線の外に出た点は、線の前提が正しいときだけ、異常である
測定値を管理図に打てば、異常は客観的に見分けられる——品質管理の教材はそう教える。ところが、その線が意味を持つには三つの前提がいる。そして現場のデータは、その前提のひとつ(独立)を、たいていの場合、静かに破っている。
前の単位では、設備を止めないという話を扱った。ここでは、動き続ける工程のばらつきを、数字でどう見分けるのかを扱う。
この単位が扱うのは一点——「管理図を付ければ工程は数字で管理できる」というときの「管理できる」が、たいてい「前提が満たされていれば管理できる」の、前提の部分を落として流通していることである。まず言葉をほどく。管理図(SPC)とは、測定値を時系列に打って、そのばらつきが偶然の範囲か、それとも異常かを見分ける図である。合理的部分群とは、同じ条件でまとめて取った測定のかたまりを指す。安定状態とは、偶然のばらつきだけで動いている、落ち着いた工程のことである。この単位は、全社の品質保証や品質コストの話には踏み込まない。あくまで、工程の管理図が現場で正しく働くための前提に的をしぼる。
管理図は、三つの前提の上でだけ正しく働く
管理図は、点が線の外に出たら異常、と教える。だが、その線が意味を持つには、下ごしらえがいる。第一に、工程が安定状態にあること。第二に、測定を合理的部分群——同じ条件のかたまり——として取れていること。第三に、観測が独立していること、つまり前の測定値が次の測定値を引きずっていないこと。この三つが揃って初めて、線の外の点は「偶然では説明しにくい」と読める。前提が崩れていれば、同じ点でも、その読みは成り立たない。 数字が管理を保証するのではなく、前提が満たされて初めて、数字が意味を持つ。この三つの前提と、それが崩れたときの管理図の限界は、2019年に版を重ねた標準的な統計的品質管理の教科書にも、正面から整理されている。特別な異説ではなく、教科書に書いてある土台のほうである。
現場のデータは、たいてい前の値を引きずっている
三つの前提のうち、現場でいちばん崩れやすいのが「独立」である。温度も、寸法も、濃度も、連続して測れば、前の値と次の値は似る。ゆっくり動く工程では、いま高ければ、少し後もまだ高い。これを自己相関(測定が時間的に前を引きずること)と呼ぶ。1988年に *Journal of Business & Economic Statistics* 6(1):87-95 へ出た研究は、この自己相関があるとき、標準の管理図が誤った警報を多発することを示した。独立を前提に引いた線を、独立でないデータに当てるからである。1995年の *Production and Operations Management* 4(3):263-276 の研究は、それを現場で扱う際の実装上の難しさを整理している。誤警報が続くと、現場は二つのうちのどちらかに転ぶ。線を信じて、ありもしない異常を追いかけて工程に手を入れ続けるか、あるいは線に嫌気がさして、警報そのものを無視するようになるか。どちらも、管理図が本来果たすはずの役目——偶然と異常を見分ける——から離れていく。「数字を打てば異常が客観的に分かる」は、独立という前提が崩れた瞬間に、静かに崩れる。 そして厄介なのは、崩れても線は同じ顔で引かれ続けることである。
「3σ」は、正規分布の帰結ではない
管理図の線は、よく「3シグマ(標準偏差の3倍)」で引かれる。ここで誤解が起きやすい。この3という数字は、正規分布から計算で導かれた必然の値ではない。 この道具の由緒をたどると、1931年に *Economic Control of Quality of Manufactured Product* を著したシューハートは、3σを、分布の確率計算から選んだのではなく、実務で使い勝手のよい線として選んでいる。つまり管理限界は、統計学の仮説検定の有意水準とは、同じものではない。線の外に出た点を「5%の有意」といった検定の言葉で読むのは、由緒に照らすと筋が違う。ここで大事なのは、3σが「悪い」と言いたいのではないことだ。実務で選ばれた線として、それは十分に役に立つ。ただ、確率で正当化された厳密な境界だと思い込むと、線の一歩外を「証明された異常」、一歩内を「証明された正常」と、あるはずのない白黒に読んでしまう。 線は、確率の判定ではなく、注意を向ける目印にすぎない。
論争は、頻繁で、しばしば激しい
では、こうした前提や解釈のずれは、専門家の間では片づいた話なのか。そうではない。2000年に *Journal of Quality Technology* 32(4):341-350 へ出た論文は、SPCをめぐる論争を査読誌の上で整理して、こう書き出している——“Statistical process control (SPC) methods are widely used to monitor and improve manufacturing processes and service operations. Disputes over the theory and application of these methods are frequent and often very intense.” 手法は広く使われているのに、その理論と適用をめぐる論争は、頻繁で、しばしばとても激しい、という。
この論文は、論争の中身も並べている——“Some of the controversies and issues discussed are the relationship between hypothesis testing and control charting, the role of theory and the modeling of control chart performance, the relative merits of competing methods, the relevance of research on SPC and even the relevance of SPC itself.” 仮説検定と管理図の関係、理論の役割、手法どうしの優劣、SPC研究の妥当性、そしてSPCそのものの妥当性までが、論点として挙がっている。「管理図=客観の万能」という像は、査読の内側では、そこまで安泰ではない。ここでも通奏低音の二本目が顔を出す——工程の数字は、現場が数えたとおりにしか正しくない。 どこで部分群を切るか、どの間隔で測るか、何を一つの測定とみなすか。その決めを現場が握っていて、決めが変われば、同じ工程でも線は違う場所に引かれる。
直しすぎると、かえってばらつく
もう一つ、前提を取り違えると起きることがある。安定状態にある工程——偶然のばらつきだけの工程——に、点が動くたびに手を入れると、かえってばらつきが増える。1986年の *Out of the Crisis* でデミングは、これを過剰介入(英語でtampering)と呼び、ろうとから玉を落とす実験で、狙いを毎回ずらして調整すると的が広がることを示した。偶然のばらつきを、異常と読んで反応すること自体が、工程を悪くする。管理図の役割は、いつ手を出さないかを教えることでもある——線の内側の揺れは、放っておくのが正しい。
時間・変化:1931年から2000年まで
順に置く。1931年、シューハートが管理図を著し、安定状態・合理的部分群という前提と、実務的な3σの線を示す(由緒)。1986年、デミングが過剰介入(tampering)を、ろうとの実験で示す。1988年、自己相関があると標準の管理図が誤警報を出すことが実証される。1995年、その自己相関を現場で扱う実装上の問題が整理される。2000年、SPCをめぐる理論と適用の論争が、査読誌の上で整理される。
約70年で確からしくなったのは、「管理図で工程は管理できる」ではなく、「管理図は安定状態・合理的部分群・独立という前提の上でだけ正しく働き、その前提と3σの由緒と論争は、見た目の客観のほど単純ではない」という向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、線の外に出た点を、それだけで「客観的な異常」と読むことである。線が引いてあると、前提が崩れていても、線のほうを信じてしまう。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠は、連続して測る工程や、統計の道具がよく使われる製造の現場から採られたものが多い。一人で少量を作る工房や、調剤や食品加工の現場では、そもそも同じ条件でまとまった測定を取ること自体が難しい。 合理的部分群が取れなければ、管理図の線は引けても、その線の意味は弱くなる。前提が満たせないことは、恥ではない。前提を満たしたふりをして線を信じることのほうが、危うい。
助けになるのは、自分が打っている(あるいは打とうとしている)数字が、独立して取れているか、同じ条件のかたまりになっているかを、一度確かめてみるという一手である。数値の良し悪しを判定するのではない。前提が成り立っているかだけを見る。前提が怪しいと分かれば、線を引くより先に、測り方や取り方のほうを見直す番だと分かる。それは管理図を捨てることではなく、管理図が意味を持つ土台を、先に整えることである。
最初の一歩は10分。自分がふだん記録している測定値(重さ・寸法・時間・温度など、何でもよい)を一種類選び、直近の並びを見て、次の二つを確かめる。ひとつ、隣り合う値は、前の値に似ていないか(似ていれば自己相関の疑い)。ふたつ、その測定は、同じ条件でまとめて取れているか。判定を下さなくてよい。前提が怪しいかどうかに、印を付けるだけである。印がひとつでも付けば、それはあなたの現場の測り方が、管理図の教科書の前提とどこで食い違うかを、自分の手で見つけた最初の記録になる。
次の単位は 327「手を止めて直す文化を作るには?」——数字で異常が見えたとして、その場で手を止めて直せるかどうかを決めるのは、図ではなく人と管理の応答である、という話を、ここに積み上げる。
- 管理図(測定値を時系列に打ち、偶然の範囲か異常かを見分ける図)は、三つの前提の上でだけ正しく働く。第一に工程が安定状態にあること、第二に測定が合理的部分群(同じ条件のかたまり)として取れていること、第三に観測が独立していること。前提が崩れれば、線の外の点でも異常とは読めない。数字が管理を保証するのではなく、前提が満たされて初めて数字が意味を持つ
- 三つの前提のうち現場でいちばん崩れやすいのは独立である。温度・寸法・濃度を連続して測れば前の値と次の値は似る(自己相関)。1988年に Journal of Business & Economic Statistics 6(1):87-95 へ出た研究は、自己相関があると標準の管理図が誤警報を多発することを示した。1995年の Production and Operations Management 4(3):263-276 はその実装上の問題を整理している
- 管理図の3シグマ(標準偏差の3倍)は、正規分布から計算で導かれた必然の値ではない。1931年の Economic Control of Quality of Manufactured Product でシューハートは、3σを確率計算からではなく実務で使い勝手のよい線として選んだ。ゆえに管理限界は仮説検定の有意水準と同じものではなく、線の外の点を検定の言葉で読むのは筋が違う
- 2000年に Journal of Quality Technology 32(4):341-350 へ出た論文は、SPCの論争を査読誌で整理し「Disputes over the theory and application of these methods are frequent and often very intense.」と書いた。論点には仮説検定と管理図の関係、理論の役割、手法の優劣、SPC研究の妥当性、そしてSPCそのものの妥当性までが含まれる
- 安定状態にある工程に、点が動くたびに手を入れると、かえってばらつきが増える。1986年の Out of the Crisis でデミングはこれを過剰介入(tampering)と呼び、ろうとの実験で示した。偶然のばらつきを異常と読んで反応すること自体が工程を悪くする。管理図の役割は、いつ手を出さないかを教えることでもある
- この単位は全社の品質保証や品質コストには踏み込まず、工程管理図の前提が現場で成り立つ条件に的をしぼる。線の外に出た点をそれだけで客観的な異常と読むと、前提が崩れていても線のほうを信じてしまう。合理的部分群が取れなければ、線は引けてもその意味は弱くなる
- 1931年のシューハート(前提と3σ)、1986年のデミング(過剰介入)、1988年の自己相関、1995年の実装問題、2000年の論争の整理——約70年で確からしくなったのは、管理図で工程は管理できる、ではなく、管理図は前提の上でだけ正しく働き、その前提と3σの由緒と論争は見た目の客観ほど単純ではない、という向きである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 測定値を管理図(SPC)に打てば、工程のばらつきは数字で客観的に管理でき、異常も客観的に検知できる | 2000年の査読論文が整理するとおり、SPCの理論と適用には頻繁で激しい論争がある。管理図は安定状態・合理的部分群・観測の独立という前提の上でだけ正しく働く。現場のデータは前の値を引きずりがちで(自己相関)、そのとき標準の管理図は誤警報を多発する。数字が管理を保証するのではなく、前提が満たされて初めて数字が意味を持つ |
| 管理図の3σは正規分布から導かれた線で、線の外は統計的に有意な異常を意味する | 1931年のシューハートは、3σを正規分布の確率計算からではなく、実務で使い勝手のよい線として選んだ。ゆえに管理限界は仮説検定の有意水準と同じものではなく、線の外の点を『5%の有意』のような検定の言葉で読むのは、由緒に照らして筋が違う |
| 点が動いたら、そのつど手を入れて調整すれば、工程は良くなる | 1986年のデミングが示した過剰介入(tampering)のとおり、安定状態の工程に点が動くたび手を入れると、かえってばらつきが増える。ろうとから玉を落とす実験で、狙いを毎回ずらすと的が広がった。管理図は、いつ手を出さないかも教える。線の内側の揺れは放っておくのが正しい |
皮肉なのは、線を一本引いた瞬間に、その外側だけが目に入るようになることである。線があると、前提が崩れていても、点が外に出たか出ないかだけを見てしまう。管理図がいちばん頼もしく見えるのは、たいてい、その線がどんな前提の上に引かれたかを、誰も確かめていないときである——線は、自分がどんな約束の上に立っているかを、自分では教えてくれない。
Q1. 管理図が正しく働くための三つの前提として、この単位が挙げたものはどれか。選択
Q2. 現場のデータで三つの前提のうちいちばん崩れやすいのは【 ① 】である。連続して測ると前の値と次の値が似ることを【 ② 】と呼び、これがあると標準の管理図は【 ③ 】を多発する。穴埋め
Q3. 管理図の「3σ」が正規分布の帰結ではない、とはどういうことか。管理限界と仮説検定の関係にも触れて1〜2文で書け。一問一答
Q4. デミングのいう過剰介入(tampering)とは何か。安定状態の工程との関係で説明せよ。一問一答
Q5. この単位で扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)自己相関があると標準の管理図が誤警報を出すことが実証される(イ)シューハートが管理図と実務的な3σの線を示す(ウ)SPCの理論と適用の論争が査読誌で整理される並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分がふだん記録している測定値(重さ・寸法・時間・温度・回数など、何でもよい)を一種類選び、直近の並びを書き写す。そのうえで、二つのことだけを確かめる。ひとつ、隣り合う値が前の値に似ていないか(似ていれば自己相関の疑いがある)。ふたつ、その測定は同じ条件でまとめて取れているか(合理的部分群になっているか)。数値の良し悪しを判定しない。誰かの作業を評価しない。あくまで自分の記録について、二つの前提が怪しいかどうかに、それぞれ印を付けるだけである。測定値を新たに取りに行かなくてよい。手元にある記録だけで行う。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Woodall W.H. (2000) 'Controversies and Contradictions in Statistical Process Control', Journal of Quality Technology 32(4):341-350 — doi.org
- Alwan L.C., Roberts H.V. (1988) 'Time-Series Modeling for Statistical Process Control', Journal of Business & Economic Statistics 6(1):87-95 — doi.org
- Shewhart W.A. (1931) 'Economic Control of Quality of Manufactured Product', D. Van Nostrand — search.worldcat.org
- Deming W.E. (1986) 'Out of the Crisis', MIT Center for Advanced Educational Services — search.worldcat.org
- Alwan L.C., Radson D. (1995) 'Implementation Issues of Time-Series Based Statistical Process Control', Production and Operations Management 4(3):263-276, doi:10.1111/j.1937-5956.1995.tb00056.x — doi.org
- Montgomery D.C. (2019) 'Introduction to Statistical Quality Control', 8th ed., Wiley — www.wiley.com