「モニタリングで質は揃う」——だが採点は採点者で揺れ、監視は質を支える人をすり減らす
同じ物差しで採点し、しっかりモニタリングすれば、対応の質はそろう、と教わる。皮肉なことに、採点は採点者が変われば揺れ(評価者間の一致は中程度)、監視は質を支える人の感情労働を重くしうる。監視すれば質が上がる、も、監視は必ず悪い、も言いすぎだ。この単位は、見張りの物語ではなく、自己点検と見せ合いの水準で読む。
一つひとつの対応の質を、どうそろえるか
前の単位では、その場の怒りにどう向き合うのかを扱った。ここでは、そうした一つひとつの対応の質を、どうやってそろえるのか——応対品質のモニタリング(対応を採点して見ていくこと)を扱う。
この棚が繰り返す見方は、ここでも効く。「同じ物差しで測れば、対応の質はそろう」という語り草の流通と、それが確かめられていることは、別物である。 物差しで測れば揃う、という前提そのものを、この単位で点検する。
先に、この単位の立場を断っておく。ここで扱うモニタリングを、管理する人が対応者を見張る物語にしない。読者は、窓口に立つ本人である。だから採点や監視の話は、自分で自分の対応を点検する(自己点検)/対応する者どうしで見せ合う(相互フィードバック)という水準に翻訳して読む。そして、監視が対応者の負担になりうることも、あわせて扱う。対応者を責める道具に、この話を使わない。
「同じ物差しなら揃う」は、どこまで確かめられているか
まず、根っこの前提から見る。「同じ基準で採点すれば、誰が採点しても同じ評価になり、質はそろう」——これは本当か。人の対応の良し悪しを評価するとき、評価者が変われば評点も動くというのが、研究の積み重ねが示すところである。
1996年、Viswesvaran・Ones・Schmidt は *Journal of Applied Psychology* 誌 81(5):557-574 で、仕事のパフォーマンス評価の信頼性を束ねるメタ分析を行い、評価者間の一致は中程度にとどまることを示した。同じ人の同じ働きぶりを、別の評価者が見ると、評点がずれる。専門の言葉で評価者間信頼性——採点する人が変わっても評点がどれだけ一致するか——と呼ぶが、これが完璧からは遠い。
これは、採点者が不真面目だという話ではない。「良い対応」という基準そのものが、人によって少しずつ違う像を結ぶからである。だから「標準の物差しを配れば質がそろう」という前提は、物差しを当てる人の側の揺れを、最初から勘定に入れていない。測る道具を統一しても、測る人の目盛りの読み方まで統一されるわけではない。
モニタリングの、もう一つの顔
前提の揺れに加えて、モニタリングにはもう一つの顔がある。見られていること自体が、対応する人に影響する、という逆機能である。
電子的に対応を記録・監視する仕組みを、専門の言葉でEPM(電子的パフォーマンスモニタリング)と呼ぶ。1995年、Aiello と Kolb は *Journal of Applied Psychology* 誌 80(3):339-353 で、EPM の影響が社会的な文脈——どう見られているか、何のための監視か——によって、生産性にもストレスにも振れることを示した。監視は、いつも同じ効果を持つのではない。
そして、応対の現場にいちばん近い証拠がある。2002年、Holman・Chissick・Totterdell は *Motivation and Emotion* 誌 26(1):57-81 で、コールセンターでのパフォーマンス監視が、感情労働と幸福感を悪化させうることを示した。感情労働とは、自分の感情を仕事の一部として整えて出す労働のことである。見られている感覚が強いほど、対応者は表情や声色を作る負担を増し、消耗する。質をそろえるための監視が、質を支える人をすり減らす、という向きだ。2000年、Stanton は *Human Performance* 誌 13(1):85-113 で、こうした監視への反応を枠組みとしてまとめ、監視が受け手にどう受け取られるかが結果を左右することを整理した。
ここで大事なのは、監視が「悪」だと言いたいのではないことだ。
2014年、Bhave は *Personnel Psychology* 誌 67(3):605-635 で、EPM が成果を上げる面と下げる面の両方を持つことを示している。監視は、条件しだいで、質を上げることも、対応者を痛めることもある。「監視すれば質が上がる」も「監視は必ず悪い」も、どちらも言いすぎである。
この話の持ち場——応対品質にとどめる
ここで、持ち場を正確に切っておく。EPM やパフォーマンス監視の本領は、労務・組織心理——働く人をどう評価し、どう扱うかという領域にある。2020年、Ravid・Tomczak・White・Behrend は *Journal of Management* 誌 46(1):100-126 で、EPM の研究を総ざらいし、監視のあり方を考える枠組みを示したが、その射程は労務管理の全体に及ぶ。
この単位は、そこまで広げない。扱うのは、あくまで「応対の質を、評点やモニタリングでそろえようとするときに何が起きるか」に限る。 監視技術一般の是非や、労務管理の設計は、別の棚の持ち場である。ここで持ち帰るのは、二つだけだ——採点は採点者で揺れる(評価者間一致は中程度)。監視は、質を支える人の負担になりうる(感情労働の悪化)。 この二つを踏まえたうえで、自己点検や、対応する者どうしの見せ合いを、負担の少ない形に設計する。
時間・変化:一致の限界から、監視の両面へ
順に置く。1995年、Aiello と Kolb が、EPM の影響が社会的文脈で振れることを示す。1996年、Viswesvaran らが、評価者間の一致は中程度にとどまることをメタ分析で束ねる。2000年、Stanton が、監視への反応を枠組みにまとめる。2002年、Holman らが、コールセンターの監視が感情労働と幸福感を悪化させうることを示す。2014年、Bhave が、EPM に上げる面と下げる面の両方があることを示し、2020年、Ravid らが研究を総ざらいして枠組みを示す。
この間に確からしくなったのは、「監視すれば質は自動的にそろう」という因果ではない。 確からしくなったのは、採点は採点者で揺れ、監視は質を支える人の負担になりうる、という二面のほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、物差しを配れば揃う、という思い込みである。同じチェック表を配っても、「良い対応」の像は採点する人ごとに少しずつ違い、評点は揺れる。物差しの統一は、目盛りの読み方の統一までは保証しない。
もう一つの妨げは、監視を、質を上げるスイッチだと思うことである。見られている感覚は、対応者の感情労働を重くし、消耗させうる。質をそろえるつもりの仕組みが、質を支える人をすり減らせば、本末が転倒する。
助けになるのは、採点を「揺れるもの」として扱い、監視を「負担にもなるもの」として設計するという向きである。自分の対応を自分で点検するにせよ、対応する者どうしで見せ合うにせよ、目盛りのずれを前提に置き、見られる負担を最小にする。責める道具ではなく、気づくための道具にする。
最初の一歩は10分。自分が過去にした応対の記録を一つ思い出して選び、それを自分で採点してみる。次に、その採点が何に左右されそうか——採点した日の自分の機嫌、時間帯、「良い対応」の基準が自分の中でどれだけ曖昧か——を、思い出せる範囲で書き出す。同僚を採点したり、誰かの対応を観察しに行ったりする必要はない。 自分の記録を、自分で採点し、その評点の揺れそうな場所に印を付けるだけである。基準が曖昧な項目がゼロなら、それも一つの発見だ。
次の単位は 408「サービス品質を測るには?」——一つの対応ではなく、サービス全体の品質を標準の尺度で測れるのか、その物差しの妥当性をめぐる論争を扱う。
- この単位は、一つひとつの対応の質を評点やモニタリングでそろえられるかを扱う。立場は明確で、管理する人が対応者を見張る物語にしない。読者は窓口に立つ本人であり、採点や監視は自己点検(自分で自分の対応を点検する)と相互フィードバック(対応する者どうしで見せ合う)の水準に翻訳して読む。対応者を責める道具に使わない。「同じ物差しで測れば揃う」という語り草の流通と、その証明は別物である
- 「同じ基準で採点すれば誰が採点しても同じになる」という前提は揺れる。1996年のViswesvaran・Ones・SchmidtのJournal of Applied Psychology 81(5):557-574のメタ分析は、評価者間の一致は中程度にとどまることを示した。同じ働きぶりを別の評価者が見ると評点がずれる。良い対応という基準そのものが人によって少しずつ違う像を結ぶためで、物差しを統一しても目盛りの読み方までは統一されない
- モニタリングにはもう一つの顔がある。見られていること自体が対応者に影響する逆機能である。電子的に対応を記録・監視する仕組みをEPM(電子的パフォーマンスモニタリング)と呼ぶ。1995年のAiello・KolbのJAP 80(3):339-353は、EPMの影響が社会的文脈によって生産性にもストレスにも振れることを示した。監視はいつも同じ効果を持つのではない
- 応対の現場に最も近い証拠として、2002年のHolman・Chissick・TotterdellのMotivation and Emotion 26(1):57-81は、コールセンターのパフォーマンス監視が感情労働と幸福感を悪化させうることを示した。感情労働とは自分の感情を仕事の一部として整えて出す労働である。見られている感覚が強いほど対応者は表情や声色を作る負担を増し消耗する。質をそろえるための監視が質を支える人をすり減らす向きである
- 監視は悪ではない。2000年のStantonのHuman Performance 13(1):85-113は監視への反応を枠組みにまとめ、受け手にどう受け取られるかが結果を左右すると整理した。2014年のBhaveのPersonnel Psychology 67(3):605-635は、EPMが成果を上げる面と下げる面の両方を持つことを示した。「監視すれば質が上がる」も「監視は必ず悪い」も、どちらも言いすぎである
- EPMやパフォーマンス監視の本領は労務・組織心理にある。2020年のRavid・Tomczak・White・BehrendのJournal of Management 46(1):100-126はEPM研究を総ざらいして枠組みを示したが射程は労務管理全体に及ぶ。この単位はそこまで広げず、応対の質を評点やモニタリングでそろえるときに何が起きるかに限る。監視技術一般の是非や労務管理の設計は別の持ち場である
- 持ち帰るのは二つ——採点は採点者で揺れる(評価者間一致は中程度)、監視は質を支える人の負担になりうる(感情労働の悪化)。これを踏まえ、自己点検や対応する者どうしの見せ合いを負担の少ない形に設計する。採点を揺れるものとして扱い、監視を負担にもなるものとして設計し、責める道具ではなく気づくための道具にする
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 同じチェック表と基準を配って採点すれば、誰が採点しても評価は同じになり、対応の質はそろう | 1996年のViswesvaran・Ones・Schmidt(Journal of Applied Psychology 81(5):557-574)のメタ分析は、評価者間の一致は中程度にとどまることを示した。良い対応という基準そのものが人ごとに少しずつ違う像を結ぶため、物差しを統一しても目盛りの読み方までは統一されない。採点は採点者で揺れる、という前提を置く必要がある |
| 対応をしっかりモニタリングして見ていれば、質は上がっていく | モニタリングには逆機能がある。2002年のHolman・Chissick・Totterdell(Motivation and Emotion 26(1):57-81)は、コールセンターの監視が感情労働と幸福感を悪化させうることを示した。1995年のAiello・Kolb(JAP 80(3):339-353)は影響が社会的文脈で振れることを、2014年のBhave(Personnel Psychology 67(3):605-635)はEPMに上げる面と下げる面の両方があることを示した。監視すれば質が上がる、も、監視は必ず悪い、も言いすぎである |
| モニタリングの話は、管理者が対応者をきちんと見張れているかどうかの問題だ | この単位は監視を、管理者が対応者を見張る物語にしない。読者は窓口に立つ本人であり、採点や監視は自己点検(自分で自分の対応を点検する)と相互フィードバック(対応する者どうしで見せ合う)の水準に翻訳して読む。EPM・監視の本領は労務・組織心理(2020年のRavidらの総ざらい)にあり、この単位は応対品質にとどめる。採点は揺れ、監視は質を支える人の負担になりうる、を踏まえて負担の少ない形に設計する |
皮肉なのは、質をそろえるために持ち込んだ物差しほど、揺れる手に握られていることである。同じチェック表を配っても、良い対応の像は採点する人ごとに少しずつ違い、評点はずれる。そのうえ、そろえるための監視の目は、質を実際に支えている人の表情と声色を、作業のように整えさせ、すり減らしていく。監視すれば質が上がるわけでも、監視が必ず悪いわけでもない——ただ、揃っているように見える評点の列は、ときに、測る人の気分と、測られる人の我慢を、几帳面に足し合わせているだけかもしれない。
Q1. 1996年のViswesvaran・Ones・Schmidtのメタ分析は、対人パフォーマンス評価の「____ 間の一致」は ____ 程度にとどまることを示した。だから物差しを統一しても、____ の読み方までは統一されない。穴埋め
Q2. コールセンターのパフォーマンス監視について、2002年のHolman・Chissick・Totterdellが示したこととして正しいものはどれか。選択
Q3. モニタリング(監視)について、「監視すれば質が上がる」とも「監視は必ず悪い」とも言えないのはなぜか。1995年・2014年の研究に触れて述べよ。一問一答
Q4. この単位が、EPMやパフォーマンス監視の話を「応対品質にとどめる」と持ち場を切るのはなぜか。持ち帰る二点にも触れて述べよ。一問一答
Q5. この単位が扱った研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Viswesvaranらが評価者間の一致は中程度とメタ分析で示す(イ)Aiello・KolbがEPMは社会的文脈で振れると示す(ウ)Ravidらが EPM研究を総ざらいして枠組みを示す(エ)Holmanらがコールセンターの監視が感情労働を悪化させうると示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分が過去にした応対(メール・電話・対面・DMなど)の記録を一つ思い出して選ぶ。まず、その応対を自分なりの基準で採点してみる(点数でも、良い・普通・要改善でもよい)。次に、その採点が『何に左右されそうか』を書き出す——採点した日の自分の機嫌、時間帯、そして『良い対応』の基準が自分の中でどれだけ曖昧か(曖昧な項目に印を付ける)。同僚を採点したり、誰かの対応を観察しに行ったりする必要はない。自分の記録を自分で採点し、その評点が揺れそうな場所にだけ印を付ける。最後に、基準が曖昧だった項目の数を1つの数字で書き添える。一人で全部を回している場合も、自分の応対の記録だけで同じ形で書ける。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Viswesvaran C., Ones D.S., Schmidt F.L. (1996) ‘Comparative analysis of the reliability of job performance ratings’, Journal of Applied Psychology 81(5):557-574 — doi.org
- Holman D., Chissick C., Totterdell P. (2002) ‘The Effects of Performance Monitoring on Emotional Labor and Well-Being in Call Centers’, Motivation and Emotion 26(1):57-81 — doi.org
- Aiello J.R., Kolb K.J. (1995) ‘Electronic performance monitoring and social context: Impact on productivity and stress’, Journal of Applied Psychology 80(3):339-353 — doi.org
- Stanton J.M. (2000) ‘Reactions to Employee Performance Monitoring: Framework, Review, and Research Directions’, Human Performance 13(1):85-113 — doi.org
- Bhave D.P. (2014) ‘The Invisible Eye? Electronic Performance Monitoring and Employee Job Performance’, Personnel Psychology 67(3):605-635 — doi.org
- Ravid D.M., Tomczak D.L., White J.C., Behrend T.S. (2020) ‘EPM 20/20: A Review, Framework, and Research Agenda for Electronic Performance Monitoring’, Journal of Management 46(1):100-126 — doi.org