高く売れているのは資産があるから——値札を書き替えても順序は逆にならない
ブランドがあれば高く売れる、だから安売りするな——そう聞く。ところが研究をたどると、順序はしばしば逆で、高く売れているのは資産があるからで、高く付けたから資産ができるのではなかった。
前の単位では、ブランドの価値をどう金額にするのかを扱った。ここでは、その価値の一つの表れとされる価格プレミアム——安売りせずに選ばれること——が、原因なのか結果なのかを扱う。
この単位が扱うのは一点——「ブランドがあれば値引きせずに高く売れる。だから安売りするな」というときの因果の向きが、たいてい逆に語られていることである。まず言葉をほどく。価格プレミアムとは、似た商品より高い値がついても選ばれる、その上乗せ分のことである。支払意思(WTP)とは、客がいくらまでなら払ってよいと思うか、その金額のことである。ブランドエクイティ(ブランド資産)は前の単位で出た、ブランドが持つと考えられる価値のかたまりである。この単位は、個別の値上げや値引きの是非には踏み込まない(それは一人ひとりの商いの事情による)。あくまで、ブランドがあれば高く売れる、という因果の向きの確からしさに的をしぼる。
「プレミアム=資産の証明」は、結果の指標としては正しい
まず、俗説の芯にある正しい部分を、正しく置き直す。俗説がまるごと間違っているわけではない——強いブランドが高く売れているのは、観察としては本当である。問題は、その観察をどちら向きの因果として読むか、だけである。2003年に *Journal of Marketing* 67(4):1-17 へ出た研究は、ブランド資産を測る指標として、収益プレミアム——同じ土俵の無印の商品と比べて、価格と数量でどれだけ多く稼いでいるか——を提案した。論文はこれを、“…the revenue premium a brand generates compared with a private label product is a simple, objective, and managerially useful product-market measure of brand equity.”、つまり単純で、客観的で、実務に使える、製品市場ベースのブランド資産の指標だと述べ、“…the measure is reliable and reflects real changes in brand health over time.”、時間を通じたブランドの健康の実際の変化を映す信頼できる指標だ、とした。ここで大事なのは向きである。プレミアムは、資産があることの「結果」として観察される指標として提案されている。「高く売れている」は、資産が強いことの現れを測ったものであって、「高く付ければ資産が育つ」という逆向きの処方箋ではない。
だが、逆向きもある——高いと、名前があると、「良く見える」
因果はそれで一方向に片づくのか。そうではない。1989年に *Journal of Marketing Research* 26(3):351-357 へ出た統合レビューは、価格・ブランド名・店名が、買い手の知覚品質に与える効果を整理した。高い値がついていること、名前があることそれ自体が、品質の手がかりとして働き、「良く見える」を作る。1991年に *Journal of Consumer Marketing* 8(2):15-24 へ出た研究も、価格と店名の情報が買い手の知覚価値を左右することを示した。つまり、強いから高い(資産→プレミアム)だけでなく、高いから強く見える(価格→知覚品質)という向きも実在する。二つの向きは同時に働きうる。すると「ブランドがあるから高く売れる」という一方向の物語は、半分しか言っていないことになる。
向きは双方向で、値上げが資産を生むのではない
1991年に *Journal of Marketing Research* 28(3):307-319 へ出た研究は、価格・ブランド・店の情報が、買い手の商品評価をまとめて押し上げることを実証した。ここまでを重ねると、絵はこうなる。資産があれば高く売れる。同時に、高く付ければ(そして名前があれば)良く見えて、評価が上がる。因果は双方向で、どちらか一方だけが真ではない。ここが、俗説がすり替えを起こす場所である。「高く売れているブランドがある」という観察(資産→プレミアム)から、「だから高く付ければ売れる」という処方(価格→資産)へ、向きをこっそり反転させて渡してしまう。観察された二つの向きのうち、都合のよい一方だけを取り出して、処方箋に仕立てるのである。だからこそ、俗説のいちばん危ういところが見える——「高く付ければ資産が育つ」わけではない。価格が知覚品質を押し上げる効果は、あくまで品質の手がかりが乏しいときに働く一時的なもので、中身がともなわなければ、続かない。値札を書き替えることと、資産を積み上げることは、別の作業である。プレミアムは資産の帰結として現れるのであって、値上げという入力が資産という出力を生むのではない。
プレミアムは、資産の「一側面」を、結果として測る
では、価格プレミアムやWTPは、何として扱うのが正しいのか。2004年に *Journal of Business Research* 57(2):209-224 へ出た研究は、客が払ってよいと思う上乗せ分(WTP・価格プレミアム)を、ブランド資産の一つの側面として測る尺度を開発・検証した。ここでもプレミアムは、育てる対象ではなく、資産の状態を映す側面の一つとして置かれている。前の単位で見たとおり、何を「価値」と呼ぶかで数字は変わる——プレミアムもまた、ブランド資産を映す一枚の鏡であって、資産そのものではない。2010年の国際規格 ISO 10668 も、評価に財務・行動を含む複数のアプローチを認め、価格やプレミアムのような市場の反応を、価値を映す入力の一つとして位置づける(一つの決定打とはしない)。プレミアムは、資産の出口の一つであって、入口ではない。
時間・変化:1989年から2010年まで
順に置く。1989年、価格・ブランド名・店名が知覚品質を押し上げる(高いから良く見える)という向きが、統合レビューで整理される。1991年、価格・店名・ブランドの情報が知覚価値と商品評価を左右することが実証される。2003年、収益プレミアムが、資産の「結果」を測る製品市場ベースの指標として提案される。2004年、価格プレミアム・WTPが、ブランド資産の「一側面」を測る尺度として開発・検証される。2010年、国際規格が、市場の反応を価値を映す入力の一つとして位置づける。
約20年で確からしくなったのは、「ブランドがあれば高く売れる(だから安売りするな)」ではなく、「プレミアムは資産の結果・側面として測られ、因果は双方向で、値上げそのものが資産を生むわけではない」という向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「安売りするな」を処方箋として受け取ることである。プレミアムが資産の帰結だという話は、「だから値上げしろ」という指示ではない。順序が逆で、資産があるから高く売れているのであって、高く付けたから資産ができるのではない。値札だけを書き替えて、中身がついてこなければ、価格が作った「良く見える」は、続かない。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠は、無印の商品と比べられる日用品や、実験室で手がかりを操作できる状況から採られたものが多い。一点ものの手仕事や、比べる相手のいない仕事、関係のなかで値が決まる商いでは、「無印との差」を測ること自体が難しい。 そこでは、価格は競争相手との比較というより、続けてきた関係や、その仕事にかけた時間の反映として決まっていく。プレミアムという物差しが当てはまらない商いは、たくさんある。当てはまらないことは、価値が無いことでも、値付けが下手なことでもない。むしろ、比べる相手がいないからこそ、値の理由を自分の言葉で持っておくことが、いっそう効いてくる。
助けになるのは、自分がいまの値をつけている理由を、「何の帰結として今の価格なのか」という向きで言葉にしてみるという一手である。客にいくらまで払えるかを聞きに行くのではない。自分の値付けを、上げろ下げろの話にするのでもない。ただ、いまの価格が、自分の積み上げてきた何(続けてきた年月・手のかけ方・戻ってくる人)の結果なのかを、言葉にして書いておく。向きが見えれば、値札を先に動かす誘惑と、少し距離が取れる。
最初の一歩は10分でよい。紙かメモに、自分の商いの価格を一つ選び、その値が「何の結果として今この額なのか」を、思いつくまま三つ書き出す。次に、その三つが値札を書き替えれば手に入るものか、それとも積み上げないと手に入らないものかを見分けて、後者に印を付ける。値上げ・値引きの結論は出さない。誰にも価格を聞かない。印の付いた項目を見て、プレミアムが「入力」ではなく「帰結」だということを、自分の値付けの記録の上で確かめた最初の記録にする。
次の単位は 349「名前としるしを守るには?」——ここまで積み上げた資産を、どう防衛し、更新していくのか、という段に、ここから積み上がっていく。
- 俗説「ブランドがあれば値引きせず高く売れる、だから安売りするな」は、因果の向きがたいてい逆に語られる。この単位は個別の値上げ・値引きの是非には踏み込まず、ブランドがあれば高く売れるという因果の向きの確からしさに的をしぼる
- 2003年に Journal of Marketing 67(4):1-17 へ出た研究は、収益プレミアム(無印商品と比べた価格と数量の稼ぎの差)を、単純で客観的で実務に使える製品市場ベースのブランド資産の指標として提案した。プレミアムは資産があることの結果として観察される指標であり、高く付ければ資産が育つという逆向きの処方箋ではない
- 1989年に Journal of Marketing Research 26(3):351-357 へ出た統合レビューは、価格・ブランド名・店名が買い手の知覚品質を押し上げること(高いから良く見える)を整理した。1991年 Journal of Consumer Marketing 8(2):15-24 も価格・店名が知覚価値を左右すると示す。強いから高いだけでなく、高いから強く見えるという向きも実在する
- 1991年に Journal of Marketing Research 28(3):307-319 へ出た研究は、価格・ブランド・店の情報が商品評価をまとめて押し上げると実証した。因果は双方向で、どちらか一方だけが真ではない。だからこそ、高く付ければ資産が育つわけではなく、値札を書き替えることと資産を積み上げることは別の作業である
- 2004年に Journal of Business Research 57(2):209-224 へ出た研究は、価格プレミアム・支払意思(WTP)を、ブランド資産の一つの側面として測る尺度を開発・検証した。プレミアムは育てる対象ではなく、資産の状態を映す側面の一つ・出口の一つであって、入口ではない
- 2010年の国際規格 ISO 10668 も、評価に財務・行動を含む複数のアプローチを認め、価格やプレミアムのような市場の反応を、価値を映す入力の一つとして位置づける(一つの決定打とはしない)。何を価値と呼ぶかで数字が変わるという前の単位の話と地続きである
- 証拠は無印商品と比べられる日用品や、実験室で手がかりを操作できる状況から採られたものが多い。一点ものの手仕事や比べる相手のいない仕事では無印との差を測ること自体が難しく、プレミアムという物差しが当てはまらない商いは多い。当てはまらないことは価値が無いことでも値付けが下手なことでもない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| ブランドがあれば値引きせずに高く売れる。だから安売りせず、価格を高く付ければ、ブランドが強くなる | 2003年の研究は、収益プレミアムを資産の結果を測る指標として提案した。プレミアムは資産があることの現れであって、高く付ければ資産が育つという逆向きの処方箋ではない。しかも価格・ブランド名が知覚品質を押し上げる向きも実在し、因果は双方向。値札を書き替えることと資産を積み上げることは別の作業で、中身がともなわなければ価格が作った良く見えるは続かない |
| 高い値がついていること自体が、そのまま高い品質を意味する | 1989年の統合レビューと1991年の実証が示すとおり、価格・ブランド名・店名は品質の手がかりとして働き、高いから良く見えるを作る。だがこれは手がかりが乏しいときに働く効果で、中身がともなわなければ続かない。高い値は品質の証明ではなく、品質を推し量る手がかりの一つにすぎない |
| 価格プレミアムやWTPは、ブランドが育てるべき目標そのものである | 2004年の研究は、価格プレミアム・WTPをブランド資産の一つの側面として測る尺度を開発した。プレミアムは育てる対象(入口)ではなく、資産の状態を映す側面・出口の一つである。プレミアムを目標に据えて価格を動かすのは、出口を入口と取り違えることになる |
皮肉なのは、値札は一秒で書き替えられるのに、その値札を裏づける中身は、一秒では積み上がらないことである。だから「安売りするな」は、いちばん手軽に実行できてしまう助言になる——数字を大きく書くだけでいい。ただ、価格が先に作った「良く見える」は、中身が追いつかなければ、次に客が戻ってこないという形で、静かに精算される。高い値は、約束の前借りであって、資産の証明ではない。
Q1. 2003年の研究(Journal of Marketing 67(4):1-17)が収益プレミアムを提案したときの「向き」として正しいのはどれか。選択
Q2. 「強いから高い」だけでなく「高いから強く見える」という向きが実在する、とはどういうことか。1989年・1991年の研究に触れて1〜2文で書け。一問一答
Q3. 因果は【 ① 】で、だからこそ「高く付ければ資産が育つ」わけではない。プレミアムは資産の【 ② 】として現れるのであって、値上げという【 ③ 】が資産という出力を生むのではない。穴埋め
Q4. 2004年の研究は、価格プレミアム・WTPをブランド資産の何として測ったか。「入口/出口」の言葉を使って1文で書け。一問一答
Q5. この単位で扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)収益プレミアムが資産の結果を測る指標として提案される(イ)価格・ブランド名が知覚品質を押し上げることが統合レビューで整理される(ウ)価格プレミアム・WTPが資産の一側面の尺度として開発・検証される並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の商いの価格を一つ選び、その値が「何の結果として今この額なのか」を、思いつくまま三つ書き出す(たとえば、続けてきた年月/手のかけ方/戻ってくる人がいること、など)。そのうえで、その三つが、値札を書き替えれば手に入るものか、それとも積み上げないと手に入らないものかを見分け、後者に印を付ける。値上げや値引きの結論は出さない。客にいくらまで払えるかを聞きに行かない。あくまで自分の値付けの理由を、帰結の向きで言葉にし、どれが積み上げの結果かに印を付けるだけである。最後に、印の付いた項目の数を書き添える。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Ailawadi K.L., Lehmann D.R., Neslin S.A. (2003) 'Revenue Premium as an Outcome Measure of Brand Equity', Journal of Marketing 67(4):1-17 — doi.org
- Rao A.R., Monroe K.B. (1989) 'The Effect of Price, Brand Name, and Store Name on Buyers’ Perceptions of Product Quality: An Integrative Review', Journal of Marketing Research 26(3):351-357 — doi.org
- Dodds W.B. (1991) 'In search of value: how price and store name information influence buyers’ product perceptions', Journal of Consumer Marketing 8(2):15-24 — doi.org
- Dodds W.B., Monroe K.B., Grewal D. (1991) 'Effects of Price, Brand, and Store Information on Buyers’ Product Evaluations', Journal of Marketing Research 28(3):307-319 — doi.org
- Netemeyer R.G., Krishnan B., Pullig C., Wang G., Yagci M., Dean D., Ricks J., Wirth F. (2004) 'Developing and validating measures of facets of customer-based brand equity', Journal of Business Research 57(2):209-224 — doi.org
- ISO (2010) 'ISO 10668:2010 Brand valuation — Requirements for monetary brand valuation', International Organization for Standardization — www.iso.org