黒字のまま、現金を一度も生まなかった会社の話
利益が出ていれば大丈夫、とよく言う。ところが原典を開くと、10年ものあいだ帳簿に利益を書き続けながら、そのあいだ一度も現金を内部で生まなかった大企業が出てくる。利益は見積りで作られ、現金は動いた分だけが残る。両者は、別のものを測っている。
前の単位では、帳簿の上で会社が何を持ち、何を負っているのかを扱った。ここでは、帳簿の利益ではなく、実際に動いた現金を扱う。ここから段はひとつ進んで、帳簿の利益ではなく、実際に動いた現金の話になる。
この単位が扱うのは一点——帳簿に載る利益と、実際に動いた現金が、どこまで別のものかである。 どうすれば現金を増やせるか、という処方は扱わない。書けるのは、なぜ帳簿の数字だけを見ていると足をすくわれるのか、その理由のほうである。
帳簿の利益は、いくつもの見積りで作られている
まず、利益がどう作られるかを見る。会社の利益は、現金が動いた瞬間ではなく、取引が起きたとされる時点で記録される——これを発生主義という。売ったが代金はまだ受け取っていない分も、使ったがまだ払っていない分も、利益の計算には入る。同じ現金の出入りでも、いつ売上として数えるか、貸し倒れをどれだけ見込むか、設備の価値をどれだけの年数で減らすかで、その期の利益の額は変わる。
1996年に *The Accounting Review* 71(3):289-315 に出た研究は、この点を数字で追った。1962年から1991年までの米国上場企業の延べ4万社・年あまりのデータを使い、利益を、現金として実際に動いた成分と、見積りで足された発生高の成分の二つに分ける。 そして、翌年の利益をどれだけ言い当てられるか——持続性——を成分ごとに比べた。結果は、発生高の成分の持続性のほうが、現金の成分より低い、というものだった。 見積りで足された分は、翌年には剥がれやすい。それでも市場の価格は、利益全体をひとまとめに受け取って、成分ごとの違いを十分には織り込んでいない、と同じ研究は報告している。利益は、測られた一つの真実ではなく、持続性の違う成分が足し合わされた数字である。
利益と現金は、測っているものが構造的に違う
1994年に *Journal of Accounting and Economics* 18(1):3-42 に出た研究は、利益と現金のどちらが会社の成績をよく測るかを正面から扱った。結論は単純な優劣ではない。測る期間が短いほど、運転資本の変動が大きいほど、そして商売の一巡が長いほど、現金フローはタイミングとマッチングの問題で成績を写しにくくなり、発生高がそのズレを補正する。 逆に言えば、利益と現金は、構造的に別のものを測っている。片方が良くなっても、もう片方が自動で良くなるわけではない。
ここで踏み外しやすいのが、『では現金こそが真実で、利益は嘘だ』という方向である。それも行き過ぎである。 1998年に *Journal of Accounting and Economics* 25(2):133-168 に出た研究は、現在の利益のほうが、現在の現金より、将来の営業キャッシュフローをよく予測すると報告した。見積りで足された発生高は、でたらめに足されているのではなく、将来の現金についての情報も運んでいる。だからこの単位は、利益を否定しない。利益と現金は別のものを測っていて、どちらか一方だけを見ると片側が抜ける、というところに留める。
黒字のまま、現金を一度も生まなかった会社がある
この『別物である』が、いちばんはっきり出た事例がある。1980年に *Financial Analysts Journal* 36(4):51-54 に出た研究は、ある米国の大手小売企業が破綻に至るまでの十数年を、損益計算書と現金の両面から追った。
その会社は、破綻のおよそ10年前から、損益計算書には利益を計上し続けていた。 従来の比率分析——利益や流動比率を並べる読み方——では、深刻な問題は破綻の数年前まで見えてこない。ところが、同じ10年間、営業活動からは現金がほとんど内部で生まれていなかった。 会社は事業そのものからは現金を作れず、借入と株式の発行で現金の穴を埋め続けていた。研究者は、現金の流れのほうを丁寧に読んでいれば、破綻の兆候は10年ほど前から見えていたはずだと書いている。 帳簿は利益で光っていて、現金では10年前から陰っていた。同じ一社が、利益で読むと生きていて、現金で読むと死にかけていた。
フリーキャッシュフローに、ひとつの正しい式は無い
現金の話には、フリーキャッシュフロー——自由に使える現金——という言葉がよく出てくる。ところが、この言葉の定義は一つではない。
企業全体に向けた自由な現金と、株主に向けた自由な現金は、別の式で計算される。さらに、そこから設備投資をどれだけ引くか、運転資本の増減をどう入れるか、減価償却のような現金の動かない項目をどう戻すかで、同じ会社の同じ期でも、出てくる金額が動く。 財務の教科書や、投資家向けの実務資料は、これを一つの式で示すことがある。だが、それらは実務や教育のための資料であって、査読された一次研究ではない。 ある会社の『自由な現金は◯円』という一つの数字を見たら、まず問うべきは、どの定義で、どの調整を通した数字なのかである。
キャッシュフロー計算書は、区分の取り方まで決められている
最後に、いちばん操作しにくいはずの現金でさえ、写し取り方には決まりがある、という話をしておく。
会社が現金の動きを外に示すキャッシュフロー計算書は、国際的な会計基準(IAS第7号)でも、米国の会計基準(ASC 230)でも、現金の動きを営業・投資・財務の三つの区分に分けて示すと定められている。 見せ方には、現金の出入りを直接並べる方法と、利益から逆算して現金に直す方法の二通りがある。基準は『何を、どう測って示すか』を定めた定義であって、効果を確かめた実証ではない。 そして基準の中にも選べる余地は残っている——たとえば利息や配当の受け払いをどの区分に置くかは、基準によっては選択が認められている。だから『営業キャッシュフロー』という一つの言葉でも、中身は区分の置き方で変わりうる。 現金は利益ほどには作れないが、まったく作られていないわけではない。
時間・変化:測り直すたびに、利益と現金の距離が測られてきた
順に置く。1980年、10年間黒字を計上しながら現金を内部で生まなかった小売企業の事例が、現金フロー分析の価値とともに報告された。1994年、利益と現金のどちらが成績をよく測るかが正面から扱われ、両者が構造的に別物であることが示された。1996年、利益が持続性の違う二つの成分に分けられ、見積りで足された成分ほど翌年に剥がれやすいことが示された。1998年、その見積りが将来の現金の情報も運んでいることが確かめられた。約20年で、問いは『利益は成果か』から『それはどの成分の利益か、現金とどれだけ離れているか』へ移った。 流通しているほうの合言葉——『利益が出ていれば大丈夫』——は、その間ほとんど動いていない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、『営業キャッシュフローがプラスなら安全』のような、一つの数字を閾値にする読み方である。プラスかマイナスかは、区分の置き方や一時的な資金の出入りでも動く。一つの数字の符号を安全の証明に使うと、その手前で起きていることが見えなくなる。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、米国の上場企業から採られたものが大半で、規模は延べ4万社・年あまり、あるいは1社の十数年である。日本の会社の利益と現金を対象にした査読研究はごく少ない。そして——続いている会社、記録が残っている会社のデータだけが標本に入り、途中で消えた会社のデータは最初から抜けている、という逆向きを排除できない。 1980年の事例が重いのは、まさにその、消えていった側を、消える前から現金で追っているからである。
助けになるのは、帳簿の利益と、実際に動いた現金を、1件だけ突き合わせてみるという一手である。効き目は差の大きさではなく、『自分は利益と現金のどちらを見て安心していたのか』がはっきりすることのほうにある。
最初の一歩は10分。今月の利益として示された数字を1つと、その同じ月に実際に動いた現金の動きを1つ選び、並べて、差を1行だけ書く。 直さなくてよい。差がゼロでもよい。
次の単位は 266「資金繰り・ランウェイ管理力」——黒字なら潰れない、という言い方の出どころは、どこまで辿れるのか。
- 1996年に The Accounting Review 71(3):289-315 に出た研究は、1962年から1991年の米国上場企業の延べ4万社・年あまりのデータで、利益を現金の成分と発生高(見積り)の成分に分け、発生高成分の持続性が現金成分より低いこと、市場価格が成分の違いを十分に織り込んでいないことを報告した。利益は持続性の違う成分の足し算である
- 1994年に Journal of Accounting and Economics 18(1):3-42 に出た研究は、測る期間が短いほど、運転資本の変動が大きいほど、商売の一巡が長いほど、現金フローはタイミングとマッチングの問題で成績を写しにくく、発生高がそのズレを補正すると報告した。利益と現金は構造的に別のものを測っている
- 1998年に Journal of Accounting and Economics 25(2):133-168 に出た研究は、現在の利益のほうが現在の現金より将来の営業キャッシュフローをよく予測すると報告した。だから『現金こそ真実で利益は嘘』は言い過ぎで、値切りは『両者は別物で、一方だけ見ると片側が抜ける』に置く
- 1980年に Financial Analysts Journal 36(4):51-54 に出た事例研究は、ある米国大手小売企業が破綻のおよそ10年前から損益計算書に利益を計上し続けながら、同じ10年間、営業活動から現金を内部で生んでいなかったことを示した。従来の比率分析では問題が破綻の数年前まで見えず、現金フロー分析なら約10年前に兆候が見えたと書いている
- フリーキャッシュフロー(自由に使える現金)の定義は一つではない。企業全体に向けたものと株主に向けたもので式が分かれ、設備投資・運転資本の増減・非現金項目の扱いで同じ会社の同じ期でも金額が動く。教科書や実務資料が一つの式で示すことがあるが、それらは査読された一次研究ではない
- キャッシュフロー計算書は、国際会計基準 IAS 第7号でも米国基準 ASC 230 でも、現金の動きを営業・投資・財務の3区分に分けて示すと定められている。表示は直接法と間接法の二通りがあり、利息・配当の受け払いを置く区分に選択の余地がある。基準は定義であって実証ではなく、『営業キャッシュフロー』の中身も区分の置き方で変わりうる
- 妨げるものの筆頭は『営業キャッシュフローがプラスなら安全』のような一つの数字を閾値にする読み方である。プラスかマイナスかは区分の置き方や一時的な資金の出入りでも動く。証拠は米国上場企業に偏り、消えた会社のデータが抜ける生存者バイアスを排除できない。1980年の事例が重いのは、消えた側を消える前から現金で追っているからである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 利益が出ていれば、会社は大丈夫である | 利益と現金は別のものを測っている。1996年に The Accounting Review 71(3):289-315 に出た研究は、利益を発生高の成分と現金の成分に分けると、発生高成分の持続性が現金成分より低いと報告した。1980年に Financial Analysts Journal 36(4):51-54 に出た事例研究は、破綻の前年まで、およそ10年にわたり損益計算書に利益を計上しながら、同じ10年間、営業活動から現金を内部で生んでいなかった小売企業を追っている。黒字は、現金があることを意味しない |
| 現金こそが真実で、利益は嘘である | これも言い過ぎである。1998年に Journal of Accounting and Economics 25(2):133-168 に出た研究は、現在の利益のほうが、現在の現金より、将来の営業キャッシュフローをよく予測すると報告した。発生主義の見積りは、将来の現金の情報も運んでいる。値切りは『利益は嘘』ではなく、『利益と現金は測っている対象が構造的に違い、どちらか一方だけを見ると片側が抜ける』というところに置く |
| フリーキャッシュフロー(自由に使える現金)には、正しい計算式が一つある | 一つではない。企業全体に向けたフリーキャッシュフローと、株主に向けたフリーキャッシュフローで定義が分かれ、さらに設備投資・運転資本の増減・非現金の項目の扱い方で、同じ会社でも出てくる金額が動く。これを一つの式・一つの数字として『正解』のように書くことはできない。教科書や実務資料はそう書くことがあるが、それらは査読された一次研究ではない |
皮肉なのは、いちばん操作しにくいと言われる現金でさえ、計算書の区分の取り方までは基準に決められている、という点である。どこからを営業活動と呼ぶか、利息の受け払いをどの区分に置くか——そこには選べる余地が残っている。それでも、利益にくらべれば現金は動いた分しか残らない。黒字倒産という言葉が重いのは、利益のほうが先に、そして大きく、作られるからである。
Q1. 1996年に The Accounting Review 71(3):289-315 に出た研究は、利益を ____ の成分と、見積りで足された ____ の成分に分け、後者のほうが翌年への ____ が低いと報告した。穴埋め
Q2. 1980年に Financial Analysts Journal 36(4):51-54 に出た事例研究が示した、破綻前の小売企業の利益と現金の姿を、期間を添えて述べよ。一問一答
Q3. 『現金こそが真実で、利益は嘘だ』という言い方に対して、本文が根拠に挙げている1998年の研究の結果はどれか。選択
Q4. 『フリーキャッシュフロー(自由に使える現金)には正しい式が一つある』という言い方が成り立たない理由を、金額を動かす要素を挙げて述べよ。一問一答
Q5. キャッシュフロー計算書について、本文が『基準は定義であって実証ではない』と述べる根拠として正しいものはどれか。選択
紙かメモアプリを開き、今日の日付を書く。次に、自分が今月『利益』として目にした数字を1つ書き写す(会社全体でも、自分の担当する部門・案件でも、家計でもよい)。その下に、同じ月に『実際に動いた現金』として自分が確かめられるものを1つ書く——入ってきた入金でも、出ていった支払いでも、月末の残高の増減でもよい。最後に、この二つが同じ方向に動いていたか、逆だったかを1行で書く。金額の正確さは問わない。原因の分析も書かない。会社に属していない場合や一人で全部を回している場合は、家計や自分の活動の記録で、利益にあたるもの(見込みや帳簿上の残り)と、現金にあたるもの(財布や口座の実際の増減)を1つずつ選べば同じ形で成立する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Sloan R.G. (1996) 'Do Stock Prices Fully Reflect Information in Accruals and Cash Flows about Future Earnings?', The Accounting Review 71(3):289-315, doi:10.2308/tar-9608042309 — doi.org
- Dechow P.M. (1994) 'Accounting earnings and cash flows as measures of firm performance: The role of accounting accruals', Journal of Accounting and Economics 18(1):3-42, doi:10.1016/0165-4101(94)90016-7 — doi.org
- Dechow P.M., Kothari S.P., Watts R.L. (1998) 'The relation between earnings and cash flows', Journal of Accounting and Economics 25(2):133-168, doi:10.1016/S0165-4101(98)00020-2 — doi.org
- Largay J.A., Stickney C.P. (1980) 'Cash Flows, Ratio Analysis and the W.T. Grant Company Bankruptcy', Financial Analysts Journal 36(4):51-54, doi:10.2469/faj.v36.n4.51 — doi.org
- Damodaran A. 'Free Cashflow to the Firm and to Equity'(Applied Corporate Finance 関連の教育・実務資料。査読誌ではない・2026年8月閲覧) — pages.stern.nyu.edu
- IASB, IAS 7 'Statement of Cash Flows'(および米国 FASB ASC 230 'Statement of Cash Flows'。会計基準=定義の提示・2026年8月閲覧) — www.ifrs.org