助けるものは2つ。第一に、仮説の形式で話す習慣——断定(あなたはこう思ってる)を仮説(こう見えるけど、どう)に置き換えるだけで、外れた推測が訂正可能になる。第二に、答え合わせの機会を定例化すること。夕食時の「今日いちばん重かったことは」のような、開示の受け皿になる決まった問いを1つ持つ。
最初の一歩は10分。家族を1人選び、その人の「今日いちばん重かったこと」あるいは「いま楽しみにしていること」を、先に紙に書いて予測する。それから本人に聞く。答え合わせをして、合っていた部分と外れていた部分を一行ずつ記録する。外れているほど、この単位の教材費は回収されている。
次の単位は 047「修復」——通じない前提に立てば、ズレは事故ではなく日常の仕様になる。ならば家族の質を決めるのは、ズレないことではなく、ズレを直す速さだ。生後6ヶ月の赤ん坊と母親のあいだで、すでにその技術が動いている。
- Savitsky, Keysar, Epley, Carter & Swanson 2011(Journal of Experimental Social Psychology 47(1):269-273)第2実験:平均14.4年連れ添った24組の夫婦で、曖昧な一言の意図を当てる正確さは初対面の相手と統計的に区別がつかず、話し手の「伝わるはず」という見積もりだけが配偶者相手で高かった。近さがつくるコミュニケーションの錯覚(クロースネス・コミュニケーション・バイアス)と命名された
- 同じSavitskyらの2011年の第1実験:48人の指示役と96人の聞き手の格子棚課題で、聞き手は相手が友人だと、相手に見えていない物へ手を伸ばす自己中心的な誤りが増えた(初対面15%対友人24%)。親しい相手には、自分の知識を相手も持っているという前提で聞く手抜きが起きる
- Stinson & Ickes 1992(Journal of Personality and Social Psychology 62(5):787-797):会話中の相手の思考・感情を推測させる共感的正確さの測定で、初対面の男性同士は19.9、男友達同士は29.8。友人は約5割高いが、絶対値は100点満点の3割にとどまる
- Eyal, Steffel & Epley 2018(Journal of Personality and Social Psychology 114(4):547-571):25の実験で「相手の視点に立つ」教示は正確さを上げず、標準課題ではむしろ下げた(d=−0.26)。配偶者の37種類の活動への好みを当てる課題でも改善なし。正確さを上げたのは、相手から直接聞いて確かめる視点獲得だけだった
- Meins et al. 2001(Journal of Child Psychology and Psychiatry 42(5):637-648):生後6ヶ月の母子71組で、子の心の状態を適切に言葉にするコメントの頻度が12ヶ月時点の愛着の安定を予測(分散の12.7%)。従来の感受性の指標(6.5%)を上回った
- Meins et al. 2002(Child Development 73(6):1715-1726):57組の追跡で、6ヶ月時点の適切な心のコメントが45〜48ヶ月時点の心の理解の成績を予測(分散の11%)。子どもの言語能力(16%)と並ぶ独立の予測因で、12ヶ月時点の愛着の安定自体は予測しなかった
- Stattin & Kerr 2000(Child Development 71(4):1072-1085):スウェーデン中部の14歳703人とその親の調査。親が子について知っていることの大部分は監視ではなく子どもの自発的開示に由来し、非行や警察沙汰と強く結びつくのは開示の少なさだった。理解は取りに行くものではなく、話してもらえる関係に貯まる
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 家族なら、言わなくても分かり合える | 平均14.4年の夫婦24組で、曖昧な一言の聞き取り精度は初対面の他人と統計的に同じだった。夫婦が他人より多く持っていたのは自信だけである。親しさは自他の区別の手抜きを招き、通じている感覚と実際の精度を逆方向に動かしうる |
| 相手の身になって一生懸命考えれば、相手の気持ちは分かる | 25の実験で、視点取得の教示は正確さを上げず、標準課題ではむしろ下げた(d=−0.26)。配偶者の好みの予測でも改善しなかった。正確さを上げたのは、本人から直接聞いて確かめることだけだった。想像は確信を強め、質問だけが精度を上げる |
| 長く一緒に暮らせば、家族への理解は自然に深まっていく | 共感的正確さは友人同士で初対面の約5割増しだが、それでも3割にとどまり、14.4年の同居年数は聞き取り精度を買っていなかった。年数が蓄積させるのは「もう分かっているから確認しない」習慣であり、理解は自動更新されない。定期的に聞いて手動で更新する作業である |
以心伝心は美しい理想である。実験室でその中身を開けてみたら、伝心は入っておらず、楽観だけが入っていた。considerate な沈黙で20年暮らした家族より、無粋な質問を20年続けた家族のほうが、相手の現在地を知っている。読心術が使えると信じている者だけが、読心術の失敗に気づかない——なにしろ答え合わせをしないのだから、あの人のことは私がいちばん分かっている、という自己採点は、永遠に満点のままである。
Q1. サヴィツキーらの第2実験では、平均____年連れ添った____組の夫婦で、曖昧な一言の聞き取り精度が初対面の相手と統計的に____。高かったのは話し手の____だけだった。穴埋め
Q2. 共感的正確さの測定で、初対面の男性同士と男友達同士のスコアはそれぞれいくつだったか。この2つの数字から本文が引き出した教訓を述べよ。一問一答
Q3. 25の実験で検証された「相手の視点に立って考える」教示の効果について、本文の記述と一致するものはどれか。選択
Q4. マインド・マインデッドネス研究(71組・57組)が示したことと、スウェーデンの14歳703人の調査が示したことを、それぞれ一文で述べよ。そして両者に共通する実務含意を答えよ。一問一答
Q5. 「時間・変化」の節が同居年数について述べたことはどれか。選択
家族(同居でも遠方でもよい)を1人選び、その人の「今日いちばん重かったこと」または「いま楽しみにしていること」を、先に紙かメモに書いて予測する。そのあと本人に同じ問いを口に出して聞く(遠方なら電話・メッセージ可)。聞き方は尋問にせず、自分の予測は聞き終わるまで見せない。最後に、予測が合っていた部分と外れていた部分を一行ずつ書く。家族がいない・疎遠な場合の代替:親しい友人か同僚1人で同じ手順を行うか、亡くなった・会えない家族について「あの人ならこう答えたはず」と書いたうえで、その根拠が実際の記憶か想像かを一行で仕分けする。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Savitsky K., Keysar B., Epley N., Carter T., Swanson A. (2011) 'The closeness-communication bias: Increased egocentrism among friends versus strangers', Journal of Experimental Social Psychology 47(1):269-273 — faculty.wharton.upenn.edu
- Stinson L., Ickes W. (1992) 'Empathic accuracy in the interactions of male friends versus male strangers', Journal of Personality and Social Psychology 62(5):787-797 — www.researchgate.net
- Eyal T., Steffel M., Epley N. (2018) 'Perspective Mistaking: Accurately Understanding the Mind of Another Requires Getting Perspective, Not Taking Perspective', Journal of Personality and Social Psychology 114(4):547-571 — uploads-ssl.webflow.com
- Meins E., Fernyhough C., Fradley E., Tuckey M. (2001) 'Rethinking maternal sensitivity: Mothers' comments on infants' mental processes predict security of attachment at 12 months', Journal of Child Psychology and Psychiatry 42(5):637-648 — acamh.onlinelibrary.wiley.com
- Meins E., Fernyhough C., Wainwright R., Das Gupta M., Fradley E., Tuckey M. (2002) 'Maternal Mind-Mindedness and Attachment Security as Predictors of Theory of Mind Understanding', Child Development 73(6):1715-1726 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Stattin H., Kerr M. (2000) 'Parental Monitoring: A Reinterpretation', Child Development 71(4):1072-1085 — srcd.onlinelibrary.wiley.com