「研修とコーチングを積めば強くなる」——だが多くは現場に移らず、測り方を甘くするほど効いて見える
営業は学べば強くなる、と言われる。だが、学んだことがそのまま現場に移るとはかぎらない。しかも研修やコーチングの効果は、満足度や自己申告で測るほど大きく、実際の行動で測ると小さくなる。測り方が甘いほど、強くなった気になる。強くなったかは、受けた回数ではなく、使えた回数で数えるべきものである。
前の単位では、目の前の一番大事な一社にどう入るかを扱った。ここでは、そもそも売る力そのものを、研修とコーチングで底上げできるのかを扱う。
桃の段の売り文句は、たいてい「学べば強くなる」の形をとる。この棚の見方を、ここでも置く。手法の由緒と、効果の証明は、別物である。 そして今回は、効果の測り方そのものが、強くなった気にさせる。
「研修とコーチングを積めば強くなる」の前に、転移という壁
営業は学べば強くなる、と言われる。研修を受け、コーチングをつけ、上手い人のやり方を教わる。ここでいう研修は、まとまった時間をとって型を教わる場、コーチングは、実際の仕事に合わせて繰り返し助言をもらう関わりを指す。学ぶこと自体は悪くない。だが、学んだことがそのまま現場に移るとはかぎらない——ここが最初の壁である。
この壁には名前がある。転移(transfer)——研修室で身につけたことが、実際の仕事の場に持ち込まれ、そこで使われることを指す。2011年に *International Journal of Training and Development* 誌 15(2):103-120 へ出た Grossman・Salas のレビューは、学んだことのうち現場に移るのは一部にすぎず、多くは移らないという問題を、何が本当に効くのかという視点で整理した。2007年に *Human Resource Development Review* 誌 6(3):263-296 へ出た Burke・Hutchins も、転移を左右するのは研修そのものの出来だけでなく、学ぶ人の側と、戻る先の職場の側の条件だと整理している。受けたことと、使えることのあいだには、深い溝がある。
効果は、満足度で測るほど大きく見える
次の壁は、もっと厄介である。研修やコーチングの効果は、何で測るかによって、大きくも小さくも見える。 終わったあとのアンケートで「役に立った」と答えてもらう、あるいは本人に「前より伸びた気がするか」を聞く——これらは測りやすく、たいてい高く出る。だが、実際の行動や成果が変わったかを外から測ると、効果はぐっと小さくなる。
コーチングの効果をまとめた研究が、これをはっきり示している。2014年に *The Journal of Positive Psychology* 誌 9(1):1-18 へ出た Theeboom・Beersma・van Vianen のメタ分析(複数の研究を束ねて全体の傾向を見る手法)と、2016年に *Journal of Occupational and Organizational Psychology* 誌 89(2):249-277 へ出た Jones・Woods・Guillaume のメタ分析は、そろって、気持ちの面や自己効力(自分はできるという感覚)への効果に比べ、客観的な成果への効果は小さく、ばらつきも大きいと報告した。
つまり、満足度と自己申告で測るほど、研修は効いて見える。 「受けてよかった」「伸びた気がする」は本物の感想だが、それは現場の行動が変わった証拠ではない。橙の段で見た「数字は入力したとおりにしか正しくない」に続いて、桃の段では、測り方が甘いほど、強くなった気になる。
効くときも、何かを介して初めて効く
では、コーチングは効かないのか。そうではない。効くときはある。ただし、直接ではなく、何かを介して効く。 2014年に *International Journal of Bank Marketing* 誌 32(1):60-81 へ出た Pousa・Mathieu の研究は、上司によるコーチングが、売り手の顧客志向——客の都合を先に考える構え——を高め、その顧客志向を通じて初めて成果につながる、という道筋を描いた。
これは、効きめの見取り図を変える。コーチングを積めば直接に強くなる、のではない。 コーチングが、日々の仕事の構え方を変え、その構えが結果を変える——という間接の鎖である。鎖のどこかが切れれば、いくらコーチングを積んでも成果には届かない。だから「量を積めば効く」ではなく、「何を介して効くのか」を見ないと、効いているのか効いていないのかも判定できない。
何が転移するかは、条件次第
転移の話に戻る。2009年に *Human Resource Development Review* 誌 8(3):403-423 へ出た Gegenfurtner・Veermans・Festner・Gruber のレビューは、学んだことを現場で使おうとする動機(転移への動機)そのものが、いくつもの条件で上下すると整理した。学ぶ前の期待、学んでいる最中の手応え、戻る職場が使わせてくれるか——これらが揃わないと、良い研修でも現場に届かない。
まとめると、査読の側が繰り返し言っているのは一つ——研修とコーチングは、積んだ量ではなく、移る条件が揃ったときにだけ、現場を変える。 そして、その移ったかどうかは、満足度や自己申告ではなく、実際に仕事の場で使えたかで見るしかない。強くなったかは、受けた回数ではなく、使えた回数で数えるべきものである。
時間・変化:2007年から2016年まで
順に置く。2007年、Burke・Hutchins が、転移を左右するのは研修の出来だけでなく学ぶ人と職場の条件だと整理する。2009年、Gegenfurtner らが、現場で使おうとする動機そのものが条件で上下すると整理する。2011年、Grossman・Salas が、学んだことの多くは現場に移らず、何が本当に効くかを問い直す。2014年、Theeboom らのメタ分析が、コーチングは気持ちへの効果に比べ客観成果への効果は小さいと示す。2014年、Pousa・Mathieu が、コーチングは顧客志向を介して初めて効くと示す。2016年、Jones らのメタ分析が、学びと成果への効果は不均一だと示す。
この十年で確からしくなったのは、「積めば強くなる」という因果のほうではない。 確からしくなったのは、移る条件が揃って初めて現場が変わり、効果は測り方を甘くするほど大きく見える、という向きである。学ぶ努力が無駄だ、という話ではない。学んだ手応えを、現場が変わった証拠と取り違えない、という話だ。
自分の学びは、現場に移ったか
ここまでを、読者の等身大に落とす。この単位は、部下を抱えた人だけの話ではない。自分が受けた研修、読んだ本、人に教わったやり方が、実際の仕事の場に移ったか——という、一人称の問いである。研修予算も、部下も、いらない。
手前に置くべきは、「次に何を学ぶか」ではなく、この前学んだことは、現場で一度でも使えたかである。満足度は測りやすいが、転移は測りにくい。だからこそ、自分で数える価値がある。直近で学んだ営業の型を一つ思い出し、実際の商談や見積もりの場で、それを使えたか・使えなかったかを、手元の記録で確かめる。使えなかったなら、それは学びが浅かったのではなく、移る条件が揃っていなかったのかもしれない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、学んだ直後の手応えを、強くなった証拠と取り違えることである。良い研修ほど、終わったあとの満足度は高い。だが満足度は、現場の行動が変わったかとは別のことだ。手応えのある学びほど、移らなかったことを見えにくくする。
標本の偏りも断っておく。ここで引いた研究の多くは、コーチングや研修の一般的な効果を、営業以外の職場も含めて測ったものである。個人事業や小さな商いで、独学と実地だけで力をつけていく売り手を対象にした査読研究は、ごく少ない。 平均は地図であって、あなたの現場そのものではない。この単位では、特定の研修会社やコーチングの商品を、優劣で名指しして薦めも貶しもしない。
助けになるのは、次を学ぶ前に、この前の学びが移ったかを数えるという一手である。学んだ型を一つ選び、実際の場面で使えた回数を手元で数える。回数がゼロなら、それは学びの質より先に、移る条件を疑う合図である。
最初の一歩は10分。直近で学んだ営業の型(本・研修・人から教わったやり方)を一つ選び、その名前を1行書く。次に、実際の商談・見積もり・問い合わせ対応の場で、それを使えた場面を思い出せるだけ書き出し、その数を1つの数字で書く。使えなかった場合は、なぜ使えなかったか(思い出せなかった・場面が合わなかった・やってみたが噛み合わなかった)を1行書くだけである。 誰かに評価してもらう必要はない。ゼロなら、それも発見だ。
次の単位は 383「失注から学ぶには?」——負けた商談を振り返れば学べる、という定番を、振り返りの材料そのものが最初から歪んでいる、という側から見直す。
- この単位は組織営業力(桃の段)の中核。営業は学べば強くなると言われるが、学んだことが現場に移る(転移=研修室で身につけたことが実際の仕事の場で使われること)のは一部にすぎず、多くは移らない。手法の由緒と効果の証明は別物で、効果の測り方そのものが強くなった気にさせる
- Grossman・Salas 2011 International Journal of Training and Development 15(2):103-120 は学んだことの多くが現場に移らない問題を何が本当に効くかの視点で整理し、Burke・Hutchins 2007 Human Resource Development Review 6(3):263-296 は転移を左右するのが研修の出来だけでなく学ぶ人と戻る職場の条件だと整理した。受けたことと使えることのあいだには深い溝がある
- Theeboom ら 2014 The Journal of Positive Psychology 9(1):1-18 と Jones ら 2016 Journal of Occupational and Organizational Psychology 89(2):249-277 のメタ分析は、コーチングの効果が気持ちや自己効力に比べ客観的な成果には小さくばらつきも大きいと報告した。満足度と自己申告で測るほど研修は効いて見える
- 研修後アンケートの満足度や「前より伸びた気がする」は測りやすく高く出るが、実際の行動や成果が変わったかを外から測ると効果はぐっと小さくなる。受けてよかった・伸びた気がするは本物の感想だが、現場の行動が変わった証拠ではない。測り方が甘いほど強くなった気になる
- Pousa・Mathieu 2014 International Journal of Bank Marketing 32(1):60-81 は、コーチングが売り手の顧客志向(客の都合を先に考える構え)を高め、その顧客志向を介して初めて成果につながる間接の鎖を示した。積めば直接に強くなるのではなく、鎖のどこかが切れれば量を積んでも成果に届かない
- Gegenfurtner ら 2009 Human Resource Development Review 8(3):403-423 は、学んだことを現場で使おうとする動機(転移への動機)そのものが、学ぶ前の期待・最中の手応え・戻る職場が使わせるかといった条件で上下すると整理した。良い研修でも条件が揃わないと現場に届かない
- 読者にとっての問いは部下や研修予算を前提にせず、自分が受けた研修・読んだ本・人に教わったやり方が現場に移ったか、という一人称。強くなったかは受けた回数ではなく使えた回数で数える。使えなかったなら学びが浅いのではなく移る条件が揃っていなかったのかもしれない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 営業は、研修とコーチングを積めば積むほど強くなる。学んだ量が、そのまま力になる | 学んだことが現場に移る(転移)のは一部にすぎず、多くは移らない。2011年 Grossman・Salas International Journal of Training and Development 15(2):103-120 は学んだことの多くが現場に移らない問題を整理し、2007年 Burke・Hutchins Human Resource Development Review 6(3):263-296 は転移を左右するのが研修の出来だけでなく学ぶ人と戻る職場の条件だと示した。受けたことと使えることのあいだには深い溝があり、量を積めば強くなるという一直線は成り立たない |
| 研修やコーチングが効いたかどうかは、受けた人の満足度や「前より伸びた気がするか」を聞けばわかる | 効果は何で測るかで大きくも小さくも見える。2014年 Theeboom ら The Journal of Positive Psychology 9(1):1-18 と 2016年 Jones ら Journal of Occupational and Organizational Psychology 89(2):249-277 のメタ分析は、気持ちや自己効力への効果に比べ、客観的な成果への効果は小さくばらつきも大きいと報告した。満足度と自己申告で測るほど研修は効いて見える。受けてよかった・伸びた気がするは本物の感想だが、現場の行動が変わった証拠ではない |
| コーチングを積めば、それが直接に営業の成果を押し上げる | 2014年 Pousa・Mathieu International Journal of Bank Marketing 32(1):60-81 は、コーチングが売り手の顧客志向(客の都合を先に考える構え)を高め、その顧客志向を通じて初めて成果につながる、という間接の鎖を示した。コーチングを積めば直接に強くなるのではなく、構えを変え、構えが結果を変える。鎖のどこかが切れれば、いくら積んでも成果には届かない |
皮肉なのは、いちばん熱心に学んだ人ほど、学んだ直後の手応えの強さで、自分は強くなったと感じることである。だが、その手応えは、現場でまだ一度も使っていないうちから立ち上がる。研修がいちばん役に立ったと感じられるのは、たいてい終わった直後——まだ何も移していない時点である。強くなったかどうかを最後に分けるのは、受けた回数でも、終わったあとの満足度でもなく、学んだことを実際の場で使えた回数のほうである。
Q1. 研修室で身につけたことが、実際の仕事の場に持ち込まれてそこで使われることを ____ という。学んだことのうち現場に移るのは一部にすぎず、多くは ____ 。穴埋め
Q2. Theeboom 2014 と Jones 2016 のコーチング効果のメタ分析が、そろって報告したこととして正しいものはどれか。選択
Q3. Pousa・Mathieu 2014 が示した、コーチングが成果につながる「道筋」はどのようなものか。「直接」という言葉に触れて答えよ。一問一答
Q4. この単位が言う「強くなったかは、受けた回数ではなく使えた回数で数える」とはどういうことか。満足度と転移の測りやすさに触れて述べよ。一問一答
Q5. この単位が扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)Grossman・Salas が、学んだことの多くは現場に移らないと問い直す(イ)Burke・Hutchins が、転移は学ぶ人と職場の条件に左右されると整理する(ウ)Jones らのメタ分析が、学びと成果への効果は不均一だと示す(エ)Gegenfurtner らが、現場で使おうとする動機は条件で上下すると整理する並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、直近で学んだ営業の型——本で読んだやり方、研修や動画で教わった型、人から教わったコツなど——を一つ選び、その名前を1行で書く。次に、この数週間の実際の商談・見積もり・問い合わせ対応・接客の場面を思い出し、その型を『使えた』場面を思い出せるだけ書き出し、その数を1つの数字で書く。使えなかった場合は、なぜ使えなかったか(そもそも思い出せなかった・場面が合わなかった・やってみたが噛み合わなかった)を1行で書く。誰かに評価してもらったり、うまくやれたかを採点したりする必要はない。あくまで自分の記憶と手元の記録だけで、使えた・使えなかったの事実を書き留める。一人で全部を回している場合も、そのまま同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Theeboom T., Beersma B., van Vianen A.E.M. (2014) ‘Does coaching work? A meta-analysis on the effects of coaching on individual level outcomes in an organizational context’, The Journal of Positive Psychology 9(1):1-18 — doi.org
- Jones R.J., Woods S.A., Guillaume Y.R.F. (2016) ‘The effectiveness of workplace coaching: A meta-analysis of learning and performance outcomes from coaching’, Journal of Occupational and Organizational Psychology 89(2):249-277 — doi.org
- Grossman R., Salas E. (2011) ‘The transfer of training: what really matters’, International Journal of Training and Development 15(2):103-120 — doi.org
- Burke L.A., Hutchins H.M. (2007) ‘Training Transfer: An Integrative Literature Review’, Human Resource Development Review 6(3):263-296 — doi.org
- Gegenfurtner A., Veermans K., Festner D., Gruber H. (2009) ‘Motivation to Transfer Training: An Integrative Literature Review’, Human Resource Development Review 8(3):403-423 — doi.org
- Pousa C., Mathieu A. (2014) ‘Boosting customer orientation through coaching: a Canadian study’, International Journal of Bank Marketing 32(1):60-81 — doi.org