「年間計画で販促は安定する」——だが、頻度を埋めるほど、客は次の値引きを待つ
年間の販促カレンダーを組んで値引きを計画的に回せば、売上は安定する、と教わる。皮肉なことに、頻度を埋めるほど、客は次の値引きを待つようになる。長期パネルでは、値引きを重ねるほど客は値引きに敏感になり、参照価格が下がり、販促後の好みも下がる。ただし条件しだいで、小さな売り手が前向きに伸びることもある。
前の単位では、一回のキャンペーンに勝ち筋の型があるのかを扱った。ここでは、それを一年の予定として並べたとき——販促の頻度とカレンダーが、狙いどおりに売上を安定させるのかを扱う。
この棚が何度も戻ってくる見方を、ここでも一度だけ触れておく——原理が実在することと、あなたの手元で効くことは別物である。 「計画的に値引きを回せば安定する」という段取りも、段取りが整うことと、狙った効果が出ることは、別の話である。
値引きを重ねるほど、客は値引きに敏感になる
年間の販促でいちばん使われる手は、値引きである。定期的に安くして、来てもらう。では、値引きを計画的に重ねると、何が起きるのか。1997年に *Journal of Marketing Research* 誌 34(2):248-261 へ出た Mela・Gupta・Lehmann は、消費者の購買を長い期間にわたって追いかけたパネルデータで、これを測った。
抄録の結論はこうだ——“consumers become more price and promotion sensitive over time because of reduced advertising and increased promotions”(消費者は、広告が減り販促が増えることによって、時とともに価格と販促により敏感になる)。つまり、値引きを重ねるほど、客は値引きそのものに敏感になっていく。 定価では動きにくくなり、次の値引きを待つようになる。安定させるつもりの計画が、「安いときにだけ動く客」を、自分の手で育てていくという向きである。
毎日安売りか、時々の目玉か——それは粗利の算術
年間計画では、値付けの方針をどちらに寄せるかも問われる。いつも低めにするか、普段は通常価格で時々ぐっと下げるか。どちらが得なのか。1994年に *Journal of Marketing* 誌 58(4):16-27 へ出た Hoch・Drèze・Purk は、この二つを実地で比べた。
結論を乱暴に言えば——どちらが優れているかは、値下げの派手さではなく、粗利の算術で決まる。 いつも低めにする方針は、来店の頻度では有利に働く面があるが、一つ売るごとの利幅を削る。時々の目玉は、その日の集客はつくるが、常連が目玉のときだけ買うようになれば利幅を失う。「どちらかが一律に得」という答えはなく、自分の仕入れ・客層・棚の事情の算術しだいだ、という話である。(どの小売の値付けが正しいか、という是非の断定は、ここではしない。二重価格などの表示の線引きは、この棚の別の単位が法の事実として扱う。)
頻繁な販促は「次も安くなる」という期待を作る
なぜ、客は値引きに敏感になっていくのか。その仕組みの一つを、1992年に *Journal of Marketing Research* 誌 29(1):90-100 へ出た Kalwani・Yim が、実験で示した。彼らが見たのは——販促が頻繁だと、客は「次もどうせ安くなる」という期待を持ち、頭の中の「これくらいが普通の値段」という基準(参照価格)そのものが下がっていく、という向きである。
いちど参照価格が下がると、通常価格が「高い」と感じられるようになる。販促は、その場の売上を前借りするだけでなく、次に定価で売るときの土台を、少しずつ掘り下げていく。 計画的に頻度を上げるほど、この効果も積み上がる。
販促のあと、ブランドへの好みはむしろ下がりがち
では、販促が終わったあと、客のブランドへの気持ちはどうなるのか。2006年に *Journal of Retailing* 誌 82(3):203-213 へ出た DelVecchio・Henard・Freling は、この問いを多数の研究から束ねたメタ分析で答えた。総じての向きは——販促のあと、そのブランドへの好みは下がる方向に動きやすく、とくに値引き(金銭的な販促)でその傾きが目立つ。
購買そのものの後効果も測られている。1994年に *Journal of Advertising Research* 誌 34(4):11-21 へ出た Ehrenberg・Hammond・Goodhardt は、価格販促のあと、購買はおおむね元の水準に戻り、持続的な底上げは見られないと示した。販促は山をつくるが、山のあとに残るのは、下がった好みと、元に戻った購買であることが多い。
ただし、一律に無効ではない——効く条件もある
ここで、行きすぎを止めておく。販促がいつでも逆効果だ、というのは言いすぎである。 2008年に *Journal of Marketing Research* 誌 45(3):293-306 へ出た Slotegraaf・Pauwels は、ブランドの資産と革新が、販促の長期効果をどう変えるかを調べ、こう要約する——“positive sales evolution from promotional efforts is fairly common, especially for small brands”(販促努力による売上の前向きな伸びは、とくに小さなブランドではかなりよく見られる)。
つまり——強みや目新しさのある小さな売り手にとっては、販促がきっかけになって前向きに伸びることも、珍しくない。 手渡しのお知らせも、小さな店の売り出しも、頭ごなしに否定されるものではない。要は、「計画すれば必ず安定する」でも「値引きは必ず身を削る」でもなく、条件しだいだ、ということである。年間計画の値打ちは、頻度を機械的に埋めることではなく、この条件を自分の手元で見分けることにある。
時間・変化:1992年から2008年まで
順に置く。1992年、Kalwani・Yim が、頻繁な販促は「次も安くなる」期待と参照価格の低下を生むと示す。1994年、Hoch らが、毎日安売りと時々の目玉の優劣は粗利の算術で決まると示し、Ehrenberg らが、価格販促の後、購買は元の水準に戻ると示す。1997年、Mela らが、長期パネルで消費者は時とともに価格・販促に敏感になると示す。2006年、DelVecchio らが、販促後のブランド選好は下がりやすいとメタ分析で示す。2008年、Slotegraaf・Pauwels が、小さなブランドでは販促で前向きに伸びることも珍しくないと示す。
この間に確からしくなったのは、「年間計画で販促は安定する」という約束のほうではない。 確からしくなったのは、値引きの常態化は客を値引きに敏感にし、参照価格を下げ、販促後の好みを下げやすい——ただし条件しだいで効く場合もある、という向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、カレンダーの空白を、値引きや販促で機械的に埋めていくことである。頻度を上げるほど計画は埋まって安定して見えるが、埋めた分だけ、客は次の値引きを待つようになる。
標本の偏りも断っておく。ここで引いた実証の多くは、スーパーマーケットや日用品の、比較的大きな市場の購買データから採られている。 手渡しの告知や、常連中心の小さな商いが、同じ規則で動くとはかぎらない。販促そのものが悪いのでも、計画が無駄なのでもない。「頻度を計画的に上げれば安定する」という約束だけが、支えられていない。
助けになるのは、他人の販促暦ではなく、自分の過去の値引き・売り出しの記録を、頻度と間隔の目で見返すという一手である。いつ・どれくらいの間隔で・どれだけ下げたかを、並べて眺める。
最初の一歩は10分。自分が過去1年に出した値引き・セール・特典の記録を思い出せるだけ書き出し、それぞれに「時期」と「下げ幅(おおよそ)」を添えて、時間順に並べる。 どれが効いたかの判定はしない。間隔が詰まっている時期はどこか、同じ時期に毎年やっているものはどれか、だけを見て印を付ける。 印が固まっていれば、そこが「客が待つ時期」を自分で作っている場所かもしれない。他人の値付けを調べたり、いま値付けを変えたりする必要はない。
次の単位は 365「売り場で選ばせるには?」——年間の計画から現場へ降りて、店頭や売り場で実際に手に取ってもらう仕掛けが、どこまで効くのかを確かめる。
- 1997年に Journal of Marketing Research 誌 34(2):248-261 へ出た Mela・Gupta・Lehmann は、長期のパネルデータで、消費者は広告が減り販促が増えることによって時とともに価格・販促に敏感になると示した。値引きを重ねるほど客は値引きそのものに敏感になり、定価で動きにくくなって次の値引きを待つ。安定させるつもりの計画が、安いときだけ動く客を自分で育てていく
- 1994年に Journal of Marketing 誌 58(4):16-27 へ出た Hoch・Drèze・Purk は、毎日安売り(EDLP)と時々の目玉(HiLo)の優劣が値下げの派手さではなく粗利の算術で決まると示した。どちらかが一律に得という答えはなく、自分の仕入れ・客層・棚の事情の算術しだいである。特定小売の値付けの是非は断定しない
- 1992年に Journal of Marketing Research 誌 29(1):90-100 へ出た Kalwani・Yim は実験で、頻繁な販促が「次もどうせ安くなる」という期待と、頭の中の普通の値段という基準(参照価格)の低下を生むと示した。参照価格が下がると通常価格が高く感じられ、販促はその場の売上を前借りしつつ次に定価で売る土台を掘り下げていく
- 2006年に Journal of Retailing 誌 82(3):203-213 へ出た DelVecchio・Henard・Freling のメタ分析は、販促のあとブランドへの好みが下がる方向に動きやすく、とくに金銭的な販促でその傾きが目立つと示した。加えて Ehrenberg・Hammond・Goodhardt 1994 Journal of Advertising Research 34(4):11-21 は、価格販促の後、購買が元の水準に戻り持続的な底上げは見られないと示した
- 2008年に Journal of Marketing Research 誌 45(3):293-306 へ出た Slotegraaf・Pauwels は、販促努力による売上の前向きな伸びが、とくに小さなブランドではかなりよく見られると示した。強みや目新しさのある小さな売り手には販促がきっかけで伸びることも珍しくなく、販促はいつでも逆効果というのは言いすぎである
- 年間計画の値打ちは、頻度を機械的に埋めることではなく、販促が効く条件を自分の手元で見分けることにある。カレンダーの空白を値引きで機械的に埋めるほど計画は安定して見えるが、埋めた分だけ客は次の値引きを待つようになる。販促そのものが悪いのではなく、頻度を上げれば安定するという約束だけが支えられていない
- この間に確からしくなったのは年間計画で販促は安定するという約束ではなく、値引きの常態化は客を値引きに敏感にし(Mela 1997)、参照価格を下げ(Kalwani・Yim 1992)、販促後の好みを下げやすい(DelVecchio 2006)——ただし条件しだいで効く場合もある(Slotegraaf・Pauwels 2008)、という向きである。実証の多くは大規模な日用品の購買データから採られている
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 年間の販促カレンダーを組み、値引きを計画的に回せば、売上は安定する | 頻度を上げるほど、客は値引きに敏感になり、次の値引きを待つようになる。Mela ら 1997 Journal of Marketing Research 34(2):248-261 は長期パネルで消費者が時とともに価格・販促に敏感になると示し、Kalwani・Yim 1992 は頻繁な販促が参照価格を下げると示した。安定させるつもりの計画が、安いときだけ動く客を育てることがある。ただし Slotegraaf・Pauwels 2008 が示すとおり条件しだいで効く場合もあり、一律に無効ではない |
| 定期的な値引きは、その場で売れるだけで、ブランドを傷つけはしない | 販促のあと、ブランドへの好みはむしろ下がりやすい。DelVecchio ら 2006 Journal of Retailing 82(3):203-213 のメタ分析は販促後のブランド選好が下がる方向で、とくに金銭的な販促で目立つと示した。Ehrenberg ら 1994 Journal of Advertising Research 34(4):11-21 は価格販促の後、購買が元の水準に戻り持続的な底上げは見られないと示している。山のあとに残るのは下がった好みと元に戻った購買であることが多い |
| 毎日安売り(EDLP)のほうが、時々の目玉(HiLo)より必ず得だ | どちらが優れているかは値下げの派手さではなく粗利の算術で決まる。Hoch・Drèze・Purk 1994 Journal of Marketing 58(4):16-27 は、いつも低めの方針は来店頻度で有利な面があるが一つ売るごとの利幅を削り、時々の目玉は集客をつくるが常連が目玉時だけ買えば利幅を失うと示した。一律にどちらが得という答えはなく、自分の仕入れ・客層・棚の事情の算術しだいである |
皮肉なのは、カレンダーの空白を几帳面に埋めた人ほど、「これで一年、安定する」と言いたくなることである。だが埋めた頻度の分だけ、客は次の値引きを待つように育つ。値引きは客を値引きに敏感にし、参照価格を下げ、販促後の好みを下げやすい——ただし条件しだいで前向きにも転ぶ。安定という言葉は、埋まったカレンダーを見ると本当らしく感じられる。感じられるのは、埋めた頻度が客の期待に何を書き込んだかを、カレンダーが教えてくれないからである。
Q1. Mela ら1997が長期パネルで示したのは、消費者が広告が減り販促が増えることで、時とともに ____ と ____ により敏感になる、ということだった。だから値引きを重ねるほど、客は定価で動きにくくなり、次の ____ を待つようになる。穴埋め
Q2. Kalwani・Yim 1992が示した、頻繁な販促が客の頭の中に起こす変化を、「参照価格」という言葉を使って説明せよ。それが通常価格の売り方にどう響くか。一問一答
Q3. 販促が終わったあとのことについて、DelVecchio ら2006とEhrenberg ら1994が示した向きはどれか。選択
Q4. Slotegraaf・Pauwels 2008を添えることで、この単位は「値引きは必ず身を削る」という断定をどう避けているか。効く条件に触れて答えよ。一問一答
Q5. この単位が扱った研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Mela らが長期パネルで価格・販促感応の高まりを示す(イ)Kalwani・Yim が頻繁な販促と参照価格の低下を実験で示す(ウ)Slotegraaf・Pauwels が小さなブランドでの前向きな伸びを示す(エ)DelVecchio らが販促後のブランド選好の低下をメタ分析で示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分が過去1年に出した値引き・セール・特典・おまけを、思い出せるだけ書き出す。それぞれに『時期(いつ頃か)』と『下げ幅・特典の大きさ(おおよそでよい)』を添えて、時間順に並べる。どれが効いたかの判定はしない。並べたうえで、間隔が詰まっている時期はどこか、毎年同じ時期に繰り返しているものはどれか、だけを見て印を付ける。印が固まっている場所があれば、そこが『客が次の値引きを待つ時期』を自分で作っている場所かもしれない、とだけ書き添える。他人の値付けを調べたり、いま値付けを変えたりする必要はない。一人で全部を回している場合も、そのまま同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Mela C.F., Gupta S., Lehmann D.R. (1997) 'The Long-Term Impact of Promotion and Advertising on Consumer Brand Choice', Journal of Marketing Research 34(2):248-261 — doi.org
- Hoch S.J., Drèze X., Purk M.E. (1994) 'EDLP, Hi-Lo, and Margin Arithmetic', Journal of Marketing 58(4):16-27 — doi.org
- Kalwani M.U., Yim C.K. (1992) 'Consumer Price and Promotion Expectations: An Experimental Study', Journal of Marketing Research 29(1):90-100 — doi.org
- DelVecchio D., Henard D.H., Freling T.H. (2006) 'The effect of sales promotion on post-promotion brand preference: A meta-analysis', Journal of Retailing 82(3):203-213 — doi.org
- Slotegraaf R.J., Pauwels K. (2008) 'The Impact of Brand Equity and Innovation on the Long-Term Effectiveness of Promotions', Journal of Marketing Research 45(3):293-306 — doi.org
- Ehrenberg A.S.C., Hammond K., Goodhardt G.J. (1994) 'The After-Effects of Price-related Consumer Promotions', Journal of Advertising Research 34(4):11-21 — doi.org