「経営者の78%が長期の価値を犠牲にする」を開くと、大きく犠牲にするは2.0%だった
経営者の78%が、短期の数字のために長期の価値を犠牲にしている。この数字の出どころにはたどり着ける。2005年の会計研究の論文である。開くと三つのことが分かる。尋ねられた質問が違い、78%が載っている表の分母は401ではなく302で、回答のおよそ3分の1は、ある会議の椅子の上に置かれた紙から来ている。
まず、この棚でよく引かれる数字から始める。経営者の78%が、短期の数字のために長期の価値を犠牲にしている。 引かれるときは、たいていこの形をしている。**出どころにはたどり着ける。2005年に *Journal of Accounting and Economics* 40巻1-3号へ出た論文である。** そこには、この数字がどう作られたかが、全部書いてある。
開くと、三つのことが分かる。質問文が違う。分母が違う。そして、回答の三分の1は、ある会議の椅子の上で生まれている。
78%の中身を開く
まず、尋ねられた質問はこれである。
> “How large a sacrifice in value would your firm make to avoid a bumpy earnings path?”(でこぼこした利益の道筋を避けるために、あなたの会社はどれだけの価値を犠牲にしますか)
「短期の数字のために」ではない。「でこぼこした利益の道筋を避けるために」である。 なめらかさを買うために、いくら払うか、と訊いている。流通している言い換えは、ここを置き換えている。
回答の内訳はこうである。犠牲にしない 22.0%。小さく犠牲にする 52.0%。中くらい 24.0%。大きく犠牲にする 2.0%。
> “an astonishing 78% of the survey respondents state that they would sacrifice a small, moderate or large amount of value to achieve a smoother earnings path”(驚くべきことに、回答者の78%が、より滑らかな利益の道筋を得るために、小・中・大のいずれかの規模で価値を犠牲にすると述べている)
78%は、小・中・大の三つを足した数である。 そして足し上げた中身の大半——52ポイント分——は「小さく犠牲にする」である。 「大きく犠牲にする」と答えたのは、50人に1人。
その78%の分母は、401ではない
この調査は401人の財務役員への質問票として引かれる。抄録にもそう書いてある。ところが、78%が載っている表の観測数は401ではない。302である。 表の見出しには、公開企業からの全回答者に占める割合と明記されている。
論文全体の分析の基礎も、401ではない。公開企業と分類できた312件である。 401のうち、46件は非公開企業、36件は公開・非公開の記載が無く、7件は不完全な回答として削除されている。
そして、その401という数字自体にも由来がある。総回答は405件。 そのうち同一企業からの2件組が4組あり、平均して1件に統合した。 残ったのが401件である。
つまり「401人の78%」という言い方は、二重に外れている。 78%が計算された表の分母は302で、その302は公開企業の回答者に限られている。
回答は、どこで集められたか
ここがこの棚の締めである。 401件は、どうやって集まったのか。論文はそれも書いている。
> “First, we e-mailed the survey to 3,174 members of an organization of financial executives that work for public companies... Two hundred sixty seven members responded to the Internet survey, for a response rate of approximately 8.4 percent.”(第一に、公開企業に勤める財務役員の団体の3,174名に調査票をメールで送った。267名がインターネット調査に回答し、回答率は約8.4パーセントであった)
残りは、こうである。
> “Before the keynote address, the executives were asked to fill out the paper version of the survey that was placed on their chairs... approximately one-fifth of the conference attendees, or 134 participants, filled out the survey – these respondents make up approximately one-third of our final sample.”(基調講演の前に、役員たちは椅子の上に置かれた紙の調査票に記入するよう求められた。会議出席者のおよそ5分の1にあたる134名が記入し、これらの回答者が最終標本のおよそ3分の1を占める)
2003年11月の、財務報告についての会議である。 基調講演が始まる前の数分。椅子の上に紙が置いてあった。
その134名が、最終標本の約3分の1を占めている。 全体の回答率は10.4%。
この棚は16回、同じ形の数字に出会ってきた。 探索の量も、感知の力も、開放性も、余裕も、測られたのは、社内の誰か一人が思い出して答えた選択肢だった。 締めの単位に置かれているのは、そのよく引かれる例である。 会社が長期の価値を犠牲にしているかどうかを、その会社の役員が一人、会議の椅子に座って、四つの選択肢から選んだ。
抄録の数字と、本文の表が合わない
同じ論文には、もう一つよく引かれる数字がある。55%。 抄録は、アナリストの予想に届かなくなるなら、非常に良い案件でも55%の経営者が着手を見送るだろうと書いている。
ところが本文の該当する表を見ると、その55%は「その案件を採る平均的な確率」である(利益が1株あたり1.80ドルから1.70ドルへ下がる筋書き、観測数284)。「55%の人が見送る」ではない。
本文が、見送るという言葉で明示的に書いている数字は別にある。
> “Interestingly, only 59% of the respondents would take the project in scenario two. Thus, 41% of the managers would not take a positive NPV project just to be able to meet the analyst consensus estimate!”(興味深いことに、筋書き二では回答者の59%しかその案件を採らない。つまり41%の経営者が、アナリストの予想の平均値をちょうど達成するためだけに、正の価値を持つ案件を採らないということである)
だからここで書けるのは41%であって、55%ではない。 原典の抄録と本文の表が食い違っているとき、引き写されるのは抄録のほうである。
質問票ではなく、実際の投資額を見ると
質問票を離れて、実際に使われた金額を見た研究がある。
**2015年に *The Review of Financial Studies* 28巻2号へ出た論文は、上場している企業と、観察できる性質が似ている非上場の企業を比べた。使ったのは2001年から2007年の米国の非上場企業の、およそ25万件の企業・年**のデータである。
> “compared with private firms, public firms invest substantially less and are less responsive to changes in investment opportunities, especially in industries in which stock prices are most sensitive to earnings news”(非上場企業と比べて、上場企業は実質的に投資が少なく、投資機会の変化への反応も鈍い。とくに株価が利益のニュースに最も敏感な産業でそうである)
これは短期主義の話と整合する。 ただし——同じ問いに、逆向きの答えも査読誌に出ている。
**2016年に *The Journal of Finance* 71巻4号へ出た論文は、米国の天然ガスの生産企業に対象を絞り、非上場企業のほうが投資機会の変化への反応が鈍いと報告している。2021年に *Journal of Public Economics* 196巻へ出た論文は、米国の税務申告のデータで同じ比較を行っている。当方はこの2本について抄録の逐語も数値も取得できていないので、この単位では向きだけを書き、数字は書かない。**
測り方を変えた研究もある。2017年に *The Review of Financial Studies* 30巻7号へ出た論文は、短期志向を報酬の大きさではなく、報酬が権利として確定する時期で測った。翌1年間に権利が確定する株式の感応度が四分位範囲ぶん増えると、研究開発費の伸びが0.11%下がる。これは平均的な伸び率の37%に当たる。
反論の側も、査読を経ていない
値切りは片方向にしない。 短期主義という見方そのものへの反論もある。2018年に実務家向けの誌へ出た論考が、それである。
> “U.S. companies are often criticized for being overly short-term oriented. This paper documents that those criticisms have a long history, going back at least thirty-five years.”(米国企業はしばしば短期志向が過ぎると批判される。本稿は、その批判に少なくとも35年前まで遡る長い歴史があることを記録する)
> “The paper finds little long-term evidence that is consistent with the predictions of the short-term critics.”(本稿は、短期主義の批判者たちの予測と整合する長期の証拠をほとんど見出さない)
ただし、この論考が載ったのは実務家向けの誌であって、通常の投稿査読誌ではない。 先行する作業論文には、査読を経ていないと発行元自身が明記している。 そして著者は、謝辞で複数の米国企業と一つの投資信託の役員を務めてきたことを開示している。
反論の格も、同じ物差しで測る。 そうしないと、値切りが片側にだけ効く。
時間・変化:批判のほうが、数字より古い
並べると、こうなる。批判は少なくとも35年前からあり、2005年に質問票の集計が出て、2015年に実際の投資額を見た研究が出て、2016年に逆向きの結果が出て、2017年に報酬の時間軸で測る研究が出て、2018年に反論が実務家誌へ出て、2021年に税務申告のデータで比べ直された。
動いたのは、測り方である。 質問票から、投資額へ、そして報酬の権利確定の時期へ。そのあいだ、引かれ続けたのは2005年の78%だった。 内訳も、分母も、集め方も付けずに。
標本の断りを置く。この単位の数字は、米国の企業を、米国の制度のもとで数えたものである。 会計基準も、株式市場の作りも、役員の報酬の慣行も、そこに固有のものである。手元の組織にそのまま当てはまる保証はない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、割合を、そのまま強さとして読むことである。78%のうち、大きく犠牲にすると答えたのは2.0%。 内訳を開くと、同じ数字が別の意味になる。
もう一つ。分母を確かめずに引くこと。 401人と書いてある調査の、78%が載っている表の分母は302だった。分母は、たいてい本文の表の隅に書いてある。
この単位では、株式の売り買いや、資金の集め方の助言はしない。 上場と非上場のどちらが良いという話も書かない。書けるのは、何が、誰によって、どう測られたか、までである。
助けるのは、自分がよく使う数字を一つ選んで、その分母と集め方を探してみることである。見つかれば、その数字はこれからも使える。見つからなければ、使えないのではなく、条件付きで使うことになる。
最初の一歩は5分。自分がよく引用する数字を一つ選び、公開されている出どころを開いて、①分母、②回答や記録の集め方、③回答率、の三つが書かれているかを確かめて、書かれていないものには「書かれていない」と記録する。
この棚は、社運という言葉を、数字の出どころの話に割ってきた。16の道具のどれについても、確かめられたのは、効き目の大きさではなく、その効き目がどう測られたかのほうだった。 最後に開いた78%は、四つの選択肢のうち三つを足した数で、その分母は302で、回答の三分の1は財務報告の会議の椅子の上から来ている。会社を測った、と書いてある。 測ったのは、その日その席にいた一人が、思い出して選んだ選択肢である。
- 「経営者の78%が長期の価値を犠牲にする」の出どころは2005年のJournal of Accounting and Economics 40巻1-3号の論文である。尋ねられた質問は、でこぼこした利益の道筋を避けるためにどれだけの価値を犠牲にするか、であって、短期の数字のために、ではない。
- 回答の内訳は、犠牲にしない22.0%、小さく犠牲にする52.0%、中くらい24.0%、大きく犠牲にする2.0%である。78%は小・中・大の三つを足した数で、その大半にあたる52ポイント分は小さく犠牲にするである。大きく犠牲にすると答えたのは50人に1人にあたる。
- 78%が載っている表の観測数は401ではなく302で、表の見出しには公開企業からの全回答者に占める割合と明記されている。論文全体の分析の基礎も公開企業と分類できた312件である。401のうち46件は非公開企業、36件は記載が無く、7件は不完全な回答として削除されている。
- その401という数字にも由来がある。総回答は405件で、同一企業からの2件組が4組あり平均して1件に統合した結果が401件である。したがって401人の78%という言い方は二重に外れている。
- 回答の集め方は二通りである。公開企業に勤める財務役員の団体の3,174名にメールで送って267名が回答(約8.4%)、加えて2003年11月の財務報告の会議で、基調講演の前に椅子の上に置かれた紙の調査票に134名が記入した。この134名が最終標本のおよそ3分の1を占め、全体の回答率は10.4%である。
- 同じ論文の抄録にある55%は、本文の表では案件を採る平均的な確率であって、55%の人が見送るという意味ではない(利益が1株あたり1.80ドルから1.70ドルへ下がる筋書き、観測数284)。本文が見送ると明示している数字は41%で、アナリストの予想の平均値をちょうど達成するためだけに正の価値を持つ案件を採らない、という形である。
- 質問票を離れて実際の投資額を見た研究もあるが、結果は一方向ではない。2015年のThe Review of Financial Studies 28巻2号は上場企業のほうが投資が少なく反応も鈍いと報告し、2016年のThe Journal of Finance 71巻4号は天然ガス産業で逆向きの結果を報告している。短期主義への反論を書いた2018年の論考は実務家向けの誌に載ったもので、通常の投稿査読誌ではない。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 経営者の78%が、短期の数字のために長期の価値を犠牲にしている | 尋ねられた質問は、でこぼこした利益の道筋を避けるためにどれだけの価値を犠牲にするか、である。回答の内訳は、犠牲にしない22.0%、小さく犠牲にする52.0%、中くらい24.0%、大きく犠牲にする2.0%。78%は小・中・大を足した数で、その大半は小さく犠牲にするである。大きく犠牲にすると答えたのは50人に1人にあたる。 |
| その78%は、401人の経営者に尋ねた結果である | 78%が載っている表の観測数は302で、表の見出しには公開企業からの全回答者に占める割合と明記されている。論文全体の分析の基礎も、公開企業と分類できた312件である。401という数字自体、総回答405件から同一企業の2件組4組を平均して得られたもので、さらに不完全な7件が削除されている。 |
| 抄録に、55%が正の価値を持つ案件を見送ると書いてあった | 本文の該当する表では、その55%は案件を採る平均的な確率である(利益が1株あたり1.80ドルから1.70ドルへ下がる筋書き、観測数284)。本文が見送ると明示している数字は41%で、アナリストの予想の平均値をちょうど達成するためだけに正の価値を持つ案件を採らない、という形である。抄録と本文の表が食い違うとき、引き写されるのは抄録のほうである。 |
この棚は、社運という言葉を、数字の出どころの話に割ってきた。最後に開いた78%は、四つの選択肢のうち三つを足した数で、その分母は302で、回答の三分の1は財務報告の会議の椅子の上から来ている。会社を測った、と書いてある。測ったのは、その日その席にいた一人が、思い出して選んだ選択肢である。
Q1. でこぼこした利益の道筋を避けるためにどれだけの価値を犠牲にするか、という問いへの回答の内訳は、犠牲にしない ____ %、小さく犠牲にする ____ %、中くらい ____ %、大きく犠牲にする ____ %である。穴埋め
Q2. 回答の集め方は二通りである。財務役員の団体の ____ 名にメールで送って ____ 名が回答(約8.4%)、加えて会議で基調講演の前に椅子の上に置かれた紙の調査票に ____ 名が記入した。この人たちは最終標本のおよそ ____ を占め、全体の回答率は ____ %である。穴埋め
Q3. 「401人の78%」という言い方は、どこがどう外れているのか。数字を挙げて説明せよ。一問一答
Q4. 同じ論文の55%と41%は、それぞれ何の数字か。違いを説明せよ。一問一答
Q5. この単位で並べた出来事を、年の古い順に並べよ。(天然ガス産業で逆向きの結果が出る/質問票の集計が出て78%が報告される/短期主義への反論が実務家向けの誌へ出る/実際の投資額を見て上場企業のほうが投資が少ないと報告される)並べ替え
紙かメモアプリを開く。自分がよく引用する数字を一つ選ぶ(仕事で使う統計でも、記事で読んだ割合でも、社内で回っている数字でもよい)。次に、その数字の公開されている出どころを開き、三つを探す——(1)分母(何件のうちの割合か)、(2)回答や記録の集め方(誰に、いつ、どうやって尋ねたか、あるいはどの記録から取ったか)、(3)回答率。見つかったものは数字ごと書き写し、見つからなかったものには「書かれていない」と書く。出どころにたどり着けなかった場合は「たどり着けなかった」と書いて終える。それも結果である。誰にも尋ねない。他社や他人の数字の使い方を評価しない。自分が使っている数字だけを対象にする。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Graham J.R., Harvey C.R., Rajgopal S. (2005) 'The economic implications of corporate financial reporting', Journal of Accounting and Economics 40(1-3):3-73, doi:10.1016/j.jacceco.2005.01.002 — doi.org
- Asker J., Farre-Mensa J., Ljungqvist A. (2015) 'Corporate Investment and Stock Market Listing: A Puzzle?', The Review of Financial Studies 28(2):342-390, doi:10.1093/rfs/hhu077 — doi.org
- Gilje E.P., Taillard J.P. (2016) 'Do Private Firms Invest Differently than Public Firms? Taking Cues from the Natural Gas Industry', The Journal of Finance 71(4):1733-1778, doi:10.1111/jofi.12417 — doi.org
- Feldman N., Kawano L., Patel E., Rao N., Stevens M., Edgerton J. (2021) 'Investment differences between public and private firms: Evidence from U.S. tax returns', Journal of Public Economics 196:104370, doi:10.1016/j.jpubeco.2021.104370 — doi.org
- Kaplan S.N. (2018) 'Are U.S. Companies Too Short-Term Oriented? Some Thoughts', Journal of Applied Corporate Finance 30(4):8-18, doi:10.1111/jacf.12313(実務家向けの誌。通常の投稿査読誌ではない) — doi.org
- Edmans A., Fang V.W., Lewellen K.A. (2017) 'Equity Vesting and Investment', The Review of Financial Studies 30(7):2229-2271, doi:10.1093/rfs/hhx018 — doi.org