差別化を感じていない客が、それでもちゃんと買っている
独自の世界観を作り込めば、他と差別化できて選ばれる——体験デザインの本はそう説く。ところが、多くの商品分野・二つの国を調べた研究がそろって示すのは、競い合うブランドの間で客が感じる差別化はもともと低く、それでも客はちゃんと買っている、という事実である。差別化は、思うほど購買の原動力ではない。
前の単位では、ブランドに物語を紡ぐことを扱った。ここでは、その物語がまとう空気感——いわゆる世界観が、どこまで差別化の力になるのかを扱う。
この単位が扱うのは一点——「独自の世界観を作り込めば、他と差別化できて選ばれる」というときに、そこに二つの飛躍がこっそり畳み込まれていることである。まず言葉をほどく。世界観(ブランド体験)とは、客がそのブランドに触れて受け取る一連の感覚・気分——色や音や言葉づかい、店やページの佇まいから立ちのぼる空気のことである。この空気を作り込めば選ばれる、という言い方は、①世界観が差別化を生む、②差別化が購買を生む、という二段の因果を、ひとつなぎのように語っている。だが、この二段は、それぞれ別に確かめないといけない。
世界観は、たしかに測れる
まず、よくある単純否定——「世界観なんて感覚の話で、測れないから何とでも言える」——は、正しくない。2009年に *Journal of Marketing* 73(3):52-68 へ出た Brakus, Schmitt, Zarantonello は、ブランド体験を 感覚・情動・知性・行動の四つの次元で測る物差しを作った。抄録はこう書く——“Brand experience is conceptualized as sensations, feelings, cognitions, and behavioral responses evoked by brand-related stimuli.” 体験は、ふわっとした気分ではなく、次元に分けて測れるものとして扱えるのだ。ただし、同じ論文は効果の経路も述べている——“brand experience affects consumer satisfaction and loyalty directly and indirectly through brand personality associations.” 体験は満足やロイヤルティ(=また選ぶこと)に直接だけでなく、ブランド・パーソナリティの連想を介して間接にも効く。つまり、由緒は物差しの開発であって、「世界観を作れば差別化で売れる」という因果の証明ではない。
「差別化で選ばれる」は、二段の飛躍を含む
ここで、畳み込まれた二段を開いてみる。①世界観は本当に差別化を生むのか。②その差別化は本当に購買を生むのか。世界観の話は、たいていこの二つをまとめて「だから選ばれる」と結ぶ。だが、①が言えても②が言えるとは限らないし、そもそも②——差別化そのものが購買を生む——という土台が、思うほど強くない。飛躍を一つずつ確かめずに「世界観を作れば選ばれる」と言い切るのは、二つの橋を渡ったつもりで、実はどちらの橋も渡り切っていない、ということになりかねない。次の節が、その二つ目の橋を揺らす。
知覚された差別化は低い。それでも、客は買っている
2007年に *Australasian Marketing Journal* 15(2):42-54 へ出た Romaniuk, Sharp, Ehrenberg は、多くの商品分野・二つの国のデータで、意外な事実を示した——競い合うブランドどうしの間で、客が感じている差別化の度合いは、そもそも低い。抄録はこう述べる——“there is a low level of perceived differentiation across competing brands. However, despite this lack of perceived differentiation, customers are still buying these brands.” 差別化を感じていないのに、客はちゃんと買っている。ここから言えるのは、差別化は購買の主な原動力ではない、ということだ。「他と違う世界観だから選ばれた」という説明は、後から貼りやすいが、買った理由そのものだとは限らない。近くにあった、いつも置いてある、値ごろだった、なんとなく見覚えがあった——買う理由は、たいてい世界観より地味で、しかも複数まざっている。ここで、この棚を通して流れる筋の一本目が顔を出す——ブランドの理論の多くは、すでに強いブランドを後から整理したもので、観察された特徴と、選ばれた原因は、別物である。強い世界観が先にあって選ばれたのか、選ばれて大きくなった結果その世界観が語られるようになったのか、順番は見た目ほどはっきりしない。
差別化ではなく、見分けやすさへ
では世界観は無力かというと、そうではない。同じ Romaniuk, Sharp, Ehrenberg は、戦略の中心を差別化(differentiation)から、見分けやすさ(distinctiveness)へ移すべきだと論じる——“place distinctiveness at the centre of brand strategy — where a brand builds unique associations that simply make it more easily identifiable.” 他と「違う」ことより、ひと目で「あ、あれだ」と見分けてもらえる独自の手がかり(色・形・語り口)を積むこと。2007年に *Journal of Marketing Management* 23(3-4):267-284 へ出た Romaniuk と Gaillard も、八つの分野で、ブランドに固有の連想が使用や成果と結びつくことを検討している。世界観の値打ちは、「他とどれだけ違うか」ではなく、「どれだけ見分けられ、思い出されるか」に翻訳したほうが、確かめられた事実に近い。この見分けやすさの話は、次の単位の想起へまっすぐ続く。
測れても、効きめは場によって変わる
体験が測れることと、いつでも同じだけ効くことは、また別である。2010年に Zarantonello と Schmitt が *Journal of Brand Management* 17(7):532-540 で、この体験の物差しを使って客を型分けし行動を読む試みを、2013年に Nysveen, Pedersen, Skard が同誌 20(5):404-423 で、サービスの場では体験の次元ごとに効き方が違うことを示した。効果は一枚岩ではなく、どの次元が、どんな場で効くかで変わる。感覚が効く場もあれば、知性のほうが効く場もある。だから、同じ作り込みを別の場へそのまま移しても、同じ手ごたえになるとは限らない。ちなみに「体験で差別化」という言い方の流通元、1998年の *Harvard Business Review* 76(4):97-105 の Pine と Gilmore による体験経済は、実務誌の由緒であって——査読された効果の証明ではない。空気を作れば売れる、の根拠を、そこに負わせることはできない。世界観は、効果を約束する魔法ではなく、見分けてもらうための一貫した手がかりとして積む——そう据え直すと、次の想起の話につながる。
時間・変化:1998年から2013年まで
順に置く。1998年、体験経済という言い方が実務誌で広まる(Pine と Gilmore・由緒)。2007年、競合間の知覚差別化は低いのに客は買っていると示される(Romaniuk ら)。2009年、ブランド体験が感覚・情動・知性・行動の四次元で測れるものとして尺度化される(Brakus ら)。2010年、その尺度で客を型分けし行動を読む試みが出る(Zarantonello と Schmitt)。2013年、サービスの場で体験の次元ごとに効き方が違うと示される(Nysveen ら)。
十五年で確からしくなったのは、「世界観で差別化して選ばれる」ではなく、「体験は次元に分けて測れるが、その効きめは間接で場によって変わり、値打ちは差別化より見分けやすさにある」という向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「他と違う」を作ることに気を取られて、「見分けられる」を後回しにすることである。人と違う世界観を追いかけるほど、かえって毎回ちぐはぐになり、見分けの手がかりが散らばることがある。違いより、一貫した手がかりのほうが、思い出されるには効く。もう一つの妨げは、作り込みの手ごたえを、選ばれた証拠と取り違えることである。凝った空間で客が笑顔になれば、世界観が効いた気になる。だが同じ客は、飾り気のない隣の店でも同じように買っているかもしれない。手ごたえは、比べる相手を横に置いて初めて、効果かどうかが分かる。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠の多くは、多数の買い手がいる日用品や、比較しやすい分野から採られている。一点物を作る人、狭い常連に支えられている店では、事情が違うこともある。空間や演出にかけるお金を前提にした話でもない。世界観を「作り込めない」ことは、力不足ではない。作り込みさえすれば選ばれる、と思い込むことのほうが、確かめられた範囲から外れている。
助けになるのは、自分の場(店・教室・ページ・発信)で、客が触れる手がかりを書き出し、そのうち「これがあれば自分だと見分けられる」ものに印を付けてみるという一手である。他とどれだけ違うかは採点しない。見分けの手がかりが、一貫して置かれているかだけを見る。違いを競うのは、際限がなく、しかも相手しだいで動く。だが「毎回そろっているか」なら、自分の手元だけで確かめられ、答えも自分の中にある。
最初の一歩は10分。自分の場で客が最初に触れる要素(色・ロゴ・言い回し・写真の撮り方・あいさつ・包み方など)を、思いつくだけ書き出す。書けたら、そのうち「毎回そろっていて、自分だと見分けられる」ものに丸を付ける。良し悪しは判定しない。誰かに見せて感想を聞く必要もない。自分の場の手がかりが、どれだけ一貫しているかを、自分の手で数えるだけである。
次の単位は 343「想起される存在になるには?」——見分けられる手がかりが、実際に思い出され、選ばれることとどうつながるのかを、ここに積み上げる。
- 2009年に Journal of Marketing 73(3):52-68 へ出た Brakus, Schmitt, Zarantonello は、ブランド体験(世界観)を感覚・情動・知性・行動の四つの次元で測る尺度を作った。世界観は測れないという単純否定は誤り。ただし効果は満足・ロイヤルティへ直接だけでなくブランド・パーソナリティ連想を介して間接にも及ぶ=由緒は尺度開発で、作れば売れるの証明ではない
- 2007年に Australasian Marketing Journal 15(2):42-54 へ出た Romaniuk, Sharp, Ehrenberg は、多くの商品分野・二つの国のデータで、競合間の知覚差別化は低いのに客は買っていることを示した。差別化は購買の主な原動力ではなく、他と違う世界観だから選ばれたという説明は後知恵に過ぎないことがある
- 同じ Romaniuk, Sharp, Ehrenberg 2007 は、戦略の中心を差別化(differentiation)から見分けやすさ(distinctiveness)へ移すべきだと論じた。値打ちは他とどれだけ違うかではなく、色・形・語り口といった手がかりでどれだけ見分けられ思い出されるかにある
- 「世界観で差別化できる」には二段の飛躍がある。①世界観が差別化を生む、②差別化が購買を生む、の両方が自明ではない。とくに②の土台(差別化が購買を生む)が、Romaniuk ら 2007 の実証では強くない
- 2010年の Zarantonello & Schmitt(Journal of Brand Management 17(7):532-540)は体験の尺度で客を型分けし行動を読む試みを、2013年の Nysveen, Pedersen, Skard(同 20(5):404-423)はサービスの場で体験の次元ごとに効き方が違うことを示した。体験は測れても効きめは間接で場によって変わる
- 「体験で差別化」という言い方の流通元、1998年の Harvard Business Review 76(4):97-105 の Pine & Gilmore による体験経済は、実務誌の由緒であって査読された効果の証明ではない。空気を作れば売れるの根拠をそこに負わせることはできない(通奏低音①)
- 十五年で確からしくなったのは『世界観で差別化して選ばれる』ではなく、『体験は次元に分けて測れるが、効きめは間接で場によって変わり、値打ちは差別化より見分けやすさにある』という向きである。見分けやすさの話は次の単位の想起へ続く
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 独自の世界観(空気感・体験)を作り込めば、他と差別化でき、それで選ばれる | Romaniuk, Sharp, Ehrenberg 2007 が多カテゴリ・二か国で示したとおり、競合間の知覚差別化は低いのに客は買っている。差別化は購買の主な原動力ではない。世界観には二段の飛躍(世界観→差別化、差別化→購買)が畳み込まれており、値打ちは差別化ではなく見分けやすさ(distinctiveness)に翻訳したほうが、確かめられた事実に近い |
| 世界観や体験は感覚の話で測れないのだから、何とでも言える | Brakus, Schmitt, Zarantonello 2009 は、ブランド体験を感覚・情動・知性・行動の四次元で測る尺度を作った。世界観は測れる。ただし効果は満足・ロイヤルティへ直接だけでなくブランド・パーソナリティ連想を介した間接にも及び、世界観単体で売れるとは言えない。測れないから何でも言える、も、測れるから作れば売れる、も、どちらも行き過ぎである |
| 体験にお金と演出をかけ込むほど、確実に選ばれる | Zarantonello & Schmitt 2010 と Nysveen, Pedersen, Skard 2013 が示すように、体験の効きめは次元と場によって変わり、一枚岩ではない。しかも『体験経済』という言い方の元である Pine & Gilmore 1998 は実務誌の由緒で、査読された効果の証明ではない。かけた費用がそのまま選ばれる保証にはならない |
皮肉なのは、いちばん作り込まれた世界観ほど、選ばれた理由に見えてしまうことである。凝った空気の店で客が買えば、この世界観に惹かれたのだ、と言いたくなる。だが、隣の似たような店でも客は買っている。差別化を感じていない客が、それでもちゃんと買っているという事実は、作り込みの手ごたえの陰に隠れやすい。世界観がいちばん効いて見えるのは、たいてい、同じ客が他の店でも同じように買っていることを、誰も横に並べて見ていないときである。作り込みは、見分けてもらうための手がかりとしては値打ちがある。ただ、それを売れた理由と読み替えた瞬間、確かめられた範囲の外へ、そっと一歩はみ出している。
Q1. Brakus ら 2009 は、ブランド体験(世界観)を【 ① 】・情動・知性・【 ② 】の四つの次元で測る尺度を作った。ただし効果は、満足やロイヤルティへ直接だけでなく、ブランド・パーソナリティの【 ③ 】を介して間接にも及ぶ。穴埋め
Q2. Romaniuk, Sharp, Ehrenberg 2007 が多カテゴリ・二か国のデータで示した事実はどれか。選択
Q3. 「世界観で差別化して選ばれる」に畳み込まれた二つの飛躍とは何か。それぞれ書け。一問一答
Q4. 本文『時間・変化:1998年から2013年まで』で並べた出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)ブランド体験が四次元で尺度化される(イ)体験経済という言い方が実務誌で広まる(ウ)サービスの場で体験の次元ごとに効き方が違うと示される並べ替え
Q5. Romaniuk ら 2007 が勧める、戦略の中心の置き換えとは何か。差別化と見分けやすさの語を使って説明せよ。一問一答
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の場(店・教室・ページ・発信など)で、客が最初に触れる要素を思いつくだけ書き出す(色・ロゴ・言い回し・写真の撮り方・あいさつ・包み方・音など)。書けたら、そのうち『毎回そろっていて、これがあれば自分だと見分けられる』ものに丸を付ける。他とどれだけ違うかは採点しない。客に見せて感想を聞いたり、反応を確かめたりしない。あくまで自分の手元で、手がかりが一貫して置かれているかだけを見る。いま一人で全部を回している場合も、自分の発信の手がかりをそのまま書き出す。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Brakus J.J., Schmitt B.H., Zarantonello L. (2009) 'Brand Experience: What Is It? How Is It Measured? Does It Affect Loyalty?', Journal of Marketing 73(3):52-68 — doi.org
- Romaniuk J., Sharp B., Ehrenberg A. (2007) 'Evidence concerning the Importance of Perceived Brand Differentiation', Australasian Marketing Journal 15(2):42-54 — doi.org
- Romaniuk J., Gaillard E. (2007) 'The relationship between unique brand associations, brand usage and brand performance: analysis across eight categories', Journal of Marketing Management 23(3-4):267-284, doi:10.1362/026725707X196378 — doi.org
- Zarantonello L., Schmitt B.H. (2010) 'Using the brand experience scale to profile consumers and predict consumer behaviour', Journal of Brand Management 17(7):532-540, doi:10.1057/bm.2010.4 — doi.org
- Nysveen H., Pedersen P.E., Skard S. (2013) 'Brand experiences in service organizations: Exploring the individual effects of brand experience dimensions', Journal of Brand Management 20(5):404-423, doi:10.1057/bm.2012.31 — doi.org
- Pine B.J. II, Gilmore J.H. (1998) 'Welcome to the Experience Economy', Harvard Business Review 76(4):97-105(実務誌・査読誌ではない) — hbr.org