「標準化すれば誰でも売れる」——だが半世紀の研究は、効くのは状況への適応だと繰り返してきた
営業を標準化して型にすれば、誰でも同じように売れる、と教わる。だが半世紀の営業研究の本流は、逆のことを繰り返してきた。効果的な営業は一つの正しい型ではなく、売り手・相手・場面の噛み合わせで決まる。適応が効くのにも条件があり、標準化は動きの揃いと外す自由のトレードオフで、戦略の成果すら環境に左右される。型は出発点を揃えるが、効くかは場面しだいである。
前の単位では、予測に手を入れるほど、かえって当たらなくなることを扱った。ここでは、そうした管理や予測も含めた営業の動き全体を、一枚の『型』にまとめる——プレイブック化・標準化を扱う。橙の段の終わりであり、この段を締める単位である。
この棚が繰り返す背骨を、ここでも一度触れておく。型の由緒がどれだけ立派でも、あなたの場面で効くことの証明にはならない。 「型にすれば誰でも同じように売れる」という約束は、この棚がいちばん警戒する『これをやれば売れる』の言い方そのものである。この単位が言うことも三つに絞る——標準化とは何を指すのか。どこまで効くと確かめられているのか。型どおりにやると、どこで外れるのか。
この単位の持ち場——「型」とは、自分用の手順書のこと
プレイブックとは、営業の進め方を『こういう場面ではこう言う、次はこう運ぶ』と段取りにまとめた手順書・台本のことである。標準化とは、その台本を決めて、誰がやっても同じ順に運ぶようにすることだ。ここで大事な断りを一つ。この単位は、組織が営業チームに配る分厚いマニュアルの話ではない。 読者は自分で売りに行く人なので、扱うのは自分用の手順書、自分の台本である。台本を持つのは良いことだ。ただし——相手と場面によって、その台本を外す前提で持つ、という話をする。
なお、適応的な販売の効果をまとめた統計的な集計(メタ分析)の数値には、この単位は踏み込まない。別の棚が扱う持ち場である。ここでは、「一つの正しい型」があるのかという問いに、枠組みと一次の研究がどう答えてきたかだけを見る。
営業研究の本流は、「一つの正しい型」を否定してきた
半世紀の営業研究が繰り返してきた答えは、意外なほど一貫している。効果的な営業は、一つの正しい型で決まるのではなく、状況への適応で決まる。 1981年に *Journal of Marketing* 誌 45(1):85-103 へ出た Weitz の枠組みは、営業のやり取りの効き目を、売り手・相手・場面の噛み合わせ(コンティンジェンシー=状況適合)として捉えた。どんな型が効くかは、置かれた状況によって変わる、という見方である。
型を捨てよ、という話ではない。1994年に *Journal of Marketing* 誌 58(3):39-52 へ出た Sujan・Weitz・Kumar は、ただ頑張る(働く量を増やす)のではなく、場面に合わせてやり方を変える『賢く売る』ことが成果につながると示した。台本は出発点を揃えるが、成果を決めるのは、それをいつ外すかの判断のほうである。標準化は、この判断を消してしまうと、かえって効きを下げうる。
適応が効くのは、状況と売り手が噛み合うときだけ
では「場面に合わせて変える」が万能かというと、そうでもない。適応にも条件がある。 2006年に *Journal of Personal Selling & Sales Management* 誌 26(2):115-142 へ出た Giacobbe らは、適応的な販売が成果に効くのは、売っている状況と、売り手の特性が噛み合うときだけだと示した。込み入った場面で、それを読み解ける売り手が適応してこそ効く。単純な場面や、読み解けない売り手では、適応の手間が報われないこともある。
2009年に *Journal of the Academy of Marketing Science* 誌 38(3):363-382 へ出た Román と Iacobucci は、売り手と顧客の双方を調べ、適応的な販売の自信や行動が成果に結びつく道筋が、条件しだいで変わることを示した。つまり、標準化も適応も、それ自体が正解ではない。 どちらが効くかは、場面と売り手の噛み合わせで決まる。
統制もまた、標準化か成果かのトレードオフ
台本を決めるという行為は、営業をどう統制するか——何をもって良しとするか——の選び方でもある。1987年に *Journal of Marketing* 誌 51(4):76-88 へ出た Anderson と Oliver は、営業の統制を二つに分けた。行動で見る(決めた手順どおりに動いたか)か、成果で見る(結果が出たか)かである。
これは万能の正解がある話ではなく、トレードオフである。手順を標準化して行動で見れば、動きは揃うが、場面に合わせて外す自由が減る。成果だけで見れば、やり方は自由になるが、何をどう改善すればいいかが見えにくくなる。型を強めることは、この綱の一方を引くことであって、ただ良くなることではない。
戦略の成果すら、環境に調整される
最後に、もう一段上の話。営業の戦略そのものの効き目でさえ、置かれた条件に左右される。2010年に *International Journal of Research in Marketing* 誌 27(1):46-57 へ出た Panagopoulos と Avlonitis は、営業戦略が成果に結びつくかどうかが、リーダーシップや環境によって調整(moderate)されることを示した。同じ戦略が、ある環境では効き、別の環境では効かない。
型・適応・統制・戦略——どの層で見ても、「これさえやれば」という一つの答えは出てこない。 出てくるのは、いつも『それは、どの状況でか』という条件つきの答えである。だからこの単位は、標準化を全否定もしないし、万能ともしない。型は出発点を揃える道具であって、効くかどうかは、場面との噛み合わせで決まる。
時間・変化:1981年から2010年まで
順に置く。1981年、Weitz が、営業の効き目を状況適合(コンティンジェンシー)として捉える枠組みを立てる。1987年、Anderson と Oliver が、統制を行動ベースと成果ベースのトレードオフとして整理する。1994年、Sujan・Weitz・Kumar が、場面に合わせてやり方を変える『賢く売る』が成果につながると示す。2006年、Giacobbe らが、適応が効くのは状況と売り手が噛み合うときだけだと示す。2009年、Román と Iacobucci が、適応の効き方は条件しだいだと示す。2010年、Panagopoulos と Avlonitis が、戦略の成果すら環境に調整されると示す。
この30年で確からしくなったのは、「標準化すれば誰でも売れる」ではない。 確からしくなったのは、効果的な営業は状況への適応で決まり、その適応にも条件があり、型を強めることは自由と揃いのトレードオフであるという向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、一度うまくいった台本を、いつでも効く『正解』だと思い込むことである。台本が効いたのは、そのときの場面と自分が噛み合っていたからかもしれない。別の相手、別の場面では、同じ台本が外れることがある。
標本の偏りも断っておく。ここで引いた実証の多くは、法人向けの営業や、比較的大きな組織の販売員を対象に採られた。一人で売る商い、対面と店頭が中心の商いが、同じ振る舞いをするとは限らない。 適応的な販売の集計的な効果量(どれだけ効くかの数値)にも、この単位は立ち入らない。
助けになるのは、自分の台本を一度きちんと書き出し、直近の商談で、どこを台本どおりにし、どこで外したかを後から印すという一手である。外した箇所が、あなたが場面に合わせて適応した場所である。台本と現実のずれが、そのまま自分の判断の記録になる。
最初の一歩は10分。自分がよく使う商談の運び(切り出し方・説明の順・締めの一言)を、短い台本として3〜5行で書き出す。次に直近の商談を一つ思い出し、その台本のどの行を守り、どの行を場面に合わせて外したかに、印を付ける。 相手を新しく試す必要はない。自分の台本と、終わった商談の記録だけで完結する。外した箇所がゼロなら、それも発見だ。
次の単位は 381「大口顧客を攻略するには?」——桃の段に入り、一件で大きい取引を、時間をかけて動かしていく話を扱う。
- この単位は、営業の進め方を手順書・台本にまとめる標準化(プレイブック化)の効き目を、条件の側から扱う。読者は自分で売りに行く人なので、組織が配る分厚いマニュアルではなく、自分用の台本の話。適応的販売の集計的な効果量(メタ分析の数値)は別の棚の持ち場で、ここでは一つの正しい型があるのかという問いに枠組みと一次研究がどう答えたかだけを見る。橙の段を締める単位である
- 半世紀の営業研究の本流は、効果的な営業を一つの正しい型ではなく状況への適応で捉えてきた。1981年に Journal of Marketing 45(1):85-103 へ出た Weitz の枠組みは、営業のやり取りの効き目を売り手・相手・場面の噛み合わせ(コンティンジェンシー=状況適合)として捉え、一つの正しい型を否定した
- 型を捨てよという話ではない。1994年に Journal of Marketing 58(3):39-52 へ出た Sujan・Weitz・Kumar は、ただ働く量を増やすのではなく、場面に合わせてやり方を変える『賢く売る』ことが成果につながると示した。台本は出発点を揃えるが、成果を決めるのはそれをいつ外すかの判断のほうである
- 適応も無条件ではない。2006年に Journal of Personal Selling & Sales Management 26(2):115-142 へ出た Giacobbe らは、適応的な販売が成果に効くのは、売っている状況と売り手の特性が噛み合うときだけだと示した。2009年に Journal of the Academy of Marketing Science 38(3):363-382 へ出た Roman と Iacobucci は、適応の効き方が条件しだいで変わると示した
- 台本を決めることは、営業をどう統制するかの選び方でもある。1987年に Journal of Marketing 51(4):76-88 へ出た Anderson と Oliver は、統制を行動で見る(手順どおり動いたか)か成果で見る(結果が出たか)かのトレードオフとして整理した。行動で見れば動きは揃うが外す自由が減り、成果で見れば自由になるが改善の見通しが減る
- 戦略の効き目でさえ条件に左右される。2010年に International Journal of Research in Marketing 27(1):46-57 へ出た Panagopoulos と Avlonitis は、営業戦略が成果に結びつくかがリーダーシップや環境によって調整されることを示した。型・適応・統制・戦略のどの層で見ても、これさえやればという一つの答えは出てこない
- だからこの単位は、標準化を全否定も万能ともしない。型は出発点を揃える道具であって、効くかどうかは場面との噛み合わせで決まる。助けになるのは、自分の台本を書き出し、直近の商談でどこを守りどこを外したかを印すこと。外した箇所が、自分が場面に合わせて適応した場所である
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 営業を標準化して型(プレイブック)にまとめれば、誰がやっても同じように、安定して売れるようになる | 半世紀の営業研究の本流は逆を示してきた。1981年 Weitz の枠組みは、営業の効き目を売り手・相手・場面の噛み合わせ(状況適合)として捉え、一つの正しい型を否定した。1994年 Sujan・Weitz・Kumar は、ただ頑張るのではなく場面に合わせてやり方を変える『賢く売る』が成果につながると示した。台本は出発点を揃えるが、成果を決めるのはそれをいつ外すかの判断のほうである |
| では『場面に合わせて変える適応的な販売』こそが正解で、いつでも適応するほど成果が上がる | 適応にも条件がある。2006年 Giacobbe らは、適応的な販売が成果に効くのは、売っている状況と売り手の特性が噛み合うときだけだと示した。2009年 Roman と Iacobucci は、適応が成果に結びつく道筋が条件しだいで変わると示した。標準化も適応も、それ自体が正解ではない。どちらが効くかは、場面と売り手の噛み合わせで決まる |
| 型をしっかり決めて手順どおりに動かせば、統制が効いて、失うものは何もない | 1987年 Anderson と Oliver は、営業の統制を、行動で見る(手順どおり動いたか)か成果で見る(結果が出たか)かのトレードオフとして整理した。手順を標準化して行動で見れば動きは揃うが、場面に合わせて外す自由が減る。さらに 2010年 Panagopoulos と Avlonitis は、営業戦略の成果すらリーダーシップや環境に調整されると示した。型を強めることは綱の一方を引くことで、ただ良くなることではない |
皮肉なのは、営業を型にまとめたい人ほど、その型を『これさえやれば』の正解にしたくなることである。だが半世紀の研究は、型・適応・統制・戦略のどの層でも、一つの答えではなく『それは、どの状況でか』という条件つきの答えを返してきた。台本を持つのは良い。ただし、いつ外すかの判断こそが成果を分ける。橙の段はここで閉じる。案件の確度も、その合計の予測も、それらをまとめた型も——効くかどうかは、いつも場面との噛み合わせしだいだった。次の単位からは、桃の段、組織で売る力に入る。
Q1. 「標準化すれば誰でも売れる」に対し、Weitz 1981 以来の営業研究の本流が繰り返してきた答えとして正しいものはどれか。選択
Q2. 適応も無条件ではない。Giacobbe ら 2006 は、適応的な販売が成果に効くのは、売っている ____ と売り手の ____ が噛み合うときだけだと示した。穴埋め
Q3. 「型を強めることはトレードオフである」とはどういうことか。Anderson・Oliver 1987 の二つの統制の見方に触れて述べよ。一問一答
Q4. 「型・適応・統制・戦略のどの層で見ても一つの答えは出てこない」ことを、Roman・Iacobucci 2009 と Panagopoulos・Avlonitis 2010 に触れて説明せよ。一問一答
Q5. この単位が扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)Sujan・Weitz・Kumar が『賢く売る』が成果につながると示す(イ)Weitz が状況適合の枠組みを立てる(ウ)Panagopoulos と Avlonitis が、戦略の成果は環境に調整されると示す(エ)Anderson と Oliver が、統制を行動と成果のトレードオフとして整理する並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。まず、自分がよく使う商談の運び——切り出し方、説明の順番、締めの一言など——を、短い台本として3行から5行で書き出す(普段口にしている流れを、そのまま行に分けるだけでよい)。次に、直近で自分がおこなった商談を一つ思い出し、その台本の各行について、『台本どおりに守った』か『場面に合わせて外した』かの印を、行の脇に付ける。外した行には、なぜ外したか(相手の反応・場面の違いなど)を一言添えてもよい。相手を新しく試す必要はない。自分の台本と、終わった商談の記録だけで完結させる。外した箇所がゼロでも、それも一つの発見である。一人で全部を回している場合も、そのまま同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Weitz B.A. (1981) 'Effectiveness in Sales Interactions: A Contingency Framework', Journal of Marketing 45(1):85-103 — doi.org
- Sujan H., Weitz B.A., Kumar N. (1994) 'Learning Orientation, Working Smart, and Effective Selling', Journal of Marketing 58(3):39-52 — doi.org
- Giacobbe R.W., Jackson D.W. Jr., Crosby L.A., Bridges C.M. (2006) 'A Contingency Approach to Adaptive Selling Behavior and Sales Performance: Selling Situations and Salesperson Characteristics', Journal of Personal Selling & Sales Management 26(2):115-142 — doi.org
- Roman S., Iacobucci D. (2009) 'Antecedents and consequences of adaptive selling confidence and behavior: a dyadic analysis of salespeople and their customers', Journal of the Academy of Marketing Science 38(3):363-382 — doi.org
- Anderson E., Oliver R.L. (1987) 'Perspectives on Behavior-Based versus Outcome-Based Salesforce Control Systems', Journal of Marketing 51(4):76-88 — doi.org
- Panagopoulos N.G., Avlonitis G.J. (2010) 'Performance implications of sales strategy: The moderating effects of leadership and environment', International Journal of Research in Marketing 27(1):46-57 — doi.org