「手続きを踏めば降格も公正」——だが下げる場面の科学は、半世紀前で止まっている
手続きさえ踏めば降格も公正になる、と考えたくなる。ところが下げる場面の研究は、いまも半世紀前の一本の論文のあたりで止まっている。私たちは報いる技術は熱心に磨いてきたが、下げるときにどうすれば公正でいられるかは、ほとんど確かめてこなかった。手続きを踏めば足りると言いたくなるのは、たぶん、それがいちばん機械的で、相手の顔を見なくて済むからである。
降格・処遇を公正にするとは、何を指すのか
前の単位では、賞与で人にどう差をつけるかを扱った。ここでは、上げる・増やすの反対側——役割や処遇を下げる、引く場面の公正を扱う。人事のなかで最も気の重い判断のひとつであり、だからこそ、いちばん公正が問われる場所である。
まず言葉をほどく。降格とは、役職や等級を下げること。処遇を下げるには、賞与や手当を減らす、任せる範囲を狭めるといった判断も含まれる。公正とは、単に結果が妥当だというだけでなく、そこに至る過程が納得できるものであることを指す。研究では、公正を少なくとも三つに分ける——結果そのものの公正(分配的公正)、決め方の公正(手続的公正)、そして伝え方や扱われ方の公正(対人的公正)である。専任の人事がいなくても、この判断は避けて通れない——業績の落ちた古参をどう扱うか、任せていた仕事を引き上げるか、家業で役割を組み替えるか。一人で決める立場なら、その手続きの公正さを最初に確かめる相手も、自分自身になる。 この単位はあらかじめ強く断っておく——賃下げや降格、退職勧奨のやり方(手口)は書かない。低い処遇を納得させる話術も書かない。個別のケースが適法か違法かも判定しない。 書けるのは、処遇を下げる場面で公正がどう働くかについての、研究の知見までである。
三つの公正——手続きだけでは、足りない
「きちんと手続きを踏めば、降格も公正になる」と考えたくなる。だが、手続きは公正の一部にすぎない。FolgerとKonovskyが1989年に『Effects of Procedural and Distributive Justice on Reactions to Pay Raise Decisions』(Academy of Management Journal 32(1):115-130) で示したのは、処遇の決定への人々の反応が、結果の公正(分配的公正)だけでなく、決め方の公正(手続的公正)にも強く左右されるということだった。同じ結果でも、決め方が公正だと受け止められれば、人の反応は大きく変わり、受け入れられ方も違ってくる。
Greenbergが1990年に『Organizational Justice: Yesterday, Today, and Tomorrow』(Journal of Management 16(2):399-432) で組織的公正の枠組みを整理し、公正が分配・手続・対人という複数の面を持つことを描いた(この Jerald Greenberg は、恐怖管理理論の同姓の研究者とは別人である)。そしてCropanzanoとBowen、Gillilandが2007年に『The Management of Organizational Justice』(Academy of Management Perspectives 21(4):34-48) で実務向けに総説したのは、公正は手続きを一つ踏めば足りるものではなく、三つの面が揃って初めて納得が生まれるという運用の話だった。手続きを踏むことは必要だが、結果の説明と、相手への敬意ある扱いが伴わなければ、公正は成立しない。
降格を公正に扱う科学は、ほとんど無い
ここで、この単位はひとつ正直な事実を置く。降格そのものを扱った学術研究は、驚くほど薄く、そして古い。 昇進や賃上げの研究は山ほどあるのに、降格を正面から調べた研究はごくわずかで、いまでも最もよく引かれるのが、Goldnerが1965年に発表した『Demotion in Industrial Management』(American Sociological Review 30(5):714-724) という半世紀以上前の論文である。
これは、降格が公正かどうかを考える人にとって、重い意味を持つ。「こう手続きを踏めば降格は公正になる」という、確かめられた設計の科学は、ほとんど存在しない。 上げる場面には豊富な研究があり、下げる場面にはほとんど無い——この非対称そのものが、私たちがこの判断をどれだけ避けてきたかを映している。だから、降格の公正を、確立した手順書として語ることはできない。できるのは、公正一般の知見(三つの面)を、研究の薄い降格の場面へ、慎重に持ち込むことだけである。手順書が無いことを認めるのが、この単位の誠実さである。裏を返せば、ここには「専門家がすでに答えを持っている」という逃げ場が無い、ということでもある。誰かが確立したやり方をなぞれば安心、という状況ではない以上、下げる側は、公正の三つの面を自分の頭で一つずつ確かめるほかない。空白であることを知っておくだけでも、いいかげんな手続きを「これで公正だ」と思い込む事故は減らせる。
不公正な処遇は、報復と逸脱を招く
なぜ、手続きだけでなく三つの面すべてが要るのか。それは、公正を欠いた処遇が、静かな代償を呼ぶからである。SkarlickiとFolgerが1997年に『Retaliation in the workplace』(Journal of Applied Psychology 82(3):434-443) で示したのは、人が処遇を不公正だと受け取ると、職場での報復や逸脱行動——手を抜く、非協力になる、規則の隙をつくといった振る舞い——が生じやすくなるということだった。
しかも、この報復は、結果の不満だけから来るのではない。分配・手続・対人という三つの公正のいずれが欠けても引き金になりうる。とりわけ、結果は同じでも、決め方が一方的だったり、伝え方に敬意が無かったりすると、人は結果以上に強く反発する。 処遇を下げる場面では、結果そのものがすでに痛い。だからこそ、決め方と伝え方の公正が、結果の痛みを不公正な痛みに変えないための、最後の防波堤になる。手続きを飛ばして結果だけを渡すことは、報復の芽を自分で蒔くに等しい。
秘匿と透明——処遇を、見せるか隠すか
処遇の公正には、もう一つ厄介な軸がある。その処遇を、どこまで見せるか、隠すかである。BelogolovskyとBambergerが2014年に『Signaling in Secret』(Academy of Management Journal 57(6):1706-1733) で示したのは、報酬を秘匿するか公開するかが、人の受け取り方と行動に影響を与えるということだった。秘匿は不確かさを生み、公開は比較を生む。どちらにも副作用がある。
処遇を下げる場面では、この軸がとりわけ効く。黙って下げれば、本人は理由の分からないまま不信を募らせる。かといって公開の場で下げれば、対人的公正——敬意ある扱い——が損なわれる。透明にすれば公正、秘匿すれば穏便、という単純な等式は、ここでも成り立たない。見せ方そのものが、公正の一部なのである。だから、下げるという結果を決める前に、それを誰に、どこまで、どう伝えるかまでを、公正の設計に含めておく必要がある。小さな組織では、周りの目が近いぶん、この見せ方の難しさはむしろ増す。誰にも気づかれずに処遇を変えることは難しく、かといって皆の前で扱えば当人の立場が削られる。だから、伝える範囲と順序を、結果と同じ重さで先に決めておくことが要る。
時間・変化:1965年から2014年へ
順に置く。1965年、Goldnerが降格を正面から調べる——そして、その後この主題は驚くほど手薄なまま残る。1989年、FolgerとKonovskyが、処遇決定への反応が手続的公正に左右されると示す。1990年、Greenbergが組織的公正の枠組みを整理し、1997年、SkarlickiとFolgerが不公正が報復を招くことを示す。2007年、Cropanzanoらが公正を運用する実務を総説し、2014年、BelogolovskyとBambergerが秘匿と透明のシグナル効果を示した。
この半世紀で確からしくなったのは、「手続きを踏めば降格も公正になる」という約束ではない。確からしくなったのは、公正は分配・手続・対人の三つが揃って初めて生まれ、いずれが欠けても報復を招き、見せ方そのものが公正の一部であり、そして降格を公正に扱う設計の科学はいまだにほとんど無い、という事実である。上げる場面の豊かさと、下げる場面の空白——その差が、この主題の現在地である。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「手続きさえ踏めば公正だ」と考えて、結果の説明と、相手への敬意ある扱いを省くことである。手続きは三つの面の一つにすぎない。もう一つの妨げは、下げるという結果を決めてから、伝え方を後回しにすることだ。見せ方は公正の一部で、後付けでは間に合わない。
助けになるのは、自分が下した(または下しうる)処遇引き下げの判断を一つ取り出し、分配・手続・対人という三つの面と、伝え方(見せるか隠すか)から、自己点検してみることである。結果は妥当か、決め方は一方的でないか、伝え方に敬意はあるか、誰にどこまで見せるつもりか——この四点を書き出すだけで、抜けている面が見えてくる。
最初の一歩は、次の単位に進む前に、その自己点検を一件だけやってみること。相手を試したり、反応を探ったりする必要はない。自分の決め方と伝え方を、三つの公正で検算するだけでよい。四点のどれか一つでも空欄のまま下げていたなら、そこがいちばん先に手当てすべき場所になるはずだ。
次の単位は 444「制度を現場に根付かせるには?」——ここまで作ってきた決め方や手続きが、現場で実際に動くかどうかへ、処遇の運用を締めくくる。
- 降格とは役職や等級を下げること、処遇を下げるには賞与や手当を減らす・任せる範囲を狭める判断も含む。公正とは結果が妥当なだけでなく過程が納得できること。研究は公正を結果の公正(分配的)・決め方の公正(手続的)・扱われ方の公正(対人的)に分ける。この単位は賃下げ・降格・退職勧奨の手口も納得させる話術も書かず個別適法性も判定しない
- 手続きは公正の一部にすぎない。FolgerとKonovsky 1989『Effects of Procedural and Distributive Justice on Reactions to Pay Raise Decisions』(Academy of Management Journal 32(1):115-130)は処遇決定への反応が結果の公正だけでなく決め方の公正にも強く左右されると示した。同じ結果でも決め方が公正と受け止められれば反応は変わる
- Greenberg 1990『Organizational Justice: Yesterday, Today, and Tomorrow』(Journal of Management 16(2):399-432)が公正を分配・手続・対人の複数面として枠組み化し、CropanzanoとBowen・Gilliland 2007(Academy of Management Perspectives 21(4):34-48)は三つの面が揃って初めて納得が生まれると総説した。手続きを踏むだけでは結果の説明と敬意ある扱いを欠けば公正は成立しない
- 降格そのものを扱った学術研究は驚くほど薄く古い。昇進や賃上げの研究は豊富なのに降格を正面から調べた研究はごくわずかで、いまも最もよく引かれるのがGoldner 1965『Demotion in Industrial Management』(American Sociological Review 30(5):714-724)という半世紀以上前の論文である。降格を公正にする確立した設計の科学はほとんど存在せず、この薄さ自体が事実である
- 公正を欠いた処遇は静かな代償を呼ぶ。SkarlickiとFolger 1997『Retaliation in the workplace』(Journal of Applied Psychology 82(3):434-443)は、人が処遇を不公正と受け取ると職場での報復や逸脱行動(手を抜く・非協力・規則の隙をつく)が生じやすいと示した。分配・手続・対人のいずれが欠けても引き金になり、決め方や伝え方が一方的だと結果以上に強く反発する
- 処遇の公正にはどこまで見せるか隠すかの軸もある。BelogolovskyとBamberger 2014『Signaling in Secret』(Academy of Management Journal 57(6):1706-1733)は報酬の秘匿か公開かが受け取り方と行動に影響すると示した。秘匿は不確かさを、公開は比較を生む。黙って下げれば不信を、公開の場で下げれば対人的公正の毀損を招き、見せ方そのものが公正の一部である
- この半世紀で確からしくなったのは手続きを踏めば降格も公正という約束ではなく、公正は分配・手続・対人の三つが揃って初めて生まれ、いずれが欠けても報復を招き、見せ方そのものが公正の一部で、降格を公正に扱う設計の科学はいまだほとんど無いという事実である。上げる場面の豊かさと下げる場面の空白の差がこの主題の現在地である
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 降格や減給も、決められた手続きをきちんと踏みさえすれば、それで公正になる | 手続きは公正の一部にすぎない。Folger & Konovsky 1989は反応が結果の公正だけでなく決め方の公正にも左右されると示し、Greenberg 1990とCropanzano ら 2007は公正が分配・手続・対人の三つの面から成り、それらが揃って初めて納得が生まれると整理した。手続きを踏んでも、結果の説明と敬意ある扱いを欠けば公正は成立しない。手続きは三つの面の一つである |
| 降格のやり方には、確立したベストプラクティスの手順書があり、それに従えばよい | 降格そのものを扱った学術研究は驚くほど薄く古い。昇進や賃上げの研究は豊富なのに、降格を正面から調べた研究はごくわずかで、いまも最もよく引かれるのがGoldner 1965という半世紀以上前の論文である。つまり「こう手続きを踏めば降格は公正になる」という確かめられた設計の科学はほとんど存在せず、この薄さ自体が事実である。手順書が無いことを認めたうえで、公正一般の知見を慎重に持ち込むしかない |
| 処遇を下げるときは、結果さえ妥当なら、黙って下げても、公開の場で下げても大差ない | 見せ方そのものが公正の一部である。Belogolovsky & Bamberger 2014は報酬の秘匿か公開かが受け取り方と行動に影響すると示した。黙って下げれば本人は理由が分からず不信を募らせ、公開の場で下げれば敬意ある扱い(対人的公正)が損なわれる。透明=公正、秘匿=穏便という単純な等式は成り立たず、誰にどこまでどう伝えるかまでを公正の設計に含める必要がある |
皮肉なのは、上げる場面の研究がこれほど豊かなのに、下げる場面の研究がほとんど無いことである。私たちは、報いる技術は熱心に磨いてきたが、下げるときにどうすれば公正でいられるかは、半世紀前の一本の論文のあたりで、ほとんど立ち止まったままだ。手続きを踏めば足りると言いたくなるのは、たぶん、それがいちばん機械的で、相手の顔を見なくて済むからである。だが公正は、結果と、決め方と、扱われ方の三つが揃って初めて生まれる。下げる場面でいちばん試されるのは、制度の精密さではなく、痛みを渡すその瞬間に、相手をまだ一人の人として扱えるか、である。
Q1. この単位が置く「降格研究の空白」という事実を説明せよ。いまも最もよく引かれる研究は誰の何年のものか、そこから何が言えるかに触れること。一問一答
Q2. 研究は公正を少なくとも三つに分ける——結果そのものの公正(____的公正)、決め方の公正(____的公正)、扱われ方の公正(____的公正)。Cropanzanoら2007は、これらが揃って初めて納得が生まれると総説した。穴埋め
Q3. Skarlickiとfolger 1997が示した「不公正な処遇の帰結」として、この単位の説明に合うものはどれか。選択
Q4. Belogolovsky & Bamberger 2014を踏まえ、処遇を下げる場面で「透明にすれば公正、秘匿すれば穏便」という等式が成り立たない理由を述べよ。一問一答
Q5. 降格と公正をめぐる研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Greenbergが組織的公正の枠組みを整理する(イ)Goldnerが降格を正面から調べる(ウ)Belogolovsky & Bambergerが秘匿と透明のシグナルを示す(エ)Skarlicki & Folgerが不公正が報復を招くと示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分が過去に下した、または将来下しうる処遇の引き下げ(降格・減給・役割の縮小など)の判断を一つ思い浮かべる。それについて、(1)結果は妥当か(分配的公正)、(2)決め方は一方的でないか・本人の言い分を聞く手順があるか(手続的公正)、(3)伝え方に敬意はあるか(対人的公正)、(4)誰にどこまで見せるつもりか(秘匿か公開か)——の四点を、それぞれ一〜二文で書き出す。抜けている面に印を付ける。実際に誰かを降格させる必要も、本人の反応を探る必要もない。自分の決め方と伝え方を三つの公正で検算するだけで完結させる。一人で全部を決める立場の場合も同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Folger R., Konovsky M.A. (1989) ‘Effects of Procedural and Distributive Justice on Reactions to Pay Raise Decisions’, Academy of Management Journal 32(1):115-130 — doi.org
- Greenberg J. (1990) ‘Organizational Justice: Yesterday, Today, and Tomorrow’, Journal of Management 16(2):399-432 — doi.org
- Goldner F.H. (1965) ‘Demotion in Industrial Management’, American Sociological Review 30(5):714-724 — doi.org
- Skarlicki D.P., Folger R. (1997) ‘Retaliation in the workplace: The roles of distributive, procedural, and interactional justice’, Journal of Applied Psychology 82(3):434-443 — doi.org
- Cropanzano R., Bowen D.E., Gilliland S.W. (2007) ‘The Management of Organizational Justice’, Academy of Management Perspectives 21(4):34-48 — doi.org
- Belogolovsky E., Bamberger P.A. (2014) ‘Signaling in Secret: Pay for Performance and the Incentive and Sorting Effects of Pay Secrecy’, Academy of Management Journal 57(6):1706-1733 — doi.org