登録は独占ではない。混同のおそれの、手前で止まる
商標を登録すれば、名前もロゴも守られ、真似されない——出願サービスの案内はそう言う。ところが実験室では、模倣は「混同だ」と言い切りにくいぎりぎりの手前まで寄せられ、しかもそのとき、買い手の頭のなかでは混同が現に起きている。登録が守るのは、混同のおそれの、その手前までである。
前の単位では、強いブランドが価格プレミアム——同じ品でも高く受け入れられること——として表れるという話を扱った。ここでは、そうやって積み上げてきた名前としるしを、模倣からどう守るのかを扱う。ここから段はひとつ進んで、築いたブランドを守り、蘇らせ、広げ、更新する——資産の防衛と更新の段に入る。
この単位が扱うのは一点——「商標を登録しておけば、名前もロゴも法的に守られ、真似されない」という言い方が、「登録=独占=安全」まで一気に飛んでいることである。まず言葉をほどく。商標とは、自分の商品やサービスを他と見分けるための名前やしるしを、登録して独り占めして使える状態にした権利である。トレードドレスとは、色や形や装いといった、見た目の全体の印象を指す。不正競争防止とは、広く知られた表示にただ乗りする行為などを、商標とは別の筋で止めるしくみである。ひとつ断っておく。商標の権利化や、侵害されたときの具体的な対応は、法務の領域と重なる。この単位は法律の解釈には踏み込まない。制度が何を守り、何を守らないのか、そして模倣や名前の枯渇について実際に測られたことは何か——その事実の提示までにとどめる。
登録が守るのは「混同のおそれ」までで、模倣はその手前まで寄せられる
商標の制度は、たいていの国で、混同のおそれ——買い手が別のものと取り違える危険——があるときに、模倣を止める。この考え方は、ほとんどの国に共通している。1995年に *Psychology & Marketing* 12(6):551-568 へ出た研究(Kapferer)も、まずそこを確認する——多くの国で、混同のおそれがあれば、模倣は非難される(“In most countries, imitation is condemned if there is risk of confusion.”)。裏を返せば、混同のおそれが立ちにくいところまで似せられると、止めにくい。この研究は、その「混同のおそれ」という法律の概念を、実験で測れる現象として調べた。論文はこう書く——模倣は、有名なブランドの装いに“類似の後光(halo of resemblance)”を作ることを狙い、それをもとに買い手が、使い道・中身・出どころの似ていることを推し量ってしまう(“The close imitation of a national brand trade dress aims at creating a ‘halo of resemblance,’ the basis of which consumers may make inferences about similarity of use, content, and origin.”)。そのうえで、混同があるかどうかを、ごく短い時間だけ画像を見せる装置(タキストスコープ)を使った実験で確かめようとした(“This paper is to test for the presence of confusion by means of a tachistoscopic experiment.”)。結果として、混同は現に起きる。つまり模倣する側は、そっくりだが「混同だ」とは言い切りにくいぎりぎりの手前まで寄せられ、しかもそのとき、買い手の頭のなかでは混同が実際に起きている。登録があっても、この手前で寄せられると、守り切れない。 登録の証書は、模倣を「止められる」ことの証明ではなく、「止める筋がある」ことの手がかりにすぎない。
登録できる名前の空間は、無限ではない
もう一つ、素朴な前提がある。「良い名前を、早く登録して、押さえてしまえばいい」。この言い方は、登録できる名前の空間が、いくらでもあることを暗に置いている。ところが、それも怪しい。2018年の *Harvard Law Review* 131巻に載った大規模な実証は、アメリカの商標登録のデータを丸ごと解析して、望ましい語や登録できるしるしが、枯渇(depletion=使える語が減ること)と混雑(congestion=似た登録がひしめくこと)に向かっていることを示した。これは査読された学術誌ではなく法学のレビューに載った研究だが、扱っているのは思弁ではなく、登録データそのものである。短い語、言いやすい語、覚えやすい語は、先に取られていく。あとから商う人にとって、選べる名前の余地は、制度のレベルで狭まりつつある。同じ著者たちは2021年にも、この枯渇と混雑に、制度としてどう対処しうるかを整理している。窮屈さは一過性の思いつきではなく、登録という仕組みそのものが抱える、構造的なものだということである。「早い者勝ちで押さえれば安全」という素朴な像は、押さえる先の棚が、もう混み合っているという事実の前で、揺らぐ。ここで大事なのは、名前を取るなと言いたいのではないことだ。取っておく意味はある。ただ、取れば無限の独占が手に入る、という前提のほうが、もう成り立たない。
侵害かどうかの判断は、思ったより主観的で不確実
では、似せられたとき、「これは混同のおそれがある」と言えば必ず通るのか。ここも確実ではない。まず、混同という現象そのものが一様ではない。1992年の *Psychology & Marketing* 9(2):123-141(Foxman・Berger・Cote)は、買い手のブランドの取り違え(混同)が、どういう種類に分けられるかという概念の枠を整理した。混同はひとつの経路ではなく、似た見た目によるもの、記憶の取り違えによるものなど、いくつもの道すじを持つ。そして、それが「おそれ」として判断される場面について——2021年の書物の一章(Bone)は、その「混同のおそれ」の判断が、かなり主観的で、結果を見通しにくいことを、批判的に整理している。ここでも法解釈には踏み込まない。事実として言えるのは、「登録してあるから、似せられても必ず勝てる」という確実さは、制度の運用のなかには無い、ということである。判断する人が変われば、同じ模倣でも、結論は動きうる。
商標が守るもの、守らないもの
ここまでを一枚に畳んでおく。商標の登録は、混同のおそれがある、あからさまな模倣を止める筋を与える。だが、混同の手前まで寄せた模倣、枯渇して選べない名前、主観の混じる侵害の判断——このあたりは、登録があっても静かにこぼれ落ちる。日本の制度でいえば、商標法は「同一・類似の商品役務で、混同を生ずるおそれ」を要件に守り、不正競争防止法は、広く知られた表示へのただ乗りや商品形態の模倣を、別の筋で止める。だがそのどちらも、混同のおそれや周知性という条件の外までは、届かない。「登録=安全」ではなく、「登録=混同のおそれがある範囲での、不確実な守り」である。守れる範囲を正しく知っておくことは、守れない範囲に無防備でいるより、ずっと安全である。
時間・変化:1992年から2021年まで
順に置く。1992年、ブランドの混同が、複数の経路を持つ現象として概念的に整理される。1995年、その混同が“類似の後光”として模倣で作れることが、短時間提示の実験で実測される。2018年、登録できる名前の空間そのものが枯渇・混雑に向かっていることが、登録データの大規模解析で示される。2021年、侵害の「混同のおそれ」判断が主観的で不確実であることが、批判的に整理される。
四半世紀で確からしくなったのは、「登録すれば守れる」ではなく、「登録が守るのは混同のおそれの範囲までで、その範囲は、模倣にも、名前の枯渇にも、判断の主観にも、たえず削られている」という向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「登録した」という一点だけで、安心を買ってしまうことである。登録の証書は、守りの範囲までは教えてくれない。範囲を知らないまま安心すると、混同の手前で寄せてくる模倣に、無防備なまま気づかない。
標本の偏りも断っておく。ここまでの実測の多くは、商標制度が整い、登録データの揃っている国から採られている。屋号だけで商う個人や、そもそも登録していない小さな商いでは、「守る」以前に、広く知られているかどうか(周知性)という別の筋しか手がかりが無いこともある。 制度の形は、国や規模で大きく違う。守れないことは、恥ではない。守れているふりをして安心することのほうが、危うい。そして、模倣の実験も名前の枯渇の解析も、そうした小さな商いを標本の中心には置いていない。登録の外で商っている人の「守れなさ」は、そもそもデータとして残りにくいのである。
助けになるのは、自分の名前としるしが、制度のうえで「何を、どこまで」守れるのかを、一度、事実に照らして棚卸しすることである。真似される・訴えるという係争の話ではない。自分の持っているものが、どの範囲までなら守りの筋があり、どこからは制度の外なのかを、言葉にして並べてみる。
最初の一歩は10分。自分の屋号・ロゴ・商品名のうち一つを選び、(1)それは登録されているか(していなければ、周知性で守る筋があるか)、(2)混同のおそれの手前まで寄せられたら、どう感じるか、(3)その名前は、まだ選べる余地の広い名前か、それとも混み合った棚の名前か——を、事実として書き出す。善し悪しの判定はつけない。守れる範囲と、こぼれる範囲に、印をつけるだけである。
- 商標登録は「混同のおそれ」があるとき模倣を止める制度である。1995年に Psychology & Marketing 12(6):551-568 へ出た研究(Kapferer)は、模倣が“類似の後光(halo of resemblance)”を作り、短時間提示(タキストスコープ)の実験で混同が現に起きることを実測した。混同の手前まで寄せられると、登録があっても守り切れない
- 「良い名前を早く押さえれば安全」は、登録できる名前の空間が無限だという前提に立つ。2018年の Harvard Law Review 131巻の大規模実証(アメリカの商標登録データの全数解析・査読された学術誌ではなく法学レビュー)は、望ましい語の枯渇(depletion)と混雑(congestion)を示した。選べる名前は制度のレベルで狭まりつつある
- 混同はひとつの現象ではない。1992年に Psychology & Marketing 9(2):123-141 へ出た研究(Foxman・Berger・Cote)は、ブランドの取り違え(混同)を複数の経路に分ける概念の枠を整理した。似た見た目によるもの、記憶の取り違えによるものなど、道すじはいくつもある
- 侵害の「混同のおそれ」の判断は主観的で不確実である。2021年の書物の一章(Bone)が、その判断が見通しにくいことを批判的に整理した。判断する人が変われば同じ模倣でも結論が動きうる。「登録すれば必ず勝てる」という確実さは、制度の運用のなかには無い
- この単位は法律の解釈には踏み込まず、制度が何を守り何を守らないか、模倣や名前の枯渇について実際に測られた事実の提示までにとどめる。権利化や侵害への具体的な対応は法務の領域と重なる(この単位は戦略の側から、守れる範囲を知ることを扱う)
- 商標が守るのは「混同のおそれがある、あからさまな模倣」まで。混同の手前まで寄せた模倣、枯渇して選べない名前、主観の混じる侵害判断は、登録があってもこぼれ落ちる。だから正体は「登録=安全」ではなく「登録=混同のおそれの範囲での、不確実な守り」である
- 1992年に混同の概念枠、1995年に“類似の後光”の実測、2018年に名前の枯渇・混雑、2021年に侵害判断の主観性——四半世紀で確からしくなったのは「登録すれば守れる」ではなく、「登録が守るのは混同のおそれの範囲までで、その範囲は模倣にも枯渇にも判断の主観にも、たえず削られている」という向きである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 商標を登録しておけば、名前やロゴは法的に守られ、真似されない・真似されても勝てる | 登録は「混同のおそれ」があるとき模倣を止める制度である。1995年のKapfererがPsychology & Marketing 12(6)で示したとおり、模倣は“類似の後光”で、混同だと言い切りにくいぎりぎりの手前まで寄せられ、そのとき混同は現に起きる。登録は独占でも安全の保証でもない |
| 良い名前を早く登録して押さえてしまえば、独占できて安全だ | 2018年の Harvard Law Review 131巻の登録データの大規模解析は、望ましい語の枯渇(depletion)と混雑(congestion)を示した。選べる名前の空間は制度のレベルで狭まっており、早い者勝ちで無限に押さえられるわけではない |
| 登録してあれば、似せられても訴えれば必ず勝てる | 「混同のおそれ」の判断は主観的で不確実である(2021年・Bone)。判断する人が変われば、同じ模倣でも結論が動きうる。制度の運用のなかに「必ず勝てる」確実さは無く、登録は係争の勝ちを保証しない |
皮肉なのは、登録の証書がいちばん頼もしく見えるのは、たいてい、まだ誰にも真似されていないときだ、ということである。証書は、自分がどこまでを守れるのかを、自分では教えてくれない。混同の手前まで似せてくる相手も、もう混み合った名前の棚も、判断のたびに揺れる「おそれ」の線も、証書の余白には書かれていない。守られている、という安心は、たいてい、まだ試されていない、というだけのことである。
Q1. 1995年の Kapferer の研究が、商標の「混同のおそれ」について実験で示したことはどれか。選択
Q2. 2018年の Harvard Law Review 131巻の大規模実証は、アメリカの商標登録データを解析し、望ましい語が減っていく【 ① 】と、似た登録がひしめく【 ② 】に向かっていることを示した。これは、選べる名前の空間が【 ③ 】のレベルで狭まっていることを意味する。穴埋め
Q3. 「登録してあるから、似せられても訴えれば必ず勝てる」とは言えない。その理由を、侵害の判断について1〜2文で書け。一問一答
Q4. この単位のまとめとして、「登録=安全」ではないなら、商標の登録は正確には何を与えるのか。守れる範囲とこぼれ落ちる範囲に触れて説明せよ。一問一答
Q5. この単位で扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)登録できる名前の枯渇・混雑が登録データの大規模解析で示される(イ)混同が“類似の後光”として模倣で作れることが短時間提示の実験で実測される(ウ)ブランドの混同が複数の経路を持つ現象として概念的に整理される並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の屋号・ロゴ・商品名・サービス名のうち一つを選び、事実として次の三つを書き出す。(1)それは商標として登録されているか(していなければ、広く知られているか=周知性で守る筋があるか)。(2)もし混同のおそれの手前まで——そっくりだが混同だと言い切りにくいぎりぎりまで——寄せられたら、自分はどう感じ、どこまでが守りの範囲だと考えるか。(3)その名前は、まだ選べる余地の広い名前か、それとも似た名前が混み合った棚の名前か。善し悪しの判定はしない。誰かを訴える・真似されたと争うといった係争の話に進めない。あくまで自分の持っているものについて、守りの筋がある範囲と、制度の外にこぼれる範囲に、印をつけるだけである。いま一人で商っていて登録していない場合は、周知性という別の筋で何が手がかりになるかを書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Kapferer J.-N. (1995) 'Brand confusion: Empirical study of a legal concept', Psychology & Marketing 12(6):551-568 — doi.org
- Beebe B., Fromer J.C. (2018) 'Are We Running Out of Trademarks? An Empirical Study of Trademark Depletion and Congestion', Harvard Law Review 131(4):945-1045 — harvardlawreview.org
- Foxman E.R., Berger P.W., Cote J.A. (1992) 'Consumer brand confusion: A conceptual framework', Psychology & Marketing 9(2):123-141 — doi.org
- Bone R.G. (2021) 'Likelihood of confusion and trademark infringement: a constructively critical analysis', in Research Handbook on Trademark Law Reform — doi.org
- Beebe B., Fromer J.C. (2021) 'The problems of trademark depletion and congestion: some possible reforms', in Research Handbook on Trademark Law Reform — doi.org
- 商標法(1959年制定・日本)および不正競争防止法(1993年全部改正・日本)——制度の事実提示(条文は e-Gov 法令検索で参照可能) — laws.e-gov.go.jp