「枠を埋めればブランドの核ができる」——だが枠は、強い他社を後から写生したものだ
枠の空欄を埋めればブランドの核が定まり、強くなる、と教わる。皮肉なことに、その枠は、すでに強くなった有名ブランドを後から観察して整理したものだ。観察された特徴と、成功の原因は別物である。しかも当のブランドは、あなたの手の中ではなく、客の記憶の中にある。
この棚は、誰に向けて書かれているか
想定している読者は、ブランドの専任担当に限らない。いま、自分の商いに名前と顔を持たせている人である。
屋号で商う個人かもしれないし、小さな会社の名前とロゴを決めた人、教室や店や事務所の「らしさ」を守っている人、受託で他人のブランドを預かっている人もいる。だからこの棚は「マーケターは」「CMOは」で主語を立てない。 広告予算があるとも、デザイナーが常駐しているとも、調査にお金を回せるとも想定しない。有名ブランドか無名か、法人か個人か、大企業か一人商いかで優劣を付けない。今回が初めての人もいる。
そして、この棚は最初に一度だけ、はっきり断っておく——ブランドは、客の記憶の中にある。持ち主が完全には制御できない。 核を「定める」というとき、それは自社の側の宣言であって、同じものが客の頭の中に刻まれる保証はどこにもない。
だからこの棚は、16の問いそれぞれについて言うことを3つに絞る——その問いは何を指しているのか。どこまで効くと確かめられているのか。その範囲の外で何が起きるか。これをやれば選ばれる、の棚にはしない。 読者の像を書くのは、この単位だけである。
この棚の地図——四つの段を、下から積む
この棚は並べて選ぶ道具箱ではない。下の段が上の段を支える、積み上げの構造である。まず核の定義という土台を置き、その上に物語と認知を積み、さらに体験と浸透を積み、最後に資産の防衛と更新を載せる。
①青 337〜340|核の定義——核を定める、約束を言葉にする、名前とロゴを決める、見た目を揃える。②緑 341〜344|物語と認知——物語を紡ぐ、世界観で魅せる、想起される、連想を設計する。③橙 345〜348|体験と浸透——接点を磨く、社員が体現する、価値を測る、安売りせずに選ばれる。④桃 349〜352|資産の防衛と更新——守る、蘇らせる、広げすぎない、時代に合わせて更新する。
下の段が危ういまま上を積むと、上の段はぐらつく。 そして、段は身につける順であって、こなす順ではない。まずは土台のこの段——核の定義——から始める。
「枠を埋めればブランドの核ができる」の由緒を追う
ブランドの核を定める、と言うとき、たいてい一枚の枠が配られる。物理・人格・文化・関係……といった項目の並んだシートに、自分のブランドの中身を書き込んでいく。ブランド・アイデンティティ・システム(Aaker)やアイデンティティ・プリズム(Kapferer)——ブランドの構成要素を項目に分けて整理する枠組みのことだ。研修でもワークショップでも、この売り文句が付いてくる——空欄を埋めれば核が定まり、強いブランドになる、と。
そこで、この棚が16回くり返す見方を、いちばん最初に正面から置いておく。ブランドの理論は、強いブランドを持つ会社の観察から書かれた——観察された特徴と、成功の原因は、別物である。 Aakerのシステムも Kapfererのプリズムも、すでに強くなったブランドを事後に整理した記述モデルである。有名ブランドを観察して、そこに共通して見えた要素を項目に並べた。だが「その項目を埋めれば強くなる」という因果は、枠の由緒からは出てこない。枠は他社の観察の産物であって、あなたのブランドの成功を約束しない。 由緒があること(有名ブランドから作られた)と、効果が測られたこと(埋めれば強くなると確かめられた)は、まったく別の話である。
枠は、集計のための記述であって、あなたのブランドの予測ではない
由緒だけでなく、枠そのものの適用限界を測った研究がある。**2003年に *Journal of Strategic Marketing* 誌 11(2):77-92 へ出た、Austin・Siguaw・Mattila による再検証**は、Aaker(Jennifer L.)が1997年に *Journal of Marketing Research* 誌 34(3):347-356 で示したブランド・パーソナリティ尺度——ブランドを人柄の言葉で測る枠——を調べ直した。結論は、枠の使いどころには境界条件がある、というものだ。抄録はこう書いている——“Researchers are encouraged to utilize the framework in situations in which they are likely to have success (aggregating data across diverse product categories) and to proceed with extreme caution when using it in contexts in which they are likely to encounter difficulties (measuring the personality of individual brands or when aggregating data within a specific product category).”
つまり、この枠は多くのカテゴリを横断して集計する場面では機能するが、単一のブランドを測る場面では極めて慎重に、と本家系の実証が言っている。枠は、たくさんのブランドを平均して眺めるための記述の道具であって、「私の屋号にこのシートを当てれば核が決まる」という予測の道具として設計されていない。枠を埋める作業そのものが、あなたのブランドの強さを生むわけではない。
ここで大事なのは、枠が「間違い」だと言いたいのではないことだ。検証されていない、を、間違っている、とすり替えない。 枠は考えを整理する足場としては十分に役に立つ。ただ、効果の保証書ではない。それだけである。
ブランドは、客の記憶の中にある
もう一度、最初の断りに戻る。核を定めるのは、自社の側の宣言である。 シートの空欄を丁寧に埋めても、それは「自分たちはこうありたい」という表明にすぎない。客の記憶の中に、同じ像が同じ形で刻まれる保証はない。 ブランドは、ロゴや社訓の中ではなく、客が過去に触れた断片の集まりとして、客の頭の中にある。そこは持ち主が直接には書き込めない場所だ。
だから、この段でやることは「正しい核を一発で当てる」ことではない。自分が宣言している核と、実際に外へ出ている自分の言葉が、どれだけずれているかを、まず自分の手元で見える形にすることである。客に聞く前に、自分の発信物を見る。ずれている場所こそ、宣言が現場に追いついていない場所だ。
Aaker(David A.)の1996年の *Building Strong Brands*、Kapfererの2008年の *The New Strategic Brand Management*、Aaker と Joachimsthaler の2000年の *Brand Leadership*、そして Keller の1993年の *Journal of Marketing* 誌 57(1):1-22 の顧客ベースのブランド・エクイティ——これらはいずれも、核を整理するための由緒ある枠である。由緒として参照し、効果の証明は Austin らのような別の実証に負わせる。 これがこの棚を通しての作法になる。
時間・変化:1993年から2003年まで
順に置く。1993年、Keller が顧客ベースのブランド・エクイティ——ブランドの価値は客の記憶の中の知識で決まる、という考え——を概念モデルとして示す(由緒)。1996年、Aaker が *Building Strong Brands* でブランド・アイデンティティ・システムを、1997年、Aaker(Jennifer L.)がブランド・パーソナリティ尺度を示す(枠と尺度の由緒)。2000年、Aaker と Joachimsthaler が *Brand Leadership* を、2008年、Kapferer がプリズムの新版を出す。2003年、Austin らがその尺度を再検証し、単一ブランドへの適用には境界条件があると示す。
この10年で確からしくなったのは、「枠を埋めれば核ができて強くなる」という因果のほうではない。 確からしくなったのは、これらの枠が強いブランドの事後の整理(記述モデル)であって、個別のあなたのブランドの成功を予測する道具ではない、という向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、シートの空欄がすべて埋まったことを、核が定まった証拠だと思ってしまうことである。枠は、埋まると完成した気がする。だが埋まった枠は、あなたの宣言が整っただけで、客の記憶が整ったわけではない。
標本の偏りも断っておく。ここまでの実証は、多くのブランドを横断して集計できるような、比較的大きな市場のデータから採られたものが多い。一人商いや、狭い商圏の屋号が、同じ振る舞いをするとはかぎらない。
助けになるのは、自分が「核」と決めている言葉と、実際に外へ出ている自分の言葉を、別々に書き出して見比べるという一手である。優劣を付けるためではない。宣言と現実がどこでずれているかを、自分の手元だけで、目に見える形にするためだ。
最初の一歩は10分。自分の屋号かサービス名を一つ選び、左に「自分がこうありたいと決めている核(3語まで)」を、右に「手元の発信物——名刺・プロフィール・チラシなど——に実際に書いてある言葉」を、思い出せる範囲で並べて書く。どちらが正しいかは書かない。ずれている箇所に印を付けるだけである。 客に聞きに行く必要はない。印がゼロなら、それも一つの発見だ。
次の単位は 338「ブランドの約束を言葉にするには?」——定めた核を、客に差し出す一つの約束としてどう言葉にするのか、そしてその言葉が正しい宛先に届くのかを、この土台の上に積み上げる。
- この棚の読者は、自分の商いに名前と顔を持たせている人である。ブランドの専任担当に限らず、屋号で商う個人、小さな会社の名前とロゴを決めた人、教室や店の『らしさ』を守る人、受託でブランドを預かる人を含む。広告予算やデザイナー常駐を前提にせず、有名か無名か・法人か個人かで優劣を付けない。16の問いそれぞれについて言うことは3つ——何を指すのか、どこまで効くと確かめられているのか、その範囲の外で何が起きるか
- この棚は並べて選ぶ道具箱ではなく、下の段が上の段を支える積み上げである。①青337〜340 核の定義、②緑341〜344 物語と認知、③橙345〜348 体験と浸透、④桃349〜352 資産の防衛と更新。下の段が危ういまま上を積むと上の段はぐらつくため、核の定義の段から始める。段は身につける順であって、こなす順ではない
- この棚が16回くり返す見方——ブランドの理論は、強いブランドを持つ会社の観察から書かれた。観察された特徴と成功の原因は別物である。Aakerのアイデンティティ・システムもKapfererのプリズムも、強くなったブランドを事後に整理した記述モデルであり、枠を埋めれば強くなるという因果は枠の由緒からは出てこない
- 2003年に Journal of Strategic Marketing 誌 11(2):77-92 へ出た Austin・Siguaw・Mattila の再検証は、Aaker(Jennifer L.)が1997年に Journal of Marketing Research 誌 34(3):347-356 で示したブランド・パーソナリティ尺度を調べ直し、多くのカテゴリを横断して集計する場面では機能するが、単一ブランドの測定では境界条件があり極めて慎重に扱うべきだと示した。枠は集計向けの記述の道具で、個別ブランドを予測する道具ではない
- Aaker(David A.)の1996年 Building Strong Brands、Kapferer の2008年 The New Strategic Brand Management、Aaker と Joachimsthaler の2000年 Brand Leadership、Keller の1993年 Journal of Marketing 誌 57(1):1-22 の顧客ベースのブランド・エクイティ——これらは核を整理する由緒ある枠であり、由緒として参照し、効果の証明は別の実証に負わせる。検証されていないことを間違っているとすり替えない
- この棚は最初に一度だけ断る——ブランドは客の記憶の中にあり、持ち主が完全には制御できない。核を定めるのは自社の側の宣言であって、同じ像が客の記憶に同じ形で刻まれる保証はない。だからこの段でやるのは、宣言している核と実際に外へ出ている自分の言葉のズレを、自分の手元で見える形にすることである
- 1993年のKeller(記憶の知識)、1996・1997年のAakerの枠と尺度、2000・2008年のBrand LeadershipとKapfererのプリズム、2003年のAustinらの再検証——この10年で確からしくなったのは、枠を埋めれば強くなるという因果ではなく、枠は事後の記述であって個別のブランドの成功を予測する道具ではないという向きである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| アイデンティティの枠やプリズムの空欄を埋めれば、ブランドの核が定まり、強いブランドになる | その因果は枠の由緒からは出てこない。Aakerのアイデンティティ・システムもKapfererのプリズムも、すでに強くなった有名ブランドを事後に観察して整理した記述モデルである。観察された特徴と、成功の原因は別物である。枠は考えを整理する足場としては役に立つが、埋めれば強くなるという効果の保証書ではない |
| ブランド・パーソナリティ尺度のような本家の枠は、自分のブランドにそのまま当てはめて核を測る道具として使える | 2003年に Journal of Strategic Marketing 誌 11(2):77-92 へ出た Austin らの再検証は、Aaker 1997 のブランド・パーソナリティ尺度が、多くのカテゴリを横断して集計する場面では機能する一方、単一ブランドの測定では境界条件があり極めて慎重に扱うべきだと示した。枠は集計向けの記述の道具で、個別ブランドの核を予測・規定する道具として設計されていない |
| 核を正しく定めて宣言すれば、その通りのブランドが客に伝わる | ブランドは客の記憶の中にあり、持ち主が完全には制御できない。核を定めるのは自社の側の宣言であって、同じ像が客の記憶に同じ形で刻まれる保証はない。だからまずやるべきは、宣言している核と、実際に外へ出ている自分の言葉とのズレを、自分の手元で見える形にすることである |
皮肉なのは、いちばん丁寧に枠を埋めた人ほど、「うちは核が定まっている」と言い切りたくなることである。だが枠は、強い他社を後ろから写生した下絵にすぎない。埋まった枠は、あなたの宣言が整ったことを教えてくれるが、客の記憶が整ったことは教えてくれない。核が定まって見えるとき、たいていそれは、客の頭の中をまだ誰も覗いていないだけかもしれない。
Q1. この棚が16回くり返す見方——ブランドの理論は、強いブランドを持つ会社の ____ から書かれた。____ された特徴と、成功の ____ は、別物である。穴埋め
Q2. 2003年に Austin らがブランド・パーソナリティ尺度を再検証して示したこととして、正しいものはどれか。選択
Q3. この棚が最初に一度だけ置く断り——ブランドが「客の記憶の中にある」とはどういうことか。そこから、核を「定める」とは何をすることになるかを、あわせて答えよ。一問一答
Q4. Aakerのアイデンティティ・システムやKapfererのプリズムを「効果の証明」ではなく「由緒」として扱うべきなのはなぜか。「検証されていない」と「間違っている」の違いに触れて述べよ。一問一答
Q5. この単位が扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)Austin らがブランド・パーソナリティ尺度を再検証し、単一ブランドへの適用に境界条件があると示す(イ)Keller が顧客ベースのブランド・エクイティを概念モデルとして示す(ウ)Aaker(Jennifer L.)がブランド・パーソナリティ尺度を示す(エ)Aaker(David A.)が Building Strong Brands を著す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の屋号かサービス名を一つ選ぶ。ページを左右に分け、左に『自分がこうありたいと決めている核(3語まで)』を書く。右に、手元にある自分の発信物——名刺・SNSのプロフィール・チラシ・看板・メールの署名など、いま見られるもの——に実際に書いてある言葉を、思い出せる範囲で書き写す。どちらが正しいかは書かない。左右を見比べて、ずれている箇所にだけ印を付ける。最後に、印の数を1つの数字で書き添える。客に聞いたり、他人のブランドを観察したりする必要はない。あくまで自分の宣言と自分の発信物だけで完結させる。一人で全部を回している場合も、そのまま同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Austin J.R., Siguaw J.A., Mattila A.S. (2003) ‘A re-examination of the generalizability of the Aaker brand personality measurement framework’, Journal of Strategic Marketing 11(2):77-92 — doi.org
- Aaker J.L. (1997) ‘Dimensions of Brand Personality’, Journal of Marketing Research 34(3):347-356 — doi.org
- Keller K.L. (1993) ‘Conceptualizing, Measuring, and Managing Customer-Based Brand Equity’, Journal of Marketing 57(1):1-22 — doi.org
- Aaker D.A. (1996) ‘Building Strong Brands’, The Free Press — search.worldcat.org
- Kapferer J.-N. (2008) ‘The New Strategic Brand Management: Creating and Sustaining Brand Equity Long Term’, 4th ed., Kogan Page — search.worldcat.org
- Aaker D.A., Joachimsthaler E. (2000) ‘Brand Leadership’, The Free Press — search.worldcat.org