「賞与で差をつければ報われる」——だが理由の見えない差は、隣との比較になって意欲を削る
賞与で差をつければ頑張った人が報われる、と考えたくなる。ところが研究が地味に確かめてきたのは、差そのものには報いる力も壊す力もあり、どちらに転ぶかは差の理由と、仕事の支え合い方で決まる、ということだった。理由の見える差は納得され、理由の見えない差は、隣との比較になって意欲を削る。差をつけて伝わるのは、頑張りへの報いそのものではなく、その職場が差の理由をどれだけ言葉にできているか、かもしれない。
賞与で差をつけるとは、何を指すのか
前の単位では、昇進という椅子の割り当てを扱った。ここでは、椅子ではなく金額そのもの——賞与で人にどう差をつけるかを扱う。
まず言葉をほどく。賞与とは、月々の給与とは別に、成果や貢献に応じて配る一時金のこと。差をつけるとは、その配分に人ごとの高低を設けることである。研究の世界では、この賃金・賞与の広がり具合をペイ・ディスパージョン(pay dispersion=報酬の分散、平たく言えば人と人の間の格差)と呼ぶ。専任の人事部がなくても、この判断は誰にでも回ってくる——数人のチームの賞与を決める代表、パートの寸志を決める店主、業務委託の報酬に差をつける発注者。一人で全部を決めているなら、その差の理由を説明する相手は、まず自分自身である。 俗説は言う——「賞与で差をつければ、頑張った人が報われる」。この単位は、その差が効く条件と、効かない、むしろ壊す条件を見る。言うことは三つ。差をつけるとは何を指すのか、差をつけるとどこまで報われると確かめられているのか、その範囲の外で何が起きるか。なお、この単位は個別の賃金が適法か違法かを判定しないし、低い賞与を納得させる話術も書かない。書けるのは、差が機能する条件の実証までである。
差の効果は、一枚岩ではない
まず出発点。格差は、大きいほど良いわけでも、小さいほど良いわけでもない。 Bloomが1999年に『The Performance Effects of Pay Dispersion on Individuals and Organizations』(Academy of Management Journal 42(1):25-40) で示したのは、賃金格差の効果が、個人にとってと組織にとってで、そして文脈によって、違う向きに出るということだった。差をつければ一律に発奮する、という単純な絵は、ここで最初に崩れる。同じ大きさの差が、ある場面では意欲を上げ、別の場面では下げることさえある。
では、差はどんな条件で効くのか。ShawとGupta、Deleryが2002年に『Pay dispersion and workforce performance』(Strategic Management Journal 23(6):491-512) で示したのは、格差が高い業績と結びつくのは、個人ごとの成果に報いるインセンティブ制度が伴い、かつ仕事どうしの相互依存が低いときだ、という条件だった。個人の成果がはっきり切り分けられ、その成果に応じて配ると約束されている——そういう土台があって初めて、差は「頑張れば報われる」という信号として働く。裏を返せば、その条件が無いところに差だけを持ち込むと、格差は業績につながらない。誰の成果か分からないまま、あるいは制度としての裏づけがないまま金額だけがばらつけば、差は信号ではなく雑音になる。差は、それ単体では効かない。効かせるための土台——何に対する差なのか、その差は個人の成果に紐づいているのか——が要る。
相互依存の職場では、格差が協働を壊す
とりわけ危ういのが、みなで支え合って一つの成果を出す職場である。TrevorとReilly、Gerhartが2012年に『Reconsidering Pay Dispersion's Effect on the Performance of Interdependent Work』(Academy of Management Journal 55(3):585-610) で相互依存的な仕事を調べたところ、格差がプラスに働くかどうかは、その格差に正当性があるかどうか——つまり、差が誰の目にも納得できる理由に基づいているか——にかかっていた。
理由の見えない差を、助け合いが必要な小さなチームに持ち込むと、差は協働を静かに壊す。自分より高い賞与を受け取る同僚に、なぜ手を貸さなければならないのか——そういう気持ちが芽生えると、チーム全体の成果はむしろ下がりうる。三人の店でも、家業でも、これは起きる。差そのものより、差の理由が共有されているかが効く。正当性を欠いた格差は、報いるどころか、支え合いの前提を削る。ここで言う正当性は、決める側が「これは公平だ」と思っていることではなく、受け取る側から見て理由が筋の通ったものに見えるかどうかである。自分の中だけで納得している差は、共有された正当性とは違う。
「格差」は、一つではない
話をややこしくするのは、そもそも「格差」という言葉が一つの意味ではないことだ。GuptaとConroy、Deleryが2012年に『The many faces of pay variation』(Human Resource Management Review 22(2):100-115) で整理したように、格差にはそれが何によって生まれた格差なのか——実績の差なのか、職務の差なのか、勤続の差なのか、説明のつかない差なのか——という中身の違いがある。測り方を変えれば、同じ職場が「格差が大きい」とも「小さい」とも言える。
DownesとChoiが2014年に『Employee reactions to pay dispersion』(Human Resource Management Review 24(1):53-66) で従業員の反応を類型化したときも、人が格差をどう受け取るかは、格差の種類と、その正当性によって分かれた。同じ金額差でも、実績に基づくと分かっていれば納得され、理由が見えなければ不満になる。だから「差を何円つけたか」だけを見ても、効くかどうかは分からない。見るべきは、その差が何に基づく差かである。この区別は、賞与表を細かく作り込むことよりも大事なことがある、という話でもある。金額の刻みをいくら精密にしても、その刻みが何に基づいているのかを説明できなければ、受け取る側にとっては「説明のつかない差」の一種にしかならない。逆に、粗い差でも理由が明確なら、それは実績に基づく差として受け取られる。
差には、心理的なコストがある
差をつけること自体にも、目に見えにくい代償がある。LarkinとPierce、Ginoが2012年に『The psychological costs of pay-for-performance』(Strategic Management Journal 33(10):1194-1214) で示したのは、成果に応じて払う仕組み(成果連動給)が、社会的な比較(自分と他人を引き比べる心理)や、リスクを避ける行動といった心理的コストを生むということだった。
人は自分の賞与を、絶対額だけでなく、隣の人との差で受け取る。差が見えると、金額そのものより「あの人より低い」という比較が前に出て、満足も意欲も、その比較に引きずられる。さらに、賞与が成果に強く連動していると、人は確実に評価される無難な仕事へ逃げ、失敗しうる挑戦を避けがちになる。差をつける設計は、報いる力と同時に、この比較とリスク回避のコストを抱え込む。差は、ただで報いてはくれない。
時間・変化:1999年から2014年へ
順に置く。1999年、Bloomが賃金格差の効果は個人と組織で異なると示す。2002年、ShawとGupta、Deleryが、格差が効くのは個人インセンティブと低い相互依存が揃うときだと条件を切り出す。2012年、TrevorらとGuptaら、そしてLarkinらが同じ年に、相互依存下では正当性が鍵になること、格差には多くの顔があること、成果連動給には心理的コストがあることを、それぞれ示した。2014年、DownesとChoiが従業員の反応を類型化した。
この十五年で確からしくなったのは、「差をつければ報われる」という単純な因果ではない。確からしくなったのは、差の効果は条件しだいで、個人インセンティブと低い相互依存が要り、相互依存の職場では正当性が鍵で、格差には多くの種類があり、差そのものが社会比較とリスク回避のコストを抱える、という条件の側の事実である。差は道具であって、報酬そのものではない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「差が大きいほど本気度が伝わる」と信じて、理由の見えない差を、助け合いの必要なチームに持ち込むことである。もう一つの妨げは、「何円差をつけたか」だけを気にして、その差が何に基づく差なのかを説明できないままにすることだ。理由を欠いた差は、報いるどころか協働を削る。
助けになるのは、自分が決めた賞与の差を一つ取り出し、その差の根拠と、その仕事の相互依存度(一人で完結する仕事か、支え合う仕事か)を書き出して点検することである。差の理由を自分の言葉で書けなければ、受け取る側にも説明できない。もし相互依存の高い仕事に大きな差をつけていて、しかもその理由が実績に紐づいていないなら、そこはいちばん協働を壊しやすい組み合わせだ——差を消せという話ではなく、差の理由をもっと見えるようにするか、支え合いを壊さない大きさに整えるか、どちらかの手当てが要るという合図である。
最初の一歩は、次の単位に進む前に、その点検を一件だけやってみること。誰かに賞与の感想を聞いたり、反応を探ったりする必要はない。自分がつけた差の根拠を、自分で言語化してみるだけでよい。言葉にできた時点で、その差は少なくとも自分にとっては説明のつく差になっている。
次の単位は 443「降格・処遇を公正にするには?」——上げる・増やすの話から、下げる・引く場面の公正へ、処遇の運用を進める。
- 賞与とは月々の給与と別に成果や貢献に応じて配る一時金、差をつけるとはその配分に人ごとの高低を設けること。研究では賃金・賞与の広がりをペイ・ディスパージョン(pay dispersion=報酬の分散・格差)と呼ぶ。この単位は個別賃金の適法性を判定せず低い賞与を納得させる話術も書かず、差が機能する条件の実証までを扱う
- 格差は大きいほど良いわけでも小さいほど良いわけでもない。Bloom 1999『The Performance Effects of Pay Dispersion on Individuals and Organizations』(Academy of Management Journal 42(1):25-40)は、賃金格差の効果が個人にとってと組織にとってで、また文脈によって違う向きに出ると示した。差をつければ一律に発奮する単純な絵はここで崩れる
- 差が効く条件がある。ShawとGupta・Delery 2002『Pay dispersion and workforce performance』(Strategic Management Journal 23(6):491-512)は、格差が高い業績と結びつくのは個人ごとの成果に報いるインセンティブ制度が伴い、かつ仕事どうしの相互依存が低いときだと示した。条件の無いところに差だけを持ち込むと業績につながらない
- 相互依存の職場では格差が協働を壊す。TrevorとReilly・Gerhart 2012『Reconsidering Pay Dispersion's Effect on the Performance of Interdependent Work』(Academy of Management Journal 55(3):585-610)は、相互依存的な仕事で格差がプラスに働くかは差の正当性(誰の目にも納得できる理由に基づくか)にかかると示した。理由の見えない差は支え合いの前提を削る
- 格差は一つの意味ではない。GuptaとConroy・Delery 2012『The many faces of pay variation』(Human Resource Management Review 22(2):100-115)は格差が実績・職務・勤続・説明のつかない差など中身で違い、測り方を変えれば同じ職場が格差大とも小とも言えると整理した。DownesとChoi 2014(同誌24(1):53-66)は従業員の反応が格差の種類と正当性で分かれると類型化した
- 差には心理的コストがある。LarkinとPierce・Gino 2012『The psychological costs of pay-for-performance』(Strategic Management Journal 33(10):1194-1214)は成果連動給が社会的比較(自分と他人を引き比べる心理)やリスク回避行動を生むと示した。人は賞与を絶対額でなく隣との差で受け取り、比較が満足と意欲を引きずり、無難な仕事へ逃げがちになる
- この十五年で確からしくなったのは差をつければ報われるという因果ではなく、差の効果は条件しだいで個人インセンティブと低い相互依存が要り、相互依存の職場では正当性が鍵で、格差には多くの種類があり、差そのものが社会比較とリスク回避のコストを抱えるという条件の側の事実である。差は道具であって報酬そのものではない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 賞与は差をつけるほど本気度が伝わり、頑張った人がきちんと報われて、全体の意欲も上がる | 格差は大きいほど良いわけでも小さいほど良いわけでもない。Bloom 1999は効果が個人と組織で違う向きに出ると示し、Shaw ら 2002は格差が業績に結びつくのは個人成果に報いる制度が伴い相互依存が低いときだと条件を切り出した。条件の無いところに差だけを持ち込むと業績につながらず、むしろ社会的比較で意欲を削りうる。差は道具であって、報酬そのものではない |
| 支え合うチームでも、賞与に差をつければ全員が発奮して、チームの成果も上がるはずだ | 相互依存的な仕事では逆に働きうる。Trevor ら 2012は、格差がプラスに働くかどうかがその差の正当性(納得できる理由に基づくか)にかかると示した。理由の見えない差を助け合いが必要な小さなチームに持ち込むと、なぜ自分より高い賞与の同僚に手を貸すのかという気持ちが芽生え、協働が壊れて全体の成果はむしろ下がりうる。効くのは差そのものより、差の理由が共有されているかである |
| 賞与の差は、何円つけたかという金額で評価すればよく、比べ方や理由づけは本質ではない | 格差は一つの意味ではない。Gupta ら 2012は格差が実績・職務・勤続・説明のつかない差など中身で異なり測り方で結論が変わると整理し、Downes & Choi 2014は従業員の反応が格差の種類と正当性で分かれると類型化した。同じ金額差でも実績に基づけば納得され理由が見えなければ不満になる。見るべきは何円の差かではなく、その差が何に基づく差か、である |
皮肉なのは、「差をつければ報われる」といちばん強く信じる職場ほど、その差が何に基づくのかを説明できないまま、金額の大小だけで本気度を測ろうとすることである。研究が地味に確かめてきたのは、差そのものには報いる力も壊す力もあり、どちらに転ぶかは差の理由と、仕事の支え合い方で決まる、ということだった。理由の見える差は納得され、理由の見えない差は、隣との比較になって意欲を削る。差をつけて伝わるのは、たぶん頑張りへの報いそのものではなく、その職場が差の理由をどれだけ言葉にできているか、である。
Q1. ShawとGupta・Delery 2002によれば、賃金格差が高い業績と結びつくのは、個人ごとの成果に報いる ____ 制度が伴い、かつ仕事どうしの ____ が ____ ときである。だから差は、それ単体では効かない。穴埋め
Q2. Trevorら2012が相互依存的な仕事で見出した「格差がプラスに働くかどうかの鍵」は何か。小さなチームで理由の見えない差を持ち込むと何が起きるかも述べよ。一問一答
Q3. Larkinら2012が示した「成果連動給の心理的コスト」として、この単位の説明に合うものはどれか。選択
Q4. 「格差は一つではない」とはどういうことか。Guptaら2012とDownes&Choi 2014に触れ、賞与配分を点検するとき「何を見るべきか」を述べよ。一問一答
Q5. 賞与の格差をめぐる研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Downes & Choiが従業員の反応を類型化する(イ)Bloomが格差の効果は個人と組織で異なると示す(ウ)Larkinらが成果連動給の心理的コストを示す(エ)ShawとGupta・Deleryが格差の効く条件を切り出す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分が過去に決めた(または決めようとしている)賞与や報酬の差を一つ選ぶ。その差について、(1)何に基づく差か(実績・職務・勤続・その他)を一行で書き、(2)その仕事が一人で完結する仕事か、みなで支え合う相互依存の仕事かを書く。続けて、その差の理由を、受け取る本人に説明するつもりで一〜二文にまとめてみる。書けなければ『理由を言語化できていない』と正直に記す。金額そのものは書かなくてよい。誰かに感想を聞いたり本人を観察したりする必要はなく、自分がつけた差の根拠を自分で点検するだけで完結させる。一人で全部を決める立場の場合も同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Bloom M. (1999) ‘The Performance Effects of Pay Dispersion on Individuals and Organizations’, Academy of Management Journal 42(1):25-40 — doi.org
- Shaw J.D., Gupta N., Delery J.E. (2002) ‘Pay dispersion and workforce performance: moderating effects of incentives and interdependence’, Strategic Management Journal 23(6):491-512 — doi.org
- Trevor C.O., Reilly G., Gerhart B. (2012) ‘Reconsidering Pay Dispersion’s Effect on the Performance of Interdependent Work: Reconciling Sorting and Pay Inequality’, Academy of Management Journal 55(3):585-610 — doi.org
- Larkin I., Pierce L., Gino F. (2012) ‘The psychological costs of pay-for-performance: Implications for the strategic compensation of employees’, Strategic Management Journal 33(10):1194-1214 — doi.org
- Gupta N., Conroy S.A., Delery J.E. (2012) ‘The many faces of pay variation’, Human Resource Management Review 22(2):100-115 — doi.org
- Downes P.E., Choi D. (2014) ‘Employee reactions to pay dispersion: A typology of existing research’, Human Resource Management Review 24(1):53-66 — doi.org