「FAQを育てれば問い合わせは減る」——だが書くことと使われることは別物で、体系KCSは査読外だ
同じ問い合わせが繰り返されるなら、FAQに答えを書いておけば問い合わせは減る、と教わる。狙いはまっとうだ。だが書かれた知識は、検索で見つかり、中身が確かで、読めて、古びていないときにだけ使われる。蓄積と活用は別物である。運用の体系KCSにも由緒はあるが、それは業界団体の実務方法論で、査読された理論ではない。FAQのおかげで減ったように見えるとき、そのページが実際に読まれて解決に至ったのかは、たいてい別に数えられていない。
前の単位では、客が自分で解決できるようにする設計を扱った。ここでは、その入り口のうち最も身近な、読んで解決してもらうFAQを育てる運用を扱う。
FAQを育てる、とKCSという出どころ
FAQ——Frequently Asked Questions(よくある質問)——は、客が読んで自分で用件を済ませられるようにした、いちばん身近な知識のページだ。同じ問い合わせが繰り返されるなら、答えを一度書いておけば、次からは読んで解決してもらえる——FAQを育てれば、問い合わせは減る。 これが、この単位で検める俗説である。狙いそのものは、まっとうだ。
この運用の『体系』としてよく引かれるのが、KCS(Knowledge-Centered Service=知識を中心に据えたサービス)である。だが、その出どころを確かめておく。KCSは、Consortium for Service Innovation という業界団体がまとめた実務の方法論であって、査読された理論ではない。 現場で鍛えられた有用な知の集まりではあるが、その権威は査読ではなく、実務家の合意に由来する。ここでも、この棚の背骨——流通している体系の由緒と、効果の証明は、別物——が通っている。KCSを使うなという話ではない。ただ、それが『査読された事実』ではなく『実務コンソーシアムの体系』だという出どころを、混同しないでおく。そして持ち場を区切っておく。この単位が扱うのは、客が読む面——FAQという顧客向けの知識ページ——である。対応する人が使う内部の知識をどう蓄え共有するかは、この棚の後の単位で扱う。
書くことと、使われることの距離
『書けば減る』の最大の穴は、書かれた知識が、使われるとは限らないことだ。Gray と Durcikova が2005年に、技術サポートの知識リポジトリ(知識をためて検索する仕組み)を対象に行った研究は、知識を速く見つけて使うことと、そこから学ぶことのあいだにトレードオフがあることを示した。答えのコピーで速く片づくことと、担当者がその中身を理解して次に活かせることは、必ずしも両立しない。蓄積することと、活用されることは、別物である。書いた本数が増えても、検索で見つからなければ、古くなっていれば、読んで意味が取れなければ、その知識は使われない。ページが増えたことと、問い合わせが減ったことは、別々に確かめるしかない。
検証と品質が、知識を使われるものにする
では、何が使われる知識と使われない知識を分けるのか。鍵のひとつは検証——書かれた知識が正しいと確かめられる仕組み——である。Durcikova と Gray が2009年に示した研究は、知識の検証プロセスのあり方が、人がその知識ベースに貢献するかどうかに影響することを扱った。さらに Fadel と Durcikova が2014年に示した研究は、その検証が公正だと感じられるかが貢献を左右することを示す。検証が雑だったり不公正に感じられたりすると、人は書かなくなる。
読む側から見ても同じだ。Filieri と Willison が2016年に示した研究は、知識リポジトリからの知識の取り出しと再利用が、知識そのものの品質と、システムの品質に左右されることを示した。中身が確かで、探しやすく、読みやすい——この品質がそろってはじめて、書かれた知識は再利用される。Gray が2001年に問題解決の視点から論じたように、大事なのは『どれだけ書いたか』ではなく『必要なときに、使える形で取り出せるか』である。FAQを育てるとは、本数を増やすことではなく、見つかって、確かで、読めて、古びない状態を保つことにほかならない。
FAQを増やせば問い合わせが減る、とは限らない
そして、いちばん素朴な期待——FAQを整えれば問い合わせは減る——も、自動的には成り立たない。Kumar と Telang が2012年に、あるコールセンターのデータで、Webやセルフサービスの提供が顧客サービスのコストを下げるかを検討した研究は、Web提供が必ずしもコストを下げるとは限らないことを実証した。FAQを置いたぶんだけ問い合わせが機械的に減る、という単純な引き算ではない。読まれなければ、見つからなければ、かえって『FAQを読んだが解決しなかった』という二度手間を生むこともある。FAQ整備=問い合わせ減、とは書けない。
時間・変化:2001年から2016年へ
順に置く。2001年、Gray が知識マネジメントを問題解決の視点から論じる。2005年、Gray と Durcikova が速さと学習のトレードオフを示す。2009年、Durcikova と Gray が検証プロセスと貢献の関係を、2012年、Kumar と Telang がWeb提供のコスト非自明性を示す。2014年、Fadel と Durcikova が検証の公正さと貢献を、2016年、Filieri と Willison が知識とシステムの品質が再利用を左右することを示す。この15年で確からしくなったのは、『書けば減る』という単純な因果ではない。 確からしくなったのは、蓄積と活用は別物で、検証・鮮度・品質がそろってはじめて知識は使われる、という向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、FAQを『本数』で育てたと思い込むことである。ページ数が増えても、見つからず、古く、読みにくければ、問い合わせは減らない。KCSのような体系を導入したこと自体を成果と取り違えるのも、同じ穴だ。体系の由緒は、あなたのFAQが使われる保証にはならない。
対応する人の身も一度。『FAQに書いてあります』と客を突き放す運用は、逃げ道のないセルフと同じで、行き止まった不満を結局どこかの窓口——多くは、その場に残った一人——に戻す。FAQは、人への道を消すためではなく、人にたどり着く前に済むことを増やすために育てる。
助けになるのは、自分のFAQを客の目で読み、『見つかるか・確かか・古びていないか』を、一項目ずつ確かめてみることだ。最初の一歩は10分。自分のFAQ(無ければ、自動返信や案内文でよい)から項目をいくつか選び、それぞれ『最後に中身を確かめたのはいつか』『いま読んで、この答えで解決するか』を書き留める。直す作業はしない。誰かに尋ねる必要もない。確かめた日付と、古びていないかの判断だけを、記録するだけでよい。
次の単位は 405「サービスの失敗から立て直すには?」——うまく応え、自分で解決できるようにしても起きてしまう失敗を、どう回復するのかへ進む。
- FAQ(Frequently Asked Questions=よくある質問)は、客が読んで自分で用件を済ませられるいちばん身近な知識のページで、この単位が検める俗説は『FAQを育てれば問い合わせは減る』である。専任のCS窓口が無い店主や頒布所の窓口でも、案内文や自動返信という形で身近に持っている
- FAQ運用の体系としてよく引かれるKCS(Knowledge-Centered Service)は、Consortium for Service Innovation という業界団体がまとめた実務の方法論であって、査読された理論ではない。その権威は査読ではなく実務家の合意に由来する。流通している体系の由緒と、効果の証明は別物という棚の背骨がここにも通る。この単位は客が読むFAQに絞り、対応者が使う内部知識は後の単位で扱う
- Gray と Durcikova が2005年に技術サポートの知識リポジトリで示したように、知識を速く見つけて使うことと、そこから学ぶことのあいだにはトレードオフがある。蓄積することと活用されることは別物で、本数が増えても検索で見つからず・古く・読めなければ知識は使われない。ページが増えたことと問い合わせが減ったことは別々に確かめるしかない
- Durcikova と Gray 2009 は、知識の検証プロセスのあり方が知識ベースへの貢献に影響することを、Fadel と Durcikova 2014 は、その検証が公正だと感じられるかが貢献を左右することを示した。検証が雑だったり不公正だと、人は書かなくなる。知識ベースは蓄えれば育つのではなく、検証と鮮度の仕組みがあってはじめて育つ
- Filieri と Willison 2016 は、知識リポジトリからの取り出しと再利用が知識そのものの品質とシステムの品質に左右されることを示した。中身が確かで探しやすく読みやすい品質がそろってはじめて再利用される。Gray 2001 が問題解決の視点で論じたとおり、大事なのはどれだけ書いたかではなく、必要なときに使える形で取り出せるかである
- Kumar と Telang が2012年にコールセンターのデータで示したように、Webやセルフサービスの提供が顧客サービスのコストを下げるとは限らない。FAQを置いたぶんだけ問い合わせが機械的に減るという単純な引き算ではなく、読まれず見つからなければ『FAQを読んだが解決しなかった』という二度手間を生むこともある。FAQ整備=問い合わせ減とは書けない
- この15年で確からしくなったのは、書けば減るという単純な因果ではなく、蓄積と活用は別物で検証・鮮度・品質がそろってはじめて知識は使われるという向きである。だからこの単位でやるのは、自分のFAQを客の目で読み、見つかるか・確かか・古びていないかを一項目ずつ確かめることである。FAQを育てるとは本数を増やすことではなく、使われる状態を保つことである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| FAQを育てれば、その本数のぶんだけ問い合わせは自動的に減る | 書かれた知識は使われるとは限らない。Gray & Durcikova 2005 は速さと学習のトレードオフを示し、蓄積と活用が別物であることを示した。Web提供が必ずしもコストを下げないように(Kumar & Telang 2012)、FAQ整備=問い合わせ減とは書けない。本数が増えても、検索で見つからず・古く・読めなければ使われず、読まれなければ『FAQを読んだが解決しなかった』という二度手間を生むこともある |
| KCSのような確立した体系に従えば、FAQ運用の正しさは裏づけられている | KCS(Knowledge-Centered Service)は Consortium for Service Innovation という業界団体がまとめた実務の方法論であって、査読された理論ではない。その権威は査読ではなく実務家の合意に由来する。流通している体系の由緒と、効果の証明は別物で、体系を導入したこと自体を成果と取り違えると、あなたのFAQが実際に使われる保証にはならない |
| 知識ベースは、とにかく書いて蓄えれば育っていく | 知識ベースは蓄えれば育つのではなく、検証と鮮度の仕組みがあってはじめて育つ。Durcikova & Gray 2009 は検証プロセスが貢献に影響することを、Fadel & Durcikova 2014 は検証の公正さが貢献を左右することを、Filieri & Willison 2016 は知識とシステムの品質が再利用を左右することを示した。まずやるのは、自分のFAQを客の目で読み、見つかるか・確かか・古びていないかを一項目ずつ確かめることである |
皮肉なのは、いちばん熱心にFAQを『育てた』と誇る現場ほど、その本数を数えていて、使われた回数を数えていないことである。書かれた知識は、検索で見つかり、中身が確かで、読めて、古びていないときにだけ使われる。KCSという体系にも由緒はあるが、由緒はあなたのFAQが読まれる保証にはならない。FAQのおかげで問い合わせが減ったように見えるとき、たいていそれは、まだ誰も、そのページが実際に読まれて解決に至ったのかを、別に数えていないだけかもしれない。
Q1. FAQ運用の体系としてよく引かれるKCS(Knowledge-Centered Service)の『出どころ』について、この単位が強調したことを述べよ。一問一答
Q2. 『書けば減る』の最大の穴は、書かれた知識が ____ とは限らないことだ。Gray と Durcikova 2005 は、速く見つけて使うことと、そこから ____ ことのあいだにトレードオフがあると示した。____ することと活用されることは別物である。穴埋め
Q3. 何が『使われる知識』と『使われない知識』を分けるかについて、この単位が挙げた要因はどれか。選択
Q4. 『FAQを整えれば問い合わせは減る』が自動的には成り立たない理由を、Kumar & Telang 2012 に触れて述べよ。一問一答
Q5. この単位が扱った研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Durcikova と Gray が検証プロセスと貢献の関係を示す(イ)Gray が知識マネジメントを問題解決の視点から論じる(ウ)Filieri と Willison が品質と再利用の関係を示す(エ)Kumar と Telang がWeb提供のコスト非自明性を示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分が客に向けて用意している知識のページ——FAQ、無ければ自動返信・案内文・商品ページの説明など——から項目をいくつか選ぶ。各項目を客の目で読み、二つを書き留める。ひとつ、この項目の中身を最後に確かめた(または書いた)のはいつか。ふたつ、いま読んで、この答えで用件が解決するか(はい/いいえ/どちらとも言えない)。あわせて、それぞれの項目が『探して見つけやすい場所にあるか』も一言添える。直す作業はしない。理想形を書く必要もなく、誰かに尋ねる必要もない。確かめた日付・解決するかの判断・見つけやすさだけを、見えるものから記録する。自分の知識ページの記録だけで完結させ、一人で全部を回している場合も同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Gray P.H., Durcikova A. (2005) ‘The Role of Knowledge Repositories in Technical Support Environments: Speed Versus Learning in User Performance’, Journal of Management Information Systems 22(3):159-190 — doi.org
- Durcikova A., Gray P.H. (2009) ‘How Knowledge Validation Processes Affect Knowledge Contribution’, Journal of Management Information Systems 25(4):81-108 — doi.org
- Fadel K.J., Durcikova A. (2014) ‘If it’s fair, I’ll share: The effect of perceived knowledge validation justice on contributions to an organizational knowledge repository’, Information & Management 51(5):511-519 — doi.org
- Filieri R., Willison R. (2016) ‘Antecedents of Knowledge Sourcing and Reuse from a Knowledge Repository in the Virtual Product Prototyping: The Role of Knowledge and System Quality Dimensions’, Knowledge and Process Management 23(2):147-160 — doi.org
- Gray P.H. (2001) ‘A problem-solving perspective on knowledge management practices’, Decision Support Systems 31(1):87-102 — doi.org
- Kumar A., Telang R. (2012) ‘Does the Web Reduce Customer Service Cost? Empirical Evidence from a Call Center’, Information Systems Research 23(3):721-737 — doi.org