「約束を言葉にすれば伝わる」——だが客は、その一句を別のブランドの隣に置く
良いキャッチを一本決めれば、想いは客に伝わる、と教わる。皮肉なことに、丁寧に言葉にした約束ほど、散らかった情報環境では、別のブランドの隣に置かれてしまうことがある。覚えられることも、好かれることも、正しい宛先に届いたことの証明にはならない。
前の単位では、ブランドの核をどう定めるのかを扱った。ここでは、その核を客への一つの約束としてどう言葉にするのか、そしてその言葉が正しい宛先に届くのかを扱う。
「約束を言葉にすれば伝わる」をほどく
ブランドプロミスとは、客に対して繰り返し果たすと決めた約束——言葉にした中核の便益のことである。この約束を短い一句、つまりスローガンやタグラインにして掲げれば、想いが客に伝わり、ブランドの中身が届く——コピーの講座でも、ブランディングの本でも、この売り文句はほとんど疑われずに流れていく。
背後にある暗黙の前提は、二段構えになっている。言語化された約束は、掲げれば(一)覚えられ、(二)自社のブランドに正しく結びつく、という因果だ。この単位は、広告がどう効くのかという大きな問いには踏み込まない。あくまで、言葉にした約束が、正しい宛先に届くのかという一点に的をしぼる。前の単位の見方をここでも引き継ぐ——言語化は出発点であって、正しく届くかどうかは、別問題である。
散らかった環境では、スローガンは別のブランドに間違えられる
言葉にした約束は、まっさらな部屋で一つだけ読まれるのではない。無数の似た訴えが飛び交う、散らかった情報環境の中で読まれる。そこで何が起きるかを実験で調べた研究がある。**2006年に *Journal of Marketing Communications* 誌 12(4):263-279 へ出た、Rosengren と Dahlén の研究は、実在のスローガンと実在のブランドを使って、消費者がスローガンをどのブランドに結びつけるかを調べた。結論はこうだ——“In today's cluttered environment, however, consumers often match slogans with brands other than the actual sponsoring brand.” 散らかった環境では、消費者はしばしばスローガンを、実際に出稿したのとは別のブランド**に結びつけてしまう。
掲げれば正しい宛先に届く、とはかぎらない。 約束をどれだけ丁寧に言葉にしても、それが受け手の頭の中で、あなたのブランドの隣ではなく、別の誰かの隣に置かれてしまう経路が、現に存在する。しかも取り違えの起きやすさは、こちらの言葉の出来だけでは決まらない。似た訴えがどれだけ周りに飛び交っているか——つまり環境がどれだけ散らかっているか——が効いてくる。散らかりは、こちらが選べる変数ではない。小さな商いほど、周りの大きな声にかき消されやすいことも、この事実の裏側にある。うまく言えなかったから届かない、のではない。うまく言えても、隣に誰が立っているかは、こちらの手の外にある。
覚えられた・好かれた、は、正しく届いた、ではない
なぜ取り違えが起きるのか。同じ研究は、記憶の働きを二つに分けて説明している——“It is found that mismatching of slogans and brands can be explained by the different memory processes used by consumers. The cued retrieval process generally leads to the correct brand being identified, whereas the constructive memory process is sensitive to memory distortions.” 一つは手がかり再生(cued retrieval)——スローガンを手がかりに、正しいブランドを引き出す働き。もう一つは構成的記憶(constructive memory)——断片から記憶をその場で組み立て直す働きで、こちらは歪みに弱い。前者が働けば宛先は当たるが、後者に頼ると、別のブランドが混ざり込む。
この二つは、どちらか一方だけが働くのではなく、場面によって主役が入れ替わる。受け手が落ち着いてスローガンと向き合えるときは手がかり再生が効きやすく、慌ただしく断片だけを浴びるときは構成的記憶が前に出る。日々の暮らしのなかで約束の一句に触れるのは、たいてい後者の場面のほうだ。だから、正しい宛先に届く場面のほうが、実は例外に近い。
ここで、混同しやすい三つを分けておく。覚えられること・好かれること・正しく帰属されることは、それぞれ別の出来事である。スローガンが覚えられるかどうかを調べた研究はある——**2013年に *Journal of Advertising Research* 誌 53(1):31-42 へ出た、Kohli・Thomas・Suri の研究は、スローガンの想起を左右する要因を調べた。だが、覚えられることは、それが正しいブランドに結びつくことを保証しない。好かれるかどうかも別に調べられていて、2014年に *Journal of Business Research* 誌 67(12):2504-2511 へ出た、Dass・Kohli・Kumar・Thomas の研究は、スローガンが好かれる要因を調べた。だが、好かれることも、正しいブランドに結びつくことを意味しない。「うちのキャッチは覚えてもらえた」も「気の利いた一句だと言われた」も、それ自体は喜ばしいが、約束が正しい宛先に届いた証拠にはならない。**
スローガンが実務で重んじられることは、効くことの証明ではない
実務の世界では、スローガンづくりは重視される。**2007年に *Business Horizons* 誌 50(5):415-422 へ出た、Kohli・Leuthesser・Suri の実務指針は、効果的なスローガンをどう作るかの手引きを示している——これは査読誌ではなく実務誌の指針だと断っておく。だが、実務で重視されていることは、効くことの証明ではない。 「みんなが力を入れている」から「効く」は導けない。効くかどうかは、Rosengren と Dahlén のような実証で、宛先が当たるかどうかまで見て初めて言える。手引きが教えてくれるのは、覚えやすい・言いやすい・気の利いた一句をどう作るか、までである。それは価値のある技術だが、作りやすさと、正しく届くことは、別の物差しで測られる。** 前の単位で見た通り、由緒があること(実務で磨かれてきた)と、効果が測られたこと(掲げれば宛先に届くと確かめられた)は、ここでもまったく別の話である。
とはいえ、言葉にした約束が、まったく何もしないわけではない。**1993年に *Psychology & Marketing* 誌 10(1):67-78 へ出た、Boush の研究は、スローガンが、あとに続く判断を方向づける(プライミングする)ことを示した——強調された属性の側へ、評価が引っ張られる。ただしこれは、言葉が「何を強調したか」に沿って効くという条件つきの働きであって、掲げれば中身がまるごと伝わる、という話ではない。しかもその効き目は、環境に削られる。2005年に *Journal of Brand Management* 誌 12(3):151-164 へ出た、Dahlén と Rosengren の研究は、競合からの干渉が、ブランドと約束の言葉の結びつきを弱めることを扱った。周りに似た訴えが多いほど、言葉と送り手の紐帯はほどけやすい。言葉は何かをする。ただし、条件つきで、そして周りに削られながら、である。**
時間・変化:1993年から2014年まで
順に置く。1993年、Boush が、スローガンが後の評価を、強調された属性の側へ方向づける(プライミングする)ことを示す。2005年、Dahlén と Rosengren が、競合からの干渉が、ブランドと約束の言葉の結びつきを弱めることを扱う。2006年、Rosengren と Dahlén が、散らかった環境では消費者がスローガンを別のブランドに取り違えることを実験で示す。2007年、Kohli らが効果的なスローガンの実務指針を示す。2013年、Kohli らがスローガンの想起を左右する要因を、2014年、Dass らが好感度を左右する要因を調べる。
この20年で確からしくなったのは、「約束を言葉にすれば伝わる」という因果のほうではない。 確からしくなったのは、言語化された約束は、散らかった環境で宛先を取り違えられることがあり、覚えられることや好かれることは、正しく届くこととは別の出来事だ、という向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、気の利いた一句が決まったことを、約束が伝わった証拠だと思ってしまうことである。良いコピーは、決まると仕事が終わった気がする。だが決まったのは言葉であって、宛先が当たったかどうかは、まだ何も分かっていない。
標本の偏りも断っておく。ここまでの実証は、実在の有名スローガンや、比較的競争の激しい環境から採られたものが多い。狭い商圏や、競争の薄い場所の一句が、同じ振る舞いをするとはかぎらない。 周りが静かな場所なら、宛先はもっと当たりやすいかもしれない。逆に、似た商いがひしめく場所なら、取り違えはもっと起きやすいだろう。自分の一句がどちらの場所で読まれるのかは、言葉の中身より先に、置かれる環境のほうで決まっている。
助けになるのは、自分の約束を一文に書き、その一文が、手元の発信物のどこに、どんな言葉で出ているかを書き写して見比べるという一手である。優劣を付けるためではない。書いた約束と、実際に外へ出ている言葉が、どこでずれているかを、自分の手元だけで見える形にするためだ。
最初の一歩は10分。自分の屋号について、「客に繰り返し果たすと決めた約束」を一文で書く。次に、手元の発信物——プロフィール・チラシ・商品説明など——を見て、その約束がどんな言葉で出ているか(あるいは出ていないか)を書き写す。一文の約束と、実際に出ている言葉が、どこでずれているかに印を付けるだけである。 客に聞きに行く必要はない。印がゼロなら、それも一つの発見だ。
次の単位は 339「名前とロゴを決めるには?」——言葉にした約束を背負う、名前そのものの音や意味が、どこまで効くのかを、この上に積み上げる。
- ブランドプロミス(客に対して繰り返し果たすと決めた約束=言葉にした中核の便益)を短い一句、つまりスローガンやタグラインにして掲げれば伝わる、という通念には二段構えの前提がある。掲げれば(一)覚えられ、(二)自社ブランドに正しく結びつく、という因果である。この単位は広告がどう効くかには踏み込まず、言葉にした約束が正しい宛先に届くかに的をしぼる
- 2006年に Journal of Marketing Communications 誌 12(4):263-279 へ出た Rosengren と Dahlén の研究は、実在のスローガンと実在ブランドを用い、散らかった情報環境では消費者がしばしばスローガンを実際に出稿したのとは別のブランドに結びつけてしまうことを示した。約束を丁寧に言葉にしても、宛先を取り違えられる経路が現に存在する
- 同じ研究は取り違えを二つの記憶の働きで説明する。手がかり再生(cued retrieval)はスローガンを手がかりに正しいブランドを引き出しやすいが、構成的記憶(constructive memory)は断片から記憶を組み立て直すため歪みに弱い。後者に頼ると別のブランドが混ざり込む
- 覚えられること・好かれること・正しく帰属されることは、それぞれ別の出来事である。2013年に Journal of Advertising Research 誌 53(1):31-42 へ出た Kohli・Thomas・Suri の研究はスローガンの想起を左右する要因を、2014年に Journal of Business Research 誌 67(12):2504-2511 へ出た Dass・Kohli・Kumar・Thomas の研究は好かれる要因を調べた。だが覚えられることも好かれることも、正しいブランドへの帰属を意味しない
- 2007年に Business Horizons 誌 50(5):415-422 へ出た Kohli・Leuthesser・Suri の実務指針は効果的なスローガンの作り方を示すが、これは査読誌ではなく実務誌の指針である。実務で重視されていることは効くことの証明ではない。効くかどうかは宛先が当たるかまで見る実証で初めて言える
- 言葉にした約束がまったく何もしないわけではない。1993年に Psychology & Marketing 誌 10(1):67-78 へ出た Boush の研究は、スローガンが後の判断を強調された属性の側へ方向づける(プライミングする)ことを示した。だがその効き目は環境に削られ、2005年に Journal of Brand Management 誌 12(3):151-164 へ出た Dahlén と Rosengren の研究は、競合からの干渉がブランドと約束の言葉の結びつきを弱めることを示した。言葉は条件つきで効き、周りに削られる
- 1993年のBoush、2005年のDahlén と Rosengren、2006年のRosengren と Dahlén、2007年と2013年のKohliら、2014年のDassら——この20年で確からしくなったのは、言葉にすれば伝わるという因果ではなく、言語化された約束は散らかった環境で宛先を取り違えられ、覚えられることや好かれることは正しく届くこととは別の出来事だという向きである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| ブランドの約束を短い言葉——スローガンやタグライン——にして掲げれば、客に伝わり、ブランドの中身が届く | 2006年に Journal of Marketing Communications 誌 12(4):263-279 へ出た Rosengren と Dahlén の実験は、散らかった情報環境では消費者がしばしばスローガンを実際の出稿ブランドとは別のブランドに結びつけてしまうことを示した。言語化は出発点であって、正しい宛先に届くかどうかは別問題である |
| スローガンが覚えられ、好かれれば、それは自社ブランドに正しく結びついている証拠だ | 覚えられること・好かれること・正しく帰属されることは別の出来事である。取り違えは、断片から記憶を組み立て直す構成的記憶が歪みに弱いために起きる。2014年の Dass らの研究が調べたのはスローガンの好感度であり、好かれることは正しい帰属を意味しない。覚えられた・好かれた、は、正しく届いた、ではない |
| スローガンづくりは実務で重視されているのだから、効くはずだ | 2007年に Business Horizons 誌 50(5):415-422 へ出た Kohli らの手引きのように、実務ではスローガンが重視される。だがこれは実務誌の指針=道具の由緒であって、効くことの証明ではない。実務で重視されていることから効くことは導けず、効果は宛先が当たるかまで見る一次実証で確かめる必要がある |
皮肉なのは、いちばん気の利いた一句ほど、それ単独で覚えられ、あちこちで口にされ、そして——どのブランドのものだったか、思い出せなくなることである。言葉にした約束は、決まった瞬間に仕事を終えた顔をする。だが、その一句が誰の隣に立っているかは、あなたではなく、客の散らかった記憶のほうが決めている。伝わったように見えるとき、たいていそれは、宛先をまだ誰も確かめていないだけかもしれない。
Q1. 2006年に Rosengren と Dahlén が実在のスローガンとブランドで示したことを一文で述べよ。それが「約束を言葉にすれば伝わる」への反証になるのはなぜか。一問一答
Q2. 取り違えは二つの記憶の働きで説明される。スローガンを手がかりに正しいブランドを引き出す働きを ____ と呼び、断片から記憶を組み立て直すため歪みに弱い働きを ____ と呼ぶ。後者に頼ると ____ が混ざり込む。穴埋め
Q3. この単位が「覚えられた・好かれた」と「正しく届いた」を分けて扱うのはなぜか。2014年の Dass らの研究の位置づけとして正しいものを選べ。選択
Q4. 2007年の Kohli らの実務指針を、この単位はどう位置づけているか。「実務で重視される」ことと「効く」ことの関係に触れて述べよ。一問一答
Q5. この単位が扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)Rosengren と Dahlén が散らかった環境での宛先の取り違えを示す(イ)Boush がスローガンが後の評価をプライミングすることを示す(ウ)Dass らがスローガンの好感度を左右する要因を調べる(エ)Kohli らが効果的なスローガンの実務指針を示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の屋号かサービスについて、『客に対して繰り返し果たすと決めた約束』を一文で書く(スローガンらしく整える必要はない。素の一文でよい)。次に、手元にある自分の発信物——プロフィール・チラシ・商品説明・投稿・署名など、いま見られるもの——を見て、その約束がどんな言葉で外に出ているか(あるいは出ていないか)を書き写す。どちらが正しいかは書かない。書いた約束の一文と、実際に出ている言葉を見比べて、ずれている箇所にだけ印を付ける。最後に、印の数を1つの数字で書き添える。客に聞いたり、他人のスローガンを評価したりする必要はない。あくまで自分の約束と自分の発信物だけで完結させる。一人で全部を回している場合も、そのまま同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Rosengren S., Dahlén M. (2006) ‘Brand–Slogan Matching in a Cluttered Environment’, Journal of Marketing Communications 12(4):263-279 — doi.org
- Dass M., Kohli C., Kumar P., Thomas S. (2014) ‘A study of the antecedents of slogan liking’, Journal of Business Research 67(12):2504-2511 — doi.org
- Kohli C., Leuthesser L., Suri R. (2007) ‘Got slogan? Guidelines for creating effective slogans’, Business Horizons 50(5):415-422 — doi.org
- Kohli C., Thomas S., Suri R. (2013) ‘Are You in Good Hands? Slogan Recall: What Really Matters’, Journal of Advertising Research 53(1):31-42 — doi.org
- Dahlén M., Rosengren S. (2005) ‘Brands affect slogans affect brands? Competitive interference, brand equity and the brand-slogan link’, Journal of Brand Management 12(3):151-164 — doi.org
- Boush D.M. (1993) ‘How advertising slogans can prime evaluations of brand extensions’, Psychology & Marketing 10(1):67-78 — doi.org