「資料を揃えれば調査は怖くない」——だが期待ギャップは、あなたの書類棚の外にある
資料さえ揃えれば調査は怖くないと言われる。半分は正しい——揃えれば、監査人や応じる側の実行の不足は縮む。ところが、監査に何を期待するかという溝は、あなたの書類棚の外にあって、報告書を最後まで読まない相手の頭の中に残っている。半世紀の監査研究が確かめたのは、制度を変えても、その溝は縮むだけで消えなかった、ということだった。
監査に応えるとは、何を指すのか
前の単位では、期限と制度に向けて証憑を揃えることを扱った。ここでは、揃えた記録が実際に「問われた」ときに、どう応えるのかを扱う。
この単位の読者の多くは、会計監査を法律で義務づけられていない規模の商いをしている。だからここでは対象を少し広げて、税務調査と(もしあれば)会計監査に応えられることをまとめて扱う。まず言葉をほどく。税務調査とは、税務署などが申告の内容を帳簿書類で確かめる手続きのこと。(会計)監査とは、独立した監査人が財務諸表が適正かどうかを確かめて意見を述べること。どちらも共通して、外部の目が、あなたの記録に対して「これは確かか」と問う場面である。
俗説は言う——「資料さえ揃えれば、調査は怖くない」。この単位は、その半分は正しいと認めたうえで、残りの半分——揃えても埋まらない部分——がどこにあるのかを見る。言うことは三つ。監査に応えるとは何を指すのか、資料を揃えるとどこまで応えられるのか、その範囲の外で何が起きるか。なお全社の内部監査の体制づくりは別の棚の持ち場で、ここで扱うのは、自分の帳簿と証憑が問われたときに応えられる状態までである。
税務調査は、法定の手続きである
まず、税務調査について。ここで確かなのは、税務調査が思いつきや裏技の応酬ではなく、法律で手続きが定められた行いだということである。日本では、国税通則法が2011年(平成23年)の改正で税務調査の手続を法律の条文として整え、2013年から施行された。第74条の9には、調査に先立って納税者に事前の通知をすることなどが定められている。
ここでは条文の細かな文言までは引かない——公的な解説ページの一部は現在たどり着けず、条文本文への一次到達も本稿の書写時点では確認できなかったため、確かめられた範囲、すなわち「税務調査は国税通則法に基づく法定の手続きであり、事前通知などの手順が条文で定められている」という法令事実までにとどめる。正確な条文は、書写時に最新の公的資料で確かめてほしい。
大事なのは向きである。手続きが法定されているということは、あなたの側にも予見できる段取りがあるということだ。だからこの単位は「調査をかわす受け方の裏技」を書かない。書けるのは、手続きが法定されているという事実と、そこから導かれる備え——日々の記録を、問われたら出せる形にしておくこと——までである。
監査の「期待ギャップ」——資料を揃えても、期待そのものがズレている
では、「資料を揃えれば怖くない」の残り半分はどこにあるのか。監査の研究が半世紀にわたって扱ってきた大きな主題に、期待ギャップ(audit expectation gap)——監査が何を保証してくれるのかについて、社会の側の期待と、監査人が実際にやっていることのあいだにある、埋まらない溝——がある。
この溝を実証的に定式化したのが、Brenda Porter(監査を研究した学者。経営戦略で知られる同姓のPorterとは別人である)が1993年に発表した『An Empirical Study of the Audit Expectation-Performance Gap』(Accounting and Business Research 24(93):49-68) だ。Porterはこの溝を二つに分けた。一つは、そもそも監査人にできること以上を社会が期待している部分(合理性のギャップ)。もう一つは、監査人がやれるはず・やるべきことを十分にやれていない部分(実行のギャップ——さらに、基準そのものが足りない部分と、基準はあるのに実行が及ばない部分に分かれる)。
この分け方が示すのは、溝の一部は、資料をどれだけ揃えても埋まらないということだ。なぜなら、その部分は「監査(や調査)に何を期待するか」という、期待の側のズレだからである。揃えることで応えられるのは実行のギャップの一部であって、期待そのものはあなたの資料の外にある。
利用者は、報告書を最後まで読まない
期待ギャップが「期待の側のズレ」だという見立ては、その後の研究でも裏づけられている。Grayらが2011年に『Perceptions and Misperceptions Regarding the Unqualified Auditor's Report』(Accounting Horizons 25(4):659-684) で、財務諸表の作成者・利用者・監査人に監査報告書の受け取り方を尋ねたところ、利用者は監査報告書を最後まで読み通しておらず、その報告書が何を伝えようとしているのかを正確には理解していなかった。
RuhnkeとSchmidtが2014年に『The audit expectation gap: existence, causes, and the impact of changes』(Accounting and Business Research 44(5):572-601) で改めて検証したときも、期待ギャップは確かに存在し、原因があり、制度を変えても完全には消えなかった。つまり、資料や報告書という「出す側」をどれだけ整えても、受け取る側が読み切らず、期待がズレているかぎり、溝の一部は残る。 これは「だから資料を揃えても無駄だ」という話ではない。揃えることは実行のギャップを縮めるが、期待のギャップは、別の場所にある、という切り分けの話である。
時間・変化:1992年から2014年へ——変われど変わらず
順に置く。1992年、HumphreyとMoizer、Turleyは英国の期待ギャップを論じた論文に「plus ça change(変われど変わらず)」という副題を付けた——制度をいじっても溝は同じ形で残る、という含みである。1993年、同じ三人が英国での期待ギャップを実証し、同年にPorterが期待ギャップを合理性と実行に分ける定式化を示す。2011年、Grayらが利用者は報告書を読み切らないことを示し、2014年、RuhnkeとSchmidtが、ギャップは存在し原因があり制度変更でも消え切らないことを確かめた。
この二十年あまりで確からしくなったのは、「資料を揃えれば怖くない」という安心ではない。確からしくなったのは、税務調査は法定の手続きとして予見でき、資料を揃えることは実行のギャップを縮める一方で、監査への期待そのもののズレ(期待ギャップ)は制度を変えても縮小するが消えない、という切り分けである。溝は、揃える努力の外側にも走っている。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「資料さえ揃えれば怖くない」で止まってしまうことである。揃えることは大切だが、それで埋まるのは溝の一部だ。もう一つの妨げは、税務調査を「裏技でかわすもの」と捉えること——手続きは法定されているのだから、予見できる段取りに、予見できる備えで応えるのが筋である。
助けになるのは、問われる場面を「特別な非常事態」ではなく「日々の記録の帰結」として捉え直すことだ。会計監査が無い規模でも、税務調査への準備は、日々きちんと記録し証憑を残してきたことの、そのままの延長線上にある。
最初の一歩は、次の単位に進む前に、自分の帳簿と証憑を、いま『問われたら出せる形』になっているかという目で並べ直してみること。誰かを疑う必要も、模擬的に誰かに問い詰めてもらう必要もない。自分の記録が、外の目に「これは確かか」と問われたとき、どれがすぐ出せて、どれが探すことになるかを、自分で確かめるだけでよい。
次の単位は 428「経理を仕組みで回すには?」——一度きりの気合いではなく、問われても応えられる状態を、仕組みとして続けていく話に進む。
- この単位は会計監査を義務づけられていない規模を主客に、原典の指示に従い対象を税務調査と(もしあれば)会計監査に応えられることへ広げる。税務調査は税務署などが申告内容を帳簿書類で確かめる手続き、(会計)監査は独立した監査人が財務諸表の適正性に意見を述べること。どちらも外部の目が記録に「これは確かか」と問う場面である。全社の内部監査の体制づくりは別の棚の持ち場
- 税務調査は思いつきや裏技の応酬ではなく法律で手続きが定められた行いである。日本では国税通則法が2011年(平成23年)の改正で税務調査の手続を条文として整え2013年から施行、第74条の9に調査に先立つ事前通知などが定められている。手続きが法定されているとは、応じる側にも予見できる段取りがあるということで、この単位は調査をかわす裏技を書かない
- 監査研究が半世紀扱ってきた主題に期待ギャップ(audit expectation gap)がある。監査が何を保証するかについて社会の期待と監査人の実務のあいだにある埋まらない溝で、Brenda Porter(経営戦略で知られる同姓のPorterとは別人)が1993年に『An Empirical Study of the Audit Expectation-Performance Gap』(Accounting and Business Research 24(93):49-68)で実証的に定式化した
- Porter 1993は期待ギャップを二つに分けた。一つは監査人にできること以上を社会が期待する合理性のギャップ、もう一つは監査人がやれるはず・やるべきことを十分にやれていない実行のギャップ(基準そのものが足りない部分と基準はあるのに実行が及ばない部分に分かれる)。この分け方は溝の一部が資料をどれだけ揃えても埋まらないこと(期待の側のズレ)を示す
- 期待ギャップが期待の側のズレだという見立ては裏づけられている。Grayらが2011年に『Perceptions and Misperceptions Regarding the Unqualified Auditor's Report』(Accounting Horizons 25(4):659-684)で作成者・利用者・監査人に尋ねると、利用者は監査報告書を最後まで読み通しておらず、報告書が何を伝えようとしているのかを正確には理解していなかった
- RuhnkeとSchmidtが2014年に『The audit expectation gap: existence, causes, and the impact of changes』(Accounting and Business Research 44(5):572-601)で改めて検証すると、期待ギャップは存在し原因があり、制度を変えても完全には消えなかった。資料や報告書という出す側をどれだけ整えても、受け取る側が読み切らず期待がズレているかぎり溝の一部は残る
- この二十年余りで確からしくなったのは資料を揃えれば怖くないという安心ではなく、税務調査は法定の手続きとして予見でき、資料を揃えることは実行のギャップを縮める一方で、監査への期待そのもののズレ(期待ギャップ)は制度を変えても縮小するが消えないという切り分けである。Humphreyら1992の副題plus ça change(変われど変わらず)がその向きを言い当てている
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 資料さえきちんと揃えておけば、税務調査も監査も怖くない。準備の量が、そのまま安心の量になる | 揃えることで縮むのは実行のギャップ——やれるはず・出せるはずを十分に整えられていない部分——であって、それは大切だが溝の一部にすぎない。監査の研究が半世紀扱ってきた期待ギャップ(Porter 1993)のうち、合理性のギャップ(監査人にできること以上を社会が期待する部分)は、資料をどれだけ揃えても埋まらない。それは期待の側のズレで、あなたの書類棚の外にある |
| 税務調査は抜き打ちで思いつきに来るものだから、来たときにうまくかわす受け方の裏技を知っておくべきだ | 税務調査は裏技の応酬ではなく、法律で手続きが定められた行いである。日本では国税通則法が2011年(平成23年)の改正で税務調査の手続を条文として整え2013年に施行、第74条の9に事前通知などが定められている。手続きが法定されているということは、応じる側にも予見できる段取りがあるということで、この単位が書けるのは、その法令事実と、日々の記録を問われたら出せる形にしておく備えまでである(条文の細かな文言は最新の公的資料で確認) |
| 監査報告書をきちんと出しさえすれば、利用者は正しく受け取り、期待どおりに理解してくれる | Grayらが2011年に作成者・利用者・監査人に尋ねると、利用者は監査報告書を最後まで読み通しておらず、報告書が何を伝えようとしているのかを正確には理解していなかった。RuhnkeとSchmidt 2014も、期待ギャップは存在し原因があり制度を変えても完全には消えないことを確かめた。出す側を整えても、受け取る側が読み切らず期待がズレているかぎり、溝の一部は残る |
皮肉なのは、「資料を揃えれば調査は怖くない」という言葉が、いちばん安心させてくれる部分でだけ正しいことである。揃えれば、実行のギャップは確かに縮む。だが、監査や調査に何を期待するかという溝——期待ギャップ——は、あなたの書類棚の外にあって、報告書を最後まで読まない相手の頭の中に残っている。制度を変えても、それは縮むだけで消えなかった。半世紀の研究が確かめたのは、変われど変わらず、だった。だから、揃えることに意味はある——ただしそれは、怖さを消すためではなく、日々の記録の帰結として、問われたら出せる自分でいるためである。
Q1. この単位は税務調査を「裏技でかわすもの」とは扱わない。その根拠となる法令事実を、法律名・改正と施行のおおよその時期・定められている手続きの一例に触れて述べよ。一問一答
Q2. Brenda Porterが1993年に定式化した「期待ギャップ」の分け方として、この単位の説明に合うものはどれか。選択
Q3. Grayらが2011年に作成者・利用者・監査人に尋ねると、利用者は監査報告書を ____ おらず、報告書が何を ____ しているのかを正確には理解していなかった。出す側を整えても、受け取る側の ____ が残れば溝は消えない。穴埋め
Q4. 「資料を揃えれば怖くない」は半分正しいと、この単位は言う。揃えることで縮むのは何のギャップで、揃えても残るのは何のギャップか。二つを対比して述べよ。一問一答
Q5. 監査の期待ギャップをめぐる研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Grayらが利用者は報告書を読み切らないと示す(イ)Humphreyらが副題「変われど変わらず」で溝が残ると論じる(ウ)Ruhnke & Schmidtが制度変更でも消えないと確かめる(エ)Porterが期待ギャップを合理性と実行に分ける並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、直近の自分の取引をいくつか選び、それぞれについて『もし外の目に“これは確かか”と問われたら、根拠となる帳簿の記録と証憑を、いますぐ出せるか』を確かめる。各取引について、記録と証憑が『すぐ出せる/探せば出る/見当たらない』のどれかを書く。誰かを疑ったり、模擬的に誰かに問い詰めてもらったりする必要はない。自分の記録と手元の証憑だけで、出せるかどうかを自分で確かめて完結させる。一人で事業を回している場合も同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Porter B. (1993) ‘An Empirical Study of the Audit Expectation-Performance Gap’, Accounting and Business Research 24(93):49-68 — doi.org
- Ruhnke K., Schmidt M. (2014) ‘The audit expectation gap: existence, causes, and the impact of changes’, Accounting and Business Research 44(5):572-601 — doi.org
- Humphrey C., Moizer P., Turley S. (1993) ‘The Audit Expectations Gap in Britain: An Empirical Investigation’, Accounting and Business Research 23(sup1):395-411 — doi.org
- Humphrey C., Moizer P., Turley S. (1992) ‘The audit expectations gap—plus ça change, plus c’est la même chose?’, Critical Perspectives on Accounting 3(2):137-161 — doi.org
- Gray G.L., Turner J.L., Coram P.J., Mock T.J. (2011) ‘Perceptions and Misperceptions Regarding the Unqualified Auditor’s Report by Financial Statement Preparers, Users, and Auditors’, Accounting Horizons 25(4):659-684 — doi.org
- 国税通則法(昭和37年法律第66号、2011年改正で税務調査手続を法定化・2013年施行/第74条の9 事前通知等) — laws.e-gov.go.jp