研修で動くのは社員の答え方までで、客の体験はその先にある
社員に理念を教え込めばブランドが伝わる——そう聞く。ところが研究がていねいに測ってきたのは、社員が「伝わりました」と答えるところまでで、客がそれを受け取ったかどうかは、まだ別の欄が空いたままである。
前の単位では、客が触れる接点のうち、自分で磨けるものと磨けないものを見分ける話を扱った。ここでは、その磨ける接点のうち、人が関わる接点——社員がブランドを体現する、という話を扱う。
この単位が扱うのは一点——「理念研修やブランドブックで社員に価値観を浸透させれば、一人ひとりがブランドの体現者になる」というときの「体現者になる」が、たいてい、研修すれば誰でも同じように体現できる、という前提の上で語られていることである。まず言葉をほどく。インナーブランディング(内部ブランディング)とは、社員がブランドを理解し、それに沿って振る舞えるようにする社内向けの働きかけのことである。ブランド市民行動(BCB)とは、決められた仕事の範囲を超えて、社員がブランドらしく自発的に振る舞うことを指す研究上の呼び名である。この単位は、外から人を惹きつける話(採用でどう魅力を伝えるかは別の棚が扱う)には踏み込まない。あくまで、すでにいる社員が、研修で体現者になる、という因果の確からしさに的をしぼる。
動くのは、社員側の「態度指標」までである
インナーブランディングに効果はある。ただし、効果があると測られているものが何かを、正確に見る必要がある。2023年に *Journal of Strategic Marketing* 31(5):983-1011 へ出たメタ分析は、38の研究を統合して、内部ブランド管理が社員のブランドコミットメントとブランド市民行動を予測すること、なかでも社内の伝達(コミュニケーション)が最も効くことを報告した——“…internal brand management plays a significant role in predicting both employee brand commitment and brand citizenship behavior … communication was found to be the most crucial factor.”。ここで測られているのは、すべて社員の側の指標である。社員がブランドをどれだけ理解しているか、どれだけ愛着を持つか、どれだけ範囲を超えて振る舞うか。「研修→体現」の前半は測られている。だが「体現→客が受け取る体験が揃う」の後半は、ここには入っていない。 俗説は、この二つを一続きの因果として語るが、実証が届いているのは前半までである。
同じ研修が、誰にでも同じ効果を生むわけではない
効果があるとして、それは普遍的なものなのか。2024年に *European Journal of Marketing* 58(5):1241-1274 へ出たメタ分析は、65の研究・226の効果量・のべ21,706人を統合して、大きな条件付きを見つけた——“…employee's personal characteristics (education, age, gender) and job relationship characteristics (tenure, work status, level of customer orientation) significantly moderate the internal branding–employee commitment relationship.”。訳せば、社員の学歴・年齢・性別や、在職の長さ・雇用の形・顧客と接する度合いによって、インナーブランディングがコミットメントを高める強さが有意に変わる、ということである。同じ働きかけでも、相手によって効き方が違う。「研修すれば体現者になる」という、誰にでも一律に効くという前提は、この境界条件の束の前で崩れる。誰に、どんな条件で効くのかを言わずに「研修で体現者になる」と言うのは、効果の一部を全部のように語ることである。
測っているのは、社員の「自己申告」である
もう一つ、測り方そのものに目を向ける。2016年に *European Journal of Marketing* 50(9/10):1575-1601 へ出た研究は、社員のブランド理解・ブランド同一化・ブランドコミットメントが、ブランド市民行動につながる連鎖を調べた。2018年に *Journal of Brand Management* 25(3):217-234 へ出た研究は、その構成概念どうしの関係をさらに細かく見た。ここで大事なのは、これらの多くが、ある一時点で社員に質問して答えてもらう設計だということである。同じ人が、同じ時に、理解も、愛着も、振る舞いも自分で答える。すると答えのあいだに関係が出やすくなるのは、ある意味で当たり前でもある。社員が「自分はブランドを理解し、体現している」と答えることと、客がそれを体験として受け取ることは、別のものである。2024年に *Management Review Quarterly* 75(2):1259-1310 へ出たメタ分析は、サービス業で、ブランドコミットメントがこの連鎖の橋渡しをすることを支持したが、測られている変数は、やはり社員の側にある。自己申告どうしが一致することを、体現の証明として読み替えないほうがよい。
「体現」と「採用の魅力づけ」は、別の持ち場である
ここで一度、持ち場を切り分けておく。社員とブランドの話には、よく似て見える二つの領域がある。ひとつは、外に向けて「この会社で働きたい」と思わせる魅力づけ——これは採用の領域で、別の棚が扱う。もうひとつが、この単位が扱う、すでにいる社員がブランドを体現するという内部の話である。前者の実証(外の人を惹きつける効果)を、後者の根拠に流用しない。インナーブランディングという考え方の由緒は、2005年に *Journal of Brand Management* 12(4):279-300 で示された、社員のブランドコミットメントを内部から育てるという枠組みにさかのぼる。ただしこれは考え方の出どころであって、「研修で体現者になる」という効果を保証するものではない。枠組みは、強い体現を持つ組織を後から整理したものであって、その枠を埋めれば体現が生まれるという因果は、枠の由緒からは出てこない。
時間・変化:2005年から2024年まで
順に置く。2005年、社員のブランドコミットメントを内部から育てるという枠組みが示される(由緒)。2016年、社員のブランド理解・同一化・コミットメントがブランド市民行動につながる連鎖が、社員への質問で調べられる。2018年、その構成概念どうしの関係がさらに細かく見られる。2023年、38研究のメタ分析が、内部ブランド管理は社員のコミットメントと市民行動を予測し、伝達が最も効くと報告する。2024年、65研究・21,706人のメタ分析が、効果は社員の属性や職務条件で有意に変わると示す。
約20年で確からしくなったのは、「研修で社員が体現者になる」ではなく、「内部ブランディングは、境界条件に依存しながら、社員側の態度指標を予測する。ただしその指標の多くは自己申告で、客が受け取る体験の改善までは測られていない」という向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、研修を「体現の保証」として受け取ることである。研修は社員側の理解や愛着を動かしうる。だが、それが客の体験になるかは別の問いで、しかも相手の条件によって効き方が違う。研修をしたことと、体現されたことを、同じ欄に書き込んでしまうと、後半の空白が見えなくなる。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠は、社員に質問紙で答えてもらう、ある一時点の設計に依存したものが多い。一人で商いを回している人や、家族・少人数でやっている場では、そもそも「社員に浸透させる」という構図じたいが当てはまらない。 その場合、体現の担い手は自分自身であり、浸透の対象と体現者が同じ人になる。人に教え込む話ではなく、自分の言行がブランドと食い違っていないかを、自分で見る話になる。
助けになるのは、自分(と、いれば少人数)の言行を、自分のブランドの一行に照らして見るという一手である。社員を試したり、反応を見たりするのではない。自分が今日出した文面や、口にした言葉が、自分の掲げるブランドの一行と食い違っていないかを、自分の手元だけで確かめる。体現は、教え込みではなく、まず自分がそう振る舞えているかの共有から始まる。人に体現を求める言葉は、自分の言行がその一行とそろっているとき、はじめて重みを持つ。そろっていないうちは、研修を何回重ねても、掲げた一行と現場の言行のあいだの隙間は、静かに残り続ける。
最初の一歩は10分でよい。紙かメモに、自分のブランドを一行で書く(「うちは○○な店/私は○○を届ける人」)。次に、今日か直近に自分が出した発信物(返信・投稿・貼り紙・説明)を三つ選び、その一行と合っている(〇)/ずれている(△)/どちらでもない(—)の印を、自分の言行にだけ付ける。誰かを評価しない。△がいくつ付いたかを見て、「体現」を人に求める前に、まず自分の言行と一行のあいだにどれだけ隙間があるかを、自分の手で数えた最初の記録にする。
次の単位は 347「ブランドの価値を測るには?」——体現や接点で育てたと言われる「ブランドの価値」を、誰がどう数字にするのか、という話を、ここに積み上げる。
- 俗説「理念研修やブランドブックで社員に浸透させれば一人ひとりが体現者になる」は、研修すれば誰でも同じように体現できるという前提で語られる。この単位は採用の魅力づけ(別の棚)には踏み込まず、すでにいる社員が研修で体現者になるという因果の確からしさに的をしぼる
- インナーブランディング(社員がブランドを理解し沿って振る舞えるようにする社内向けの働きかけ)で動くと測られているのは、社員側の指標までである。2023年に Journal of Strategic Marketing 31(5):983-1011 へ出た38研究のメタ分析は、内部ブランド管理が社員のブランドコミットメントとブランド市民行動を予測し、伝達が最も効くと報告した
- ブランド市民行動(BCB=決められた仕事の範囲を超えて社員がブランドらしく自発的に振る舞うこと)が動いても、それは社員側の指標である。研修→体現の前半は測られているが、体現→客が受け取る体験が揃うの後半は、これらのメタ分析には入っていない
- 効果は普遍でなく境界条件に依存する。2024年に European Journal of Marketing 58(5):1241-1274 へ出た65研究・226効果量・のべ21,706人のメタ分析は、社員の学歴・年齢・性別や在職の長さ・雇用の形・顧客と接する度合いによって、内部ブランディングがコミットメントを高める強さが有意に変わると示した
- 測っているものの多くは社員の自己申告である。2016年 European Journal of Marketing 50(9/10):1575-1601、2018年 Journal of Brand Management 25(3):217-234、2024年 Management Review Quarterly 75(2):1259-1310 の研究はいずれも社員側の構成概念を扱う。社員が体現していると答えることと、客がそれを体験することは別である
- 体現の話(すでにいる社員)と、採用の魅力づけ(外の人を惹きつける)は別の持ち場で、前者の根拠に後者の実証を流用しない。インナーブランディングの由緒は2005年 Journal of Brand Management 12(4):279-300 の枠組みにさかのぼるが、これは考え方の出どころであって、研修で体現者になる効果を保証しない
- 証拠は社員への質問紙・ある一時点の設計に依存したものが多い。一人や少人数の商いでは浸透の対象と体現者が同じ人になり、人に教え込む話ではなく、自分の言行がブランドと食い違っていないかを自分で見る話になる。約20年で確からしくなったのは、研修で体現者になる、ではなく、境界条件に依存して社員側の態度指標を予測する、という向きである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 理念研修・ブランドブック・ワークショップで社員に価値観を浸透させれば、一人ひとりがブランドの体現者になり、客の体験にブランドがにじむ | メタ分析が示すのは、内部ブランド管理が社員のブランドコミットメントやブランド市民行動という社員側の指標を予測する、というところまでである。体現→客が受け取る体験が揃う、の後半は測られていない。しかも効果は社員の属性や職務条件で有意に変わり、誰にでも一律に効くわけではない |
| 社員が「自分はブランドを理解し、体現している」と答えれば、体現されたと言える | これらの研究の多くは、ある一時点で社員に質問して答えてもらう自己申告の設計である。社員が体現していると答えることと、客がそれを体験として受け取ることは別のものである。自己申告どうしの一致を、体現の証明として読み替えないほうがよい |
| 同じ研修をすれば、どの社員にも同じように効く | 2024年のメタ分析は、社員の学歴・年齢・性別や在職の長さ・雇用の形・顧客と接する度合いによって、内部ブランディングがコミットメントを高める強さが有意に変わると示した。同じ働きかけでも、相手の条件によって効き方は違う |
| 採用で「働きたい」と思わせる魅力づけの効果があるのだから、社内の体現にも同じ効果が期待できる | 外の人を惹きつける魅力づけ(採用の持ち場)と、すでにいる社員がブランドを体現する話(この単位)は別の領域である。前者の実証を後者の根拠に流用しない。インナーブランディングの由緒(2005年の枠組み)も、考え方の出どころであって、研修で体現者になる効果を保証するものではない |
皮肉なのは、研修を一日やると、その日の出席簿には全員の名前が並ぶのに、体現の出席簿には、誰の名前も自動では書き込まれないことである。浸透させたという記録は取りやすく、体現されたという記録は取りにくい。だから、取りやすいほうの記録が、いつのまにか取りにくいほうの代わりに置かれる——名簿に丸が並んだ瞬間に、客の側の空欄は、静かに視界から外れていく。
Q1. 2023年の38研究のメタ分析(Journal of Strategic Marketing 31(5):983-1011)が「予測する」と報告したのは、次のうちどれか。選択
Q2. 2024年のメタ分析は、社員の学歴・年齢・性別や在職の長さ・雇用の形・顧客と接する度合いが、内部ブランディングとコミットメントの関係を【 ① 】に【 ② 】すると示した。ゆえに「研修すれば誰でも体現者になる」という【 ③ 】に効くという前提は崩れる。穴埋め
Q3. 「社員が体現している」と「客がそれを体験する」を同じものとして扱えないのはなぜか。これらの研究の測定設計に触れて1〜2文で書け。一問一答
Q4. インナーブランディングの「由緒」(2005年の枠組み)を、なぜ「研修で体現者になる」効果の根拠にできないのか。1〜2文で書け。一問一答
Q5. この単位で扱った研究を、年の早い順に並べよ。(ア)65研究のメタ分析が効果は条件で有意に変わると示す(イ)内部から育てる枠組みが示される(由緒)(ウ)38研究のメタ分析が社員側の指標を予測すると報告する並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分のブランドを一行で書く(たとえば「うちは○○な店」「私は○○を届ける人」)。そのうえで、今日か直近に自分が出した発信物(返信・投稿・貼り紙・説明・値札の言葉など)を三つ選び、それぞれがその一行と、合っている(〇)/ずれている(△)/どちらでもない(—)のどれかの印を、自分の言行にだけ付ける。社員や同僚や取引先を評価しない。誰かに質問したり、反応を見に行ったりしない。あくまで自分が出したものと、自分が書いた一行のあいだの隙間を見るだけである。最後に、△がいくつ付いたかを数えて書き添える。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Afshardoost M., Eshaghi M.S., Bowden J.L.-H. (2023) 'Internal brand management, brand understanding, employee brand commitment, and brand citizenship behavior: a meta-analysis', Journal of Strategic Marketing 31(5):983-1011 — doi.org
- Prashar A., Maity M. (2024) 'Building employee commitment through internal branding – a meta-analytic study', European Journal of Marketing 58(5):1241-1274 — doi.org
- Piehler R., King C., Burmann C., Xiong L. (2016) 'The importance of employee brand understanding, brand identification, and brand commitment in realizing brand citizenship behaviour', European Journal of Marketing 50(9/10):1575-1601 — doi.org
- Piehler R. (2018) 'Employees’ brand understanding, brand commitment, and brand citizenship behaviour: a closer look at the relationships among construct dimensions', Journal of Brand Management 25(3):217-234 — doi.org
- Chhibber D., Chahal H., Kaurav R.P.S. (2024) 'Is brand commitment the missing link in the internal branding and brand citizenship behaviours relationship in services sector: a meta-analysis', Management Review Quarterly 75(2):1259-1310 — doi.org
- Burmann C., Zeplin S. (2005) 'Building brand commitment: A behavioural approach to internal brand management', Journal of Brand Management 12(4):279-300 — doi.org