親密さは感情ではなく頻度である——ハグは風邪を防ぎ、「愛情ホルモン」は当てにならない
家族の親密さについて科学が言えるもっとも確かなことは、およそロマンチックではない。気持ちは測れないが、ハグは数えられる。そして404人の成人を風邪のウイルスにさらした実験では、毎晩数えられたハグのほうが、胸の内の愛情よりもよほど働いていた。
線を引いた者だけが、線の内側を温められる
前の単位044「境界」で、家族システムの線の引き方を扱った。絡み合いでも没交渉でもない、開け閉めできる境界。この単位はその続きである。線を引く技術は器にすぎない。器の内側で何が交わされるかが決まらなければ、境界の設計は空き部屋の間取り図に終わる。橙の区間の残り4つの単位は、その内側の運転技術——温度、聞き取り、破れの直し方、そして蓄積——を順に扱う。まず温度からだ。
先に持ち場の断りを入れておく。親密さという言葉は恋愛の匂いをまとっているが、夫婦の恋愛関係そのもの——性的な親密さ、恋人としての駆け引きや修復——は恋愛と結婚の棚の持ち場である。この単位が扱うのは、家族という共同生活の中の情愛表現だ。子の頭に手を置くこと、老いた親の肩に触れること、行ってきますに添える一言、離れて暮らすきょうだいへの短い文面。ロマンスではなく、同じ生活を何十年も運転する者たちのあいだで交わされる、観測可能な温度の話である。
コミュニケーション研究者のコリー・フロイドが情愛交換理論——情愛のやりとりを生存に有利な信号として扱う枠組み——で置いた区別が、この単位の土台になる。情愛を感じることと、表すことは、別の変数である。深く感じているのにほとんど表さない人がいて、その逆もいる。そして家族に観測できるのは表現だけだ。胸の中の愛情は、本人にとってどれほど確かでも、受け手から見れば存在しないのと同じ振る舞いをする。この単位で操作できるのは、だから表現の側——頻度と形である。
ハグは風邪を防ぐ——404人をウイルスにさらした実験
親密さの表現がただの飾りではないことを、これ以上ないほど即物的に示した実験がある。
コーエンらが2015年に発表した研究は、健康な成人404人に14晩連続で電話の聞き取りを行い、その日の対人的な揉め事と、ハグをされたかどうかを記録した。そのうえで全員を隔離し、風邪のウイルスを鼻に投与して、実際に感染するか、どの程度の症状が出るかを観察した。結果はこうだ。支えられているという知覚は、対人葛藤がもたらす感染リスクの上昇を緩衝した。そしてハグにも同様の緩衝効果があり、ハグは支えの緩衝効果の32%を説明した。感染した参加者の中では、支えの知覚とハグの頻度の両方が、症状の軽さを予測した。
考えてみれば奇妙な実験である。愛情の効果を測るのに、研究者たちは質問紙で愛を語らせるだけでは足りないと考え、ハグの有無を毎晩数えさせ、最後に本物のウイルスを鼻に入れた。そして、抱き合うという数秒の行動の記録が、免疫の側で観測できる差と結びついていた。ハグが直接生理に効くのか、支えられている感覚の伝達路なのかは、この設計では完全には切り分けられない。それでも、緩衝効果の32%が接触行動で説明されたという事実は残る。気持ちは測りにくいが、ハグは数えられる——そして数えられるものが、働いていた。
仕組み:接触は「安全の信号」として二重に効く
なぜ数秒の接触にそんな仕事ができるのか。ヤクビアクとフィーニーが2017年に発表したレビューは、成人期の情愛的な接触の研究を集めて、効き方を2つの経路に整理した。ひとつは即時の経路——接触は脅威の場面で安全の信号として働き、その場のストレス反応を和らげる。もうひとつは蓄積の経路——繰り返される接触が「この関係は安全だ」という感覚を作り、それが挑戦や回復のための資源になる。つまり接触は、鎮痛剤のようにその場で効き、同時に貯金のように貯まる。
このレビューが成人を対象にしている点は強調しておきたい。タッチは乳幼児のものと思われがちだが、証拠の多くは大人の話である。そして接触には形の選択肢がある。抱擁が不自然な間柄なら、肩、背中、ハイタッチ、握手。形は文化と関係の歴史で選べばよく、効き目の核心は「安全の信号が定期的に届いているか」のほうにある。
書く情愛——照れる家族のための迂回路
触れるのも言うのも照れる、という家は多い。そのための迂回路の証拠がある。
フロイドらが2007年に発表した2つの無作為化比較試験では、参加者が大切な友人・家族・恋人への情愛を、5週間のあいだに20分ずつ3回、文章に書いた。実験群は総コレステロールが統計的に有意に低下し、第1試験の統制群は同じ期間にむしろ上昇した。書いた手紙を相手に渡したかどうかすら問われていない。表現する側の生理指標が、書くという行為だけで動いたのである。
不足の側の証拠もある。フロイドが2014年に発表した研究は、情愛の受け取り不足——アフェクション・デプリベーションと名づけられた状態——が、孤独感、抑うつ、ストレス、睡眠の質の低さなどと関連することを示した。横断の自己報告研究であり因果の向きは断定できないが、触れない・言わない家は単に静かなのではなく、何かが慢性的に不足している状態でありうる、という向きの証拠ではある。
実務への翻訳は簡単だ。対面の表現が高くつく家族には、書くという迂回路がある。老親への短い手紙、単身赴任先からの短文、受験期で口をきかない子の机に置く一枚。書く情愛は、照れの関税を払わずに国境を越える。
値切り:オキシトシンは「愛情ホルモン」ではない
ここで、この領域でもっとも流通している説明装置を値切っておく。ハグや触れ合いの効能は、俗流の記事ではほぼ例外なく「オキシトシンが出るから」と説明される。愛情ホルモン、絆ホルモン。家族で触れ合えばオキシトシンが出て絆が深まる——という一本道の物語である。
ネイヴ、キャメラー、マッカロウが2015年に発表した批判的レビューは、この物語の土台を検査した。出発点になった有名な実験——点鼻オキシトシンで信頼ゲームの送金額が増えたという2005年の報告——の直接追試は、成功していない。血中のオキシトシン濃度と信頼の関連も、信頼できる測定法を使った研究では確認されなかった。結論は素っ気ない。オキシトシンが人間の信頼を高めるという主張を支える頑健な証拠は、現時点で存在しない。
さらにワルム、ウォルドマン、ヤングが2016年に発表した方法論の検討は、点鼻オキシトシン研究の統計的検定力が総じて低く、公表された陽性の知見の多くが真の効果ではない可能性が高いと結論した。効果が小さいのではない。研究の網の目が粗すぎて、そもそも何かを捕まえたのかどうか分からない、という水準の話である。
正確に言っておくべきことが2つある。第一に、これはオキシトシンが何もしていないという証明ではない。分かったのは「ハグ→オキシトシン→愛情」という物語を支える証拠が細いということだ。第二に、これは実務にとってむしろ朗報である。ハグの効果はホルモンの物語に依存していない。コーエンの実験が測ったのは行動と免疫であり、機構の説明が崩れても行動の効果は残る。説明は仮説にすぎないが、頻度は事実として積める。
時間・変化:接触は年齢とともに形を変える
家族の接触には寿命がある——という言い方は正確ではない。形が変わるのだ。
乳幼児期は、抱く・運ぶ・寝かしつけるという全面接触の時代である。児童期には手をつなぐ・頭に触れるへと縮み、思春期には多くの場合、子どもの側から接触の撤退が始まる。ここで表現の在庫が接触しかなかった家は、温度の伝達路を一度に失う。言葉と書き物の系統を持っていた家は、形を乗り換えて伝達を続けられる。成人したきょうだいは会えば肩を叩く程度になり、やがて老いた親の暮らしに手を貸す段階が来ると、接触はふたたび全面化する——今度は介助という形で。人生の最初と最後に接触が濃く、中間では言葉と書き物が接触を代行する。家族の情愛表現は、そういう設計になっている。
含意は2つ。第一に、どの段階でも「今の関係に合う形」を1つ持っていればよい。思春期の子に幼児期の型を続ける必要はないし、老親に握手は不自然でも、肩や背中は最後まで残る。第二に、一度止まった表現の再開は、最初の1回だけが高くつく。再開の口実として、書く迂回路と、次の節で述べる儀式への埋め込みが使える。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
標本の断りを先に置く。この単位の研究は米国を中心とする欧米の標本に偏り、多くが自己報告で、不足の研究は横断である。そして接触の規範は文化差が大きい。欧米の標本で観察された頻度や形を、そのまま自分の家の目標値にはできない。向きの参考にとどめ、量と形は自分の家で試して決める。
妨げるものは3つ。第一に照れ——特に、思春期以降に一度止まった表現を再開する最初の1回の費用。第二に「言わなくても分かっているはず」という前提——これは次の単位で正面から検査するが、先に言えばあの前提は実験室で繰り返し破産している。第三に在庫の不足——情愛表現の乏しい家で育った人は、見たことのない型を出せない。これは資質ではなく在庫の問題で、書く系統から補充するのがいちばん安い。
助けるものは2つ。第一に、儀式への埋め込み。出かけ際・帰宅・就寝前という毎日ある節目に、表現を1つ紐づける。039「歓迎」で扱った家族の儀式の器は、ここでも回収装置として働く。意志で毎回決断するのではなく、時刻に固定してしまう。第二に、系統の多様化。触れる・言う・書くの3系統を持てば、相手の年齢や関係の温度で乗り換えられる。
最初の一歩は今日、3系統を1回ずつ。触れる(肩・背中・ハイタッチで十分)、言う(ありがとうに固有の中身を一文足す)、書く(短い文面を1通)。相手の反応は求めない。出したことだけを数える。反応を求めた瞬間、表現は取引になり、取引は照れよりも早く表現を殺す。
次の単位は 046「理解」——触れて、言って、書いて、それで伝わったかどうかは、まったく別の問題である。家族というもっとも近い相手が、実はもっとも聞き取れていない相手かもしれないという、身も蓋もない実験結果から始める。
- Cohen, Janicki-Deverts, Turner & Doyle 2015(Psychological Science 26(2):135-147):健康な成人404人に14晩の電話聞き取りで対人葛藤とハグの有無を記録し、その後隔離して風邪ウイルスに曝露。支えの知覚は葛藤による感染リスク上昇を緩衝し、ハグがその緩衝効果の32%を説明した。感染者の中では支えの知覚とハグの頻度が症状の軽さを予測した
- Floyd, Mikkelson, Hesse & Pauley 2007(Human Communication Research 33(2):119-142):大切な相手への情愛を5週間で20分×3回書く2つの無作為化比較試験。実験群は総コレステロールが有意に低下し、第1試験の統制群は同期間にむしろ上昇した。手紙を渡さなくても、書く側の生理指標が動いた
- Floyd 2014(Western Journal of Communication 78(4):383-403):情愛の受け取り不足(アフェクション・デプリベーション)は孤独感・抑うつ・ストレス・睡眠の質の低さなどと関連する。横断・自己報告のため因果の向きは断定できないが、表現の少ない家は何かが慢性的に不足している状態でありうる
- Jakubiak & Feeney 2017(Personality and Social Psychology Review 21(3):228-252):成人期の情愛的接触のレビューと理論モデル。接触は安全の信号として、脅威場面での即時のストレス緩衝と、繰り返しによる長期の関係資源の蓄積という2経路で効くと整理された。証拠の多くは大人を対象にしている
- Nave, Camerer & McCullough 2015(Perspectives on Psychological Science 10(6):772-789):点鼻オキシトシンが信頼ゲームの送金を増やしたという2005年の有名な報告の直接追試は成功しておらず、信頼できる測定法での血中オキシトシンと信頼の関連も確認されなかった。オキシトシンが人間の信頼を高めるという頑健な証拠はないと結論
- Walum, Waldman & Young 2016(Biological Psychiatry 79(3):251-257):点鼻オキシトシン研究は総じて統計的検定力が不足しており、公表された陽性の知見の多くが真の効果ではない可能性が高い。「愛情ホルモン」の物語は、証拠の網の目が粗すぎて検証に耐えない
- フロイドの情愛交換理論:情愛を感じることと表すことは別の変数であり、家族に観測できるのは表現だけである。操作できるのも表現の側——頻度と形——であり、接触・言葉・書き物の3系統は、家族のライフサイクルに応じて乗り換えられる
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| ハグや触れ合いが良いのは、愛情ホルモンのオキシトシンが出るからだ | 点鼻オキシトシンで信頼が増すという出発点の実験の直接追試は成功しておらず、この分野の研究は総じて検定力不足で、公表された知見の多くが真の効果でない可能性が高い。ただしハグの効果自体はホルモンの物語に依存しない。404人のウイルス曝露実験で測られたのは行動と免疫であり、機構の説明が崩れても行動の効果は残る |
| 親密さは気持ちの問題で、家族を愛していればそれで足りる | 情愛を感じることと表すことは別の変数で、家族に観測できるのは表現だけである。ウイルス曝露実験で感染リスクの緩衝と結びついたのは、毎晩数えられたハグという行動だった。胸の内の愛情は、表現されない限り、受け手から見れば存在しないのと同じ振る舞いをする |
| 接触は小さな子どものためのもので、大人の家族には要らない | 成人期の情愛的接触のレビューは、接触が大人においても即時のストレス緩衝と長期の関係資源の両方に効くと整理している。また成人の情愛の受け取り不足は孤独感・抑うつ・睡眠の質の低さと関連する。形は年齢と関係で乗り換えればよく、肩や背中は最後まで残る |
「愛情ホルモン」の物語が崩れた後に残ったものを並べると、ずいぶん味気ない一覧になる。数えられたハグ、20分の手紙、統計的に有意なコレステロールの低下。ロマンスの語彙はどこにもない。だが、家族の愛が壮大な物語を必要とした試しがあっただろうか。物語は雄弁な日に書けばいい。頻度は、雄弁でない日にも出せる。そして家族が何十年分として記憶するのは、演説ではなく頻度のほうだ——本人がそれを愛と呼ぶ暇もなかったような、手の置き方の回数である。
Q1. コーエンらの実験では、健康な成人____人に____晩の電話聞き取りで対人葛藤とハグの有無を記録し、その後風邪ウイルスに曝露した。ハグは支えの知覚が持つ感染緩衝効果の____%を説明した。穴埋め
Q2. 「オキシトシン=愛情ホルモン」という物語に対して、本文が挙げた2つの反証を述べよ。また、それでもハグの効果が揺らがないのはなぜか。一問一答
Q3. フロイドらの「書く情愛」の無作為化比較試験について、本文の記述と一致するものはどれか。選択
Q4. ヤクビアクとフィーニーのレビューが整理した、情愛的接触の2つの効き方の経路を答えよ。一問一答
Q5. 本文が描いた家族の接触の変化を、時間順に並べよ。(介助として再び全面化する/子の側から撤退が始まる/抱く・運ぶの全面接触/言葉と書き物が接触を代行する)並べ替え
今日、家族(同居でも遠方でもよい)に対して、触れる・言う・書くの3系統から1つずつ、合計3回の情愛表現を意図して出す。触れるは肩・背中・ハイタッチ・握手で十分。言うは、ありがとうに固有の中身を一文足す(例:先に風呂を沸かしてくれて助かった)。書くは短い文面1通(メッセージアプリ可)。相手の反応は求めず、出せた系統の数だけを記録する。家族がいない・疎遠な場合の代替:大切に思う相手1人に、書く系統の1通(感謝か気づかいの短文)を送ることを1件として数える。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Cohen S., Janicki-Deverts D., Turner R.B., Doyle W.J. (2015) 'Does Hugging Provide Stress-Buffering Social Support? A Study of Susceptibility to Upper Respiratory Infection and Illness', Psychological Science 26(2):135-147 — journals.sagepub.com
- Floyd K., Mikkelson A.C., Hesse C., Pauley P.M. (2007) 'Affectionate Writing Reduces Total Cholesterol: Two Randomized, Controlled Trials', Human Communication Research 33(2):119-142 — academic.oup.com
- Floyd K. (2014) 'Relational and Health Correlates of Affection Deprivation', Western Journal of Communication 78(4):383-403 — www.tandfonline.com
- Jakubiak B.K., Feeney B.C. (2017) 'Affectionate Touch to Promote Relational, Psychological, and Physical Well-Being in Adulthood: A Theoretical Model and Review of the Research', Personality and Social Psychology Review 21(3):228-252 — journals.sagepub.com
- Nave G., Camerer C., McCullough M. (2015) 'Does Oxytocin Increase Trust in Humans? A Critical Review of Research', Perspectives on Psychological Science 10(6):772-789 — journals.sagepub.com
- Walum H., Waldman I.D., Young L.J. (2016) 'Statistical and Methodological Considerations for the Interpretation of Intranasal Oxytocin Studies', Biological Psychiatry 79(3):251-257 — www.biologicalpsychiatryjournal.com