広げるほど活きる、の裏で、輪郭は緩んでいく
強い名前があるなら、その名前で広げるほど得だ——横展開の触れ込みはそう言う。ところが実験室では、中途半端に「ブランドらしい」拡張ほど、外したときに親ブランドの信念を薄める。しかも、薄まるかどうかを決めるのは、広げる側ではなく、受け取る側の頭の中である。
前の単位では、古びたブランドを刷新で蘇らせるという話を扱った。ここでは逆に、うまくいっているブランドを、その名前でどこまで広げてよいのか——広げすぎることの害を扱う。
この単位が扱うのは一点——「強いブランドがあるなら、その名前で新しい商品やカテゴリーに広げるほど、資産が活きる」という言い方が、広げることの害を、まったく数えていないことである。まず言葉をほどく。ブランド拡張とは、既にある名前を使って、新しいカテゴリーや商品へ手を広げること。希釈(dilution)とは、その拡張が、もとのブランドについて人々が抱いている思い(信念)を、薄めてしまうこと。適合(fit)とは、拡張する先が、もとのブランドとどれくらい噛み合っているか、である。そして、ここで一度、この棚が繰り返してきたことを思い出す——連想は、その持ち主が消費者の側にある。 拡張で新しい意味を足そうとしても、もとの名前が人々の頭の中で何と結びついているのかは、こちらから完全には動かせない。だから拡張は、資産を「使う」というより、資産を「賭ける」に近い。
不整合な拡張は、親ブランドの信念を薄める
1993年に *Journal of Marketing* 57(3):71-84 へ出た研究(Loken・John)は、この「薄める」を、実験で確かめた。論文の言葉を借りれば——拡張の属性が、もとの(ファミリー)ブランドについての信念と食い違うとき、希釈は現に起きる(“…dilution effects do occur when extension attributes are inconsistent with [family brand] beliefs.”)。ただし、無条件ではない。続けてこう書く——しかし、消費者がその拡張を、ブランドにとって非典型(atypical=いかにもそのブランドらしくない、外れたもの)だと受け取り、その「らしくなさ」が、信念を思い浮かべる時点で際立っているときには、希釈は起きにくい(“However, they are less likely to emerge when consumers perceive the extension as atypical of the brand, and typicality is salient at the time brand beliefs are assessed.”)。つまり、中途半端に「ブランドらしい」拡張ほど、外すと親を薄める。いかにも外れているものは「あれは別物」と切り離されるが、惜しいところで噛み合わない拡張は、もとの信念に混ざり込んで、それを薄めてしまう。
なぜ薄まるのか——二つの見方
この研究は、なぜ希釈が起きたり起きなかったりするのかを、二つの理論の見方で説明できると整理した(“…‘bookkeeping’ versus ‘typicality-based’ models.”)。ひとつは帳簿づけ(bookkeeping)——人は新しい情報を一つずつ、ブランドの帳簿に書き足していく、という見方である。この見方だと、外れた拡張の情報も帳簿に載り、平均が動いて、信念が薄まる。もうひとつは典型性にもとづく(typicality-based)見方——人は、その拡張がブランドの典型からどれだけ外れているかで、情報を受け入れるかどうかを決める、という見方である。外れすぎたものは「例外」として隔離され、帳簿には載らない。どちらの見方が効くかは条件しだいで、そこが、希釈の起きる場合と起きない場合を分ける。ここで大事なのは、薄まるかどうかを決めるのは、拡張する側ではなく、受け取る側の頭の中の仕組みだ、ということである。
拡張の失敗は、親に返る
「広げてみて、ダメならその商品だけやめればいい。もとのブランドは無傷だ」。これも素朴な前提である。2003年に *Journal of Product & Brand Management* 12(7):432-448 へ出た研究(Martínez・Pina)は、拡張がもとのブランドのイメージに負の影響を及ぼしうることを実証した。噛み合わなかった経験や、ちぐはぐな印象は、その商品の中に閉じ込められず、もとの名前のイメージへ、流れ戻ってくる。ブランドは一つの名前を共有しているから、末端で起きたことが、根のイメージにまで届く。だから拡張の損は、拡張したところだけでは済まないことがある。広げるという行いは、いちばん守りたい根っこを、いちばん遠い枝先の出来事に、さらすことでもある。
適合しない拡張は、そもそも評価されない
では、どんな拡張なら受け入れられるのか。この問いの古典が、1990年に *Journal of Marketing* 54(1):27-41 へ出た研究(Aaker・Keller)である。ここでは、拡張の評価が、もとのブランドの品質と、拡張先との適合(fit)によって左右されることを示した由緒として、最小限だけ触れておく。噛み合わない拡張は、そもそも良い評価を得にくい。2006年の *Journal of Marketing* 70(2):18-34(Völckner・Sattler)は、拡張が成功する条件(規定因)を実証的に調べ、「名前があれば何でも立ち上がる」わけではないことを裏づけた。1992年の *Journal of Marketing Research* 29(1):35-50(Keller・Aaker)は、拡張を出す順番——どんな順で広げるか——でも結果が変わることを示し、2012年の *Journal of Marketing Research* 49(3):373-382(Sood・Keller)は、名前の付け方(別のサブブランドにするなど)によって、親が薄まるのをいくらか和らげられることを示した。ここで因果を反転させてはいけない。 これらは「適合すれば成功する」という処方箋ではない。「適合しないものは、そもそも評価されない」「広げ方しだいで、薄まりようも変わる」という、拡張の条件性の話である。広げれば活きるのではない。噛み合う狭い範囲の中でだけ、活きることがある、というのが実証の言い分である。
時間・変化:1990年から2012年まで
順に置く。1990年、拡張の評価が、もとの品質と適合で左右されることが示される(拡張評価の由緒)。1992年、拡張を出す順番でも結果が変わることが示される。1993年、不整合な拡張が親ブランドの信念を薄めること、しかもそれが条件しだいであることが、実験で実証される。2003年、拡張の負の影響が、もとのイメージへ流れ戻ることが示される。2006年、拡張成功の規定因が実証され、「名前があれば何でも」ではないことが裏づけられる。2012年、名前の付け方で希釈を和らげられることが示される。
二十年あまりで確からしくなったのは、「広げるほど資産が活きる」ではなく、「拡張は親を薄めもする行いで、薄まるかどうかは受け取る側の頭が決め、活きるのは噛み合う狭い範囲の中だけ」という向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「この名前なら、次のあれもいける」という手応えである。名前が知られてきたときほど、その手応えは強くなる。だが、その手応えは、拡張が親を薄める危険までは、教えてくれない。
標本の偏りも断っておく。ここまでの実験の多くは、ある程度知られたブランドと、まとまった数の参加者を使って測られている。まだ名前が知られていない小さな商いでは、そもそも「薄まる親の信念」が、はっきり形になっていないこともある。 拡張の害は、守るべき資産があってこそ、はじめて問題になる。だから、これは「広げるな」という話ではない。広げるなら、何を賭けているのかを知って広げる、という話である。
助けになるのは、自分の名前が、いま人々の頭の中で何と結びついているのかを書き出し、どこまで広げると、その結びつきが薄まりそうかを、自分で見立てることである。誰かに聞いて回るのではない。自分が積み上げてきた意味を、自分の言葉で並べ、その隣に、広げたい先を置いてみる。
最初の一歩は10分。自分の屋号や商品名を一つ選び、(1)その名前は、いま何と結びついているか(何をする人・店だと思われているか)を、三つほど書く。(2)広げてみたい先を、一つ書く。(3)その広げ先は、いまの結びつきと噛み合っているか、それとも「惜しいところで外れる」拡張か——を見立てる。噛み合わないなら、それは親を薄める側の拡張かもしれない、と印をつける。広げるかどうかは、いま決めなくてよい。
- 1993年に Journal of Marketing 57(3):71-84 へ出た研究(Loken・John)は、拡張の属性がもとの(ファミリー)ブランドの信念と食い違うとき希釈(dilution=信念が薄まること)が現に起きることを実験で示した。ただし無条件ではなく、拡張が非典型(いかにもそのブランドらしくない)と受け取られ、その典型性が際立つときは起きにくい
- 中途半端に「ブランドらしい」拡張ほど、外したときに親を薄める。いかにも外れているものは『別物』と切り離されるが、惜しいところで噛み合わない拡張は、もとの信念に混ざり込んで薄める。「広げるほど資産が活きる」ではなく、拡張は親を薄めもする
- Loken・John は、希釈が起きたり起きなかったりするのを、帳簿づけ(bookkeeping=情報を一つずつ書き足す)と典型性にもとづく(typicality-based=典型からの外れ具合で受け入れを決める)の二つの見方で説明した。どちらが効くかは条件しだいで、薄まるかどうかを決めるのは拡張する側ではなく受け取る側の頭の仕組みである
- 2003年に Journal of Product & Brand Management 12(7):432-448 へ出た研究(Martínez・Pina)は、拡張がもとのブランドのイメージに負の影響を及ぼしうることを実証した。噛み合わなかった経験はその商品に閉じ込められず、もとの名前のイメージへ流れ戻る。拡張の損は拡張したところだけでは済まない
- 拡張評価の古典として、1990年の Journal of Marketing 54(1):27-41(Aaker・Keller)は、評価がもとの品質と適合(fit)で左右されることを示した(由緒として最小限に触れる)。2006年の Völckner・Sattler は拡張成功の規定因を実証し、「名前があれば何でも立ち上がる」わけではないことを裏づけた
- 1992年の Keller・Aaker は拡張を出す順番でも結果が変わることを、2012年の Sood・Keller は名前の付け方(サブブランド化など)で希釈を和らげられることを示した。ただし因果を反転させてはいけない——これらは「適合すれば成功」の処方箋ではなく、拡張の条件性の話である。活きるのは噛み合う狭い範囲の中だけ
- 1990年に適合による評価、1992年に順番の効果、1993年に条件つきの希釈、2003年に親への負の返り、2006年に成功の規定因、2012年に名前の付け方——二十年あまりで確からしくなったのは、「広げるほど活きる」ではなく、拡張は親を薄めもし、薄まるかどうかは受け取る側の頭が決め、活きるのは噛み合う範囲の中だけという向きである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 強いブランドがあるなら、その名前で新カテゴリーや新商品に広げるほど、既存の資産が活きて楽に立ち上がる | 1993年の Loken・John の実験は、不整合な拡張が親ブランドの信念を薄める(希釈する)ことを示した。しかも中途半端にブランドらしい拡張ほど外すと薄める。広げるほど活きるのではなく、活きるのは噛み合う狭い範囲の中だけである |
| 拡張の失敗は、その商品だけの損で済み、もとのブランドは無傷のままだ | 2003年の Martínez・Pina は、拡張がもとのブランドのイメージに負の影響を及ぼしうることを実証した。噛み合わなかった印象は末端の商品に閉じ込められず、もとの名前のイメージへ流れ戻る。拡張の損は拡張したところだけでは済まない |
| 適合する拡張を選びさえすれば、拡張は必ず成功する | Aaker・Keller 1990 や Völckner・Sattler 2006 が示したのは「適合しないものは評価されない」という条件性であって、「適合すれば成功する」という処方箋ではない。因果を反転させてはいけない。薄まるかどうかも、最後は受け取る側の頭の仕組みが決める |
皮肉なのは、名前が強くなるほど、それを使って広げたくなり、そして広げるほど、その名前が何を意味していたのかが、ぼやけていくことである。強いブランドとは、人々の頭の中で、意味がくっきりと、狭く結ばれている状態のことだ。広げるとは、その狭さに、別の意味を足すことにほかならない。足すたびに、輪郭は少しずつ緩む。いちばん広げたくなる、いちばん強い名前が、いちばん薄めやすい。そして連想の持ち主は、最後まで、こちらの側ではない。
Q1. 1993年の Loken・John の実験によれば、拡張の属性がもとのブランドの信念と【 ① 】とき、【 ② 】(信念が薄まること)が起きる。ただし、その拡張が【 ③ 】(いかにもそのブランドらしくない)と受け取られ、それが際立つときには、起きにくい。穴埋め
Q2. 希釈が起きたり起きなかったりするのを、Loken・John が整理した二つの見方はどれか。選択
Q3. 「拡張がダメでも、その商品だけの損で、もとのブランドは無傷だ」とは言えない。2003年の Martínez・Pina が示したことに触れて、その理由を1〜2文で書け。一問一答
Q4. 「適合する拡張を選べば必ず成功する」という読み方は、なぜ実証の言っていることの取り違えなのか。因果の向きに触れて説明せよ。一問一答
Q5. この単位で扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)不整合な拡張が親の信念を薄めること、しかも条件しだいであることが実験で実証される(イ)拡張の評価がもとの品質と適合で左右されることが示される(ウ)拡張の負の影響がもとのイメージへ流れ戻ることが示される並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の屋号・店名・商品名のうち一つを選び、次の三つを書き出す。(1)その名前は、いま何と結びついているか——何をする人・店・ものだと思われているか——を、三つほど自分の言葉で書く。(2)その名前で広げてみたい先を、一つ書く。(3)その広げ先は、いまの結びつきと噛み合っているか、それとも「惜しいところで外れる」拡張か、を見立てる。噛み合わないと見立てたら、それは親を薄める側の拡張かもしれない、と印をつける。誰かに聞いて回ったり、客に反応を尋ねたりはしない。あくまで、自分が積み上げてきた意味を自分の言葉で並べ、その隣に広げ先を置いてみるだけである。広げるかどうかは、いま決めなくてよい。いま一人で全部を回している場合も、自分の屋号について同じ三つを書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Loken B., John D.R. (1993) 'Diluting Brand Beliefs: When Do Brand Extensions Have a Negative Impact?', Journal of Marketing 57(3):71-84 — doi.org
- Aaker D.A., Keller K.L. (1990) 'Consumer Evaluations of Brand Extensions', Journal of Marketing 54(1):27-41 — doi.org
- Keller K.L., Aaker D.A. (1992) 'The Effects of Sequential Introduction of Brand Extensions', Journal of Marketing Research 29(1):35-50 — doi.org
- Martínez E., Pina J.M. (2003) 'The negative impact of brand extensions on parent brand image', Journal of Product & Brand Management 12(7):432-448 — doi.org
- Völckner F., Sattler H. (2006) 'Drivers of Brand Extension Success', Journal of Marketing 70(2):18-34 — doi.org
- Sood S., Keller K.L. (2012) 'The Effects of Brand Name Structure on Brand Extension Evaluations and Parent Brand Dilution', Journal of Marketing Research 49(3):373-382 — doi.org