「売り場で選ばせられる」——だが跳ね上がった山の中身は、奪い合いと、来月ぶんの前借りだった
値下げや特別陳列を打つと、売上は跳ね上がる。この跳ね上がりを「山」と呼ぶ。売り場の話は、たいてい山の高さで語られる。だが山の中身を割ってみると、ある研究は奪い合い33%と言い、別の研究は75%と言う。どちらも同じ山を、別の道具で割っただけだ。売り場が本当に「選ばせた」と言えるのは、そのうち種類全体が増えた分だけである。
前の単位では、一年ぶんの販促を暦の上にどう並べるかを扱った。ここでは、その暦のいちばん先——客が実際に立っている売り場で、何がどこまで「選ばせて」いるのかを扱う。
ここから段はひとつ進んで、拡げる工夫の話から、現場での売り場と、販促の規律の話になる。
この棚が16回くり返している見方を、ここでも一度だけ置いておく。販促の名前が知られていることと、それがあなたの売り場で効くことは、別物である。 売り場の仕掛けは、効かないのではない。効く。ただし、効いている中身が、たいてい思っているものと違う。この単位は、その中身を分けていく。
「山」は、何でできているか
値下げや、棚の端やレジ前に商品を大きく積む特別陳列、商品のそばに置く小さな表示や値札であるPOP(店頭販促物)、チラシ——こうした売り場の仕掛けを打つと、その商品の売上は跳ね上がる。この跳ね上がりを、ここでは販促の「山」と呼ぶ。売り場の話は、たいていこの山の高さで語られる。だが問われるべきは、山の高さではなく、山が何でできているかである。
山の中身は、少なくとも三つに分けられる。一つ、ブランドの奪い合い(ブランドスイッチ)——ほかの商品を買うはずだった人が、こちらに乗り換える分。二つ、前倒し需要(購買加速)——どうせ後で買う人が、安いうちに前もって買う分、あるいは多めに買い置きする分。三つ、カテゴリ拡大——その商品の種類そのものを、新しく買う人が増える分。
売り場が「選ばせた」と胸を張って言えるのは、主にカテゴリ拡大の分だけである。 奪い合いは、同じ棚のとなりの商品から取ってきただけだし、前倒しは、いずれ来た売上を先に受け取っただけだ。山の高さだけを見ていると、この三つが一緒くたになる。 山が高いことと、需要が増えたことは、同じではない。
33%か、75%か——同じ山を、別の道具で割った
山の中身を数字で割ろうとした研究は、一本ではない。そして、割った数字は、道具によってはっきり食い違う。
2003年に *Journal of Marketing Research* 誌40巻4号481-491頁へ出た、van Heerde・Gupta・Wittink の論文は、題名そのものが問いになっている——販促の山の75%はブランドスイッチによるものなのか、いや33%だけだ、という題である。抄録はこう書いている——“approximately 33% of the unit sales increase is attributable to losses incurred by other brands in the same category”(売上増のおよそ33%が、同じ種類のほかのブランドが失った分に由来する)。つまり、山のうち奪い合いは3分の1で、残りの多くは前倒しや買い増しだ、という推定である。
ところが、これに先立つ推定は、ほとんど逆だった。1999年に *Marketing Science* 誌18巻4号504-526頁へ出た Bell・Chiang・Padmanabhan の分解は、販促への反応の大宗はブランドの奪い合いで、購買の前倒しは4分の1ほどだ、という一般化を示していた。ざっと数字にすれば、75%対25%である。
同じ「山」を見て、片方は奪い合い33%と言い、もう片方は75%と言う。 これは、どちらかが嘘をついているのではない。測る道具と、山の割り方の前提が違う。 van Heerde 2003 は、Bell 1999 らの推定を、別の分解の方法で見直した再検証である。だから、33%と75%は、対立する二つの正解ではなく、同じ現象を別の物差しで測った二つの数字として、幅のまま並べておくのが正確である。どちらか一つを「本当のところ」として抜き出して引くと、その瞬間に話が変わる。
それでも、売り場には「効く面」が確かにある
ここまで削ると、売り場は何もできない、と読めてしまう。そうではない。売り場が客の決定に食い込む余地は、実データではっきり測られている。
2009年に *Journal of Marketing* 誌73巻5号19-29頁へ出た Inman・Winer・Ferraro の研究は、店に入る前には決めていなかった買い物——非計画購買——が、どれくらいの確からしさで起きるかを調べた。抄録はこう書いている——“the baseline probability of an unplanned purchase is 46%”(非計画購買が起きる基準の確からしさは46%である)。店に入る前には決めていなかった買い物が、それだけの割合で起きている。つまり、売り場は、客がまだ決めていない部分に対しては、確かに働きかける余地を持っている。
大事なのは、この「効く面」と、さきほどの「山の中身」を、混ぜないことである。売り場は、まだ決めていない客の背中を押す面では効く。 だが、その効いた分が、新しい需要なのか、奪い合いなのか、前倒しなのかは、山の高さだけを見ても分からない。効く面があることと、効いた中身が純増であることは、別の話である。
山のうしろには、たいてい谷がある
前倒しには、代償がある。安いうちに買い置きした客は、しばらく買いに来ない。 だから、販促の山のうしろには、しばしば売上の谷が続く。この谷まで含めて数えないと、山の高さは、売り場の手柄を実際より大きく見せる。
2004年に *Marketing Science* 誌23巻3号317-334頁へ出た van Heerde・Leeflang・Wittink は、店ごとのデータを使って、この山を、自分のブランドの前倒し、ほかのブランドからの侵食、そして種類そのものの拡大に、より細かく分解した。1982年に *Journal of Marketing Research* 誌19巻1号72-86頁へ出た Wilkinson・Mason・Paksoy は、店の中で条件を変える実験を組み、値下げ・陳列・チラシがそれぞれどれだけ効くかを分けて測っている。そして1995年に *Marketing Science* 誌14巻3号G122-G132頁へ出た Blattberg・Briesch・Fox は、販促研究の実証的な一般化をまとめ、山の中心は前倒しと奪い合いであって、恒常的な底上げ——販促が終わったあとも続く売上の押し上げ——は乏しい、と整理した。
四十年ぶんの店データが繰り返し言っているのは、売り場は短期の山を作れる、ということと、その山の多くは時間か、となりの棚から借りてきたものだ、ということの両方である。
時間・変化:1982年から2009年まで
順に置く。1982年、Wilkinson らが店内の実験で、値下げ・陳列・チラシの相対的な効果を分けて測る。1995年、Blattberg らが、山の中心は前倒しと奪い合いで、恒常的な底上げは乏しい、と実証的な一般化をまとめる。1999年、Bell らが、販促反応の大宗は奪い合い(およそ75%)と分解する。2003年、van Heerde らが、同じ問いを別の道具で見直し、奪い合いは33%だけだと再検証する。2004年、van Heerde らが店データで山をさらに細かく分ける。2009年、Inman らが、非計画購買の基準確率は46%と示し、売り場が効く面をはっきりさせる。
この二十数年で確からしくなったのは、「この陳列なら必ず選ばれる」のほうではない。 確からしくなったのは、売り場は短期の山を確かに作れるが、その山の多くは前倒しと奪い合いで、種類全体としての純増は小さい、という向きのほうである。そして、33%か75%かという数字そのものは、いまも道具しだいで動く。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、山の高さを、そのまま売り場の手柄として読むことである。跳ね上がりは目に見えるし、気持ちがいい。だが、その山の中に、奪い合いと前倒しがどれだけ混じっているかは、高さを見ても分からない。
標本の偏りも断っておく。ここまでの実証の多くは、大きな小売のスキャンデータ——レジを通った記録を大量に集めたもの——から採られている。手渡しで売る商い、狭い商圏の店、種類のごく少ない品ぞろえが、同じ振る舞いをするとはかぎらない。 数字の大きさより、山が三つの成分でできているという構造のほうを持ち帰るのがよい。
助けになるのは、自分が過去に打った売り出しを一つ選び、その山のうしろに谷があったかどうかを、自分の手元の記録だけで見返すという一手である。谷があれば、それは前倒しの証拠に近い。誰かに聞く必要はない。
最初の一歩は10分。自分がこれまでに出した売り場の仕掛け——値下げ・特別陳列・POP・チラシ・セールの告知——を一つ思い出し、それが新しく買う人を増やそうとしたものなのか、今ある需要を前倒し・奪い合いで動かそうとしたものなのか、自分の狙いを一行で書き分ける。正しいかどうかは書かない。狙いがどちらだったかに、印を付けるだけである。
次の単位は 366「販促費の効果を最大化するには?」——売り場で作ったその山に、いくらかけて、いくら戻ってくるのか、そして戻ってきたものは残るのかを扱う。
- この棚が16回くり返す見方——販促の名前が知られていることと、それがあなたの売り場で効くことは別物である。売り場の仕掛けは効かないのではなく、効く。ただし効いている中身が思っているものと違うことが多く、この単位はその中身を三つの成分に分けていく
- 販促の「山」(値下げ・特別陳列・POP で売上が跳ね上がる分)は、少なくとも三成分に分かれる。ブランドの奪い合い(ブランドスイッチ)、前倒し需要(購買加速)、カテゴリ拡大である。売り場が「選ばせた」と言えるのは主にカテゴリ拡大の分で、残りはとなりの棚からの奪い合いか、いずれ来た売上の前借りである
- van Heerde・Gupta・Wittink 2003 Journal of Marketing Research 40(4):481-491 は、題名で「山の75%は奪い合いか、いや33%だけ」と問い、売上増のおよそ33%が同じ種類のほかのブランドの失った分に由来する、と抄録で示した
- Bell・Chiang・Padmanabhan 1999 Marketing Science 18(4):504-526 は逆に、販促反応の大宗は奪い合いで前倒しは約4分の1(ざっと75%対25%)と一般化した。33%と75%は対立でなく、同じ山を別の道具で割った二つの数字であり、どちらか一つを抜き出すと話が変わる
- Inman・Winer・Ferraro 2009 Journal of Marketing 73(5):19-29 は、店に入る前に決めていなかった非計画購買が起きる基準の確からしさを46%と示し、売り場が確かに効く面を持つことを裏づけた。ただし効く面があることと、効いた分が純増であることは別である
- van Heerde・Leeflang・Wittink 2004 Marketing Science 23(3):317-334 は店データで山を自ブランドの前倒し・他ブランドからの侵食・カテゴリ拡大に分解し、Blattberg・Briesch・Fox 1995 Marketing Science 14(3):G122-G132 は山の中心は前倒しと奪い合いで恒常的な底上げは乏しいと一般化。Wilkinson・Mason・Paksoy 1982 Journal of Marketing Research 19(1):72-86 は値下げ・陳列・チラシの相対効果を店内実験で分けて測った
- 時間・変化——1982年 Wilkinson、1995年 Blattberg、1999年 Bell、2003年 van Heerde、2004年 van Heerde、2009年 Inman。確からしくなったのは「この陳列なら必ず選ばれる」ではなく、売り場は短期の山を作れるが、その多くは前倒しと奪い合いで種類全体の純増は小さい、という向きである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 売り場の仕掛け——値下げ・特別陳列・POP——を打って売上が跳ね上がったなら、それだけの客を「選ばせた」ということである | 跳ね上がり(販促の山)は、少なくとも三つの成分でできている。ほかのブランドを買うはずだった人が乗り換えるブランドの奪い合い、後で買う人が前もって買う前倒し需要(購買加速)、そして種類そのものを新しく買う人が増えるカテゴリ拡大である。売り場が「選ばせた」と言えるのは主にカテゴリ拡大の分で、残りは、となりの棚から取ってきた分か、来月ぶんの前借りである。山の高さだけを見ると、この三つが一緒くたになる |
| 販促の山の何割が奪い合いかは、きちんと測れば一つの正しい数字が出る | 2003年に Journal of Marketing Research 誌40巻4号481-491頁へ出た van Heerde・Gupta・Wittink は、売上増のおよそ33%が同じ種類のほかのブランドの失った分に由来する、と示した。だが1999年の Bell・Chiang・Padmanabhan の分解は、大宗は奪い合いで前倒しは4分の1ほど(ざっと75%対25%)としていた。33%と75%は、対立する二つの正解ではなく、同じ山を別の道具で割った二つの数字である。どちらか一つを本当のところとして抜き出すと、話が変わる |
| 売り場の効果はほとんど奪い合いと前倒しだから、店頭でできることは大してない | それも言いすぎである。2009年に Journal of Marketing 誌73巻5号19-29頁へ出た Inman・Winer・Ferraro は、店に入る前には決めていなかった買い物——非計画購買——が起きる基準の確からしさを46%と示した。売り場は、客がまだ決めていない部分に対しては確かに働きかける。効く面があることと、効いた分が種類全体の純増であることは、別の話として分けて扱えばよい |
皮肉なのは、いちばん高い山を作れた売り出しほど、「うちの売り場は選ばせる力がある」と言い切りたくなることである。だが、山の高さは、売り場の力を測っていない。奪い合いと前倒しと純増を、一緒くたに測っているだけだ。山がいちばん高く見えるとき、たいていそれは、となりの棚から借りた分と、来月ぶんの前借りが、まだ谷になって返ってきていないだけかもしれない。
Q1. 販促の「山」は少なくとも三つの成分に分かれる——ブランドの ____ 、後で買う人が前もって買う ____ 需要、そして種類そのものを新しく買う人が増える ____ 拡大である。売り場が「選ばせた」と言えるのは主に最後の分だけである。穴埋め
Q2. van Heerde・Gupta・Wittink 2003 と Bell・Chiang・Padmanabhan 1999 が、販促の山に占める奪い合いの割合を、それぞれおよそ33%と約75%と推定したことについて、正しい読み方はどれか。選択
Q3. Inman・Winer・Ferraro 2009 が示した非計画購買の基準確率46%は、売り場について何を裏づけるか。「効く面」と「純増」という二つの言葉を使って、混同してはいけない点にも触れて答えよ。一問一答
Q4. 販促の「山」のうしろに、しばしば売上の「谷」が続くのはなぜか。その谷まで数えないと、何を見誤ることになるか。一問一答
Q5. この単位が扱った研究を、年の早い順に並べよ。(ア)van Heerde らが別の道具で奪い合いは33%だけと再検証(イ)Wilkinson らが店内実験で値下げ・陳列・チラシを分けて測る(ウ)Inman らが非計画購買の基準確率を46%と示す(エ)Bell らが奪い合いが大宗(およそ75%)と分解並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分がこれまでに打った売り出し——値下げ・特別陳列・POP・チラシ・セールの告知など——を一つ選ぶ。手元にある記録(売上メモ・在庫の減り・注文の履歴・レジ記録など、いま見られるもの)から、その売り出しの前・最中・直後の三つの期間の売上や動きを思い出せる範囲で書き写す。次に、その売り出しの狙いが『新しく買う人を増やす』ものだったか、『今ある需要を前倒し・奪い合いで動かす』ものだったかを、自分の意図として一行で書く。最後に、売り出しの直後に売上や動きが平常より落ち込んだ期間(谷)があったかどうかに、あった・なかった・分からない、のいずれかで印を付ける。客に聞いたり、新しく値引きを試したりする必要はない。あくまで自分の過去の記録と自分の意図だけで完結させる。一人で全部を回している場合も、そのまま同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- van Heerde H.J., Gupta S., Wittink D.R. (2003) ‘Is 75% of the Sales Promotion Bump Due to Brand Switching? No, Only 33% Is’, Journal of Marketing Research 40(4):481-491 — doi.org
- Bell D.R., Chiang J., Padmanabhan V. (1999) ‘The Decomposition of Promotional Response: An Empirical Generalization’, Marketing Science 18(4):504-526 — doi.org
- van Heerde H.J., Leeflang P.S.H., Wittink D.R. (2004) ‘Decomposing the Sales Promotion Bump with Store Data’, Marketing Science 23(3):317-334 — doi.org
- Inman J.J., Winer R.S., Ferraro R. (2009) ‘The Interplay Among Category Characteristics, Customer Characteristics, and Customer Activities on In-Store Decision Making’, Journal of Marketing 73(5):19-29 — doi.org
- Wilkinson J.B., Mason J.B., Paksoy C.H. (1982) ‘Assessing the Impact of Short-Term Supermarket Strategy Variables’, Journal of Marketing Research 19(1):72-86 — doi.org
- Blattberg R.C., Briesch R., Fox E.J. (1995) ‘How Promotions Work’, Marketing Science 14(3):G122-G132 — doi.org