「セルフサービスで客も会社も楽になる」——だが選べて逃げ道がある時だけで、強制すると反転する
セルフサービスにすれば客も会社も楽になる、と教わる。券売機も予約ページもFAQも自動返信も、みなその仲間だ。だが研究は、セルフの満足も利用も多面的に決まり、客に強制すると満足がむしろ悪化し、コストも継続も単純なプラスではないことを示す。同じ仕組みが、選んで使えば満足を生み、使わされれば不満に反転する。効くかどうかは、選べるか・逃げ道があるか・状況に合うかで決まる。
前の単位では、こちらが一次対応で用件を片づけることを扱った。ここでは、そもそも客が自分で解決できるようにする設計——セルフサービスを扱う。
セルフサービスとは、そして「楽になる」の中身
セルフサービス——正確にはSST(Self-Service Technology=セルフサービス技術)——とは、対応者を介さず、客が自分で用件を済ませられるようにするしくみのことだ。券売機や予約ページ、注文フォーム、FAQ、自動応答——専任のCS窓口が無くても、店主が置いた自動返信や、頒布所の予約フォームも、みなこの仲間である。うたい文句はいつも同じ——セルフにすれば、客も会社も楽になる。 手が空き、コストが下がり、客も待たずに済む、と。狙いそのものは、まっとうである。
この主題を、研究の厚い場所から見ておく。Meuter・Ostrom・Roundtree・Bitner が2000年に、続いて Meuter・Bitner・Ostrom・Brown が2005年に、SSTを使う顧客の満足と、そもそも使ってみるか(試用)の規定因を実証的に検討した。分かったのは、SSTは満足を生みうるが、その満足も、使うかどうかも、多面的な要因で決まるということだ。使いやすさ、技術への不安、その場に代わりの手段があるか——これらが絡み合って利用を左右する。「セルフにすれば自動的に楽」という一本道は、ここには無い。ここで持ち場を区切っておく。セルフの入り口のうち、読んで解決してもらうFAQの育て方は次の単位で、問い合わせの総量そのものを減らす設計はもう少し先の段で、AIと人の分業はこの棚のいちばん上で扱う。この単位では、客が自分で用件を済ませられる状態そのものに絞る。
強制すると、逆効果になる
「楽になる」が反転する典型が、強制である。Reinders・Dabholkar・Frambach が2008年に示した研究は、セルフサービスを客に強制すると、満足や態度が悪化することを実証した。同じセルフの仕組みでも、「選んで使う」のと「これしか無いから使わされる」のとでは、受け取られ方がまるで違う。電話をやめてチャットだけにする、窓口を閉じてフォームだけにする——効率化のつもりが、逃げ道を塞がれた不満を生む。そして逃げ道のないセルフは、対応する人にも跳ね返る。行き止まった客の怒りは、結局どこかの窓口——多くは、その場に残った一人——に流れ込むからだ。セルフの効きは、選べることと、失敗したときの代わりの道があることに、強く左右される。
コストも継続も、単純なプラスではない
「会社も楽(安く)になる」の側も、単純ではない。Campbell と Frei が2010年に、オンライン銀行のセルフチャネルを対象に、コスト構造・顧客の収益性・継続への影響を検討した研究は、セルフチャネルへの移行が一律にプラスをもたらすとは限らないことを示した。手数が減る一方で、顧客の行動が変わり、思わぬ帰結が生まれる。しかも、減ったはずの手数がどこへ行ったのか——客が自分で調べる時間、失敗して問い合わせ直す手間——は、会社の帳簿には出てこない。負担が消えたのではなく、客の側や、後で受ける窓口の側へ移っているだけのこともある。Ackermann と von Wangenheim が2014年に示した研究も、顧客が自分から別チャネルへ移ること(チャネル移行)には、行動的な帰結が伴うことを扱っている。セルフに移せば自動的に安くなる、という単純な引き算ではない。
長期の維持効果はあるが、条件つき
では、長い目で見れば得なのか。Scherer・Wünderlich・von Wangenheim が2015年に示した研究は、技術ベースのセルフサービスの利用が、長期の顧客維持に効くことを実証した。ただしこれは「効くこともある」であって、「いつでも効く」ではない。効き方は、どんな顧客が、どんな状況で使うかに依存する。つまりセルフは、魔法の節約装置でも、客をつなぎとめる鎖でもない。条件のそろったときにだけ働く、ふつうの道具である。ここまでを一言でまとめると——セルフサービスは、客が選べて、失敗したときの逃げ道があり、状況に合っていれば、双方にとって良い設計になりうる。その条件が欠けると、同じ仕組みが不満とコストの源に反転する。
時間・変化:2000年から2015年へ
順に置く。2000年、Meuter らがSSTの満足を、2005年、Meuter らが試用の規定因を実証する。2008年、Reinders らが強制の逆効果を示す。2010年、Campbell と Frei がコストと継続の非自明性を、2014年、Ackermann と von Wangenheim がチャネル移行の行動的帰結を示す。2015年、Scherer らが長期維持への効果を、条件つきで示す。この15年で確からしくなったのは、『セルフにすれば双方が楽』という単純な因果ではない。 確からしくなったのは、効きは選べること・逃げ道・状況に依存し、強制すれば反転し、コストも継続も単純なプラスではない、という向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、セルフを『客も会社も楽』と決めつけて、逃げ道を塞ぐことである。電話をやめてフォームだけに、窓口を閉じて自動応答だけに——選択肢を奪う設計は、効率化の顔をして不満を生む。特定のチャットボットや自動応答のサービスを名指しで持ち上げも貶しもしない。効くかどうかは商品名ではなく、選べるか・逃げ道があるか・状況に合うかで決まる。
標本の偏りも断る。ここまでの実証の多くは、銀行やまとまった規模のサービスのデータから採られている。注文フォームひとつを置いた小さな店や、予約ページだけの頒布所が、同じように動くとはかぎらない。
助けになるのは、自分が客に用意しているセルフの入り口を一つ選び、そこに『選べる余地』と『失敗したときの逃げ道』があるかを、自分で確かめてみることだ。最初の一歩は10分。自分の注文フォーム・予約ページ・自動返信・FAQのどれか一つを開き、『これがうまくいかなかったとき、客は人に連絡する道が見えるか』『これを使わずに済ませる別の道が残っているか』を、見えるものだけで確かめて書き留める。良し悪しの判定はしない。『こう直すべき』も書かない。逃げ道が見えたか、見えなかったか、別の道が残っているか、いないかを、見えるものだけで記録するだけでよい。
次の単位は 404「FAQを育てるには?」——客が自分で解決できる入り口のうち、いちばん身近な、読んで解決してもらうFAQという顧客向けの知識ページを育てる運用へ積み上げる。
- セルフサービス(SST=Self-Service Technology)は、対応者を介さず客が自分で用件を済ませるしくみで、券売機・予約ページ・注文フォーム・FAQ・自動応答・自動返信を含む。専任のCS窓口が無い店主や頒布所の窓口にも身近な設計である。うたい文句は『客も会社も楽になる』だが、その一本道は実証には無い
- Meuter・Ostrom・Roundtree・Bitner 2000(JM 64(3):50-64)と Meuter・Bitner・Ostrom・Brown 2005(JM 69(2):61-83)は、SSTの満足と試用の規定因を実証した。SSTは満足を生みうるが、その満足も使うかどうかも、使いやすさ・技術への不安・代わりの手段の有無など多面的な要因で決まり、自動的に楽になる一本道は無い
- Reinders・Dabholkar・Frambach 2008(JSR 11(2):107-123)は、セルフサービスを客に強制すると満足や態度が悪化することを実証した。同じ仕組みでも『選んで使う』のと『これしか無いから使わされる』のでは受け取られ方が違い、セルフの効きは選べることと失敗時の代わりの道に強く左右される
- Campbell と Frei 2010(Management Science 56(1):4-24)は、オンライン銀行のセルフチャネルのコスト構造・顧客収益性・継続への影響を検討し、移行が一律にプラスをもたらすとは限らないことを示した。手数が減る一方で顧客の行動が変わり思わぬ帰結が生まれる。『セルフに移せば安くなる』は単純な引き算ではない
- Ackermann と von Wangenheim 2014(JSR 17(3):262-277)は、顧客が自分から別チャネルへ移る(チャネル移行)ことに行動的な帰結が伴うことを扱った。移行は中立の切り替えではなく、その後の顧客の行動を変える出来事であり、セルフに移った分だけ手数が消えると考えるのは早い。減った負担は、客が自分で調べる時間や後で受ける窓口の側へ移っているだけのこともある
- Scherer・Wünderlich・von Wangenheim 2015(MIS Quarterly 39(1):177-200)は、技術ベースのセルフサービスの利用が長期の顧客維持に効くことを実証した。ただし『効くこともある』であって『いつでも効く』ではなく、効き方はどんな顧客がどんな状況で使うかに依存する
- この15年で確からしくなったのは、セルフにすれば双方が楽という単純な因果ではなく、効きは選べること・逃げ道・状況に依存し、強制すれば反転し、コストも継続も単純なプラスではないという向きである。だからこの単位でやるのは、自分が客に用意したセルフの入り口を一つ選び、選べる余地と失敗時の逃げ道があるかを自分で確かめることである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| セルフサービスにすれば、客も会社も自動的に楽になる | SST研究(Meuter ら 2000/2005)は、SSTが満足を生みうる一方で、満足も、そもそも使ってみるかも、使いやすさ・技術への不安・代わりの手段の有無など多面的な要因で決まることを示す。『セルフにすれば自動的に楽』という一本道は実証には無い。効くかどうかは、選べるか・失敗時の逃げ道があるか・状況に合うかで決まる |
| セルフに一本化して選択肢を減らせば、効率が上がって皆が得をする | Reinders・Dabholkar・Frambach 2008 は、セルフサービスを客に強制すると満足や態度が悪化することを実証した。電話をやめてフォームだけに、窓口を閉じて自動応答だけに——選択肢を奪う設計は、効率化の顔をして不満を生む。同じ仕組みでも、選んで使うのと使わされるのでは受け取られ方がまるで違う |
| セルフチャネルに移せば、コストは下がり、客も離れにくくなる | Campbell & Frei 2010 は、オンライン銀行のセルフチャネルで、移行が一律にプラスをもたらすとは限らず顧客の行動が変わることを示した。Ackermann & von Wangenheim 2014 はチャネル移行に行動的帰結が伴うことを、Scherer ら 2015 は長期維持への効果が条件依存であることを示す。まずやるのは、自分のセルフの入り口に選べる余地と逃げ道があるかを確かめることである |
皮肉なのは、いちばん『客も会社も楽になる』と説くセルフほど、客から選ぶ余地と逃げ道を奪っていることである。選んで使うセルフは満足を生みうるが、これしか無いと使わされるセルフは、同じ仕組みのまま不満に反転する。コストも継続も、移してみるまで単純な引き算では出てこない。セルフが双方を楽にしているように見えるとき、たいていそれは、まだ誰も、うまくいかなかった客がどこへ逃げたのかを、数えていないだけかもしれない。
Q1. Meuter らの2000年・2005年の研究が示した、セルフサービス(SST)の満足と利用についての知見を述べよ。『多面的』の語を使うこと。一問一答
Q2. Reinders・Dabholkar・Frambach が2008年に示したこととして正しいものはどれか。選択
Q3. 『会社も楽(安く)になる』も単純ではない。Campbell と Frei 2010 は、セルフチャネルへの移行が一律に ____ とは限らず、顧客の ____ が変わることを示した。Scherer ら 2015 は長期維持に効くことを示したが、それは『効くこともある』であって『 ____ 効く』ではない。穴埋め
Q4. この単位が示した『セルフサービスが双方にとって良い設計になる条件』と、その条件が欠けたときに何が起きるかを述べよ。一問一答
Q5. この単位が扱った研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Reinders らが強制の逆効果を示す(イ)Meuter らがSSTの満足を実証する(ウ)Scherer らが長期維持への効果を条件つきで示す(エ)Campbell と Frei がコストと継続の非自明性を示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分が客に用意しているセルフの入り口——注文フォーム・予約ページ・自動返信・FAQ・券売のしくみなど——を一つ選ぶ。それを実際に客の目で開き、二つのことを確かめて書き留める。ひとつ、これがうまくいかなかったとき、客が人に連絡する道(電話・メール・問い合わせ先)が見える場所にあるか。ふたつ、これを使わずに用件を済ませる別の道が残っているか。見えるものだけで判断し、良し悪しの評価や『こう直すべき』は書かない。逃げ道が見えたか・見えなかったか、別の道が残っているか・いないかを、そのまま記録する。客や同僚に尋ねたり観察したりする必要はなく、自分が用意した入り口を、客の目になって自分で開いてみるだけで完結させる。うまくいかないと感じても、その場で直そうとせず、まず見えたことを記録に残す。一人で全部を回している場合も同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Meuter M.L., Ostrom A.L., Roundtree R.I., Bitner M.J. (2000) ‘Self-Service Technologies: Understanding Customer Satisfaction with Technology-Based Service Encounters’, Journal of Marketing 64(3):50-64 — doi.org
- Meuter M.L., Bitner M.J., Ostrom A.L., Brown S.W. (2005) ‘Choosing Among Alternative Service Delivery Modes: An Investigation of Customer Trial of Self-Service Technologies’, Journal of Marketing 69(2):61-83 — doi.org
- Reinders M.J., Dabholkar P.A., Frambach R.T. (2008) ‘Consequences of Forcing Consumers to Use Technology-Based Self-Service’, Journal of Service Research 11(2):107-123 — doi.org
- Campbell D., Frei F. (2010) ‘Cost Structure, Customer Profitability, and Retention Implications of Self-Service Distribution Channels: Evidence from Customer Behavior in an Online Banking Channel’, Management Science 56(1):4-24 — doi.org
- Ackermann S., von Wangenheim F. (2014) ‘Behavioral Consequences of Customer-Initiated Channel Migration’, Journal of Service Research 17(3):262-277 — doi.org
- Scherer A., Wünderlich N.V., von Wangenheim F. (2015) ‘The Value of Self-Service: Long-Term Effects of Technology-Based Self-Service Usage on Customer Retention’, MIS Quarterly 39(1):177-200 — doi.org