同じブランドの「価値」が、測る主体によって数倍に割れる
ブランドの価値は、いまや金額で測れる——そう聞く。ところが、同じブランドを別々の主体が測ると、額は数倍ずれる。測られていたのは、ブランドではなく、測り方だったのかもしれない。
前の単位では、社員がブランドを体現するという話を扱った。ここでは、そうやって育てたと言われる「ブランドの価値」を、金額でどう測るのかを扱う。
この単位が扱うのは一点——「ブランドは無形だが、資産として金額で測れる」というときの「測れる」が、たいてい、決まった手順に従えば一つの正しい額が出る、という前提の上で語られていることである。まず言葉をほどく。ブランドエクイティ(ブランド資産)とは、ブランドが持つと考えられる価値のかたまりのことである。ブランド価値評価とは、その資産を金額に換算しようとする作業のことである。ランキング報道に載る「ブランド価値○○億ドル」は、この作業の出口である。この単位は、法律や会計の基準の解釈には踏み込まない(それは制度の話で、事実の提示にとどめる)。あくまで、ブランドの価値は金額として一意に測れる、という前提の確からしさに的をしぼる。
「ブランドの価値」は、一つの金額ではない
まず、価値評価という作業そのものの形を見る。2009年に *Journal of Brand Management* 17(1):39-61 へ出たレビューは、ブランド価値評価の実務を、目的別に多数の手法へ分類して整理した。会計に載せるための評価、売買のための評価、訴訟のための評価、社内の経営管理のための評価——目的が違えば、測るべき「価値」も、使う手法も違う。つまり「ブランドの価値」は、はじめから一つの数字ではなく、何のために測るかで別のものになる、手法の束である。ある目的での額と、別の目的での額は、そもそも同じものを指していない。だから、ランキングに載った一つの数字を「そのブランドの価値」として受け取るとき、私たちは、束のなかの一本を、束全体の代表のように読んでしまっている。
ここで一つ、押さえておきたいことがある。手法が多いこと自体は、悪いことではない。目的が違えば違う道具が要るのは当たり前で、会計の評価と、社内の意思決定のための評価が同じ数字である必要はない。問題は、目的の違う手法から出た別々の額が、どれも「そのブランドの価値」という同じ名前で流通してしまうことである。名前が一つだから、聞く側は一つの実体があると思う。だが実体は、目的の数だけある。
同じブランドを、評価する主体が違う額で測る
手法が違えば額が違う、とはどの程度のことなのか。2019年に *Acta Economica* 17(30):59-82 へ出た研究は、主要な三つの評価主体が、同じブランドに付けた評価額を突き合わせ、手法の違い(たとえば、収益をどう分けるかと、使用料相当をどう見積もるか)から生じる大きな食い違いを分析した。ある主体はブランドが生む収益の一部を切り出して価値とし、別の主体は「もしこのブランドを借りたら払うはずの使用料」から逆算する。出発点が違うのだから、同じブランドでも到着点の額が大きくずれるのは、むしろ当然である。2011年に *Marketing* 42(4):237-256 へ出た研究も、複数の評価手法の前提の違いを比べ、2018年に *3. Sektör Sosyal Ekonomi Dergisi* へ出た研究も、同じ年のランキングを評価主体ごとに突き合わせている。ここで確認できるのは、同じブランドが、測る主体によって、数倍規模で違う額に見積もられることである(具体の倍率は二次資料に幅があり、ここでは断定しない)。同じ対象を測って、数倍ずれる。それは、測っているのが対象そのものというより、測り方(と、その測り方を選んだ主体)であることを示している。
ISO 10668は、手続きの規格であって、正解の製造機ではない
では、国際規格に従えば客観になるのか。ここは慎重にほどく。2010年に定められた ISO 10668(ブランド価値評価の国際規格)は、評価に財務・行動・法的の三つのアプローチを認め、透明性・妥当性・信頼性・十分性・客観性といった要件を評価者に課す。これは、いいかげんな評価を戒める土台としては意味がある。だが、規格が課すのは手続きの守り方であって、一つの正しい額ではない。評価にどうしても要る前提——ブランドにどれだけの利益を帰属させるか、将来をどんな率で割り引くか、ブランドの寿命をどれだけと見るか——を置くのは、規格ではなく評価者である。その前提が割れれば、規格を守っていても、額は割れる。「ISO準拠だから客観」という等号は、成り立たない。 規格は、結論の一致を保証する装置ではなく、手続きの透明さを求める枠にすぎない。
何を「価値」と呼ぶかで、数字は変わる
金額のランキングだけが「価値」の測り方ではない。2003年に *Journal of Marketing* 67(4):1-17 へ出た研究は、ブランド資産を、市場での収益プレミアム——同じ土俵の無印の商品と比べて、価格と数量でどれだけ多く稼いでいるか——という、製品市場で観察できる指標で測ることを提案した。これは、頭のなかの連想や想起(それは前の段で扱った)を測るのとも、金額ランキングを付けるのとも、別の測り方である。収益プレミアムは、将来の予想や割引率といった置きどころの多い前提を通さず、実際に市場で観察された稼ぎの差から測る。だから金額ランキングよりは前提が少ない。だが、それもまた「価値」の一つの定義であって、唯一の定義ではない。同じ「価値」という言葉で、ある人は連想を、ある人は市場の稼ぎを、ある人は将来利益の現在価値を数えている。何を価値と呼ぶかを決めた瞬間に、出てくる数字は決まってしまう。 この棚には、もう一本の通奏低音が通っている——ブランドの価値の数字は、たいてい、その測り方を売っている主体が測っている。この糸は、棚の最後(352)でもう一度たぐり寄せる。ここでは、測り方が変われば「価値」が変わる、という事実を置くにとどめる。
時間・変化:2003年から2019年まで
順に置く。2003年、市場の収益プレミアムでブランド資産を測るという、製品市場ベースの指標が提案される。2009年、価値評価の実務が目的別に多数の手法へ分類され、一意の額ではないことが整理される。2010年、国際規格 ISO 10668 が、三つのアプローチと手続きの要件を定める(一意の額は定めない)。2011年、複数の評価手法の前提の違いが比較される。2019年、同じブランドに対する評価主体間の大きな食い違いが実測として分析される。
約15年で確からしくなったのは、「ブランドの価値は一つの金額で測れる」ではなく、「価値評価には目的別に多数の手法があり、規格は手続きを定めるだけで、同じブランドの額は測る主体によって数倍規模で割れる」という向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、ランキングの一つの数字を「そのブランドの価値」として受け取ることである。数字は、中立の測定結果の顔をして流通するが、その裏には、目的の選び方と、前提の置き方と、それを選んだ主体がいる。数字の大きさより先に、誰が、何のために、どんな前提で出した数字かを見るほうが、はるかに情報がある。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠は、上場した大きなブランドや、売買・会計の対象になるブランドから採られたものが多い。屋号で商う個人や小さな会社のブランドは、そもそもこの金額評価の土俵に載らないし、載せる必要もない。 金額が付かないことは、価値が無いことではない。ここで大事なのは、自分のブランドに金額を付けてもらうことではなく、自分が何を「価値」と呼んでいるのかを、自分の言葉で持っておくことである。
助けになるのは、自分の屋号について、「価値」と呼びたいものを、金額ではなく言葉で棚卸しするという一手である。鑑定してもらうのではない。常連が戻ってくること、名前で選ばれること、無理な値引きをせずにすむこと——自分にとっての「価値」を、いくつか言葉にして並べる。並べてみると、それらは一つの金額に丸められるものではないと分かる。金額に丸めた瞬間に落ちてしまうものが、じつは自分がいちばん大事にしていた価値だった、ということも起きる。言葉で持っておくというのは、その落ちてしまうものを、落とさずに手元に残しておくということである。
最初の一歩は10分でよい。紙かメモに、自分のブランドについて「これがあると価値がある、と自分が思うこと」を三つ書き出す。次に、その三つが同じ一つの数字にまとめられるかを考えて、まとめられないものには印を付ける。金額を出さない。誰かに評価を頼まない。印の付いた項目を見て、「ブランドの価値」という一つの数字が、いかに多くの別々のものを一本に丸めているかを、自分の手で確かめた最初の記録にする。
次の単位は 348「安売りせずに選ばれるには?」——その「価値」の一つの表れとされる価格プレミアムが、原因なのか結果なのか、という話を、ここに積み上げる。
- 俗説「ブランドは無形だが資産として金額で測れる」は、決まった手順に従えば一つの正しい額が出る、という前提で語られる。この単位は法律や会計の基準の解釈には踏み込まず、ブランドの価値は金額として一意に測れるという前提の確からしさに的をしぼる
- 2009年に Journal of Brand Management 17(1):39-61 へ出たレビューは、ブランド価値評価の実務を目的別(会計・取引・訴訟・経営管理など)に多数の手法へ分類した。目的が違えば測るべき価値も手法も違い、ブランドの価値は一つの数字ではなく、何のために測るかで別のものになる手法の束である
- 2019年に Acta Economica 17(30):59-82 へ出た研究は、主要な三つの評価主体が同じブランドに付けた額を突き合わせ、手法の違いから生じる大きな食い違いを分析した。2011年 Marketing 42(4):237-256、2018年 3. Sektör Sosyal Ekonomi Dergisi も評価主体間を比較。同じブランドが測る主体によって数倍規模で違う額に見積もられる(具体の倍率は二次資料に幅があり断定しない)
- 2010年の国際規格 ISO 10668 は、評価に財務・行動・法的の三つのアプローチを認め、透明性・妥当性・信頼性・十分性・客観性の要件を評価者に課す。だが規格が課すのは手続きの守り方であって一つの正しい額ではなく、帰属利益・割引率・ブランド寿命などの前提を置くのは評価者である。ISO準拠だから客観という等号は成り立たない
- 金額ランキングだけが価値の測り方ではない。2003年に Journal of Marketing 67(4):1-17 へ出た研究は、市場での収益プレミアム(無印商品と比べた価格と数量の稼ぎの差)という製品市場ベースの指標を提案した。連想・想起・収益プレミアム・将来利益の現在価値——何を価値と呼ぶかを決めた瞬間に、出てくる数字は決まる
- この棚の通奏低音②=ブランドの価値の数字は、たいてい、その測り方を売っている主体が測っている。数字は中立の測定結果の顔で流通するが、裏には目的の選び方・前提の置き方・それを選んだ主体がいる。この糸は棚の最後(352)でたぐり寄せられ、ここでは測り方が変われば価値が変わるという事実を置くにとどめる
- 証拠は上場した大きなブランドや売買・会計の対象になるブランドから採られたものが多い。屋号で商う個人や小さな会社のブランドはこの金額評価の土俵に載らず、載せる必要もない。金額が付かないことは価値が無いことではなく、大事なのは自分が何を価値と呼んでいるのかを自分の言葉で持っておくことである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| ブランドは無形だが、ISO 10668 などの手法に従えば、資産として一つの客観的な金額に測れる。ランキングの数字は中立の測定結果である | 価値評価は目的別に多数の手法へ分岐し、価値は一意の金額ではない。同じブランドが、測る主体によって数倍規模で違う額に見積もられることが実測されている。ISO 10668 は手続きの規格であって一つの正しい額を出す装置ではなく、帰属利益・割引率・ブランド寿命などの前提を置くのは評価者である。ISO準拠だから客観、という等号は成り立たない |
| ランキングに載った一つの数字が、そのブランドの価値である | ランキングの一数字は、目的別に分かれた手法の束のなかの一本にすぎない。会計のための額、売買のための額、経営管理のための額は、そもそも同じものを指していない。一本を束全体の代表のように読むと、価値を一つの数字に丸めてしまう |
| 価値の測り方は、金額に換算する評価だけである | 金額ランキングのほかに、頭のなかの連想や想起で測る見方も、市場での収益プレミアム(無印商品と比べた価格と数量の稼ぎの差)で測る見方もある。何を価値と呼ぶかを決めた瞬間に、出てくる数字は決まる。測り方が変われば、価値も変わる |
皮肉なのは、「客観的に測れます」と言えることじたいが、測る側にとっての商品だということである。数字が中立の顔をしているほど、その数字を出す仕事は売りやすくなる。だから、いちばん自信たっぷりに一つの額を差し出してくる相手ほど、その額がどんな前提の上に立っているかは、たいてい小さな字で書いてある——あるいは、どこにも書いていない。
Q1. 2009年のレビュー(Journal of Brand Management 17(1):39-61)が、ブランド価値評価の実務について示したのはどれか。選択
Q2. 「同じブランドが、測る主体によって数倍規模で違う額に見積もられる」という事実は、測っているものについて何を示すか。1〜2文で書け。一問一答
Q3. ISO 10668 が課すのは【 ① 】の守り方であって、一つの正しい【 ② 】ではない。帰属利益・割引率・ブランドの寿命などの【 ③ 】を置くのは、規格ではなく評価者である。穴埋め
Q4. 金額ランキングのほかに、この単位が挙げた「価値」の測り方を一つ挙げ、それが示す論点(何を価値と呼ぶかと数字の関係)を1文で書け。一問一答
Q5. この単位で扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)ブランド価値評価の国際規格 ISO 10668 が定められる(イ)市場での収益プレミアムという指標が提案される(ウ)評価主体間の大きな食い違いが実測として分析される並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分のブランド(屋号・店・活動)について、「これがあると価値がある、と自分が思うこと」を三つ書き出す(たとえば、常連が戻ってくる/名前で選ばれる/無理な値引きをせずにすむ、など)。そのうえで、その三つが同じ一つの数字(金額)にまとめられるかを考え、まとめられないと感じたものに印を付ける。金額を出さない。誰かに鑑定や評価を頼まない。客に価値を聞きに行かない。あくまで自分の言葉で、自分が何を価値と呼んでいるのかを並べ、それが一つの数字に丸められるかどうかを見るだけである。最後に、印の付いた項目の数を書き添える。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Salinas G., Ambler T. (2009) 'A taxonomy of brand valuation practice: Methodologies and purposes', Journal of Brand Management 17(1):39-61 — doi.org
- Terzić S., Đalić I. (2019) 'Analysis of the Brand Valuation Based on the Assessment by Interbrand, Brand Finance and Millward Brown Optimor', Acta Economica 17(30):59-82 — doi.org
- Krstić B., Popović A. (2011) 'Analysis of Interbrand, BrandZ and BAV brand valuation methodologies', Marketing 42(4):237-256 — doi.org
- Taşcı H., Baş M. (2018) 'Brand, Brand Equity and Valuation Methods: Interbrand and Brand Finance Comparative Analysis', 3. Sektör Sosyal Ekonomi Dergisi — doi.org
- ISO (2010) 'ISO 10668:2010 Brand valuation — Requirements for monetary brand valuation', International Organization for Standardization — www.iso.org
- Ailawadi K.L., Lehmann D.R., Neslin S.A. (2003) 'Revenue Premium as an Outcome Measure of Brand Equity', Journal of Marketing 67(4):1-17 — doi.org