「売った後は関係で守れる」——だが満足していても客は離れ、成約後の帳簿はたいてい測られていない
売った後は、満足してもらい良い関係を築けば離れない、と教わる。だが、満足していても客は離れる。満足という点数と、また来るという行動のあいだには、思うより広い隙間がある。営業の帳簿は成約で閉じるが、客の帳簿は成約から開く。次に売れるかを決めるのは、その成約後の、たいてい測られていない区間のほうである。
前の単位では、負けた商談から学ぶときに、材料そのものが歪んでいることを扱った。ここでは、勝った——売れた——その後に何が起きるのかを扱う。この棚の最後の要素である。
この棚を通して、ひとつのことを繰り返してきた——手法の由緒と、効果の証明は、別物である。 最後に、もうひとつの通奏低音を、正面から回収する。営業の帳簿は成約で閉じるが、客の帳簿は成約から開く。 売る技術を教える教材は、たいてい成約で終わる。だが取引の本当の利益も、二度目の依頼も、紹介も、成約したあとの行動の集積で決まる。そして、その区間は、たいてい測られていない。
「関係を築けば離れない」の前に——満足していても、離れる
売った後の定番の売り文句は、こうである——「満足してもらい、良い関係を築けば、離れない」。 もっともらしい。だが、この前提には、古くから知られた綻びがある。満足していても、客は離れる。
1995年に *Harvard Business Review*(実務誌)へ出た Jones・Sasser の論考は、この現象を満足しているのに離れる客(満足して去る客)として広く知らしめた。満足度の調査で高い点をつけた相手が、次には別のところへ移っている。ただし、これは実務誌の論考であって、査読を経た効果測定ではない——由緒として置く。
査読の側でも、満足と再購入のあいだの距離は確かめられている。2005年に *Journal of Marketing* 誌 69(4):26-43 へ出た Seiders・Voss・Grewal・Godfrey は、満足が実際の追加購入につながるかどうかは、いくつもの条件に強く左右されると示した。満足は、そのまままっすぐ次の購入になるわけではない。満足という点数と、また来るという行動のあいだには、思うより広い隙間がある。
満足は、確信の強さを伴わないと忠誠に変わらない
なぜ、満足しているのに離れるのか。手がかりのひとつが、満足の強さである。2007年に *Journal of Marketing Research* 誌 44(1):153-163 へ出た Chandrashekaran・Rotte・Tax・Grewal は、同じ「満足」でも、その確信の強さが伴わないと、忠誠(また選ぶこと)には変わりにくいと示した。
つまり、アンケートで同じ「満足」に丸を付けた二人がいても、ぐらつかない確信としての満足と、そのとき何となく付けた満足では、次の行動がまるで違う。満足度の平均点は、この確信の強さを覆い隠す。 高い点が並んでいても、その中身が弱い満足ばかりなら、離反は静かに進む。点数の高さは、確信の強さを保証しない。
満足と再購入の関係は、一様ではない
満足と再購入をつなぐ線は、まっすぐな一本でもない。2013年に *Journal of Retailing* 誌 89(3):246-262 へ出た Kumar・Dalla Pozza・Ganesh は、多くの研究を見渡して、満足と忠誠の関係が一様ではなく、場面によって形を変える(非線形で条件依存の)ものだと整理した。ある水準までは満足が上がっても行動が動かず、別の場面では逆に敏感に動く——というふうに、関係の形そのものが揺れる。
これは、Seiders らの「条件に左右される」と重なって、ひとつの結論を指す。「満足させれば、その分だけ、また来てくれる」という比例の関係は、実証の側では支えられていない。 満足度を一点あげれば再購入がその分だけ増える、という素直な換算は、成り立たない場面のほうが多い。
「関係」も、無条件では守れない
では、「満足」ではなく「関係」ならどうか。深い関係を築けば守れる、という言い方である。ここも、無条件ではない。2006年に *Journal of Marketing* 誌 70(4):136-153 へ出た Palmatier・Dant・Grewal・Evans のメタ分析は、関係づくりの効果が、対象や場面によって大きく変わることを示した。関係は、いつでも同じだけ効くわけではない。
しかも、効くときも、漠然とした「良い関係」が効くのではない。2009年に *Journal of Marketing* 誌 73(5):1-18 へ出た Palmatier・Jarvis・Bechkoff・Kardes は、関係が成果に結びつくのは、感謝や互恵——してもらったから返したい、という具体的な気持ちの機序——を介したときだと示した。「関係を築けば守れる」は、機序を飛ばした言い方である。 何が、どういう筋道で相手を引き止めているのかを言えないまま「関係」と呼んでいるかぎり、それは守りの計画ではなく、守れているつもりの気分である。
時間・変化:1995年から2013年まで
順に置く。1995年、Jones・Sasser が、満足していても離れる客がいることを実務誌で広く知らしめる(由緒・非査読)。2005年、Seiders らが、満足が追加購入につながるかは条件に強く左右されると示す。2006年、Palmatier らが、関係づくりの効果は対象や場面で大きく変わるとメタ分析で示す。2007年、Chandrashekaran らが、確信の強さを伴わない満足は忠誠に変わりにくいと示す。2009年、Palmatier らが、関係が効くのは感謝や互恵を介したときだと示す。2013年、Kumar らが、満足と忠誠の関係は一様でなく条件依存だと整理する。
この二十年で確からしくなったのは、「満足させて関係を築けば離れない」という因果のほうではない。 確からしくなったのは、満足と再購入のあいだには広い隙間があり、関係が効くのも機序と条件が揃ったときだけだ、という向きのほうである。守れないという話ではない。守れているつもりと、実際に守れていることを、取り違えない、という話だ。
成約後の区間は、たいてい測られていない
ここで、この棚の通奏低音②を、正面から回収する。営業の帳簿は、成約で閉じる。 売れた、契約が取れた——そこで区切りがつき、次の見込み客へ進む。数字も、たいていそこで締められる。
だが、客の帳簿は、成約から開く。 買った後に、その相手が満足したか、確信を持てたか、二度目を頼んだか、誰かに紹介したか——次に売れるかどうかは、この成約後の区間の行動で決まる。 そして、この区間は、成約という華やかな一点に比べて、たいてい測られていない。 満足度の点数は取っても、その満足が弱いのか強いのか、それが二度目の依頼に変わったのかまでは、追われないことが多い。
この棚が16回追いかけてきたのは、まさにこの、測られていない区間のほうである。 見極めも、対話も、突破も、クロージングも、数字の管理も、組織の売り文句も——どの段にも、進み具合を判定する数字が置かれていた。だが、そのどれもが、測れたものだけを数えていた。成約後の帳簿は、その最たるものである。
見極めに戻る——追いかけない相手を、決める
では、測られていない成約後の区間を、どうすればいいのか。この棚の答えは、後ろにはない。入口にある。
この棚は、★の単位で一度だけ断った——売り込みは、相手の時間を借りる行為である。そして見極めとは、追いかけない相手を決める技術でもある。 成約後の帳簿が次に売れるかを決めるなら、問いは「売った後にどう囲い込むか」ではなく、そのずっと手前——そもそも、誰を客にするか——に戻る。満足しても離れる相手を全力で追い続けるより、成約の後に確信と再訪が育つ相手を、入口で見極めるほうが、たいてい効く。
売った後の関係を保ち続ける実務そのもの——問い合わせに応え、使い続けてもらう手当て——は、この先の棚(契約後の継続を扱う領域)が引き受ける。この棚が置くのは、そこへ渡す一点だけである。次に売れるかは、クロージングの巧みさではなく、成約の後に何が起きるか、そしてその相手を最初にどう見極めたかで、静かに決まっている。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、満足度の高さを、守れている証拠だと思い込むことである。点数は高く出やすく、高い点を見ると安心する。だが、その満足が弱いのか強いのか、二度目の行動に変わったのかは、点数には映らない。いちばん安心できる数字ほど、離反を覆い隠す。
標本の偏りも断っておく。ここで引いた実証の多くは、欧米の小売や取引を対象にしたものである。個人客との一度きりに見える取引、狭い商圏、二度目が口伝てで来るような商いを対象にした査読研究は、ごく少ない。 平均は地図であって、あなたの相手そのものではない。この単位では、囲い込みの施策や、ロイヤルティの道具を、優劣で名指ししない。 そして、客を、離さないための対象として観察しない。 見るのは、自分の手元の記録のほうである。
助けになるのは、一度買ってくれた相手のうち、二度目が来た人と来なかった人を思い出し、そのときの満足度の印象と、実際の再訪が一致していたかを確かめるという一手である。満足が高かったのに来なかった相手がいれば、それが、点数と行動の隙間である。
最初の一歩は10分。過去に一度買ってくれた相手を三人ほど思い出し、それぞれについて二つだけ書く。一つ、そのとき満足してくれていたと感じたか(高い・ふつう・低い)。二つ、実際に二度目が来たか(来た・来ない)。二つがずれている相手——満足していたのに来なかった、あるいはその逆——に印を付けるだけである。 相手に連絡して確かめる必要はない。ずれがゼロなら、それも発見だ。
この棚は、見極めという入口から始まり、売った後という出口まで来た。十六の段のどれにも、進み具合を判定する数字が一つは置かれていて、そのどれもが、測れたものだけを数えていた。 由緒ある手法も、突破の技術も、パイプラインの数字も、研修の効果も、失注の敗因も——名前は立派で、実験や商談観察の裏づけもあった。だが、それがあなたの商いで効くかどうかは、由緒の立派さではなく、成約の後に何が起きるかを、そもそも数えていたかどうかで決まっていた。皮肉なのは、いちばん華やかに成約を積み上げた帳簿ほど、そこで閉じられ、客の帳簿が開く場所を、最初から図の外に置いてしまうことである。次に売れるかを決めているのは、閉じた帳簿の外側で、静かに開いているもうひとつの帳簿のほうである。
- この棚の締めの単位。通奏低音②の回収——営業の帳簿は成約で閉じるが、客の帳簿は成約から開く。売る技術を教える教材は成約で終わるが、取引の利益も二度目の依頼も紹介も成約後の行動の集積で決まり、その区間はたいてい測られていない。次に売れるかを決めるのはこの成約後の区間である
- 1995年に Harvard Business Review(実務誌)へ出た Jones・Sasser の論考は、満足していても離れる客(満足して去る客)を広く知らしめた。ただし査読を経た効果測定ではなく由緒として置く。満足度調査で高い点をつけた相手が次には別のところへ移っている、という現象である
- Seiders・Voss・Grewal・Godfrey 2005 Journal of Marketing 69(4):26-43 は、満足が実際の追加購入につながるかどうかはいくつもの条件に強く左右されると示した。満足という点数と、また来るという行動のあいだには思うより広い隙間があり、満足はそのまままっすぐ次の購入にはならない
- Chandrashekaran・Rotte・Tax・Grewal 2007 Journal of Marketing Research 44(1):153-163 は、同じ満足でも確信の強さが伴わないと忠誠(また選ぶこと)に変わりにくいと示した。満足度の平均点は確信の強さを覆い隠すため、高い点が並んでいても中身が弱ければ離反は静かに進む。点数の高さは確信の強さを保証しない
- Kumar・Dalla Pozza・Ganesh 2013 Journal of Retailing 89(3):246-262 は、満足と忠誠の関係が一様ではなく非線形で条件依存だと整理した。満足させれば その分だけ また来てくれるという比例の関係は実証の側では支えられておらず、満足度を一点あげれば再購入がその分増えるという換算は成り立たない場面が多い
- Palmatier・Dant・Grewal・Evans 2006 Journal of Marketing 70(4):136-153 のメタ分析は関係づくりの効果が対象や場面で大きく変わると示し、Palmatier ら 2009 Journal of Marketing 73(5):1-18 は関係が効くのは感謝や互恵という具体的な機序を介したときだと示した。関係を築けば守れるは機序を飛ばした言い方で、守れているつもりの気分になりやすい
- 測られていない成約後の区間への答えは後ろではなく入口にある。この棚は★で一度だけ断った——売り込みは相手の時間を借りる行為であり、見極めとは追いかけない相手を決める技術でもある。満足しても離れる相手を追い続けるより、成約後に確信と再訪が育つ相手を入口で見極めるほうがたいてい効く。契約後の継続の実務そのものはこの先の棚が引き受ける
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 売った後は、満足してもらって良い関係を築けば、客は離れない。満足度を高く保てば、また来てくれる | 満足していても客は離れる。1995年 Jones・Sasser の実務誌の論考は満足して去る客を広く知らしめ(由緒・非査読)、2005年 Seiders ら Journal of Marketing 69(4):26-43 は満足が追加購入につながるかは条件に強く左右されると示した。さらに2013年 Kumar ら Journal of Retailing 89(3):246-262 は満足と忠誠の関係が一様でなく非線形で条件依存だと整理した。満足という点数と、また来るという行動のあいだには広い隙間があり、満足させた分だけ来てくれるという比例は実証で支えられていない |
| 満足度アンケートで高い点が並んでいれば、その客たちは忠実で、離反の心配はない | 2007年 Chandrashekaran ら Journal of Marketing Research 44(1):153-163 は、同じ満足でも確信の強さが伴わないと忠誠(また選ぶこと)に変わりにくいと示した。アンケートで同じ満足に丸を付けても、ぐらつかない確信としての満足と、何となく付けた満足では次の行動が違う。満足度の平均点はこの確信の強さを覆い隠すため、高い点が並んでいても中身が弱ければ離反は静かに進む。点数の高さは確信の強さを保証しない |
| 深い関係を築きさえすれば、客は守れる。関係が濃いほど、離れにくくなる | 2006年 Palmatier ら Journal of Marketing 70(4):136-153 のメタ分析は、関係づくりの効果が対象や場面によって大きく変わると示した。しかも2009年 Palmatier ら Journal of Marketing 73(5):1-18 は、関係が効くのは感謝や互恵という具体的な気持ちの機序を介したときだと示した。関係を築けば守れるは機序を飛ばした言い方で、何がどういう筋道で引き止めているかを言えないまま関係と呼ぶのは、守りの計画ではなく守れているつもりの気分である |
皮肉なのは、いちばん華やかに成約を積み上げた帳簿ほど、そこで閉じられ、客の帳簿が開く場所を、最初から図の外に置いてしまうことである。満足度の高い点が並ぶと、守れていると感じる。だが、その満足が弱いのか強いのか、二度目の行動に変わったのかは、点数には映らない。この棚が16回追いかけてきたのは、その、測られていない区間のほうだった。次に売れるかを決めているのは、閉じた帳簿の外側で、静かに開いているもうひとつの帳簿——成約の後に何が起きるか、そしてその相手を、入口でどう見極めたか——のほうである。
Q1. この棚の通奏低音②——営業の帳簿は ____ で閉じるが、客の帳簿は ____ から開く。次に売れるかは、その成約後の、たいてい ____ 区間の行動で決まる。穴埋め
Q2. Chandrashekaran 2007 が、同じ「満足」について示したこととして正しいものはどれか。選択
Q3. 「関係を築けば守れる」という言い方の何が問題か。Palmatier 2006 と 2009 に触れて答えよ。一問一答
Q4. 測られていない成約後の区間に対して、この棚が示す答えは「入口にある」という。それはどういうことか。★の断りに触れて述べよ。一問一答
Q5. この単位が扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)Seiders らが、満足が追加購入につながるかは条件に左右されると示す(イ)Jones・Sasser が、満足して去る客を実務誌で広く知らしめる(ウ)Kumar らが、満足と忠誠の関係は一様でなく条件依存だと整理する(エ)Palmatier らが、関係が効くのは感謝や互恵を介したときだと示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、過去に一度買ってくれた(依頼してくれた)相手を三人ほど思い出し、それぞれを相手が特定できない記号で書く。各人について二つだけ書く。一つめ——そのとき満足してくれていたと感じたか(高い・ふつう・低い)。二つめ——実際に二度目が来たか(来た・来ない・わからない)。三人分を並べて、満足の印象と再訪が食い違っている相手——満足していたのに来なかった、あるいは満足が高くなかったのに来た——に印を付ける。どちらが正しいかは書かない。相手に連絡して満足度や再訪の理由を確かめる必要はない。あくまで自分の記憶と手元の記録だけで完結させる。一人で全部を回している場合も、そのまま同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Jones T.O., Sasser W.E. Jr. (1995) ‘Why Satisfied Customers Defect’, Harvard Business Review 73(6):88-99 — hbr.org
- Seiders K., Voss G.B., Grewal D., Godfrey A.L. (2005) ‘Do Satisfied Customers Buy More? Examining Moderating Influences in a Retailing Context’, Journal of Marketing 69(4):26-43 — doi.org
- Chandrashekaran M., Rotte K., Tax S.S., Grewal R. (2007) ‘Satisfaction Strength and Customer Loyalty’, Journal of Marketing Research 44(1):153-163 — doi.org
- Kumar V., Dalla Pozza I., Ganesh J. (2013) ‘Revisiting the Satisfaction–Loyalty Relationship: Empirical Generalizations and Directions for Future Research’, Journal of Retailing 89(3):246-262 — doi.org
- Palmatier R.W., Dant R.P., Grewal D., Evans K.R. (2006) ‘Factors Influencing the Effectiveness of Relationship Marketing: A Meta-Analysis’, Journal of Marketing 70(4):136-153 — doi.org
- Palmatier R.W., Jarvis C.B., Bechkoff J.R., Kardes F.R. (2009) ‘The Role of Customer Gratitude in Relationship Marketing’, Journal of Marketing 73(5):1-18 — doi.org