「フローがあれば違反に対処できる」——だが順序は逆で、対処の前に発見があり、発見はフローより人と風土に依存する
対応フローを整えておけば違反にすぐ対処できる、と教わる。だが順序が逆だ。フローは違反が見つかったあとの地図で、違反はまず発見されなければ対処のスタートラインにすら立てない。そして発見は、フローの出来より人に依存する。組織の不正に最初に気づくのは、外側の制度より内側の人。しかもその人が声を上げるかは、報復への懸念や公正感といった風土に左右される。フローを描く前に、気づく仕組みを問う。
対処の前に、まず「気づく」——順序が逆になっている
前の単位では、自分の権利を守るには、登録の先の行使まで見通す必要があることを扱った。ここでは、権利や約束が破られたとき——違反が起きたときに、どう対処するのかを扱う。
用語をほどく。違反に気づいてから最初にとる動きを、初動という。そして、初動から解決までの段取りをあらかじめ決めた地図を、対応フローと呼ぶ。よく聞くのは、「対応フローを整えておけば、違反にはすぐ対処できる」という言い方だ。
だが、この単位が示すのは、順序が逆になっているということである。フローは、違反が「見つかったあと」の地図だ。ところが実際には、違反はまず発見されなければ、対処のスタートラインにすら立てない。そして、その発見は、フローの出来ばえよりも、人に依存する。だからこの棚は、フローを描く前に、気づく仕組みのほうを問う。なお、この棚は法律相談ではない。ある行いが違反にあたるかどうかの判定は専門家の仕事で、ここで扱うのは、気づいて相談へつなげる状態を自分で用意する技術である。
この棚を貫く見方が、ここでも顔を出す。法の実在と、道具の証明は、別物である。 違反にどう対処すべきかを定めた手順書やフローは、いくらでも精密に書ける。だが、その手順書があること自体が、違反への対処を良くする——という効き目のほうは、思うほど測られていない。むしろ研究が示すのは、対処の巧拙より前に、そもそも違反に気づけているかという、もっと素朴で、もっと決定的な段があることだ。手順書の分厚さと、気づく力は、比例しない。
出発点は「発見」——そして発見は人に依存する
どんなに立派な対応フローを用意しても、違反に気づけなければ、フローは一度も起動しない。だから本当の出発点は、対処ではなく発見だ。では、組織の不正は、どうやって見つかるのか。
Dyck・Morse・Zingales が2010年に発表した研究(「誰が企業不正を告発するのか」)は、不正の発見経路を体系的に調べ、監査人や規制当局よりも、従業員・業界関係者・報道といった経路のほうが、発見に大きく寄与していることを示した。つまり、違反に最初に気づくのは、多くの場合、外側の制度ではなく、内側にいる人である。これは、対応フローの前提を静かに揺さぶる。フローは「気づいたあと、どう動くか」を定める。だが、その気づきの多くが人から来るのなら、先に整えるべきは、フローよりも、人が声を上げられる経路のほうだ、ということになる。
なぜ、制度より人が先に気づくのか。理由は素朴だ。監査や規制は、決められた時期に、決められた範囲を、外から見る。だが、日々その現場にいる人は、いつもの様子との小さなずれ——帳尻の合わなさ、聞こえてくる不満、いつもと違う手順——に、リアルタイムで触れている。違反は、多くの場合、遠くの制度が見つけるより先に、近くの誰かが感じ取っている。問題は、その感じ取ったことが、外に出てくるかどうかだ。近くの人が気づいていても、それが口に出されず、記録にも残らなければ、組織としては「気づいていない」のと同じになる。だから発見の設計とは、監視の目を増やすことではなく、すでに感じ取られていることが、外へ出てくる通り道を作ることである。
仕組みは効きうる——ただし「フロー」そのものの実証は薄い
では、発見の仕組みは作れるのか。Stubben と Welch が2020年に発表した研究は、内部通報の仕組み(社内で問題を報告できる経路)を実際に使っている企業では、その後の訴訟や是正にかかるコストの減少と関連があることを示した。気づきを拾う仕組みは、効きうる。
ただし、ここで注意がいる。効くと示されたのは「通報の仕組みが実際に使われていること」であって、「立派な対応フローが用意されていること」ではない。実は、違反対応フロー(初動手順)そのものの効果を測った実証は、薄い。フローがあること自体が対処を良くする、という証拠は、思うほど揃っていない。だから「フローを作った=対処できる」と考えるのは早い。仕組みは、作られただけでは効かず、使われて初めて効く。 立派な手順書が棚にあることと、いざというときに声が上がることは、別のことだ。
この区別は、実務ではとても見落とされやすい。手順書は、作れば形が残る。監査で「対応フローはありますか」と問われれば、「あります」と示せる。だが、それが実際に使われているか、そもそも問題が上がってくる経路として機能しているかは、書類の上には現れない。「ある」ことは証明しやすく、「効いている」ことは証明しにくい。 そして人は、証明しやすいほうを整えて、安心してしまいがちだ。この単位が値切るのは、まさにこの安心である——手順書の存在を、対処能力の証拠と取り違えないこと。
発見は風土に依存する——相談されない、という実態
仕組みを作っても、人が声を上げなければ、発見は始まらない。そして、人が声を上げるかどうかは、仕組みの有無以上に、その場の空気に左右される。Miceli と Near を中心とする一連の研究群(1985年から2012年にかけて重ねられた通報行動の研究)は、人が問題を報告するかどうかが、組織の風土、報復への懸念、公正感に強く依存することを、くり返し示してきた。報復が怖い場所、声を上げても無駄だと感じる場所では、たとえ経路があっても、相談は立ち上がらない。
日本では、この「声を上げる人」を守る背骨として、公益通報者保護法がある。消費者庁がこの制度を所管し、一定規模の事業者には内部通報の体制整備が求められる、という公式の枠組みだ(ここでは制度が存在するという事実の提示に留め、ある通報がこの保護に該当するかどうかの個別判定はしない)。大事なのは、法や仕組みが用意されても、声を上げても大丈夫だと思える風土がなければ、発見は起きない、という順序である。
風土という言葉は、抽象的に聞こえるかもしれない。だが、その中身は具体的だ。以前に声を上げた人が、その後どう扱われたか。困りごとを相談したとき、話が握りつぶされずに、ちゃんと動いたか。こうした一つひとつの経験が積もって、「ここでは、言っても大丈夫か」の相場ができていく。だから風土は、標語やポスターでは変わらない。過去に上がった小さな声を、どう受け止めてきたかの実績こそが、次の声が上がるかどうかを決める。発見の仕組みを作るとは、突きつめれば、この実績を一件ずつ積むことでもある。
時間・変化:発見と通報の研究が示してきたこと
順に置く。1985年、Miceli と Near が、通報が組織風土に依存することを示す。2005年と2012年、同じ研究群が、通報行動を左右する要因(報復への懸念、公正感、士気)を重ねていく。2010年、Dyck らが、不正の発見が内部者に大きく依存することを示す。2020年、Stubben と Welch が、内部通報の仕組みの利用が是正コストの減少と関連することを示した。
この間に確からしくなったのは、「フローがあれば対処できる」ではない。確からしくなったのは、対処の前に発見があり、発見は人に依存し、その人が声を上げるかどうかは風土に左右される、という順序のほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「対応フローを作ったから、違反には対処できる」という安心だ。フローは発見のあとの地図で、発見そのものは別の問題である。もうひとつの妨げは、声を上げにくい空気を放置したまま、経路だけを整えること——使われない経路は、無い経路とほとんど同じだ。
助けになるのは、対処の手順を磨く前に、自分の商いで、問題が起きたときにそれに気づける経路がいくつあるか、そしてそこに声が届きやすいかを、棚卸ししておくことだ。
一人で全部を回している読者——通報窓口も、部下もいない場合——にも、この見方はそのまま効く。むしろ、気づきの経路がぜんぶ自分ひとりの目に集約されている、というのが、小さな商いの構造的な弱点だ。自分が見落とせば、誰も拾わない。だからこそ、自分の目以外の経路——顧客からの声、取引の記録どうしの突き合わせ、定期的に立ち止まって確かめる仕組み——を、意識して増やしておく。監視の目を増やすのではない。自分ひとりに集まっている気づきを、記録や手順といった、自分の記憶に頼らない経路に、少しずつ逃がしておくという発想だ。それが、見落としに強い商いの、地味だが確かな土台になる。
もう一つ、助けになる心構えがある。気づきの経路を増やすことと、人を疑うことを、混同しないことだ。監視を強めれば、かえって声は上がらなくなる——見張られていると感じる場所で、人は率直な相談をためらう。増やすべきは、疑いの目ではなく、安心して声を通せる道のほうだ。この二つは、向きが正反対である。
最初の一歩は10分。自分の商いで、何か問題(取引先とのトラブル、社内のミス、約束の不履行など)が起きたとき、それが自分の耳に入ってくる経路を書き出す(顧客からの連絡、記録の突き合わせ、現場の誰かからの一言など)。次に、それぞれの経路について、声が届きやすいか、途中で止まりやすいかを一言添える。誰かを疑ったり、監視を強めたりする必要はない——自分の商いの「気づきの経路」の棚卸しだけで完結する。経路が一本しかない、あるいは全部が自分ひとりを通っている場合、それが、発見が滞りやすい構造のサインである。
次の単位は 455「法改正に追随するには?」——起きた違反への対処から、そもそも守るべきルール自体が変わり続けるという、追随の話へ進む。
- この単位は緑の段の二歩目で、違反対応を扱う。初動とは違反に気づいてから最初にとる動き、フローとは初動から解決までの段取りの地図である。俗説『対応フローを整えれば違反にすぐ対処できる』に対し、順序が逆で、フローは違反が見つかったあとの地図にすぎず、違反はまず発見されなければ対処のスタートラインに立てない。ある行いが違反にあたるかの判定は専門家の仕事で、この棚は気づいて相談へつなげる状態を作る技術を扱う
- 違反対応の本当の出発点は対処ではなく発見である。どんなに立派なフローも違反に気づけなければ一度も起動しない。Dyck・Morse・Zingales 2010(誰が企業不正を告発するのか)は不正の発見経路を体系的に調べ、監査人や規制当局よりも従業員・業界関係者・報道といった経路のほうが発見に大きく寄与することを示した。最初に気づくのは外側の制度ではなく内側にいる人である
- 先に整えるべきはフローよりも人が声を上げられる経路である。気づきの多くが人から来るため、フローの前に気づく経路を問う必要がある。フローは気づいたあとの動きを定めるが、その気づきそのものは別の問題として扱わなければならない
- Stubben & Welch 2020は内部通報の仕組みを実際に使っている企業でその後の訴訟や是正のコストの減少と関連があることを示した。気づきを拾う仕組みは効きうる。ただし効くと示されたのは仕組みが使われていることであって用意されていることではなく、違反対応フロー(初動手順)そのものの効果を測った実証は薄い。仕組みは作られただけでは効かず使われて初めて効く
- 人が声を上げるかどうかは仕組みの有無以上にその場の空気に左右される。Miceli & Near を中心とする研究群(1985年から2012年)は、通報するかどうかが組織の風土・報復への懸念・公正感に強く依存することをくり返し示した。報復が怖い場所や声を上げても無駄だと感じる場所では、経路があっても相談は立ち上がらない。使われない経路は無い経路とほとんど同じである
- 日本では公益通報者保護法が声を上げる人を守る公式の背骨で、消費者庁が所管し一定規模の事業者に内部通報の体制整備を求める(ある通報が保護に該当するかの個別判定はしない)。だが法や仕組みが用意されても、声を上げても大丈夫だと思える風土がなければ発見は起きない。制度の存在と実際に声が上がることは別の順序にある
- 最初の一歩は10分。自分の商いで問題(取引先とのトラブル・社内のミス・約束の不履行など)が起きたときそれが自分の耳に入ってくる経路を書き出し、それぞれ声が届きやすいか途中で止まりやすいかを一言添える。誰かを疑ったり監視を強めたりせず、自分の商いの気づきの経路の棚卸しだけで完結する。経路が一本しかない、あるいは全部が自分ひとりを通っているなら、それが発見の滞りやすい構造のサインである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 違反対応のフローを整えておけば、違反にはすぐ対処できる。手順書があれば安心だ | 順序が逆である。フローは違反が見つかったあとの地図で、違反はまず発見されなければ対処のスタートラインにすら立てない。そして発見はフローの出来より人に依存する。Dyck・Morse・Zingales 2010は組織の不正の発見が監査人や規制当局より従業員・業界関係者・報道に大きく寄与することを示した。しかも違反対応フロー(初動手順)そのものの効果を測った実証は薄い。だからフローを作った=対処できると考えるのは早く、先に整えるべきは人が声を上げられる経路である |
| 内部通報の仕組みを用意しさえすれば、問題は上がってくる | Stubben & Welch 2020は内部通報の仕組みを実際に使っている企業でその後の訴訟や是正のコストの減少と関連があることを示したが、効くと示されたのは仕組みが使われていることであって、用意されていることではない。仕組みは作られただけでは効かず、使われて初めて効く。人が声を上げるかどうかは組織の風土・報復への懸念・公正感に強く依存し(Miceli & Near 研究群)、声を上げにくい空気を放置したまま経路だけ整えても、使われない経路は無い経路とほとんど同じである |
| 法律や制度で通報者が守られているのだから、問題があれば当然に声が上がる | 日本では公益通報者保護法があり、消費者庁が制度を所管して一定規模の事業者に内部通報の体制整備を求めるという公式の枠組みがある(ある通報がこの保護に該当するかの個別判定は専門家の仕事)。だが法や仕組みが用意されても、声を上げても大丈夫だと思える風土がなければ発見は起きない。報復が怖い場所、声を上げても無駄だと感じる場所では、経路があっても相談は立ち上がらない。制度の存在と、実際に声が上がることは別の順序にある |
皮肉なのは、分厚い対応フローを整えたときほど、それが起動する日を待つばかりで、そもそも問題が耳に入ってこない、という事態に気づきにくいことだ。手順書は、気づいたあとの動きは教えてくれるが、気づく力そのものは与えてくれない。そして気づきの多くは、制度ではなく人から来て、その人は、声を上げても大丈夫だと思えなければ、口を開かない。違反にすぐ対処できているように見えるとき、たいていそれは、まだ運よく、耳に入ってくるほど大きな問題しか起きていないだけかもしれない。フローを描く前に、声の通り道を見る。
Q1. 『フローがあれば違反に対処できる』を、この単位は『順序が逆』と値切った。その順序を、発見と対処の関係から述べよ。一問一答
Q2. Stubben & Welch 2020は内部通報の仕組みを ____ 企業で是正コストの減少と関連があると示した。効くと示されたのは仕組みが ____ ことであって用意されていることではない。違反対応 ____ そのものの効果を測った実証は薄い。穴埋め
Q3. 人が問題を報告するかどうかについて、Miceli & Near を中心とする研究群が示したことはどれか。選択
Q4. 日本の公益通報者保護法について、この単位はどこまでを述べ、どこから先を述べないと線を引いているか。一問一答
Q5. この単位が扱った発見・通報の研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Dyck らが不正の発見が内部者に依存することを示す(イ)Miceli と Near が通報は組織風土に依存することを示す(ウ)Stubben と Welch が内部通報の利用と是正コスト減の関連を示す(エ)Miceli らが通報行動の予測要因を重ねる(2012年)並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の商いで何か問題(取引先とのトラブル、社内やチームのミス、約束の不履行など)が起きたとき、それが自分の耳に入ってくる経路を書き出す(顧客からの連絡、記録の突き合わせ、現場の誰かからの一言、定期的な確認など)。それぞれの経路について、声が届きやすいか、途中で止まりやすいかを一言添える。誰かを疑ったり、監視を強めたりする必要はなく、自分の商いの気づきの経路の棚卸しだけで完結させる。ある行いが違反にあたるかどうかを自分で判定する必要もない。最後に、書き出した経路の数と、全部が自分ひとりを通っていないか(一点集中になっていないか)を書き添える。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Dyck A., Morse A., Zingales L. (2010) ‘Who Blows the Whistle on Corporate Fraud?’, The Journal of Finance 65(6):2213-2253 — doi.org
- Stubben S.R., Welch K.T. (2020) ‘Evidence on the Use and Efficacy of Internal Whistleblowing Systems’, Journal of Accounting Research 58(2):473-518 — doi.org
- Miceli M.P., Near J.P. (1985) ‘Characteristics of Organizational Climate and Perceived Wrongdoing Associated with Whistle-Blowing Decisions’, Personnel Psychology 38(3):525-544 — doi.org
- Miceli M.P., Near J.P., Rehg M.T., Van Scotter J.R. (2012) ‘Predicting employee reactions to perceived organizational wrongdoing: Demoralization, justice, proactive personality, and whistle-blowing’, Human Relations 65(8):923-954 — doi.org
- Miceli M.P., Near J.P. (2005) ‘Standing Up or Standing By: What Predicts Blowing the Whistle on Organizational Wrongdoing?’, Research in Personnel and Human Resources Management 24:95-136 — doi.org
- 消費者庁『公益通報者保護制度』(公益通報者保護法・2022年6月改正施行=一定規模事業者の内部通報体制整備義務等)(現行・2026年参照) — www.caa.go.jp