「3表を連動させれば未来が描ける」を辿ると、中核の前提がそもそも当たらなかった
損益・貸借・キャッシュフローの3表を連動させれば、この会社の未来が描ける——そう言われる。ところがその予測の中核にある長期成長率を追うと、成長の持続は偶然を超えてほとんどなく、専門家の予測は楽観的で当たらなかった。予測は前提の掛け算で、掛け合わせるいちばん大事な前提が、そもそも外れている。この棚の最後は、その外れ方をどう扱うかで閉じる。
前の単位では、市場が会社にどう値段をつけるのかを扱った。ここでは、その先——いまの数字から未来をどう描くのかを扱う。
この単位が扱うのは一点——「3表を連動させれば未来が描ける」という言い方が、どこまで確かめられているかである。どの予測を採るべきか、この事業をどう見込むべきかは書かない。書けるのは、その予測がどの前提に支えられ、その前提がどこまで当たるかまでである。そしてこの単位は、この棚の締めでもある。
予測の中核にある前提を、名指しする
財務の予測は、たいてい成長率から始まる。売上が何%伸びるか、利益が何%伸びるか。その一つの数字が、3表を先まで伸ばしていく。では、その成長率は、どこまで当たるのか。
2003年に *The Journal of Finance* 58(2):643-684 に出た論文は、長期の利益成長率を正面から追った。要旨の一句はこうである。“There is no persistence in long-term earnings growth beyond chance, and there is low predictability even with a wide variety of predictor variables.”——長期の利益成長には、偶然を超えた持続はなく、多様な予測変数を使っても予測の当たりは低い。過去に高く伸びた会社が、この先も高く伸びるとは限らない。そして専門家の予測についても、要旨はこう言う。“IBES growth forecasts are overly optimistic and add little predictive power.”——専門家がまとめた成長予測は過度に楽観的で、予測力をほとんど加えない。
予測は前提の掛け算である。 成長率、利益率、運転資本の回り方、設備の要りよう——これらを掛け合わせて、未来の3表が出てくる。その掛け算のいちばん大事な項が、そもそも当たらない。 ここで言えるのは「予測を捨てよ」ではない。前提の脆さを、桁の裏に隠さず可視化せよ、である。
出発点の利益系列も、体系的には予測しにくい
3表を伸ばす出発点は、いまの利益である。その利益は、来期を体系的に読めるものなのか。
1972年に *The Journal of Finance* 27(3):663-681 に出た論文は、会計の利益の時系列としての振る舞いを調べ、利益がおおむねランダムウォークに近い——つまり、来期はだいたい今期の近くで、そこからの動きは体系的に読みにくい——ことを示した。出発点そのものが、規則正しくは予測できない。 その上に成長率を掛けて何年も伸ばせば、ずれは先へ行くほど広がる。
では、複雑なモデルを使えば当たるのか。2012年に *Review of Accounting Studies* 17(4):944-968 に出た論文は、専門家の予測が単純なランダムウォークに勝つ、という通説を再検討した。結論はこうである。長い期間の予測、小さいか若い企業、そして大きな変化を見込むときには、単純なランダムウォーク——前期の値をそのまま置く——のほうが、専門家の予測より正確だった。 複雑にすれば当たる、ではない。どこで、どの相手に効くかで、勝ち負けが入れ替わる。
専門家の予測は、大きく、楽観に偏ってずれる
1995年に *Financial Analysts Journal* 51(3):30-41 に出た論文は、専門家の合意予測を実績とつき合わせた。標本は66,100件の合意予測である。報告はこうだった——誤差が大きすぎて、投資家が信頼して使うには足りない。時系列のモデルより不正確で、楽観の側に偏り、しかも誤差は年を追って増えている。
これは「予測は無意味だ」という話ではない。 予測が、大きく、そして一方向(楽観)にずれるという、ずれ方の癖の話である。ずれ方に癖があるなら、予測をそのまま真に受けるのではなく、どちらへどれだけずれてきたかを併せて見ることができる。
シナリオを増やしても、前提の掛け算は残る
一つの予測が当たらないなら、いくつかのシナリオを並べればよい——そう言われる。楽観・標準・悲観の三本を引き、確率を振り、あるいは何万回もの試行を回す。この道具立て(シナリオ分析・決定木・シミュレーション)を体系立てて説く実務・教育の資料はある。ただし、それは査読された一次実証ではなく、道具の解説である。
そして道具立てを増やしても、一本一本のシナリオは、やはり前提の掛け算のままである。 楽観のシナリオは、楽観の成長率・楽観の利益率・楽観の回転を掛けたもので、悲観はその逆というだけのことも多い。シナリオの本数が増えると、確からしさが増えたように見える。 けれど増えているのは前提の組み合わせの数であって、当たる保証ではない。しかも、その予測が実際にどれだけ当たったかを後から検証した研究は、乏しい。 この分野で効果を因果的に確かめた査読研究は、単一の企業を追った事例研究にとどまる。 「ローリング予測で精度が上がった」という数字は、たいてい業者や助言会社の側から出ていて、査読を通っていない。「効果研究が乏しい」こと自体が、この単位の見つけたことである。
時間・変化:測る対象が、予測の中身から、予測の当たり外れへ
順に並べる。1972年、会計の利益がほぼランダムウォークに近く、体系的には予測しにくいと示された。1995年、専門家の合意予測が大きく楽観に偏ってずれ、誤差が増えていると報告された。2003年、長期の成長に偶然を超えた持続はなく、専門家の成長予測は楽観的で予測力に乏しいと示された。2012年、単純なランダムウォークが、長い期間や小さな企業で専門家の予測に勝つと報告された。
半世紀で、問いが移った。 「未来をどう描くか」から、「描いた未来は、どの前提に寄りかかり、どれだけ外れてきたか」へ。動かなかったのは、外に流れる言い方のほうである——いまも「3表を連動させれば未来が見える」と言われる。未来が見えると言う数字ほど、その未来がどれだけ外れてきたかを、併せて示していない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、精巧に作られた未来の数字を、確からしい未来と読むことである。桁が細かく、行が多く、3表がきれいに噛み合っているほど、当たりそうに見える。 けれど噛み合っているのは前提どうしであって、前提と現実ではない。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、米国の、上場企業を対象に採られたものが大半である。成長を追った研究も、予測を検証した研究も、財務データが公開され、予測がまとめられている企業を見ている。予測が立てられなかった会社、途中で消えた会社、当たらなかったので誰も検証しなかった予測は、最初から入っていない。 日本の財務予測を対象にした査読研究はごく少ない。
助けになるのは、「将来こうなる」という数字を見たときに、その中核の前提(多くは成長率)を一つ書き写し、過去に当たったかどうかが示されているかを確かめるという一手である。前提を一つと、当たり外れの記載の有無を書けるだけで、その予測が「見通し」なのか「願望に桁を付けたもの」なのかが見えてくる。
最初の一歩は5分。今日目にした「将来こうなる」という予測を一つ選び、その中核の前提を一つ書き写し、過去の的中の記載があるかを確かめる。
未来が外れたとき、戻るのは、どこか一つの段である
この棚は、順序のある絞り込みとして置かれていた。稼ぎの姿(損益)から入り、持っているものと負っているもの(資産負債)を見て、手元に残る現金(キャッシュフロー)に進み、最後に値段と未来(価値と予測)に至った。絞り込みの形をしているから、絞った先の予測が外れると、全部やり直しに見える。 実際にはそうならない。戻るのは、どこか一つの段である。
成長率の前提が甘かったのなら、この段の中で置き直す。値段の物差しが合っていなかったのなら、一つ前の段に戻る。現金が利益とずれて読めていなかったのなら、その手前の段に戻る。稼ぎの姿の見積り方だったのなら、いちばん前に戻る。どこに戻るかを決めるのに要るのは、決意ではない。外れ方の中身を見ることだけである。
ここで、この棚が十六回くり返してきたことに戻る。財務の数字は、測られた真実ではなく、作られた数字だった。 有名な公式の多くは、実証された因果ではなく、定義(恒等式)か、成り立たない仮定の下の定理だった。そして会社の生死を分けるのは利益ではなく現金で、両者は別物だった。この三つは、未来が外れたときにこそ効く。 どの数字がどう作られていたのかを見直すのに、それが手がかりになるからである。
未来を描いた予測が、その通りにならなかったとき。ファネルは、最初からやり直すのではない。どこか一つの段に戻って、どの数字が、どの前提で、どう作られていたのかを、もう一度見るだけである。 皮肉なのは、いちばん精巧に作った未来の数字が、いちばん確かめられていない前提に、いちばん深く寄りかかっていることである。桁を増やしても、その寄りかかりは消えない。増えるのは、桁のほうだけである。
- 2003年の The Journal of Finance 58(2):643-684 は、長期の利益成長に偶然を超えた持続はなく、多様な予測変数を使っても予測力は低いと報告した。専門家(IBES)の成長予測は過度に楽観的で予測力をほとんど加えない。財務予測の中核にある成長率という前提が、そもそも当たらない
- 予測は前提の掛け算で、成長率・利益率・運転資本・設備を掛け合わせて未来の3表が出る。掛け合わせるいちばん大事な項が当たらないので、言えるのは予測を捨てよではなく、前提の脆さを桁の裏に隠さず可視化せよ、である
- 1972年の The Journal of Finance 27(3):663-681 は、会計の利益がおおむねランダムウォークに近く、来期を体系的には予測しにくいことを示した。出発点そのものが規則正しくは予測できず、その上に成長率を掛けて何年も伸ばせば、ずれは先へ行くほど広がる
- 2012年の Review of Accounting Studies 17(4):944-968 は、長い期間の予測・小さいか若い企業・大きな変化を見込むときには、単純なランダムウォーク(前期の値をそのまま置く)のほうが専門家の予測より正確だと報告した。複雑にすれば当たるのではなく、どこでどの相手に効くかで勝ち負けが入れ替わる
- 1995年の Financial Analysts Journal 51(3):30-41 は、66,100件の合意予測を実績と比べ、誤差が大きすぎて信頼して使いにくく、時系列モデルより不正確で、楽観に偏り、誤差が年を追って増えていると報告した。予測は無意味なのではなく、大きく一方向にずれる癖がある
- シナリオ分析・決定木・シミュレーションを説く資料はあるが査読された一次実証ではなく、シナリオを増やしても一本一本は前提の掛け算のままである。予測が実際にどれだけ当たったかを因果的に検証した査読研究は乏しく、最も近いものも単一企業の事例にとどまる。効果研究が乏しいこと自体がこの単位の見つけたことである
- この棚が十六回くり返したのは、財務の数字は作られた数字であり、有名な公式の多くは実証された因果でなく定義(恒等式)か仮定下の定理であり、会社の生死を分けるのは利益でなく現金だということである。未来が外れたとき、ファネルは最初からやり直すのではなく、どこか一つの段に戻って、どの数字がどの前提でどう作られていたかをもう一度見るだけである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 損益・貸借・キャッシュフローの3表を連動させれば、会社の未来を数字で描ける | 財務予測の中核には長期の成長率という前提がある。2003年の The Journal of Finance 58(2):643-684 は要旨で “There is no persistence in long-term earnings growth beyond chance, and there is low predictability even with a wide variety of predictor variables.”——長期の利益成長に偶然を超えた持続はなく、多様な予測変数を使っても予測力は低い、と述べる。同じ要旨は “IBES growth forecasts are overly optimistic and add little predictive power.”——専門家の成長予測は過度に楽観的で予測力をほとんど加えない、とも述べる。予測は前提の掛け算で、掛け合わせるいちばん大事な前提が当たらない。予測を捨てよ、ではなく、前提の脆さを可視化せよ、が言えるところである |
| 複雑な予測モデルやローリング予測を使えば、単純な当て推量より精度が上がることが確かめられている | 1972年の The Journal of Finance 27(3):663-681 は会計の利益がほぼランダムウォークに近いことを示し、2012年の Review of Accounting Studies 17(4):944-968 は、長い期間・小さいか若い企業・大きな変化のときには、単純なランダムウォーク(前期をそのまま置く)のほうが専門家の予測より正確だと報告した。1995年の Financial Analysts Journal 51(3):30-41 は、66,100件の合意予測を実績と比べ、誤差が大きすぎて信頼して使いにくく、時系列モデルより不正確で、楽観に偏り、誤差が増えていると報告する。ローリング予測の効果を因果的に確かめた査読研究は乏しく、最も近いものも単一企業の事例にとどまる |
この棚は、稼ぎの姿から入り、持っているものと負っているものを見て、手元の現金に進み、値段と未来に至る、という絞り込みの形をしていた。最後の単位で未来を描いて、その予測が外れたとき——絞り込みの形をしているから、外れると全部やり直しに見える。実際にはそうならない。戻るのは、どこか一つの段である。成長率の前提が甘かったのなら、この段の中で置き直す。値段の物差しが合っていなかったのなら、一つ前に戻る。現金が利益とずれていたのなら、その手前に戻る。数字は作られた数字で、利益はキャッシュではなく、公式は恒等式か仮定の下の定理だった——この棚が十六回くり返したことは、外れたときにこそ効く。皮肉なのは、いちばん精巧に作った未来の数字が、いちばん確かめられていない前提に、いちばん深く寄りかかっていることである。未来を描き直すのに要るのは、決意ではない。どの前提がどう作られていたかを、もう一度見ることだけである。
Q1. 2003年の The Journal of Finance 58(2):643-684 は、長期の利益成長には偶然を超えた【 ① 】はなく、専門家(IBES)の成長予測は過度に【 ② 】で予測力をほとんど加えない、と報告した。財務予測は前提の【 ③ 】で、その中核の成長率がそもそも当たらない。穴埋め
Q2. 2012年の Review of Accounting Studies 17(4):944-968 が、専門家の予測と単純なランダムウォークについて報告したのはどれか。選択
Q3. 「シナリオを増やせば予測は確からしくなる」という言い方を、本文はどう扱っているか。数値を1つ添えて説明せよ。一問一答
Q4. 本文の「時間・変化」に沿って、財務予測をめぐる報告を早いほうから並べなさい。(ア)長期成長に偶然を超えた持続はなく専門家の成長予測は楽観的だと示される(イ)会計の利益がほぼランダムウォークに近いと示される(ウ)単純なランダムウォークが長い期間や小さな企業で専門家の予測に勝つと報告される(エ)専門家の合意予測が大きく楽観に偏ってずれ誤差が増えていると報告される並べ替え
Q5. この棚の締めによれば、未来を描いた予測が外れたとき、ファネルは最初からやり直すのではなく、どこか【 ① 】の段に戻って、どの数字が、どの【 ② 】で、どう作られていたのかをもう一度見るだけである。この棚が十六回くり返したのは、数字は作られた数字であり、生死を分けるのは利益ではなく【 ③ 】だ、ということである。穴埋め
紙かメモアプリに今日の日付を書く。今日、記事・資料・ニュース・広告などで目にした「将来こうなる」「◯年後には」「◯%成長する」といった予測を1つ選んで書く。次に、その予測が置いている中核の前提を1つ書き写す——多くは成長率だが、利益率や普及率でもよい。続けて、その予測が過去にどれだけ当たったか(的中や誤差の記載)が示されているかを、「あり」「なし」で書く。最後に、その前提を少し悲観側に振ったら結論がどう変わりそうか、書かれている範囲で1行だけ書く(分からなければ「感度の記載なし」)。当たるかどうかは自分で判定しない。特定の会社の将来の株価や業績を自分で予測したりはしない。いま仕事の予測に触れていない場合は、身近な「将来こうなる」——貯蓄の試算、人口や物価の見通しなど——を1つ選び、同じ形で中核の前提を書き写せば成立する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Chan L.K.C., Karceski J., Lakonishok J. (2003) 'The Level and Persistence of Growth Rates', The Journal of Finance 58(2):643-684, doi:10.1111/1540-6261.00540 — doi.org
- Ball R., Watts R. (1972) 'Some Time Series Properties of Accounting Income', The Journal of Finance 27(3):663-681, doi:10.1111/j.1540-6261.1972.tb00991.x — doi.org
- Bradshaw M.T., Drake M.S., Myers J.N., Myers L.A. (2012) 'A re-examination of analysts' superiority over time-series forecasts of annual earnings', Review of Accounting Studies 17(4):944-968, doi:10.1007/s11142-012-9185-8 — doi.org
- Dreman D.N., Berry M.A. (1995) 'Analyst Forecasting Errors and Their Implications for Security Analysis', Financial Analysts Journal 51(3):30-41, doi:10.2469/faj.v51.n3.1903 — doi.org
- Jordan S., Messner M. (2019, 冊子体2020) 'The Use of Forecast Accuracy Indicators to Improve Planning Quality: Insights from a Case Study', European Accounting Review 29(2):337-359, doi:10.1080/09638180.2019.1577150 — doi.org
- Damodaran A. 'Probabilistic Approaches: Scenario Analysis, Decision Trees and Simulations', NYU Stern 配布資料(実務・教育資料。査読誌ではない。2026年8月閲覧) — pages.stern.nyu.edu