接点は磨けるが、体験は、磨けない接点も混ぜて客が作る
客が触れるところを全部良くすれば、体験は良くなる——そう教わる。ところが、その全部の中には、あなたが一生さわれない接点が、はじめから混じっている。
前の単位では、ブランドの連想——客の頭のなかで、そのブランドが何と結びつくか——を扱った。ここでは、客が実際に触れる接点を磨くという話を扱う。ここから段がひとつ上に積み上がって、頭のなかの像を扱う段から、外に出て触れられる体験と、その浸透を扱う段になる。
この単位が扱うのは一点——「客が触れる接点を一つずつ磨けば、ブランド体験は一貫して揃う」というときの「揃う」が、たいてい、接点は数え上げられて、その品質を足せば体験になる、という前提の上でだけ成り立つことである。まず言葉をほどく。接点(タッチポイント)とは、客がブランドと出会う一つひとつの場——看板・店頭・電話・梱包・ウェブ・第三者の口コミなど——のことである。カスタマージャーニーとは、その接点を時間の順に並べた道筋の呼び名である。顧客体験(CX)とは、それらを通り抜けた客の側に残る、全体としての受け取りである。この単位は、短期に売る仕掛け(それは別の棚が扱う)には踏み込まない。あくまで、接点を磨けば体験が揃う、という因果の確からしさに的をしぼる。
「接点」は、数えれば決まる客観量ではない
接点を磨くには、まず接点を数え上げられなければならない。ところが、その数え方じたいが、まだ定まっていない。2024年に *Tourism Management* 103:104881 へ出た研究は、接点をきちんと測る、合意された物差しがそもそも無かったため、指標を新しく作って検証した。研究者たちは接点を六つの側面——環境の刺激、ブランドが発する伝達、技術的な画面、従業員との接触、他の客との接触、中核のサービスそのもの——に切り分けた。ここで大事なのは、この六つは、研究者がそう切ったから存在する切り分けだということである。ある人は梱包を一つの接点と数え、別の人は「開けるとき」と「捨てるとき」を二つに分けるかもしれない。ある人は返信の文面を接点に数え、別の人は数えないかもしれない。物差しが無いところに物差しを作ったのだから、別の研究者が切れば、接点の数も境界も変わる。監査シートに接点を並べられることは、それが正しく測れていることを意味しない。数えられることと、客観的に測れていることは、別である。 そして、接点をいくつと数えたかで、「磨けたのは何割か」という達成の分母までもが動く。
研究者たちが物差しを作らざるを得なかった、というこの一点は、地味だが重い。もし接点が、温度や長さのように、誰が測っても同じ値に落ち着く客観量だったなら、新しい物差しを作る必要はなかった。作らざるを得なかったということは、それまで、接点を測る共通の目盛りが無かったということである。監査シートに並んだ接点は、客観的に存在する何かを写し取ったのではなく、書いた人が「これを接点と呼ぼう」と決めた線引きの結果である。線引きが変われば、磨くべき対象の輪郭も変わる。
体験は、接点の品質の足し算ではない
仮に接点を一つずつ磨けたとして、その品質を足せば全体の体験になるのか。2016年に *Journal of Marketing* 80(6):69-96 へ出た枠組みは、顧客体験を、複数の接点と複数の段階にまたがって動いていく過程として整理した。体験は、接点を並べて一つずつ良くした先に、静かに合計されて現れるのではない。接点どうしの並び、前の接点の記憶、その日の文脈——それらが混ざり合って、あとから全体の印象が決まる。一つの接点でのつまずきが、それまでのすべてを塗り替えることもあれば、些細な一言が、平凡な接点の連なりを別のものに変えることもある。2024年に *Journal of Business Research* 181:114745 へ出た研究は、そもそも段階と接点という切り方じたいを問い直し、客の側から見た体験の区切りは、売り手が引いた接点の線とは違うところに入ることを示した。売り手が「ここが接点だ」と思っている場所と、客の記憶に残る区切りは、しばしばずれている。接点を磨く作業は、体験を揃える作業と、同じではない。 一つひとつを良くしても、つながり方と文脈で、全体は別のものになりうる。
磨けない接点が、たくさんある
もう一つ、見落とされやすいことがある。接点には、ブランドが磨けるものと、磨けないものがある。 2016年の枠組みは、接点を持ち主で四つに分けた。ブランドが持つ接点(自社の店・ページ・梱包)、取引先が持つ接点(配送や販売の代理)、客が持つ接点(客自身の使い方・工夫・語り)、そして社会や外部の接点(他の客の口コミ、第三者の評、居合わせた誰かの一言)である。後ろの二つは、ブランドが直接は磨けない。取引先が持つ接点も、頼めても、握ってはいない。これは、この棚の入口(★337)で一度だけ断ったことと地続きである——ブランドは客の記憶のなかにあり、持ち主が完全には制御できない。 接点の棚卸しをして「全部を磨く」と言うとき、その「全部」には、はじめから手の届かない接点が混じっている。しかも、体験をいちばん左右する接点——他の客の一言や、客が家で見つけた使い方——は、たいてい磨ける側ではなく、磨けない側にある。磨ける接点だけを磨いて、それで体験の全体が揃うわけではない。
「接点を磨く」は、作業ではなく、組織の応答である
では、接点の管理はどう捉えればよいのか。2017年に *Journal of the Academy of Marketing Science* 45(3):377-401 へ出た研究は、顧客体験の管理(CXM)を、接点を一つずつ整える作業ではなく、移ろう概念を組織として実装していく能力として位置づけた。何を体験と呼ぶか、どこを見て、どう応えるか——それは一枚のチェックリストではなく、続けていく構えのほうに宿る、という見方である。2009年に *Journal of Retailing* 85(1):31-41 へ出た研究は、体験が、価格・雰囲気・他の客・過去の経験など、売り手が統制しきれない多くの要因から生まれることを整理している。接点の一覧を作って印を付けていく手つきは、統制できる部分だけを、統制できるかのように扱ってしまう。一覧は、書いた側の安心のためには働くが、書けなかった要因は一覧の外で体験を動かし続ける。磨くという言葉は、みがけば光るという手ざわりを連れてくるが、体験の側は、その手ざわりのとおりには揃ってくれない。
時間・変化:2009年から2024年まで
順に置く。2009年、顧客体験が統制しきれない多くの要因から生まれることが整理される。2016年、体験が複数接点・複数段階にまたがる動的な過程として枠づけられ、接点が持ち主別に四つに分けられる。2017年、接点を超えた組織能力としての顧客体験管理(CXM)が提起される。2020年、接点をどう呼び、どう区切るかの用語じたいを整える提案が *Journal of Service Research* 23(4):433-455 で示される。2024年、接点を測る合意された物差しが無かったため、指標が新しく作られ検証される。
約15年で確からしくなったのは、「接点を磨けば体験が揃う」ではなく、「接点は誰かが定義して初めて数えられ、体験はその足し算では決まらず、磨けない接点がつねに混じっている」という向きのほうである。 分野はいまも、接点を何と呼び、どう測るかを作っている途中である。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、接点の一覧を「磨けば揃うリスト」として受け取ることである。一覧があると、そこに並んだものは全部こちらで整えられる、と錯覚する。だが一覧の中には、客が持つ接点や、外の口コミのように、はじめから手の届かないものが混じっている。一覧が長いほど、握っている気持ちは強くなるのに、握れていない接点の数もまた増えていく——それが、この錯覚のいちばん厄介なところである。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠は、観光・小売・サービスの現場から採られたものが多い。一人で作って一人で売る工房や、対面のやりとりが中心の商いでは、接点の数じたいが少なく、切り分ける以前に、そのつどの相手との関係で体験が決まることも多い。 そういう商いでは、接点を細かく数え上げて一つずつ磨くよりも、相手との一回のやりとりの厚みのほうが、体験の全体を決めていることがある。接点を細かく並べる物差しが、そういう商いにそのまま当てはまるとはかぎらない。当てはまらないことは、劣っているということではない。むしろ、接点が少ないことは、握れる接点の割合が大きいということでもある。
助けになるのは、自分の発信物の接点を一度だけ棚卸しして、どれが自分で磨けて、どれが客の側にあるのかを見分けるという一手である。良し悪しを判定するのではない。手の届く接点と、届かない接点の境目に、印を付けるだけである。境目が見えれば、「全部を磨く」ではなく、「磨ける接点を磨き、届かない接点はそういうものとして扱う」という、身の丈の手つきに戻れる。届かない接点を無理に握ろうとして疲れることも、届く接点をおろそかにすることも、境目が見えていないところから起きる。境目を引くことは、あきらめではなく、力の置きどころを見つけることである。
最初の一歩は10分でよい。紙かメモに、自分の商いで客が触れる接点を、思いつくままに書き出す(看板・名刺・ページ・梱包・返信の文面・置いてある一言・人づての評判など)。書けたら、一つずつに、自分で直せるものには〇、客や外の側にあって直せないものには△を付ける。判定はそこまでにする。△がいくつ付いたかを見て、「全部を磨けば揃う」の「全部」に、はじめから手の届かない接点がどれだけ混じっていたかを、自分の手で数えた最初の記録にする。
次の単位は 346「社員をブランドの体現者にするには?」——磨ける接点のうち、人が関わる接点は、研修で揃うのか、という話を、ここに積み上げる。
- 俗説「接点(タッチポイント)を一つずつ磨けばブランド体験は一貫して揃う」は、接点が数え上げられ、その品質を足せば体験になる、という前提の上でだけ成り立つ。この単位は短期の売る仕掛けには踏み込まず、接点を磨けば体験が揃うという因果の確からしさに的をしぼる
- 接点は、数えれば決まる客観量ではない。2024年に Tourism Management 103:104881 へ出た研究は、接点を測る合意された物差しが無かったため指標を新しく作って検証し、接点を六側面に切り分けた。この切り分けは研究者がそう切ったから存在するもので、別の研究者が切れば接点の数も境界も変わる
- 体験は接点の品質の足し算ではない。2016年に Journal of Marketing 80(6):69-96 へ出た枠組みは、顧客体験を複数の接点と複数の段階にまたがって動く過程として整理した。2024年に Journal of Business Research 181:114745 へ出た研究は、段階と接点という切り方じたいを問い直した
- 接点には磨けるものと磨けないものがある。2016年の枠組みは接点を持ち主で四つ(ブランド所有・取引先所有・客所有・社会や外部)に分けた。客所有と社会や外部の接点はブランドが直接磨けず、これは★337で断った「ブランドは客の記憶のなかにあり完全には制御できない」と地続きである
- 接点の管理は、一つずつ整える作業ではなく組織の応答である。2017年に Journal of the Academy of Marketing Science 45(3):377-401 へ出た研究は顧客体験管理(CXM)を接点を超えた組織能力として位置づけ、2009年に Journal of Retailing 85(1):31-41 へ出た研究は体験が統制しきれない多くの要因から生まれることを整理した
- 証拠は観光・小売・サービスの現場から採られたものが多い。一人で作って一人で売る商いや対面中心の商いでは接点の数じたいが少なく、そのつどの関係で体験が決まることも多い。接点を細かく並べる物差しが、そういう商いにそのまま当てはまるとはかぎらない
- 2009年(体験は統制外の要因から生まれる)、2016年(動的過程・持ち主別の四類型)、2017年(CXMという組織能力)、2020年(接点の用語を整える提案)、2024年(物差しが無く指標を新規開発)——約15年で確からしくなったのは、接点を磨けば体験が揃う、ではなく、接点は誰かが定義して初めて数えられ、体験はその足し算では決まらず、磨けない接点がつねに混じる、という向きである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 客が触れる接点(タッチポイント)を洗い出して一つずつ磨けば、ブランド体験は一貫して揃う | 接点を測る合意された物差しは無く、2024年の研究は指標を新しく作らざるを得なかった。切り分けは研究者が定義して初めて存在する。体験は接点の品質の足し算ではなく、複数の接点と段階にまたがって動く過程として決まる。しかも客所有・社会や外部の接点はブランドが直接磨けない。磨く作業と、体験を揃える作業は同じではない |
| 接点の監査シートに項目を並べて全部を良くすれば、全部を良くしたことになる | 一覧に並べられることは、それが正しく測れていることを意味しない。一覧の中には、客が持つ接点や外の口コミのように、はじめから手の届かない接点が混じっている。全部を磨くの全部には、磨けない接点がつねに含まれる |
| 接点を磨くのは、みがけば光る、線形の作業である | 2017年の研究は顧客体験の管理を接点を超えた組織能力として位置づけ、2009年の研究は体験が価格・雰囲気・他の客・過去の経験など統制しきれない多くの要因から生まれることを整理した。磨くという言葉が連れてくる手ざわりのとおりには、体験の側は揃ってくれない |
皮肉なのは、接点の一覧が長くなるほど、全部を握っている気になることである。項目が並ぶと、そこに書いたものは全部こちらで整えられる、と錯覚する。だが、いちばん体験を左右する接点——他の客の一言、居合わせた誰かの評、客が家で見つけた使い方——は、たいてい一覧の外にあるか、一覧に書いても手の出しようがない。接点を磨く手つきがいちばん頼もしく見えるのは、たいてい、磨けない接点を一覧から静かに落としたときである。
Q1. 2024年の研究(Tourism Management 103:104881)が接点の指標を新しく作った、という事実は何を示すために引かれたか。選択
Q2. 2016年の枠組みは、顧客体験を複数の接点と複数の【 ① 】にまたがって動く【 ② 】として整理した。ゆえに体験は、接点の品質の【 ③ 】では決まらない。穴埋め
Q3. 接点を持ち主で四つに分けたとき、ブランドが直接磨けないのはどれか。二つ挙げ、それがこの棚の入口(★337)の何と地続きかを1文で書け。一問一答
Q4. 「接点を磨く」を、みがけば光る線形の作業と捉えることの何が問題か。2017年・2009年の研究に触れて1〜2文で書け。一問一答
Q5. この単位で扱った研究を、年の早い順に並べよ。(ア)接点の用語体系を整える提案(イ)体験は統制しきれない多くの要因から生まれるという整理(ウ)合意された物差しが無く接点の指標を新規開発並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の商いで客が触れる接点を、思いつくままに書き出す(看板・名刺・ページ・梱包・返信の文面・置いてある一言・人づての評判・第三者の評など)。書けたら、一つずつに、自分で直せる接点には〇、客や外の側にあって自分では直せない接点には△を付ける。接点の良し悪しは判定しない。誰かに何かを聞いたり、客の反応を見に行ったりしない。あくまで自分の手元にある発信物と、すでに知っている評判の範囲で、手の届く接点と届かない接点の境目に印を付けるだけである。最後に、△がいくつ付いたかを数えて書き添える。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Kim H., So K.K.F. (2024) 'Customer touchpoints: Conceptualization, index development, and validation', Tourism Management 103:104881 — doi.org
- Lemon K.N., Verhoef P.C. (2016) 'Understanding Customer Experience Throughout the Customer Journey', Journal of Marketing 80(6):69-96 — doi.org
- Reitsamer B.F., Becker L. (2024) 'Customer journey partitioning: A customer-centric conceptualization beyond stages and touchpoints', Journal of Business Research 181:114745 — doi.org
- Homburg C., Jozić D., Kuehnl C. (2017) 'Customer experience management: toward implementing an evolving marketing concept', Journal of the Academy of Marketing Science 45(3):377-401 — doi.org
- Verhoef P.C., Lemon K.N., Parasuraman A., Roggeveen A., Tsiros M., Schlesinger L.A. (2009) 'Customer Experience Creation: Determinants, Dynamics and Management Strategies', Journal of Retailing 85(1):31-41 — doi.org
- De Keyser A., Verleye K., Lemon K.N., Keiningham T.L., Klaus P. (2020) 'Moving the Customer Experience Field Forward: Introducing the Touchpoints, Context, Qualities (TCQ) Nomenclature', Journal of Service Research 23(4):433-455 — doi.org