「KPIを測れば改善する」——だが物流では、何を測るかが、まだ決まっていない
KPIを測って追いかければ現場は改善する、と言われる。皮肉なことに、物流ではその「測るべき指標」がまだ定まっておらず、取りやすい平均を選ぶと、実際に成果を左右していたばらつきのほうが、指標の外にこぼれ落ちる。測っていないから改善しないのではない。測る対象を、取り違えているのだ。
前の単位では、運ぶ人そのものが足りなくなる話を扱った。ここでは、そうした現場を「数字で改善する」と言うときの、その数字——物流の指標(KPI)を扱う。
この単位が扱うのは一点——「KPIを測れば改善する」という言い方が、たいてい、何を測るかはもう決まっている、という前提の上で語られていることである。まず言葉をほどく。KPIとは、重要業績評価指標のことで、仕事の良し悪しを測るために選んだ数字を指す。物流でいえば、積載率、リードタイム(注文から到着までの時間)、納期の遵守率などがそれにあたる。指標を選ぶという行為が、測るより先にあり、そこがこの単位の勘どころである。
そして、この棚の通奏低音は、ここでも効く。帳票の上の効率は、現場の時間で買える。 測る指標を選び間違えると、運び手の無理を、そのまま「改善」と読み違えてしまう。だからこの単位は「どのKPIを追えば締められるか」の話にはしない。何を・どう測るかを間違えると、無理を効率と誤認する——その落とし穴の話にする。KPIで現場を締め上げるための単位ではない。
物流のKPIは、由緒のある政策ツールである
まず、由緒を正しく置く。物流の指標を測ることは、思いつきではなく、政策として推し進められてきた。国土交通省の公式の物流政策には、物流生産性向上の推進が掲げられており、物流の現場を数字で捉えて改善につなげようという方向は、公的な後押しを受けている。指標を測ること自体を、この単位は否定しない。測るのは、良いことだ。 ここは、はっきりさせておく。
問題は、その先にある。「測れば改善する」という言い方は、測るべき指標がもう定まっていて、あとは測って追いかけるだけ、という前提を置いている。だが実証を見にいくと、その前提のほうが、まだ立っていない。測るのが良いことだ、ということと、何を測れば改善するかが分かっている、ということは、別である。 由緒があること(政策として推されている)と、効き方が定まっていること(この指標を追えば良くなる)は、この棚が最初から区別してきた、別の話である。
「測れば改善」の前に、何を測るかが決まっていない
物流やその上流の供給の鎖について、どんな指標を使うべきか。この問いには、まだ整理された答えがない。2001年に *International Journal of Operations & Production Management* 誌 21(1/2):71-87 へ出た Gunasekaran・Patel・Tirtiroglu は、供給の鎖の中で使う業績の指標を体系立てて並べようとした。2007年に *International Journal of Production Research* 誌 45(12):2819-2840 へ出た Gunasekaran と Kobu は、1995年から2004年までの文献をレビューし、物流と供給の鎖の指標が数多く提案されている一方で、それらのあいだの妥当な連関や枠組みが、まだ整っていないことを示した。2018年に *Benchmarking: An International Journal* 誌 25(3):932-967 へ出た Mishra・Gunasekaran・Papadopoulos・Dubey の計量書誌の研究も、この領域に指標が林立してきたことを跡づけている。
つまり、指標は足りないのではなく、多すぎて、しかも背骨(どれが何にどうつながるかの枠組み)が定まっていない。「測れば改善する」と言うとき、たいていは、この林立の中から、たまたま手元にある数字、あるいは誰かが勧めた数字を選んでいる。選び方の妥当さは、測る作業そのものからは出てこない。 どれを測るかで、見える世界が変わってしまう。
平均を追いかけると、本当に効く「ばらつき」を見落とす
選び方を間違えると何が起きるか。それを、いちばんはっきり見せる実証がある。2007年に *Supply Chain Management: An International Journal* 誌 12(5):349-357 へ出た Christensen・Germain・Birou の研究は、供給の鎖のリードタイムについて、平均ではなく分散(ばらつき)のほうが、財務の成果をよく説明することを示した。多くの現場が、ありがちに「平均リードタイムを縮める」ことをKPIに置く。ところが、その平均を追いかけている間に、実際に成果を左右していたばらつきの大きさは、指標の外にこぼれ落ちてしまう。
これが、物流に固有の、指標の落とし穴である。平均が同じでも、届く時間が安定している現場と、大きくぶれる現場では、下流での混乱がまるで違う。追う数字を平均に定めた瞬間に、効くはずのばらつきが、見えなくなる。 「測れば改善する」の前に、「その指標は、本当に効くものを捉えているのか」を問わなければならない。ここでは、測っていないから改善しないのではなく、測る対象を取り違えているから、改善に向かわない。これが逆機能の物流固有の形である。
ひとつの数字では、多次元のトレードオフを語れない
もうひとつ。物流の成果は、一枚の物差しには乗らない。2010年に *Journal of Business Logistics* 誌 31(1):43-62 へ出た Fugate・Mentzer・Stank の研究は、物流の業績を、効率(少ない資源でこなす)・有効性(顧客の求めに応える)・差別化(他と違う価値を出す)という複数の次元で捉えた。ここで大事なのは、これらのあいだにはトレードオフがある、ということだ。効率だけを上げれば、有効性が犠牲になることがある。ひとつのKPIに丸めてしまうと、この綱引きが、数字の裏に隠れてしまう。
だから「このKPIが上がった=改善した」という読み方は、しばしば早すぎる。ある次元の数字が良くなった裏で、別の次元が静かに削られているかもしれない。積載率という一つの数字が上がったとき、それが効率の勝利なのか、それとも誰かの待機や無理という別の次元のしわ寄せなのかは、その数字だけを見ても分からない。単一のKPIは、多次元のトレードオフを、あたかも無いことのように前提してしまう。
時間・変化:2001年から2018年まで
順に置く。2001年、Gunasekaran らが、供給の鎖の業績指標を体系立てて並べようとする。2007年、Gunasekaran と Kobu が、1995〜2004年の文献をレビューし、指標は多いが枠組みが整っていないことを示す。同じ2007年、Christensen らが、リードタイムは平均より分散のほうが財務成果を説明する、という物流固有の落とし穴を示す。2010年、Fugate らが、物流の業績を効率・有効性・差別化の多次元で捉え、単一の数字では語れないことを示す。2018年、Mishra らが、この領域に指標が林立してきたことを計量書誌で跡づける。
確からしくなったのは、「測れば改善する」ではない。 確からしくなったのは、何を測るかがまだ決着しておらず、平均のような取りやすい数字を選ぶと本当に効くばらつきを見落とし、単一の指標は多次元のトレードオフを覆い隠す——だから、測る前に「何を・どう測るか」を問え、という向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、測りやすい数字を、効く数字だと思い込んでしまうことである。平均は計算しやすく、積載率は一目で分かる。取りやすい数字ほど、KPIの座に就きやすい。だが、取りやすさと、効くかどうかは、別である。
標本の偏りも断っておく。ここで挙げた実証の多くは、指標を集めて分析できるだけの規模を持つ供給の鎖を対象にしている。一日に数個を送る商い、催事の搬入出、外注の運送に任せる小さな事業では、そもそも追うべき数字の数も、意味も違う。 他人のKPIの一覧を、そのまま自分の物差しにしない。
助けになるのは、自分がいま見ている物流の数字を一つ選び、それが平均なのか・ばらつきなのか、どの次元(速さ・確かさ・コスト)を捉えているのかを、書き分けてみるという一手である。数字を増やすのではない。いま追っている数字が、何を捉えて、何を捉え損ねているかを、自分の手元で言葉にする。
最初の一歩は10分。自分がいつも気にしている物流の数字(配送にかかる日数、遅れた回数、送料など)を一つ書く。次に、その数字について三つを書き添える。(1)それは平均か、それとも回数や合計か。(2)その数字が良くなると、代わりに見えなくなるもの(たとえば平均だけ見るとぶれが見えない、コストだけ見ると確かさが見えない)は何か。(3)その数字は、速さ・確かさ・コストのどれを主に捉えているか。良し悪しの結論は出さない。取引先や運送会社の数字を評価しない。あくまで自分がいま見ている一つの数字が、何を捉え損ねているかを、一度だけ確かめる。
- KPIとは仕事の良し悪しを測るために選んだ数字で、物流では積載率・リードタイム(注文から到着までの時間)・遵守率などがあたる。指標を測ること自体は、国土交通省の物流生産性向上の推進として政策的に後押しされた由緒あるツールである。この単位は測ることを否定しない——問うのは、測れば改善するという前提のほうである
- 測るのが良いことだということと、何を測れば改善するかが分かっていることは別である。2001年に IJOPM 21(1/2):71-87 の Gunasekaran・Patel・Tirtiroglu、2007年に International Journal of Production Research 45(12):2819-2840 の Gunasekaran・Kobu、2018年に Benchmarking 25(3):932-967 の Mishra らが示すとおり、物流・供給の鎖の指標は林立し、あいだの妥当な連関や枠組みがまだ整っていない
- 指標は足りないのではなく、多すぎて背骨(どれが何にどうつながるかの枠組み)が定まっていない。「測れば改善する」は、この林立の中から手元にある数字や誰かが勧めた数字を選んでいるだけで、選び方の妥当さは測る作業そのものからは出てこない。どれを測るかで見える世界が変わる
- 2007年に Supply Chain Management: An International Journal 12(5):349-357 の Christensen・Germain・Birou は、供給の鎖のリードタイムについて、平均ではなく分散(ばらつき)のほうが財務成果をよく説明することを示した。平均リードタイムを追う間に、実際に効くばらつきが指標の外にこぼれる。測っていないから改善しないのではなく、測る対象を取り違えているから改善に向かわない——これが逆機能の物流固有の形
- 2010年に Journal of Business Logistics 31(1):43-62 の Fugate・Mentzer・Stank は、物流業績を効率(少ない資源でこなす)・有効性(顧客の求めに応える)・差別化(他と違う価値)の多次元で捉えた。これらにはトレードオフがあり、単一のKPIに丸めると、ある次元の改善が別の次元のしわ寄せかもしれないことが数字の裏に隠れる
- 積載率という一つの数字が上がったとき、それが効率の勝利なのか、誰かの待機や無理という別の次元のしわ寄せなのかは、その数字だけでは分からない。この棚の通奏低音——帳票の上の効率は現場の時間で買える——のとおり、測る指標を選び間違えると、運び手の無理をそのまま改善と読み違える。KPIで現場を締め上げる話にしない
- 確からしくなったのは、測れば改善する、ではない。何を測るかがまだ決着しておらず、平均のような取りやすい数字を選ぶと本当に効くばらつきを見落とし、単一の指標は多次元のトレードオフを覆い隠す、という向きである。取りやすさと効くかどうかは別で、他人のKPI一覧をそのまま自分の物差しにしない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 物流のKPIを測って追いかければ、現場は改善する。測るべき指標はもう分かっている | 2001年・2007年・2018年の Gunasekaran らや Mishra らが示すとおり、物流・供給の鎖の指標は林立し、あいだの妥当な連関や枠組みがまだ整っていない。「測れば改善」は、この林立から手元の数字を選んでいるだけで、選び方の妥当さは測る作業からは出てこない。測るのは良いことだが、何を測れば効くかが分かっている、とは別である |
| 平均リードタイムのような分かりやすい数字を縮めれば、成果につながる | 2007年の Christensen・Germain・Birou は、リードタイムは平均より分散(ばらつき)のほうが財務成果をよく説明することを示した。平均を追う間に、実際に効くばらつきが指標の外にこぼれる。測っていないから改善しないのではなく、測る対象を取り違えているから改善に向かわない。取りやすい数字と、効く数字は別である |
| 積載率のような一つのKPIが上がれば、それは改善したということだ | 2010年の Fugate・Mentzer・Stank のとおり、物流業績は効率・有効性・差別化の多次元でトレードオフがある。単一のKPIに丸めると、ある次元の改善が別の次元のしわ寄せかもしれないことが隠れる。積載率が上がったのが効率の勝利か、誰かの待機や無理のしわ寄せかは、その数字だけでは分からない |
皮肉なのは、「うちはデータで改善している」と最も胸を張れる現場ほど、その根拠が、いちばん取りやすい一つの数字——たとえば平均——だったりすることである。測るのは良いことだ。だが、良いことをしている、という手応えは、正しい指標を選んだ、という証明ではない。数字を増やしても、背骨が通るわけではない。追う数字を一つ決める前に、それが何を捉え損ねるのかを、先に一度だけ見ておくこと。見落としたばらつきや、削られた別の次元は、たいてい、いちばん静かなところで、現場の時間になって現れる。
Q1. 2007年の Christensen・Germain・Birou が、供給の鎖のリードタイムについて示したことはどれか。選択
Q2. 物流・供給の鎖の指標は足りないのではなく、____ て、あいだの妥当な連関や ____ がまだ整っていない。だから「測れば改善する」は、その林立の中から手元にある数字を選んでいるだけで、選び方の妥当さは ____ 作業そのものからは出てこない。穴埋め
Q3. 「積載率という一つのKPIが上がった=改善した」という読み方が、なぜ早すぎることがあるのか。2010年の Fugate らの多次元の考え方に触れて説明せよ。一問一答
Q4. この単位は、物流KPIを測ること自体は否定していない。何を肯定し、何を問い直しているのか。「由緒」と「効き方」という言葉を使って述べよ。一問一答
Q5. この単位が扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)Fugate らが物流業績を効率・有効性・差別化の多次元で捉える(イ)Gunasekaran らが供給の鎖の業績指標を体系立てて並べようとする(ウ)Mishra らが指標の林立を計量書誌で跡づける(エ)Christensen らがリードタイムは平均より分散が財務を説明すると示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分がいつも気にしている物流の数字を一つ選んで書く(配送にかかる日数、遅れた回数、送料、返品の件数など、自分が実際に見ているもの)。その数字について三つを書き添える。(1)それは平均か、それとも回数・合計・割合か。(2)その数字が良くなると、代わりに見えなくなるものは何か——たとえば平均だけ見るとぶれ(ばらつき)が見えない、コストだけ見ると確かさが見えない、など。(3)その数字は、速さ・確かさ・コストのどれを主に捉えているか。良し悪しの結論は出さない。新しい数字を測り始める必要もない。取引先や運送会社の数字を評価したり、誰かにKPIを課したりしない。あくまで自分がいま見ている一つの数字が、何を捉えて何を捉え損ねているかを、一度だけ言葉にする。一人で全部を回している場合も、自分が見ている数字について同じ三つを書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- 国土交通省『総合物流施策大綱/物流生産性向上の推進』公式ページ(2026年閲覧) — www.mlit.go.jp
- Gunasekaran A., Patel C., Tirtiroglu E. (2001) ‘Performance measures and metrics in a supply chain environment’, International Journal of Operations & Production Management 21(1/2):71-87 — doi.org
- Gunasekaran A., Kobu B. (2007) ‘Performance measures and metrics in logistics and supply chain management: a review of recent literature (1995–2004) for research and applications’, International Journal of Production Research 45(12):2819-2840 — doi.org
- Christensen W.J., Germain R.N., Birou L. (2007) ‘Variance vs average: supply chain lead-time as a predictor of financial performance’, Supply Chain Management: An International Journal 12(5):349-357 — doi.org
- Mishra D., Gunasekaran A., Papadopoulos T., Dubey R. (2018) ‘Supply chain performance measures and metrics: a bibliometric study’, Benchmarking: An International Journal 25(3):932-967 — doi.org
- Fugate B.S., Mentzer J.T., Stank T.P. (2010) ‘Logistics Performance: Efficiency, Effectiveness, and Differentiation’, Journal of Business Logistics 31(1):43-62 — doi.org