看板を塗り替えても、稼ぐ力は塗り替わらない
古びたブランドは、名前やロゴを刷新すれば蘇る——ブランド再生の触れ込みはそう言う。ところが、改名の株価反応を追った研究では、市場が振り向くのは数十日だけで、長期の成績は動かない。市場が評価するのは、看板を変えたときではなく、中身が変わったときである。
前の単位では、積み上げてきた名前としるしを、模倣からどう守るのかを扱った。ここでは、古びて売れなくなったブランドを、名前やロゴの刷新で蘇らせる、という触れ込みを扱う。
この単位が扱うのは一点——「リブランディングで蘇る」という言い方が、「看板を刷新すれば、中身まで再生する」という等号を、こっそり結んでいることである。まず言葉をほどく。リブランディングとは、名前・ロゴ・世界観といった、ブランドの見せ方を刷新すること。改名は、そのうち名前そのものを変えることである。この単位が扱うのは、衰退したブランドを蘇らせようとする刷新である。ここで、この単位と、この棚の最後の単位との違いを、先に決めておく。ここで扱うのは、衰えたものを蘇らせるための刷新——蘇生である。時代に合わせて絶えず手を入れ続けるという、更新の話ではない(更新は、この棚の最後の単位で別に扱う)。蘇生と更新は、動機も、変える量も、違う。ひとつ、はじめに断っておきたい。ここで挙げる研究は、刷新に失敗した会社を笑うためのものではない。うまくいかないことがあるのは、担当者の腕の問題ではなく、リブランディングという行いが、そもそも不確実だからである。刷新を勧める資料は、うまくいった話ばかりを並べる。だが、うまくいかなかった刷新は、そもそも語られないまま消えていく。
看板を変えても、経済的な実体は変わらない
まず、看板を変えると何が起きるのかを、株式市場の反応で追った研究がある。2011年に *Pacific-Basin Finance Journal* 19(2):230-244 へ出た研究(Kot)は、会社の改名(corporate name change)が、株価にどう表れ、その後の長期の成績とどう結びつくのかを調べた。読み取れるのは、改名への反応は、あっても短い期間に限られ、長期の実体の成績とは結びつかない、ということである(具体の数値は、原典を確かめて引く筋のもので、ここでは出さない)。同じ年の *Journal of Brand Management* 19(3):241-253(DeFanti・Busch)も、イメージの刷新を狙った改名の株価への効果を調べているが、やはり見えるのは短期の話にとどまる。株式を公開している会社を対象に、査読を経ていないワーキングペーパー(2013年・Mayo)も、改名の直後にわずかな反応は見えるものの、それが長続きするとは示していない。まとめれば、看板の変更は、経済的なファンダメンタルズ——会社の中身の稼ぐ力——を、それ自体では変えない。 名前を変えた瞬間に何かが起きたように見えても、その大半は、名前が変わったという知らせへの、短い反応である。なぜ短いのか。株価は、新しい知らせが入った瞬間に、それを織り込む。改名という知らせは一度きりだから、織り込まれてしまえば、あとは動く理由がない。振り向きが引いたあとに残るのは、名前が変わる前と同じ、会社の中身である。
評価されるのは、中身が変わったときだけ
では、刷新はいつ評価されるのか。2018年に *Journal of the Academy of Marketing Science* 46(5):795-812 へ出た研究(Zhao・Calantone・Voorhees)は、リブランディングの公表への市場の反応を、アイデンティティの変更(看板を変える)と戦略の変更(中身のやり方を変える)に分けて調べた。ここが肝心である。名前やロゴだけを変えたのか、それとも提供するものや戦略そのものを変えたのかで、受け取られ方が違う。看板だけを塗り替えても、その裏で何も変わっていなければ、蘇りには届かない。逆に言えば、蘇りと呼べる変化が起きたとき、それは看板のおかげというより、中身が動いたからである。刷新は、その中身の変化を知らせる役には立つ。新しい看板は、「うちは変わった」という合図になる。だが、刷新それ自体が、中身を作り替えるわけではない。 順番を取り違えて、中身が動く前に看板だけを先に変えると、知らせるべき中身がないまま、名前だけが新しくなる。合図だけが鳴って、その先に何もなければ、聞いた側は一度は振り向いても、すぐに前と同じだと気づく。看板は、中身の変化の後を追うときに効き、中身の変化の前を走ると、空回りする。
刷新は、資産を壊すこともある
もう一つ、素朴な前提がある。「古い名前で積み上げた信頼や親しみは、新しい名前へそのまま引き継がれる」。ところが、そうとは限らない。2006年に *European Journal of Marketing* 40(7/8):803-824 へ出た研究(Muzellec・Lambkin)は、リブランディングを、ブランドの資産を創ることも、移すことも、壊すこともある行いとして整理した。三つのうちどの先へ向かうかは、前もって保証されていない。
刷新は、うまくいけば新しい資産を生む。だが、蓄えてきた想起や連想が新しいブランドへ移らず、途中でこぼれ落ちれば、むしろ資産を毀損する。2008年の単一の事例研究(Muzellec・Lambkin)も、刷新のあとにブランドの構造をどう組み替えるかという、一般化しにくい難しさを描いている。「古びたら看板を変えればいい」は、安全策ではない。 変えることには、積み上げてきたものを手放す危険が、いつもついてくる。しかも、こぼれ落ちる親しみは、目盛りに出ない。増えた新鮮さは目につくが、消えた馴染みは、静かに減るだけである。だから、刷新の前と後を比べるとき、増えたものだけを数えて、こぼれたものを数え忘れると、刷新はいつも得に見えてしまう。
時間・変化:2006年から2018年まで
順に置く。2006年、リブランディングが、資産を創り・移し・壊す、そのいずれにもなりうる行いとして整理される。2008年、単一の事例で、刷新後のブランド構造を組み替える難しさが描かれる。2011年、改名の株価反応が短期にとどまり、長期の成績と結びつかないことが、イベントスタディ(ある出来事の前後の株価の動きを調べる方法)で示される。2018年、刷新への市場の反応が、看板の変更と戦略の変更とで違うことが、分けて示される。
十年あまりで確からしくなったのは、「刷新すれば蘇る」ではなく、「看板の刷新は短期の反応しか生まず、蘇りと呼べるものが起きるとしたら、それは中身が動いたときだけで、しかも刷新は資産を壊しもする」という向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「古く感じる」という気分だけで、看板を変えたくなることである。古さの居心地の悪さは本物だが、その気分は、中身が古びたのか、見せ方が古びただけなのかを、教えてくれない。
標本の偏りも断っておく。株価で測れる研究は、株式を公開している会社——ある程度大きな組織——から採られている。屋号だけで商う個人や、小さな店の刷新は、株価にも、研究のデータにも残らない。 そこでの「蘇った/蘇らなかった」は、たいてい誰にも記録されないまま過ぎていく。だから、大きな会社の改名研究を、そのまま小さな商いに当てはめることはできない。小さな商いでは、看板の刷新にかかる手間や費用の重さが、会社よりずっと肩にのしかかる、という違いもある。それでも、看板と中身は別だという骨組みは、規模が変わっても動かない。むしろ、失う馴染みが少人数の常連であるほど、こぼれ落ちは一人ひとり顔が見えるぶん、痛い。
助けになるのは、自分のブランドが「古びた」と感じるとき、それは看板が古びたのか、中身が古びたのかを、切り分けて言葉にすることである。看板だけの問題なら、刷新は見せ方を整える。中身の問題なら、看板を変えても届かない。切り分けないまま看板を変えると、中身の問題を、新しい看板で覆い隠すことになる。そして覆い隠したぶんだけ、問題は見えにくいところで残り続ける。刷新の前に問うべきは、「新しくするか」ではなく、「何が古びたのか」である。
最初の一歩は10分。自分の屋号・ロゴ・発信物のうち、「古く感じる」ものを一つ選び、(1)具体的に何が古く感じるのか、(2)それは見せ方(看板)の問題か、提供している中身の問題か、(3)もし看板を変えたら、いま積み上がっている親しみや信頼のうち、何が引き継がれ、何がこぼれそうか——を書き出す。刷新するかどうかは、いま決めなくてよい。看板と中身を、切り分けて並べるだけである。
- 会社の改名(corporate name change)の株価反応を追った研究がある。2011年に Pacific-Basin Finance Journal 19(2):230-244 へ出た研究(Kot)は、反応は短い期間に限られ、長期の実体の成績とは結びつかないことを示した。2011年 Journal of Brand Management 19(3) の DeFanti・Busch も、査読外のワーキングペーパー(2013年・Mayo)も、見えるのは短期の反応にとどまる。看板の変更は稼ぐ力それ自体を変えない
- 看板を変えた瞬間に何かが起きたように見えても、その大半は、名前が変わったという知らせへの短い反応である。数十日で引いていき、あとに残るのは改名前と同じ中身である。改名の株価反応の具体的な数値は原典を確かめて引く筋のもので、ここでは出さない
- 2018年に Journal of the Academy of Marketing Science 46(5):795-812 へ出た研究(Zhao・Calantone・Voorhees)は、リブランディングの公表への市場の反応を、アイデンティティの変更(看板)と戦略の変更(中身)に分けて調べた。名前やロゴだけを変えたのか、提供するものや戦略を変えたのかで、受け取られ方が違う
- 蘇りと呼べる変化が起きたとき、それは看板のおかげというより、中身が動いたからである。刷新は中身の変化を知らせる役には立つが、刷新それ自体が中身を作り替えるわけではない。中身が動く前に看板だけを先に変えると、知らせるべき中身がないまま名前だけが新しくなる
- 2006年に European Journal of Marketing 40(7/8):803-824 へ出た研究(Muzellec・Lambkin)は、リブランディングを、資産を創ることも移すことも壊すこともある行いとして整理した。蓄えた想起や連想が新しいブランドへ移らずこぼれ落ちれば、むしろ資産を毀損する。「古びたら看板を変えればいい」は安全策ではない
- 2008年の単一の事例研究(Muzellec・Lambkin)は、刷新後にブランドの構造を組み替える一般化しにくい難しさを描いた。こぼれ落ちる親しみは目盛りに出ない——増えた新鮮さは目につくが、消えた馴染みは静かに減るだけである。刷新に失敗した会社を笑うのではなく、リブランディングという行いの不確実さの話として扱う
- 2006年に資産の創出・移転・毀損の整理、2008年に事例の難しさ、2011年に改名の株価反応が短期にとどまること、2018年に看板と戦略で反応が違うこと——十年あまりで確からしくなったのは、「刷新すれば蘇る」ではなく、蘇りが起きるとしたら中身が動いたときだけで、刷新は資産を壊しもするという向きである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 古びて売れなくなったブランドは、名前やロゴを刷新(リブランディング)すれば新鮮さを取り戻して蘇る | 2011年の Kot の研究では、改名の株価反応は短期に限られ、長期の実体の成績とは結びつかない。看板の変更は稼ぐ力それ自体を変えない。刷新が蘇りに届くのは、中身(戦略)が動いたときだけで、刷新そのものが中身を作り替えるわけではない |
| 名前やロゴを変えれば、それ自体が前向きな変化として市場や顧客に評価される | 2018年の Zhao らの研究は、アイデンティティの変更(看板)と戦略の変更(中身)とで市場の反応が違うことを分けて示した。看板だけを塗り替えても、裏で何も変わっていなければ、蘇りには届かない |
| 古い名前で積み上げた信頼や親しみは、新しいブランドへそのまま引き継がれるので、刷新に失うものは無い | 2006年の Muzellec・Lambkin は、リブランディングが資産を創ることも移すことも壊すこともあると整理した。蓄えた想起や連想が移らずこぼれ落ちれば、資産はむしろ毀損される。増えた新鮮さは目につくが、消えた馴染みは目盛りに出ない |
皮肉なのは、看板を新しくした会社ほど、しばらくのあいだ、生まれ変わったように見えることである。知らせは新鮮で、市場も少しだけ振り向く。だが、その振り向きは数十日で静かに引いていき、あとに残るのは、名前を変える前と同じ中身である。看板を塗り替えても、稼ぐ力は塗り替わらない。そして、塗り替えるたびに、前の名前で積み上げた親しみのいくらかが、引き継がれずにこぼれ落ちていく。蘇ったように見えるのは、たいてい、まだ振り向きが引く前の、短いあいだだけである。
Q1. 2011年の Kot の研究が、会社の改名(corporate name change)の株価反応について示したことはどれか。選択
Q2. 2018年の Zhao らの研究は、リブランディングへの市場の反応を、何と何に分けて調べたか。選択
Q3. 2006年の Muzellec・Lambkin は、リブランディングを、ブランドの資産を【 ① 】ことも、【 ② 】ことも、【 ③ 】こともある行いとして整理した。蓄えた想起や連想が新ブランドへ移らずこぼれ落ちれば、資産はむしろ【 ④ 】される。穴埋め
Q4. 「看板を変えた瞬間に、会社が生まれ変わったように見える」のはなぜか。そのように見えても実際に残るものは何かに触れて、1〜2文で書け。一問一答
Q5. この単位で扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)改名の株価反応が短期にとどまり長期の成績と結びつかないことがイベントスタディで示される(イ)リブランディングが資産を創り・移し・壊す行いとして整理される(ウ)刷新への市場の反応が看板の変更と戦略の変更とで違うことが分けて示される並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の屋号・ロゴ・発信物のうち、「古く感じる」ものを一つ選び、次の三つを書き出す。(1)具体的に、何が古く感じるのか(言葉、色、見せ方、扱っている中身、そのどれか)。(2)それは見せ方(看板)の問題か、それとも提供している中身の問題か。(3)もし看板を変えたら、いま積み上がっている親しみや信頼のうち、何が引き継がれ、何がこぼれ落ちそうか。刷新するかどうかは、いま決めなくてよい。改名やロゴ変更を実行する計画に進めない。あくまで自分の手元にあるものについて、看板と中身を切り分けて並べるだけである。いま一人で全部を回している場合は、自分の屋号や発信物について、同じ三つを書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Kot H.W. (2011) 'Corporate name changes: Price reactions and long-run performance', Pacific-Basin Finance Journal 19(2):230-244 — doi.org
- Zhao Y., Calantone R.J., Voorhees C.M. (2018) 'Identity change vs. strategy change: the effects of rebranding announcements on stock returns', Journal of the Academy of Marketing Science 46(5):795-812 — doi.org
- Muzellec L., Lambkin M. (2006) 'Corporate rebranding: destroying, transferring or creating brand equity?', European Journal of Marketing 40(7/8):803-824 — doi.org
- Muzellec L., Lambkin M. (2008) 'Corporate Rebranding and the Implications for Brand Architecture Management: The Case of Guinness (Diageo) Ireland', Journal of Strategic Marketing 16(4):283-299 — doi.org
- DeFanti M.P., Busch P.S. (2011) 'Image-related corporate name changes: Their effect upon firms stock prices', Journal of Brand Management 19(3):241-253 — doi.org
- Mayo R. (2013) 'Do Corporate Name Changes Affect Share Price? An Event Studies Analysis of Corporate Rebranding on the NYSE', MPRA Paper 98432(ワーキングペーパー・査読外) — mpra.ub.uni-muenchen.de