「失注を振り返れば学べる」——だが材料の記憶と説明が、三つの癖で汚れている
負けた商談を振り返れば学べる、と教わる。だが振り返りの材料は、事実の記録ではなく、人の記憶と説明である。そこには後知恵・自己奉仕・結果という三つの歪みが決まって入り込む。材料が汚れているなら、丁寧に分析しても汚れた結論しか出ない。負けは価格のせい、という定番こそ、その汚れの教科書例である。
前の単位では、研修とコーチングで営業が強くなるという売り文句を扱った。ここでは、強くなるための一番の教材とされる——負けた商談——から、本当に学べるのかを扱う。
「失注(負けた商談)を振り返れば、そこから学べる」。これは、桃の段の定番の売り文句である。だが、この棚の見方をここでも置く。手法の由緒と、効果の証明は、別物である。 振り返りという行為の効果は、たいてい確かめられていない。そして、もっと手前の問題がある——振り返りの材料そのものが、最初から歪んでいる。
「失注を振り返れば学べる」の前に——材料が汚れている
失注分析(win-loss=勝った商談・負けた商談を後から振り返って理由を探すこと)は、正しい心がけに見える。だが、振り返りに使う材料は、事実の記録ではなく、人の記憶と、人の説明である。そして、その記憶と説明には、三つの決まった歪みが入り込む。後知恵(結果を知ってから振り返る歪み)、自己奉仕的帰属(勝ちは自分・負けは外のせいにする歪み)、結果バイアス(判断の良し悪しを結果で決める歪み)——の三つである。
材料が汚れているなら、どれだけ丁寧に分析しても、汚れた結論しか出てこない。 この単位は、失注から学ぶな、とは言わない。学びたいなら、分析の道具を増やす前に、材料を汚しているこの三つの癖を、先に疑え、と言う。以下、一つずつ見る。
結果を知ってから振り返ると、予見性が捏造される
一つめは後知恵バイアスである。結果を知ったあとで振り返ると、「あれは負けるべくして負けた」「最初から兆しはあった」と見えてくる。実際には、決める前にはそんな見通しは無かったのに、である。結果を知った脳が、もともと予見できていたかのように、過去の見通しを書き換える。
この歪みが根強いことは、まとめて確かめられている。2004年に *Basic and Applied Social Psychology* 誌 26(2-3):103-117 へ出た Guilbault・Bryant・Brockway・Posavac のメタ分析(多くの研究を束ねて全体の傾向を見る手法)は、後知恵バイアスがさまざまな場面で頑健に現れることを示した。負けた商談を振り返って「やはりあの相手は無理だった」と感じるとき、その感覚は、負けたと知ったから作られた見通しかもしれない。振り返りは、予見できなかったことを、予見できていたことに変えてしまう。
勝ちは自分、負けは外——自己奉仕的帰属
二つめは自己奉仕的帰属である。人は、うまくいったことは自分の力に、うまくいかなかったことは外の事情に、原因を割り振りやすい。2004年に *Psychological Bulletin* 誌 130(5):711-747 へ出た Mezulis・Abramson・Hyde・Hankin のメタ分析は、この偏りが、年齢や文化を越えて広く見られる普遍的な傾向だと示した。
営業でも同じことが確かめられている。2001年に *Journal of Marketing* 誌 65(3):64-78 へ出た Dixon・Spiro・Jamil と、2003年に *Journal of the Academy of Marketing Science* 誌 31(4):459-467 へ出た Dixon・Spiro・Forbes は、売り手が、うまくいかなかった商談の原因を自分の外——相手・状況・タイミング——に割り振りやすいことを実証した。負けの原因を外に置いているかぎり、振り返っても、直すべき自分の側は視界に入らない。
「負けは価格のせい」は、その教科書例である
自己奉仕的帰属の、いちばん分かりやすい姿がこれである——「負けたのは、価格が高かったからだ」。 失注の理由を尋ねると、非常に多くの場面で、この答えが返ってくる。だが立ち止まりたい。価格は、自分の外にある事情であり、しかも自分の努力不足を認めずに済む、いちばん都合のよい説明でもある。
もちろん、本当に価格で負けることはある。だが、負けの大半を価格のせいにできてしまうこと自体が、自己奉仕的帰属の教科書例なのである。価格を守る技術は別の単位で扱った。ここで言うのは、それとは違う——「負けは価格のせい」という自己申告を、そのまま失注の原因として台帳に書き込むと、価格以外の、自分で直せた原因が、まるごと見えなくなる、ということである。いちばん多く挙がる理由ほど、いちばん疑う値打ちがある。
良し悪しを結果で決める——結果バイアス
三つめは結果バイアスである。人は、判断そのものの良し悪しを、結果の良し悪しで評価してしまう。同じ手順で臨んでも、勝てば「良い判断だった」、負ければ「悪い判断だった」と裁く。1988年に *Journal of Personality and Social Psychology* 誌 54(4):569-579 へ出た Baron・Hershey は、まったく同じ判断でも、結果が悪いと判断そのものが低く評価されることを実験で示した。この効果は古びていない——2023年に *International Review of Social Psychology* 誌 36(1):12 として出た Aiyer らの直接の追試でも、同じ結果が再び確かめられている。
これは失注分析を二重に狂わせる。負けた商談の進め方を、結果が悪かったという理由だけで過度に断罪し、勝った商談の運を、結果が良かったという理由だけで実力と誤認する。 良い進め方をして負けることも、まずい進め方をして勝つこともあるのに、結果だけを見ていると、その区別がつかない。学ぶべきは進め方なのに、裁いているのは結果である。
時間・変化:1988年から2023年まで
順に置く。1988年、Baron・Hershey が、同じ判断でも結果が悪いと低く評価される結果バイアスを実験で示す。2001年、Dixon・Spiro・Jamil が、売り手が失敗の原因を自分の外に割り振りやすいと実証する。2003年、Dixon・Spiro・Forbes が、経験の浅い売り手でも同じ傾向を示すと確かめる。2004年、Guilbault らが後知恵バイアスの頑健さを、Mezulis らが自己奉仕的帰属の普遍性を、それぞれメタ分析で示す。2023年、Aiyer らが結果バイアスの直接の追試に成功する。
この三十五年で確からしくなったのは、「振り返れば学べる」という因果のほうではない。 確からしくなったのは、振り返りに使う記憶と説明が、後知恵・自己奉仕・結果という三つの癖で、決まった向きに汚れている、という向きのほうである。振り返るなという話ではない。振り返る前に、材料を汚しているこの三つを、先に疑え、という話だ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、振り返りが丁寧なほど、正しく学べた気になることである。時間をかけて敗因を並べ、もっともらしい物語に整えると、分析できた気がする。だがその物語は、三つの癖で汚れた材料から組み上げたものかもしれない。きれいに整った敗因ほど、自己奉仕的な物語である疑いが濃い。
標本の偏りも断っておく。ここで引いた実証の多くは、心理学の実験室と、欧米の営業を対象にしたものである。個人客相手の商い、狭い商圏、一人で全部を回している売り手を対象にした失注研究は、ごく少ない。 平均は地図であって、あなたの負けそのものではない。この単位では、特定の失注分析の道具や、競合を調べる会社を、優劣で名指ししない。 そして、負けの原因を相手や取引先に問い詰める形にはしない。 疑うのは、相手ではなく、自分の記憶と説明のほうである。
助けになるのは、敗因を書き出す前に、結果を知る前の自分がどう予想していたかを、先に思い出すという一手である。負けたと知る前、本当はどう見ていたか。そこと、今の「負けるべくして負けた」の差が、後知恵の分である。
最初の一歩は10分。最近負けた商談を一件思い出し、二つだけ書く。一つ、結果(負け)を知る前、自分は本当はどう予想していたか。二つ、いま挙げている負けの原因は、自分の外(価格・競合・タイミング)に置かれていないか。外に置いている原因があれば、その隣に、自分の側でできたことを一つだけ書き添える。 相手に敗因を確かめに行く必要はない。外の原因がゼロなら、それも発見だ。
次の単位は 384「売った後も信頼を保つには?」——成約で閉じる帳簿と、成約から開く帳簿。売った後の区間を、満足と再購入の距離から見直し、この棚を閉じる。
- この単位は組織営業力(桃の段)。失注分析(win-loss=勝った商談・負けた商談を後から振り返って理由を探すこと)は正しい心がけに見えるが、振り返りに使う材料は事実の記録ではなく人の記憶と説明であり、後知恵・自己奉仕的帰属・結果バイアスの三つの決まった歪みで汚れている。材料が汚れていれば丁寧に分析しても汚れた結論しか出ない
- Guilbault・Bryant・Brockway・Posavac 2004 Basic and Applied Social Psychology 26(2-3):103-117 のメタ分析は、後知恵バイアス(結果を知ってから予見性を捏造する歪み)がさまざまな場面で頑健に現れると示した。負けたと知ってから作られた見通しを、もともと予見できていたと錯覚する
- Mezulis・Abramson・Hyde・Hankin 2004 Psychological Bulletin 130(5):711-747 のメタ分析は、自己奉仕的帰属(勝ちは自分の力・負けは外の事情にする偏り)が年齢や文化を越えて広く見られる普遍的な傾向だと示した。負けの原因を外に置くかぎり、直すべき自分の側は視界に入らない
- Dixon・Spiro・Jamil 2001 Journal of Marketing 65(3):64-78 と Dixon・Spiro・Forbes 2003 Journal of the Academy of Marketing Science 31(4):459-467 は、売り手が、うまくいかなかった商談の原因を自分の外(相手・状況・タイミング)に割り振りやすいことを営業の場で実証した
- 「負けは価格のせい」は自己奉仕的帰属の教科書例である。価格は自分の外にあり、努力不足を認めずに済むいちばん都合のよい説明でもある。本当に価格で負けることはあるが、負けの大半を価格のせいにできること自体が偏りの表れで、いちばん多く挙がる理由ほど疑う値打ちがある
- Baron・Hershey 1988 Journal of Personality and Social Psychology 54(4):569-579 は、まったく同じ判断でも結果が悪いと判断そのものが低く評価される結果バイアスを実験で示し、Aiyer ら 2023 International Review of Social Psychology 36(1):12 の直接の追試でも再び確かめられた。良い進め方をして負けることもあり、結果だけ見ると進め方と運の区別がつかない
- この単位は失注から学ぶなとは言わず、学びたいなら分析の道具を増やす前に材料を汚す三つの癖を先に疑えと言う。疑うのは相手ではなく自分の記憶と説明で、負けの原因を相手や取引先に問い詰める形にはしない。敗因を書く前に、結果を知る前の自分の予想を先に思い出すのが手がかりになる
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 失注(負けた商談)を丁寧に振り返れば、そこから正しく学べる。敗因を並べて分析すれば、次に生きる | 振り返りに使う材料は、事実の記録ではなく人の記憶と説明であり、三つの決まった歪みで汚れている。後知恵バイアス(結果を知ってから予見性を捏造する。Guilbault ら 2004 Basic and Applied Social Psychology 26(2-3):103-117 がメタ分析で頑健と示す)、自己奉仕的帰属(勝ちは自分・負けは外。Mezulis ら 2004 Psychological Bulletin 130(5):711-747 が普遍的と示す)、結果バイアス(判断を結果で裁く。Baron・Hershey 1988 Journal of Personality and Social Psychology 54(4):569-579)。材料が汚れているなら、丁寧に分析しても汚れた結論しか出ない |
| 失注の理由を尋ねて「価格が高かったから」という答えが多いなら、負けの原因はやはり価格である | 「負けは価格のせい」は自己奉仕的帰属の教科書例である。価格は自分の外にある事情であり、自分の努力不足を認めずに済むいちばん都合のよい説明でもある。本当に価格で負けることはあるが、負けの大半を価格のせいにできてしまうこと自体が偏りの表れだ。この自己申告をそのまま失注の原因として書き込むと、価格以外の自分で直せた原因がまるごと見えなくなる。いちばん多く挙がる理由ほど、いちばん疑う値打ちがある |
| 負けた商談の進め方が悪かったから負けたのであり、勝った商談の進め方は正しかった | 人は判断の良し悪しを結果の良し悪しで裁いてしまう(結果バイアス)。Baron・Hershey 1988 は同じ判断でも結果が悪いと低く評価されることを実験で示し、Aiyer ら 2023 International Review of Social Psychology 36(1):12 の直接の追試でも再び確かめられた。良い進め方をして負けることも、まずい進め方をして勝つこともある。結果だけを見ると、学ぶべき進め方と、ただの運の区別がつかない |
皮肉なのは、いちばん熱心に失注を振り返った人ほど、整った敗因の物語を手にして、しっかり学べたと感じることである。だが、その物語は、負けたと知ったあとの記憶と、外に置いた原因と、結果で裁いた評価から組み上げられている。振り返りがいちばん腑に落ちるとき、たいていそれは、自分の側で直せたことを、外の事情の後ろへ、きれいに片づけ終えただけかもしれない。失注から学べるかどうかを最後に分けるのは、分析の丁寧さではなく、材料を汚す三つの癖を、先に疑えたかどうかである。
Q1. 失注分析の材料は事実の記録ではなく人の記憶と説明であり、三つの決まった歪みで汚れている——結果を知ってから予見性を捏造する ____ 、勝ちは自分・負けは外にする ____ 、判断を結果で裁く ____ である。穴埋め
Q2. 「負けは価格のせい」という答えを、この単位が疑うべきだと言うのはなぜか。選択
Q3. 結果バイアスとは何か。Baron・Hershey 1988 と Aiyer 2023 に触れ、失注分析をどう狂わせるかを述べよ。一問一答
Q4. この単位は「失注から学ぶな」とは言わない。では、学びたいなら何を先にすべきだと言っているか。後知恵と帰属に触れて述べよ。一問一答
Q5. この単位が扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)Guilbault らが後知恵バイアスの頑健さをメタ分析で示す(イ)Baron・Hershey が結果バイアスを実験で示す(ウ)Aiyer らが結果バイアスの直接の追試に成功する(エ)Dixon・Spiro・Jamil が、売り手は失敗を自分の外に帰属しやすいと実証する並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、最近負けた(断られた・見送られた)商談や見積もりを一件思い出し、相手が特定できないように記号で書く。二つのことを書く。一つめ——結果(負け)を知る前、自分は本当はどう予想していたか(勝てそう・五分・厳しそうのどれに近かったか)を1行。二つめ——いま自分が挙げている負けの原因を書き出し、そのうち自分の外(価格・競合・相手の都合・タイミング)に置いているものに印を付ける。外に置いた原因が一つでもあれば、その隣に、自分の側でできたこと(もっと早く連絡できた・確かめ損ねた点があった等)を一つだけ書き添える。相手に敗因を確かめに行ったり、問い詰めたりする必要はない。あくまで自分の記憶だけで完結させる。一人で全部を回している場合も、そのまま同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Guilbault R.L., Bryant F.B., Brockway J.H., Posavac E.J. (2004) ‘A Meta-Analysis of Research on Hindsight Bias’, Basic and Applied Social Psychology 26(2-3):103-117 — doi.org
- Mezulis A.H., Abramson L.Y., Hyde J.S., Hankin B.L. (2004) ‘Is There a Universal Positivity Bias in Attributions? A Meta-Analytic Review of Individual, Developmental, and Cultural Differences in the Self-Serving Attributional Bias’, Psychological Bulletin 130(5):711-747 — doi.org
- Dixon A.L., Spiro R.L., Jamil M. (2001) ‘Successful and Unsuccessful Sales Calls: Measuring Salesperson Attributions and Behavioral Intentions’, Journal of Marketing 65(3):64-78 — doi.org
- Dixon A.L., Spiro R.L., Forbes L.P. (2003) ‘Attributions and Behavioral Intentions of Inexperienced Salespersons to Failure: An Empirical Investigation’, Journal of the Academy of Marketing Science 31(4):459-467 — doi.org
- Baron J., Hershey J.C. (1988) ‘Outcome bias in decision evaluation’, Journal of Personality and Social Psychology 54(4):569-579 — doi.org
- Aiyer S., Kam H.C., Ng K.Y., Young N.A., Shi J., Feldman G. (2023) ‘Outcomes Affect Evaluations of Decision Quality: Replication and Extensions of Baron and Hershey’s (1988) Outcome Bias Experiment 1’, International Review of Social Psychology 36(1):12 — doi.org