古びていますよ、と教える声と、新しくしましょう、と誘う声は、同じ口から出ている
時代遅れに見えないよう更新し続ければ、ブランドは古びない——現代化の触れ込みはそう言う。ところが632名の実験では、ロゴを刷新すると、いちばん思い入れの強い顧客ほど、否定的に受け取った。しかも「あなたは古びている」と教えてくる数字は、たいてい、その測り方を売っている会社が出している。
前の単位では、ブランドを広げすぎることの害を扱った。ここでは、時代に合わせて絶えず更新し続ければ古びない、という最後の触れ込みを扱う。そして、これがこの棚の最後の単位である。
この単位が扱うのは一点——「更新し続ければ古びない」という言い方が、「変える=若返る=善」という一方向を、疑いもせず置いていることである。まず言葉をほどく。ブランド刷新(リフレッシュ)とは、ロゴや世界観や見せ方を、時代に合わせて手直しし続けること。ノスタルジアとは、過去への郷愁——古いものを懐かしく、好ましく感じる気持ち。ブランドコミットメントとは、その名前への思い入れ・愛着の強さである。前の単位では、衰えたものを蘇らせる刷新を扱った。ここで扱うのは、衰える前から、古びないように手を入れ続けるという、継続的な更新である。同じ「変える」でも、蘇生と更新は違う。
刷新は、忠実な顧客ほど、否定的に受け取る
2010年に *Journal of Product & Brand Management* 19(2):76-84 へ出た研究(Walsh・Winterich・Mittal)は、ロゴの刷新への反応を、632名の参加者を使った実験で調べた(運動靴のブランドを題材にしている)。論文はこう書く——角ばったロゴを丸みのある形へ大きく変えると、強く思い入れのある(コミットメントの強い)顧客ほど、より否定的に評価する。一方で、思い入れの弱い顧客は、その変化に肯定的に反応する(“…greater changes toward roundedness in previously angular logos elicit more negative evaluations from strongly committed consumers … Weakly committed consumers react positively to such changes.”)。ここが肝心である。更新は、いちばん大事にしてくれている客——資産の中核——を、いちばん損ないうる。 思い入れのない人には新鮮に映る変化が、思い入れのある人には、馴染んだものを取り上げられる痛みになる。しかもこの研究は、ロゴそのものの評価が、ロゴ変更とコミットメントが全体的なブランド態度に及ぼす効果を橋渡し(媒介)していることも示した(“Such logo evaluations, in turn, mediate the joint effect of logo redesign and commitment on overall brand attitude.”)。見た目を変えることは、態度そのものを揺らす。
「古い」は、必ずしも負債ではない
更新を勧める言い方は、「古い=時代遅れ=直すべき負債」を、暗に置いている。だが、古さは、資産にもなる。2004年に *Journal of Advertising* 33(3):25-35 へ出た研究(Muehling・Sprott)は、過去への郷愁(ノスタルジア)を呼び起こす訴えが、ブランドへの態度を高めうることを実証した(効果の具体的な大きさは、原典を確かめて引く筋のもので、ここでは出さない)。懐かしさは、人を遠ざけるどころか、引き寄せることがある。ただし、これも無条件ではない。2014年の *Journal of Advertising* 43(1):73-84(Muehling・Sprott・Sultan)は、そのノスタルジア効果に境界条件があること——幼い頃にそのブランドに触れていたか、どれくらい愛着があるかで、効き方が変わること——を示した。つまり、古さは、負債にも資産にもなり、どちらになるかは条件しだいである。「古びる恐怖」を煽って、更新を一律の処方箋にするのは、この条件を飛ばしている。
更新は、設計の問題であって、普遍の正解はない
では、更新はしてはいけないのか。そうではない。問題は、更新するかどうかではなく、どう更新するかである。2011年の *Journal of Consumer Marketing* 28(6):438-447(Walsh・Winterich・Mittal)は、ロゴを丸くする刷新への反応が、思い入れの強さや、自分をどう捉えているかによって調整されることを、さらに詳しく調べた。2019年の *Journal of Brand Management* 26(4):365-375(Walsh・Cui・MacInnis)は、ロゴの刷新が生む負の反応を和らげる条件を扱っている。更新は「すればよい」ものではなく、誰の、どんな思い入れに、何を、どう変えるのかという、設計の問題である。一律に「常に現代化せよ」と言う処方箋は、この設計の余地を、まるごと飛ばしている。一貫性と変化のあいだには、いつもトレードオフがある。 新鮮さを取れば、馴染みのいくらかを手放す。馴染みを守れば、新鮮さのいくらかを諦める。どちらが正しいという、普遍の答えは無い。
時間・変化:2004年から2019年まで
順に置く。2004年、過去への郷愁を呼び起こす訴えが、ブランドへの態度を高めうることが実証される(古さは資産にもなる)。2010年、ロゴの刷新が、思い入れの強い顧客ほど否定的に受け取られることが、632名の実験で実証される。2011年、その反応が思い入れや自己の捉え方で調整されることが、さらに調べられる。2014年、ノスタルジア効果に境界条件があることが示される。2019年、ロゴ刷新の負の反応を和らげる条件が扱われる。
十五年ほどで確からしくなったのは、「更新し続ければ古びない」ではなく、「更新は、いちばん大事な客を損ないうる変化で、古さは資産にもなり、一貫性と変化のあいだのトレードオフに、普遍の正解は無い」という向きのほうである。
更新の焦りは、どこから来るのか——この棚を締める
ここで、この棚が最初から通ってきた場所に、最後に戻る。★337で、この棚は二つの見方を置いた。ひとつは、ブランドの理論が、強いブランドを持つ会社の観察から書かれたもので——観察された特徴と、成功の原因は、別物である、ということ。もうひとつが、この最後の単位が正面から回収するものだ——ブランドの価値の数字は、測り方を売っている会社が測っている。
思い出してほしい。347で、この棚は、同じブランドの「価値」が、評価する会社によって数倍も違って出てくる実測を見た。ブランドの価値を測る手法は、一つに定まっていない。2009年に *Journal of Brand Management* 17(1):39-61 へ出た整理(Salinas・Ambler)が示すとおり、価値評価には複数の手法があり、何のために測るか(目的)によって、使い分けられている。測り方が目的で選ばれるのなら、その数字は、測定というより、選択の結果である。
ここで、更新の話とつながる。「あなたのブランドは古びている」「価値が落ちている」——更新を迫るとき、その根拠として持ち出される数字は、しばしば、その測り方を売っている会社の、ランキングや評価から来る。つまり、「古びている」という測定そのものが、更新をすすめる側の営業資料でありうる。 焦りの出どころを辿ると、そこに、測り方を売る人が立っていることがある。
では、どうするか。この棚は、良いブランドの作り方を、とうとう一つも教えなかった。教えたのは、★337の手つき——観察された特徴と、成功の原因を、混ぜないこと。そして、ブランドについて流れてくる数字を見たら、それを誰が、どんな測り方で出したのかを、まず問うこと。その二つだけである。更新するかどうかを決める前に、問うべきはこうだ。「古びている」と言っているのは誰で、その人は、何を、どう測ったのか。 そして——変えないことにも、資産がある。 忠実な客の馴染みも、過去への郷愁も、目盛りには出ないが、確かにそこにある資産である。
妨げるものの筆頭は、「古く見えるかもしれない」という不安だけで、手を入れ続けたくなることである。その不安の多くは、外から来る。標本の偏りも、最後に断っておく。ここまでの実験は、ロゴや広告を試せるだけの、ある程度知られたブランドから採られている。屋号ひとつで商う人や、まだ誰にも「古い」と言われていない小さな商いは、そもそもこのデータの中にいない。 更新の焦りは、たいてい、自分の中からではなく、測り方を売る誰かの数字から、やってくる。
最初の一歩は10分。自分の屋号・ロゴ・発信物を思い浮かべ、(1)「古い」「変えたほうがいい」と感じるとき、その感じはどこから来たのか(自分の観察か、誰かの数字や指摘か)を書く。(2)変えたいものの隣に、変えたくないもの・変えるべきでないもの——守るべき一貫性——を、同じ数だけ書く。(3)もし更新するなら、誰の、どんな思い入れを、損なう可能性があるかを、一つ書く。更新するかどうかは、決めなくてよい。変えるものと、守るものを、同じ紙の上に並べる、それだけである。
- 2010年に Journal of Product & Brand Management 19(2):76-84 へ出た研究(Walsh・Winterich・Mittal)は、632名のフィールド実験(運動靴2ブランド)で、角ばったロゴを丸くする刷新を、強く思い入れのある(コミットメントの強い)顧客ほど否定的に評価し、思い入れの弱い顧客は肯定的に反応することを示した。更新はいちばん大事な客を損ないうる
- 同じ研究は、ロゴそのものの評価がブランドへの態度の変化を部分的に橋渡しすることも示した。見た目を変えることは態度そのものを揺らす。思い入れのない人には新鮮な変化が、思い入れのある人には馴染んだものを取り上げられる痛みになる
- 2004年に Journal of Advertising 33(3):25-35 へ出た研究(Muehling・Sprott)は、過去への郷愁(ノスタルジア)を呼び起こす訴えがブランドへの態度を高めうることを実証した(効果量は本文に引かない)。古さは負債とは限らず資産にもなる。2014年の Muehling・Sprott・Sultan はその効果に境界条件(幼少期の接触・愛着)があることを示した
- 2011年の Journal of Consumer Marketing 28(6)(Walsh・Winterich・Mittal)と2019年の Journal of Brand Management 26(4)(Walsh・Cui・MacInnis)が示すとおり、更新は「すればよい」ものではなく、誰のどんな思い入れに何をどう変えるかという設計の問題である。一貫性と変化にはトレードオフがあり、普遍の正解は無い
- ★337が置いた二つの見方——観察された特徴と成功の原因は別物であること、ブランドの価値の数字は測り方を売っている会社が測っていること——のうち、後者をこの最後の単位が正面から回収する。347で見たとおり、同じブランドの価値が評価会社によって数倍も違って出てくる
- 2009年に Journal of Brand Management 17(1):39-61 へ出た整理(Salinas・Ambler)のとおり、ブランド価値評価には複数の手法があり、何のために測るかの目的によって使い分けられる。測り方が目的で選ばれるなら、その数字は測定というより選択の結果である。「古びている」という測定そのものが、更新をすすめる側の営業資料でありうる
- この棚は良いブランドの作り方を一つも教えず、渡したのは二つの問いだけ——その特徴は本当に成功の原因なのか、その数字は誰が何を売るために測ったのか。更新の焦りは自分の中からではなく測り方を売る誰かの数字から来ることが多く、変えないこと(忠実な客の馴染み・郷愁)にも資産がある
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 時代遅れに見えないよう、ロゴや世界観を絶えず現代化(更新)し続ければ、ブランドは古びない | 2010年の Walsh らの632名の実験は、ロゴ刷新を思い入れの強い顧客ほど否定的に受け取ることを示した。更新はいちばん大事な客を損ないうる変化で、一貫性と変化にはトレードオフがある。「変える=若返る=善」の一方向は成り立たない |
| 古いことは時代遅れで、直すべき負債である | 2004年の Muehling・Sprott は、過去への郷愁(ノスタルジア)を呼び起こす訴えがブランドへの態度を高めうることを実証した。古さは資産にもなり、どちらになるかは条件しだいである(2014年の研究は境界条件を示した)。「古びる恐怖」を煽って更新を一律の処方箋にするのは、この条件を飛ばしている |
| 「あなたのブランドは古びている・価値が落ちている」という数字は、中立の事実として更新の必要を教えてくれる | 347で見たとおり、同じブランドの価値は評価会社によって数倍も違う。2009年の Salinas・Ambler のとおり、評価には複数の手法があり目的で使い分けられる。「古びている」という数字は、しばしばその測り方を売る会社が出しており、更新をすすめる側の営業資料でありうる |
皮肉なのは、いちばん熱心に更新を勧めてくる数字ほど、その数字を出している会社が、更新の相談相手を兼ねていることである。古びていますよ、と教えてくれる声と、新しくしましょう、と誘う声は、たいてい同じ口から出ている。この棚は、強いブランドの作り方を、ついに一つも渡さなかった。渡したのは、たった二つの問いだけだ——その特徴は、本当に成功の原因なのか。その数字は、誰が、何を売るために、測ったのか。ブランドは、客の記憶の中にある。こちらが完全には制御できないものを、こちらの都合で測った数字で、追い立てないこと。古びるのを恐れて変え続けた先に待っているのは、たぶん、いちばん古くからの客が、いつのまにか居場所を失っている店である。
Q1. 2010年の Walsh らの632名の実験が、ロゴの刷新について示したことはどれか。選択
Q2. 「古い=直すべき負債」とは限らない。2004年の Muehling・Sprott が示したことに触れて、古さが資産にもなりうる理由を1〜2文で書け。条件についても一言添えよ。一問一答
Q3. この棚を締める通奏低音は、ブランドの価値の数字は【 ① 】を売っている会社が測っている、というものである。347で見たとおり、同じブランドの価値は評価会社によって【 ② 】も違う。2009年の Salinas・Ambler によれば、評価には複数の手法があり【 ③ 】によって使い分けられる。だから「古びている」という測定そのものが、更新をすすめる側の【 ④ 】でありうる。穴埋め
Q4. この棚(ブランド)が最後に渡した「二つの問い」として、本文が挙げたものはどれか。選択
Q5. この単位で扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)ロゴ刷新が思い入れの強い顧客ほど否定的に受け取られることが632名の実験で実証される(イ)過去への郷愁を呼ぶ訴えが態度を高めうることが実証される(ウ)ノスタルジア効果に境界条件があることが示される並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の屋号・ロゴ・発信物を思い浮かべ、次の三つを書き出す。(1)「古い」「変えたほうがいい」と感じるとき、その感じはどこから来たのか——自分自身の観察か、それとも誰かの数字・ランキング・指摘か——を書く。(2)変えたいものを書いたら、その隣に、変えたくないもの・変えるべきでないもの(守るべき一貫性)を、同じ数だけ書く。(3)もし更新するなら、誰の、どんな思い入れを損なう可能性があるかを、一つ書く。更新するかどうかは、いま決めなくてよい。ロゴ変更や改名を実行する計画に進めない。客に「古いと思うか」を尋ねに行かない。あくまで自分の手元にあるものについて、変えるものと守るものを、同じ紙の上に並べるだけである。いま一人で全部を回している場合も、自分の屋号について同じ三つを書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Walsh M.F., Winterich K.P., Mittal V. (2010) 'Do logo redesigns help or hurt your brand? The role of brand commitment', Journal of Product & Brand Management 19(2):76-84 — doi.org
- Muehling D.D., Sprott D.E. (2004) 'The Power of Reflection: An Empirical Examination of Nostalgia Advertising Effects', Journal of Advertising 33(3):25-35 — doi.org
- Walsh M.F., Winterich K.P., Mittal V. (2011) 'How re-designing angular logos to be rounded shapes brand attitude: consumer brand commitment and self-construal', Journal of Consumer Marketing 28(6):438-447 — doi.org
- Walsh M.F., Cui A.P., MacInnis D.J. (2019) 'How to successfully introduce logo redesigns', Journal of Brand Management 26(4):365-375 — doi.org
- Muehling D.D., Sprott D.E., Sultan A.J. (2014) 'Exploring the Boundaries of Nostalgic Advertising Effects: A Consideration of Childhood Brand Exposure and Attachment', Journal of Advertising 43(1):73-84 — doi.org
- Salinas G., Ambler T. (2009) 'A taxonomy of brand valuation practice: Methodologies and purposes', Journal of Brand Management 17(1):39-61 — doi.org