「サーベイに合わせれば釣り合う」——だが、その市場水準は、合わせる皆が作っている数字だ
処遇を市場水準に合わせれば釣り合う、と教わる。皮肉なことに、皆がまじめに市場に合わせようとするほど、市場という名の数字は、誰の意思でもないまま上がっていく。合わせる相手は、去年、別の誰かが市場に合わせた結果だからだ。鏡が鏡を映し合って、そこに映る像を本物の相場だと皆が信じている。市場水準は、天から降ってくる事実ではなく、合わせ鏡の像である。
前の単位では、作った制度を現場にどう浸透させるかを扱った。ここでは、その処遇の水準を、外の相場とどう釣り合わせるのか——市場水準と釣り合わせるにはどうすればいいのかを扱う。ここから段はひとつ進んで、処遇の運用から、作った制度を検証し、直していく段に入る。
「うちの給料が高すぎるのか安すぎるのか、報酬サーベイ(調査会社が集める給与相場の調査)を買って、市場水準に合わせれば釣り合う」——これが、この単位が向き合う俗説である。市場に相場があり、それに合わせれば公正な水準になる、というのは一見もっともらしい。決めた側も「市場に従っただけ」と言えて気が楽になる。だが、その「市場水準」という数字が、そもそも何を測ったものなのかを、一度立ち止まって見ておく必要がある。
「市場水準」は、事実ではなく、作られた数字である
「市場水準」は、気温のように外に実在して、測ればわかる数字ではない。1986年、Rynes と Milkovich が *Personnel Psychology* 誌 39(1):71-90 で、賃金サーベイと「市場賃金」の神話を検討し、示したことは率直だった——「市場賃金」という考えそのものも、その測り方も、十分に検証されていない。 誰を対象に、どの範囲の会社を、どの職種の定義で集めたか。その一つひとつの選択で、出てくる「相場」は動く。サーベイは、自然界にある事実を写し取った写真ではなく、設計と選択の産物である。
具体的に考えるとわかりやすい。「営業職の相場は月◯円」と言うとき、その「営業職」には、店頭で接客する人も、大口の法人を回る人も、電話だけで受注する人も混ざりうる。どの範囲を「営業職」と呼んで集計したかで、平均は上にも下にも動く。地域を全国でとるか都市部だけでとるか、答えたのが大企業ばかりか中小も含むか——同じ「相場」という言葉の下で、まったく違う母集団が数えられている。
ここに、この単位の「証拠の読み違え方」がある——調査会社が作った一つの数字を、外に実在する中立な市場の事実と取り違える。 「市場水準はこれです」と示されたとき、まず問うべきは、その数字が誰の・いつの・何人の回答から、どんな職種の定義で作られたのか、である。相場という言葉は、その裏にある無数の選択を、一つの数字に畳んで隠してしまう。
誰と比べるかで、水準は動く
市場水準は、比べる相手(ピアグループ=比較対象に選ぶ会社の集まり)の選び方しだいで、大きく変わる。この仕組みが最もはっきり測られてきたのが、経営幹部の報酬をめぐる研究だ。ここで断っておくが、これらの研究を引くのは、幹部報酬そのものの是非を論じるためではない。「市場に合わせる」という仕組みが、水準をどう動かすかという、道具の性格を見るためである。
2008年、Bizjak・Lemmon・Naveen が *Journal of Financial Economics* 誌 90(2):152-168 で、比較対象グループを使うこと自体が報酬水準を押し上げる傾向を示した。2010年、Faulkender と Yang が同誌 96(2):257-270 で、比較対象の選び方には恣意が入り、都合よく高い会社を比較相手に選べば水準は上がることを示す。同じ会社でも、比較相手を「近所の同規模の店」に置くか「有名な大企業」に置くかで、はじき出される「あるべき水準」はまるで変わる。さらに2013年、両者は *Review of Financial Studies* 誌 26(3):806-839 で、比較対象を開示させて透明にしても、ベンチマークの操作は消えないことを示した。透明化は万能の消毒ではない。比べる相手を選ぶという行為そのものに、水準を動かす自由が残っている。
小さな商いには、そもそも精緻なピアグループを組む余裕はない。だが、だからこそ、この仕組みは他人事ではない。「近くのあの店はこれくらい出しているらしい」という一言が、あなたにとってのピアグループの選択そのものだからだ。誰を「比べる相手」とみなすかを、無意識に決めている。その一言が高い店を指すか低い店を指すかで、あなたの中の相場は静かにずれる。
皆が「市場に合わせる」と、市場そのものが吊り上がる
ここに、さらに厄介な仕掛けがある。皆がそれぞれ「市場水準に合わせよう」とすると、市場水準そのものが、じりじりと上がっていく。 2010年、DiPrete・Eirich・Pittinsky が *American Journal of Sociology* 誌 115(6):1671-1712 で、経営幹部報酬の急上昇を分析し、ベンチマークが水準を自己成就的に押し上げるリープフロッグ(かえる跳び)を示した。ある会社が「市場の中央値に合わせる」と言って上げれば、その額が次の年の他社の「市場」に混ざり、中央値が上がる。すると別の会社が「うちも市場に合わせないと」と上げる。誰も突出させたつもりはないのに、全体がせり上がる。「市場に合わせる」は、水準を追認するだけの中立な操作に見えて、実は市場を作りにいく操作でもある。 ラチェット(一方向にしか回らない歯車)のように、上がった水準は下りない。
この仕組みには、下がりにくいという非対称もある。景気や業績が悪くても、「市場水準を割り込むと人が採れない・辞めてしまう」という理由で、水準はなかなか下方には動かない。上がるときは自己成就で押し上げられ、下がるときは抵抗が働く。だから「市場に合わせているだけ」と思っているうちに、処遇の全体が、誰の決断でもないまま、片側だけに滑っていく。これは大企業の幹部報酬に限った話ではない。地域の時給の相場も、同業の委託料の相場も、同じ向きの力を受けている。
そもそも、単一の「市場レート」は無い
そして、最も素朴な前提が崩れる。同じ職種にただ一つの「市場レート」がある、という前提自体が、実態と合わない。 1990年、Gerhart と Milkovich が *Academy of Management Journal* 誌 33(4):663-691 で、経営職の報酬を調べ、同じような仕事でも、会社が違えば報酬は大きく異なることを示した。一点の相場があるのではなく、幅広いばらつきがある。だとすれば「市場水準に合わせる」と言うとき、その水準は、ばらついた分布のどこか一点を、誰かが選んで代表させた数字にすぎない。中央値なのか、上位四分の一なのか、その選択が処遇を左右する。「うちは市場の上位を目指す」と言えば聞こえはいいが、それは分布の高いところを代表点に選んだというだけで、外の事実に従っているのではなく、自分で目標を置いているのである。ばらつきが大きいほど、この選択の幅は広がり、「市場水準」という一語が覆い隠す判断は大きくなる。
時間・変化:1986年から2013年へ
順に置く。1986年、Rynes と Milkovich が、市場賃金は構成も測定も十分に検証されていないと示す。1990年、Gerhart と Milkovich が、同職でも会社が違えば報酬は大きく違う——単一の市場レートは幻想だと示す。2008年、Bizjak らが、比較対象を使うこと自体が水準を押し上げると示す。2010年、DiPrete らが、ベンチマークが水準を自己成就的に吊り上げると示し、Faulkender と Yang が、比較相手の選び方の恣意を示す。2013年、Faulkender と Yang が、透明化してもベンチマーク操作は残ると示す。この四半世紀で確からしくなったのは、「市場に合わせれば釣り合う」ではない。確からしくなったのは、市場水準は作られた数字で、合わせる行為そのものが水準を動かし、単一の相場は存在しない——という向きのほうだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、サーベイの一つの数字を、外に実在する動かせない事実として受け取ることである。助けになるのは、その相場が誰の・いつの・何人の・どんな職種定義の回答から作られたかを、いつも一つ問う習慣だ。高額なサーベイを買えない小さな商いなら、なおのこと、手に入る相場情報が「誰が答えたサンプルか」に大きく偏っていることを忘れないほうがいい。求人サイトに出ている額も、同業の噂も、答えた人と答えなかった人の偏りを抱えている。景気よく募集している店ほど声が大きく、静かに人を続けて雇っている店の数字は、表に出てこない。
処遇を決めることは、人の生活と誇りに触れることだ。「市場がこう言っているから」は、決めた本人が引き受けるべき判断を、顔の見えない「市場」に肩代わりさせる言い方にもなる。相手にとっては、自分の値打ちを「市場」という無人格な言葉で告げられることになる。相場は参考にしてよいが、最後に額を決めて、その理由を相手に説明するのは、市場ではなく、あなたである。市場を盾にするほど、決めた側の顔は見えなくなり、決められた側の納得は遠のく。
最初の一歩は10分。自分が誰かの報酬を「相場」を根拠に決めた判断を、一つ思い出す。その相場の出どころを書き出す——誰が集めた、いつの、何人分の、どんな職種の数字だったか。出どころが思い出せないなら、それは「相場」という言葉に、判断を預けていた印である。出どころが書けたなら、次はその数字を鵜呑みにせず、分布のどこを見ているのかを自分に確かめる。他人の給料を詮索したり、同僚に相場を聞いて回ったりしない。自分が使った相場の、出どころだけを点検する。 これは相場を捨てる練習ではなく、相場を、従うものから、選んで使う道具に変えるための一歩である。
- 桃の段(検証と改定)の頭の単位。市場水準は気温のように外に実在して測ればわかる数字ではない。Rynes・Milkovich 1986(Personnel Psychology 39(1):71-90)は、市場賃金という考えそのものも測り方も十分に検証されていないと示した。誰を対象にどの範囲の会社をどの職種定義で集めたかで相場は動く。証拠の読み違え方は、調査会社が作った一つの数字を外に実在する中立な市場の事実と取り違えること
- 市場水準は比較対象(ピアグループ=比較に選ぶ会社の集まり)の選び方で変わる。Bizjak・Lemmon・Naveen 2008(Journal of Financial Economics 90(2):152-168)は比較対象を使うこと自体が水準を押し上げると示し、Faulkender・Yang 2010(同誌 96(2):257-270)は選び方に恣意が入ると示した。これらの幹部報酬研究は、市場に合わせる仕組みが水準をどう動かすかという道具の性格を見るために引き、幹部報酬の是非やD17の財務戦略には接続しない
- Faulkender・Yang 2013(Review of Financial Studies 26(3):806-839)は、比較対象を開示させて透明にしてもベンチマークの操作は消えないと示した。透明化は万能の消毒ではなく、比べる相手を選ぶという行為そのものに水準を動かす自由が残る
- DiPrete・Eirich・Pittinsky 2010(American Journal of Sociology 115(6):1671-1712)は、皆が市場水準に合わせようとすると水準そのものが自己成就的に押し上げられるリープフロッグ(かえる跳び)を示した。ある会社が市場中央値に合わせて上げればその額が翌年の他社の市場に混ざり中央値が上がる。市場に合わせるは水準を追認する中立な操作に見えて市場を作りにいく操作でもあり、ラチェットのように上がった水準は下りない
- Gerhart・Milkovich 1990(Academy of Management Journal 33(4):663-691)は、同じような仕事でも会社が違えば報酬は大きく異なると示した。単一の市場レートはなく幅広いばらつきがある。市場水準に合わせると言うとき、その水準はばらついた分布のどこか一点を誰かが選んで代表させた数字にすぎない
- 確からしくなったのは、市場に合わせれば釣り合う、ではない。市場水準は作られた数字で、合わせる行為そのものが水準を動かし、単一の相場は存在しない、という向き。高額なサーベイを買えない小さな商いなら、手に入る相場情報(求人サイトの額・同業の噂)が誰が答えたサンプルかに大きく偏ることを忘れない
- 処遇を決めることは人の生活と誇りに触れること。市場がこう言っているからは、決めた本人が引き受けるべき判断を顔の見えない市場に肩代わりさせる言い方にもなる。相場は参考にしてよいが、最後に額を決めてその理由を相手に説明するのは市場ではなく決めるあなたである。特定の報酬サーベイ会社やコンサルを優劣で名指ししない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 報酬サーベイを買って市場水準に合わせれば、外の相場と釣り合った公正な処遇になる | Rynes・Milkovich 1986は賃金サーベイと市場賃金の神話を検討し、市場賃金という考えそのものも測り方も十分に検証されていないと示した。誰を対象にどの範囲の会社をどの職種定義で集めたかで相場は動く。サーベイは自然界の事実を写した写真ではなく設計と選択の産物であり、調査会社が作った一つの数字を、外に実在する中立な市場の事実と取り違えてはならない |
| 市場水準は客観的な相場だから、それに合わせている限り、水準が不当に上がることはない | DiPrete 2010は、皆がそれぞれ市場水準に合わせようとすると市場水準そのものが自己成就的に押し上げられるリープフロッグを示した。ある会社が市場中央値に合わせて上げれば、その額が翌年の他社の市場に混ざり中央値が上がる。Bizjak 2008・Faulkender・Yang 2010は比較対象の選び方で水準が押し上がると示した。市場に合わせるは、水準を追認する中立な操作に見えて市場を作りにいく操作でもある |
| 同じ職種には一つの市場レートがあるのだから、それを調べて合わせればよい | Gerhart・Milkovich 1990は、同じような仕事でも会社が違えば報酬は大きく異なると示した。一点の相場ではなく幅広いばらつきがある。市場水準に合わせると言うとき、その水準はばらついた分布のどこか一点を誰かが選んで代表させた数字にすぎず、中央値か上位四分の一かの選択が処遇を左右する。単一の市場レートは幻想である |
皮肉なのは、皆がまじめに「市場に合わせよう」とするほど、市場という名の数字が、誰の意思でもないまま上がっていくことである。合わせる相手は、去年、別の誰かが「市場に合わせた」結果だ。鏡が鏡を映し合って、そこに映っているのが本物の相場だと、皆が信じている。市場水準は、天から降ってくる客観的な事実ではない。それは、あなたを含む決める側の人々が、去年互いに参照し合って作り上げた、合わせ鏡の像である。だから、その数字にひれ伏す前に、一度だけ問うことだ——この相場は、誰が、何人で、いつ作ったのか。答えられないなら、まだ、それに従う理由はない。
Q1. 「報酬サーベイに合わせれば市場と釣り合う」という言い方の飛躍を、Rynes・Milkovich 1986 に触れて説明せよ。何を何と取り違えているのかにも触れること。一問一答
Q2. DiPrete 2010 が示した、皆が市場水準に合わせようとするときに起きる「リープフロッグ(かえる跳び)」とは何か。選択
Q3. Gerhart・Milkovich 1990 は、同じような仕事でも ____ が違えば報酬は大きく異なると示した。単一の市場 ____ はなく幅広い ____ があるため、市場水準とは、その分布のどこか一点を誰かが選んで ____ させた数字にすぎない。穴埋め
Q4. この単位で幹部報酬の研究(Bizjak・Faulkender・Yang・DiPrete)を引く目的は何か。逆に、この単位が踏み込まないと断っていることは何かも述べよ。一問一答
Q5. この単位が扱った研究を、年の早い順に並べよ。(ア)DiPrete らがベンチマークが自己成就的に水準を吊り上げると示す(イ)Rynes・Milkovich が市場賃金は構成も測定も未検証と示す(ウ)Faulkender・Yang が透明化してもベンチマーク操作は残ると示す(エ)Gerhart・Milkovich が同職でも会社で報酬は大きく違うと示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。自分が誰かの報酬(給料・時給・賞与・委託料など)を「相場」や「市場水準」を根拠に決めた、あるいは決めようとした判断を一つ思い出す。次の四つを書く。(1)そのとき参照した相場は、どこから得たか(サーベイ・求人サイト・同業の噂・以前の勤め先の記憶など)。(2)その数字は、誰が集めた・いつの・何人分の・どんな職種の数字か、思い出せる範囲で書く。(3)中央値・上位・下位のどこを見ていたか。(4)出どころが思い出せない項目に印を付ける。印が多いほど、相場という言葉に判断を預けていた度合いが高い。他人の給料を詮索したり、同僚に相場を聞いて回ったりしない。自分が使った相場の出どころだけを点検する。一人で自分の取り分だけを決めている場合も、その基準にした相場の出どころを同じ手順で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Rynes S.L., Milkovich G.T. (1986) ‘Wage Surveys: Dispelling Some Myths about the Market Wage’, Personnel Psychology 39(1):71-90 — doi.org
- Bizjak J., Lemmon M., Naveen L. (2008) ‘Does the Use of Peer Groups Contribute to Higher Pay and Less Efficient Compensation?’, Journal of Financial Economics 90(2):152-168 — doi.org
- Faulkender M., Yang J. (2010) ‘Inside the Black Box: The Role and Composition of Compensation Peer Groups’, Journal of Financial Economics 96(2):257-270 — doi.org
- Faulkender M., Yang J. (2013) ‘Is Disclosure an Effective Cleansing Mechanism? The Dynamics of Compensation Peer Benchmarking’, Review of Financial Studies 26(3):806-839 — doi.org
- DiPrete T.A., Eirich G.M., Pittinsky M. (2010) ‘Compensation Benchmarking, Leapfrogs, and the Surge in Executive Pay’, American Journal of Sociology 115(6):1671-1712 — doi.org
- Gerhart B., Milkovich G.T. (1990) ‘Organizational Differences in Managerial Compensation and Financial Performance’, Academy of Management Journal 33(4):663-691 — doi.org