「自動化すれば経理は要らない」——だが工数何割減の数字は、たいてい売り手が測った
自動化すれば経理は要らない、と言われる。根拠には、工数が何割減った、という景気のいい数字が付いてくる。ところがその数字は、たいてい道具を売る側が測ったものだ。会計原則も電子帳簿保存法も本物の制度なのに、隣に並ぶ削減率だけは、誰が測ったのかを問われないまま独り歩きする。研究が地味に確かめてきたのは、定型は機械に移るが、例外の判断も統制の設計も、人に残る、ということだった。
経理を仕組みで回すとは、何を指すのか
前の単位では、問われても応えられる状態を扱った。ここでは、その状態を一度きりの気合いではなく、続く仕組みとして回す話に進む。統制と仕組みの段は、この単位でひとまず区切りになる。
まず言葉をほどく。仕組みで回すとは、締めや記録や照合を、そのつど誰かの記憶や頑張りに頼るのではなく、決まった手順・決まった置き場・決まったタイミングに乗せて、繰り返せる形にしておくことである。自動化は、その手順の一部を道具にやらせることを指す。2026年のいま、経理の自動化と言えば、以前よく語られた画面操作の自動化(RPA——人がやる操作を機械になぞらせる仕組み)よりも、クラウド会計と、明細から仕訳を推測するAIの組み合わせが主流になりつつある。ここで「主流になりつつある」と控えめに書くのには理由がある。その理由は、このあと自動化で何が人に残るのかを見ていくと、はっきりする。
この単位が言うことも三つに絞る——仕組みで回すとは何を指すのか、自動化するとどこまで人手が減ると確かめられているのか、その範囲の外で何が残るか。先に断っておくと、この単位は特定の会計ソフトを名指しで勧めも貶しもしない。
「自動化すれば経理は要らない」の裏——効果の数字は、道具の売り手から来る
俗説はもっと威勢がいい——「自動化すれば、経理はもう要らない」。その根拠として、「導入で工数が何割減った」という景気のいい数字が付いてくることが多い。ここで、この棚が繰り返してきた見方を、橙の段の最後にもう一度、正面から置く——制度の条文は実在する。だが効果の数字は、たいてい道具の売り手から来る。 会計原則も電子帳簿保存法も本物の制度だ。ところが、その隣に並ぶ「工数何割減」の数字は、道具を売る会社や、導入した会社自身の自己申告であることが多い。
だからこの単位は、具体的な削減率の数字を書かない。 独立に検証された削減率は、査読された研究にはむしろ乏しい。RPAやその後の自動化を扱った研究は、効果の華々しい数字を確定するよりも、導入の難しさ・つまずき・便益が思ったほど実現しないことを、一貫して報告してきた。効果の数字を掲げたいときこそ、その数字を誰が測ったのか——売り手か、独立した第三者か——を先に見るのが、この棚の基本姿勢である。
自動化しても、人に残るもの
では、自動化で本当に何が機械に移り、何が人に残るのか。会計に特化してRPAを調べた初期の実証に、KokinaとBlanchetteが2019年に発表した『Early evidence of digital labor in accounting』(International Journal of Accounting Information Systems 35:100431) がある。そこで見えたのは、機械に移せるのは規則がはっきりして繰り返しの多い定型作業であり、例外の判断・規則の外の処理・統制の設計といった部分は人に残る、という切り分けだった。
同じ向きを、Syedらが2020年に『Robotic Process Automation: Contemporary themes and challenges』(Computers in Industry 115:103162) で体系的に整理している。RPAが得意なのは、入力が整い規則が明確な作業で、入力が乱れたり例外が出たりする場面は苦手——そこは人が受け持つことになる。
これは経理の実感とも合う。明細から仕訳を推測するAIも、典型的な取引はうまく捌くが、初めての種類の取引、規則の解釈が要る取引、そもそも記録の言語を決める部分は、人が判断して与えてやらなければならない。自動化は、人を要らなくするのではなく、人が受け持つ部分を「定型の外」へと移していく。
RPA研究は、効果より課題が中心である
自動化の研究の全体像を見ても、同じことが言える。WewerkaとReichertが2021年に『Robotic process automation - a systematic mapping study』(Enterprise Information Systems) でRPA研究を網羅的に地図にしたところ、研究の重心は華々しい効果の測定よりも、課題の整理・分類・どこでつまずくかに置かれていた。
事例研究も慎重である。Willcocks、Lacity、Craigが2017年に『Robotic Process Automation: Strategic Transformation Lever...』(Journal of Information Technology Teaching Cases 7(1):17-28) で示したのは、効果を出すには入念な準備とリスク管理が要る、という条件つきの話だった。Eulerichらが2021年に『A Framework for Using Robotic Process Automation for Audit Tasks』(Contemporary Accounting Research 39(1):691-720) で会計・監査業務への適用を枠組み化したときも、適用できる範囲と限界の両方が主題だった。LacityとWillcocks、Gozmanが2021年に『Influencing information systems practice』(Journal of Information Technology 36(3):216-240) で認知的な自動化まで視野を広げても、結論は「万能ではなく、実務の原則に沿ってこそ効く」だった。効果を確定するより、どこまでできて、どこからができないかを見極める——研究の側は、そちらに紙面を割いてきた。
「経理不要論」を、検証する
ここまでを踏まえて、「自動化すれば経理は要らない」を検証する。この単位は、それを否定も肯定もしない。 ただ、会計に特化した実証が一貫して示しているのは、例外の判断・規則の外の処理・統制の設計という部分は、人に残る、ということだ。定型が機械に移るぶん、人が向き合うのは、むしろ判断と設計の側に寄っていく。
なお、自動化が雇用全体をどう動かすかという大きな議論には、この単位は踏み込まない。それは別の棚が扱う主題であり、ここで確かめられるのは、経理という仕事の中で「何が定型で機械に移せて、何が判断として人に残るか」という、手元の切り分けまでである。「要る/要らない」の二択で語るより、自分の作業のどこが定型で、どこが判断なのかを仕分けるほうが、ずっと役に立つ。
時間・変化:手作業から、クラウド会計とAI仕訳へ
順に置く。かつて経理の自動化と言えば、まず画面操作をなぞらせるRPAが語られた。2017年から2021年にかけて、Willcocksら、Kokina & Blanchette、Syedら、Eulerichら、Wewerka & Reichert、Lacityらが、RPAの効果と限界を——多くは限界のほうを厚く——調べた。そして2026年のいま、経理の現場では、クラウド会計とAI仕訳の組み合わせが主流になりつつある。道具は移り変わっている。
この移り変わりで確からしくなったのは、「自動化すれば経理は要らない」という結論ではない。確からしくなったのは、道具は世代を替えながら定型作業を機械に移していく一方で、例外の判断・規則の外の処理・統制の設計は人に残り、効果の華々しい数字はたいてい売り手から来る、という切り分けである。仕組み化とは、この切り分けを自分の手元で見極め、定型を仕組みに乗せて、判断のための余白を人に残すことだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、売り手の「工数何割減」を、自分の判断の根拠にしてしまうことである。その数字は、たいてい道具を売る側が測ったものだ。もう一つの妨げは、自動化を「無人化」と取り違えること——定型は移せても、判断と設計は残る。ここを見誤ると、残るはずの部分まで手放して、かえって足元が崩れる。
助けになるのは、自分の経理の作業を一つ取り出して、その手順を書き出し、「機械に移せる定型」と「人に残る判断」に仕分けてみることである。売り手の数字ではなく、自分の手順で確かめる。
最初の一歩は、次の単位に進む前に、その仕分けを一つの作業でやってみること。誰かの導入事例でも、宣伝の削減率でもなく、自分の手順の、どこが定型で、どこが判断かを、自分で線引きするだけでよい。
次の単位は 429「固定資産を漏れなく管理するには?」——仕組みで回す話から一段上がり、帳簿に載せた資産と、目の前にある現物とのあいだに開く隙間を扱う。
- 仕組みで回すとは、締めや記録や照合を、そのつどの記憶や頑張りでなく、決まった手順・置き場・タイミングに乗せて繰り返せる形にすること。自動化はその手順の一部を道具にやらせること。2026年のいま経理の自動化は、画面操作をなぞらせるRPAより、クラウド会計と明細から仕訳を推測するAIの組み合わせが主流になりつつある(実務認識であって査読実証の断定ではない)
- この棚が繰り返す見方を橙の段の最後に正面から置く——制度の条文は実在するが、効果の数字はたいてい道具の売り手から来る。会計原則も電子帳簿保存法も本物の制度だが、隣に並ぶ工数何割減の数字は道具を売る会社や導入企業自身の自己申告であることが多い。独立に検証された削減率は査読研究にむしろ乏しく、この単位は具体的な削減率を書かない
- KokinaとBlanchetteが2019年に『Early evidence of digital labor in accounting』(International Journal of Accounting Information Systems 35:100431)で会計特化のRPAを実証したところ、機械に移せるのは規則がはっきりし繰り返しの多い定型作業で、例外の判断・規則の外の処理・統制の設計は人に残るという切り分けが見えた。Syedら2020(Computers in Industry 115:103162)も入力が乱れ例外が出る場面はRPAが苦手で人が受け持つと整理した
- 自動化研究の全体像は効果より課題が中心である。WewerkaとReichertが2021年に『Robotic process automation - a systematic mapping study』(Enterprise Information Systems)でRPA研究を網羅的に地図にすると、重心は華々しい効果の測定でなく課題の整理・分類・どこでつまずくかに置かれていた。研究の側は効果の確定より、どこまでできてどこからができないかの見極めに紙面を割いてきた
- 事例・枠組み研究も慎重である。Willcocks・Lacity・Craig 2017(Journal of Information Technology Teaching Cases 7(1):17-28)は効果に入念な準備とリスク管理が要ると示し、Eulerichら2021(Contemporary Accounting Research 39(1):691-720)は会計・監査業務への適用範囲と限界を枠組み化し、Lacity・Willcocks・Gozman 2021(Journal of Information Technology 36(3):216-240)は認知的自動化も万能でなく実務の原則に沿ってこそ効くと結論づけた
- 「自動化すれば経理は要らない」を、この単位は否定も肯定もしない。会計特化の実証が一貫して示すのは、例外の判断・規則の外の処理・統制の設計は人に残るということ。定型が機械に移るぶん、人が向き合うのは判断と設計の側に寄る。自動化が雇用全体をどう動かすかという大きな議論には踏み込まず、手元の「何が定型で機械に移せ、何が判断で人に残るか」の切り分けまでを確かめる
- この道具の移り変わり(画面操作のRPA→クラウド会計とAI仕訳)で確からしくなったのは経理不要という結論ではなく、道具は世代を替えて定型作業を機械に移す一方、例外の判断・規則の外の処理・統制の設計は人に残り、効果の華々しい数字はたいてい売り手から来るという切り分けである。仕組み化とはこの切り分けを手元で見極め、定型を仕組みに乗せ、判断の余白を人に残すこと
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 自動化すれば経理はもう要らない。導入すれば工数が何割も減るという数字も出ているのだから、人手はいずれ不要になる | その工数削減の数字は、たいてい道具を売る会社や導入した会社自身の自己申告で、独立に検証された削減率は査読研究にむしろ乏しい。会計に特化した実証(Kokina & Blanchette 2019・Syed ら 2020)が一貫して示すのは、機械に移せるのは規則がはっきりした定型作業で、例外の判断・規則の外の処理・統制の設計は人に残るということ。自動化は人を要らなくするのではなく、人が受け持つ部分を定型の外へ移す。この単位は経理不要論を否定も肯定もしない |
| RPAのような自動化を入れれば、面倒な経理作業はまるごと機械に任せて無人化できる | RPAが得意なのは入力が整い規則が明確な作業で、入力が乱れたり例外が出たりする場面は苦手だとSyedら 2020が整理している。研究の全体像を地図にしたWewerka & Reichert 2021でも、重心は華々しい効果の測定より課題の整理・つまずきにあった。Willcocks ら 2017は効果に入念な準備とリスク管理が要ると示し、Lacity ら 2021は自動化が万能でなく実務の原則に沿ってこそ効くと結論づけた。自動化は無人化ではない |
| どの会計ソフトが工数を何割減らせるかを比べて、いちばん削減率の高いものを選ぶのが仕組み化だ | 仕組み化とは、削減率の高い道具を選ぶことではなく、自分の作業の中で何が定型で機械に移せ、何が判断として人に残るかを見極め、定型を仕組みに乗せて判断の余白を人に残すことである。この単位は特定の会計ソフトを名指しで勧めも貶しもしない。まずやるのは、売り手の数字ではなく、自分の経理作業の手順を取り出して定型と判断に仕分けてみることである |
皮肉なのは、「自動化すれば経理は要らない」と最も強く言う資料ほど、その根拠に、道具を売る側が測った削減率を掲げることである。会計原則も電子帳簿保存法も本物の制度だ——なのに、その隣の「工数何割減」だけは、誰が測ったのかを問われないまま、独り歩きする。研究のほうは、もっと地味なことを繰り返し確かめてきた。定型は機械に移るが、例外の判断も、規則の外の処理も、統制の設計も、人に残る。だから経理が消えるのではなく、経理の中身が、定型の入力から、判断と設計のほうへ寄っていく。要らなくなるのは経理ではなく、たぶん、誰が測ったかを問わずに数字を信じる癖のほうである。
Q1. 橙の段の最後に置く見方——制度の条文は ____ する。だが効果の数字は、たいてい道具の ____ から来る。だからこの単位は、具体的な ____ を書かない。独立に検証されたそれは査読研究にむしろ乏しいからだ。穴埋め
Q2. KokinaとBlanchette 2019、Syedら 2020 が示した「機械に移せるもの」と「人に残るもの」の切り分けを、経理の実感(AI仕訳を含む)に触れて述べよ。一問一答
Q3. WewerkaとReichert 2021がRPA研究を網羅的に地図にして示したこととして、この単位の説明に合うものはどれか。選択
Q4. 「自動化すれば経理は要らない」に対して、この単位はどういう立場をとるか。踏み込まないと断っている論点と、代わりに手元で確かめられることを述べよ。一問一答
Q5. 経理の自動化をめぐる道具と研究の流れを、時期の早い順に並べよ。(ア)クラウド会計とAI仕訳が主流になりつつある(イ)Willcocksらが効果には準備とリスク管理が要ると事例で示す(ウ)Kokina & Blanchetteが会計RPAで例外と判断は人に残ると実証する(エ)Wewerka & Reichertが研究の重心は課題にあると地図にする並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分がやっている経理の作業を一つ選ぶ(例:入金の消込、経費の起票、月次の締めの一部など)。その作業の手順を、はじめから終わりまで箇条書きで書き出す。書き出したら、各手順に『機械に移せそうな定型』か『人の判断が要る』かの印を付ける。どちらとも言えない手順は『要検討』にする。売り手の宣伝や導入事例の削減率は使わず、自分の手順だけで線引きする。誰かに導入させたり、費用の決定をしたりする必要はなく、自分の作業の手順を仕分けるだけで完結させる。一人で経理を回している場合も同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Syed R. ほか (2020) ‘Robotic Process Automation: Contemporary themes and challenges’, Computers in Industry 115:103162 — doi.org
- Kokina J., Blanchette S. (2019) ‘Early evidence of digital labor in accounting: Innovation with Robotic Process Automation’, International Journal of Accounting Information Systems 35:100431 — doi.org
- Willcocks L., Lacity M., Craig A. (2017) ‘Robotic Process Automation: Strategic Transformation Lever for Global Business Services?’, Journal of Information Technology Teaching Cases 7(1):17-28 — doi.org
- Eulerich M., Pawlowski J., Waddoups N.J., Wood D.A. (2021) ‘A Framework for Using Robotic Process Automation for Audit Tasks’, Contemporary Accounting Research 39(1):691-720 — doi.org
- Wewerka J., Reichert M. (2021) ‘Robotic process automation - a systematic mapping study and classification framework’, Enterprise Information Systems 17(2) — doi.org
- Lacity M., Willcocks L., Gozman D. (2021) ‘Influencing information systems practice: The action principles approach applied to robotic process and cognitive automation’, Journal of Information Technology 36(3):216-240 — doi.org