「40%を超えれば達成」の40%は、定めた本人が「いささか恣意的」と書き添えていた
利用者の40%が「無くなったらとても困る」と答えれば達成している。この40%の出どころには、たどり着ける。2009年のある実務家の個人ブログである。そこにはこう書かれていた——率直に言えばこの閾値はいささか恣意的だが、私は100社近くの結果を比べたうえでこれを定めた。書いた本人が、恣意的だと書いている。
前の単位では、人が人を連れてくるという話を扱った。ここでは、増え方そのものを扱う。この棚の最後の要素である。
増え方には、二つの言葉がついている。 一つは、商品が市場に合っている状態。もう一つは、増えることが次に増えることを生む輪。どちらも、達成したかどうかを言い当てる数字を持っていることになっている。その数字を追う。
40%という閾値に、たどり着いた
いちばんよく使われる判定はこれである。利用者に「これがもう使えなくなったらどう感じますか」と尋ね、「とても困る」と答えた人が40%を超えていれば、達成している。
この40%の出どころは、たどり着ける。 2009年に公開された、ある実務家の個人ブログの記事である。査読誌ではない。 本文には、こう書かれている。
> “I ask existing users of a product how they would feel if they could no longer use the product.”(私は、ある製品の既存の利用者に、その製品がもう使えなくなったらどう感じるかを尋ねる)
> “In my experience, achieving product/market fit requires at least 40% of users saying they would be ‘very disappointed’ without your product.”(私の経験では、商品と市場の適合を達成するには、少なくとも40%の利用者が、その製品が無いと「とても困る」と言うことが必要である)
そして次の一文が、この棚の締めそのものである。
> “Admittedly this threshold is a bit arbitrary, but I defined it after comparing results across nearly 100 startups.”(率直に言えばこの閾値はいささか恣意的だが、私は100社近くの結果を比べたうえでこれを定めた)
書いた本人が、恣意的だと書いている。 そして同時に、100社近くを比べたとも書いている。 どちらか一方だけを引くと、話が変わる。
この単位は、「たどり着けなかった」型ではない。たどり着いた。たどり着いた先に、書いた本人による但し書きがあった、という型である。
その100社近くは、どこにあるのか
同じ記事には、続けてこう書かれている。
> “Those that struggle for traction are always under 40%, while most that gain strong traction exceed 40%.”(勢いを得るのに苦労する会社は常に40%を下回り、強い勢いを得る会社のほとんどは40%を超える)
「常に」と「ほとんど」が、一文の中に並んでいる。 下回る側は例外なく、超える側は大半——この非対称は、原文のままである。
ただし、その100社近くの一覧は公開されていない。 どの会社か、どういう質問文で、いつ、何人に尋ねたか。当方は、それらを確かめられる形で示した資料には行き着かなかった。 記事はさらに、この概念がずっとかなり抽象的なもので、実際に達成したときにそれと分かるのが難しかったと書いている。この記事は、その抽象性を減らそうとして書かれたものである。
そして、そのために置かれた数字が、書いた本人の言葉で「いささか恣意的」である。
増え方のほうにも、定義が無い
もう一つの言葉——輪のほうへ移る。 使った人が新しい人を呼び、その人がまた別の人を呼ぶ。この構造に名前が付き、種類が分類され、設計の対象になっている。
当方は、この輪という概念を定義し、その効果を推定した査読研究には行き着かなかった。 行き着いたのは、その手前にある古い模型と、その模型が前提していたものへの検証である。
**1969年に *Management Science* 15巻5号へ出た論文が、新しい商品がどう広がるかの模型を提示している。基本の仮定は、ある消費者が最初に買う時期が、それ以前に買った人の数に関係している、というものである。 論文はこれを、革新的な行動と、模倣的な行動という言葉で説明した。11の耐久消費財のデータで検証し、売上の頂点とその時期をよく予測した。**
「前に買った人の数が、次の人の購入時期に効く」——これが、輪という発想の土台である。 そして、その土台が、四十年後に検証されることになる。
**1992年に *The Journal of Industrial Economics* 40巻1号へ出た論文は、利用者が増えるほど価値が上がるという状況での商品の投入を、形式的な模型として扱っている。理論の提示であって、効果推定ではない。** 輪という発想の理論の側は、こうした形式模型の系譜にある。
売り込みを統制すると、伝染の効果は消えた
ここからが、この棚の締めである。
**2001年に *American Journal of Sociology* 106巻5号へ出た論文は、ある画期的な普及研究——医師のあいだで新しい薬がどう広まったかを扱い、社会的な伝染の証拠として長く引かれてきた研究——を、取り直した。**
論文の指摘は明快である。その研究と、それに続く複数の研究は、社会的な伝染と、売り込みの効果を取り違えていた。 当時の医療の側の理解と、その薬がどう売り込まれていたかを整理すると、社会的な伝染を予期する理由は見当たらず、むしろ積極的な売り込みが重要な役割を果たしていた可能性がある。
そして、元のデータを新しく集めた広告のデータで補って再分析した結果が、これである。
> “When marketing efforts are controlled for, contagion effects disappear.”(売り込みの努力を統制すると、伝染の効果は消える)
消える。弱くなる、ではない。
**2009年に *Proceedings of the National Academy of Sciences* 106巻51号へ出た論文が、同じ問題をはるかに大きな規模で扱った。2,740万人の利用者からなる世界規模の連絡網について、ある機能の日ごとの取り入れと、利用者の行動・属性・地理のデータを使い、影響と類似性を区別する枠組み**を作った。
類似性——似た者どうしがつながりやすいという性質である。似た人どうしがつながっていれば、誰も影響していなくても、同じ行動が同じ頃に現れる。 結果はこうである。
> “previous methods overestimate peer influence in product adoption decisions in this network by 300-700%, and that homophily explains >50% of the perceived behavioral contagion.”(この網における商品の取り入れの決定について、従来の方法は仲間の影響を300%から700%過大に推定しており、類似性が、知覚された行動の伝染の50%超を説明する)
300%から700%の過大推定。 そして、伝染だと見えていたものの半分以上は、似た者どうしが集まっていただけだった。
**2012年に *Science* 337巻6092号へ出た論文は、130万人を対象にした無作為化実験で影響と被影響性を分けて測り、影響を与える人ほど影響を受けにくく、しかも網の中で固まっていることを示している。平均で語れる構造ではない。**
時間・変化:五十年、同じ問いが形を変えて残っている
並べると、こうなる。1969年に「前に買った人の数が次の人に効く」という模型が出て、1992年に利用者が増えるほど価値が上がる状況の形式模型が整い、2001年に古典的な普及研究の伝染効果が売り込みを統制すると消え、2009年に従来の方法が仲間の影響を300%から700%過大推定していたと出て、2012年に影響と被影響性が分けて測られた。
そして、その2009年の翌年あたりから、実務の側では輪の設計が語られるようになった。
この棚が16回くり返してきた二つの手つきが、ここで交差する。 一つ目——顧客について流通している数字は、たいてい、その数字を売っている人が作った。 40%を定めたのは、成長を主題にする実務家である。輪の分類を配っているのも、実務の側である。それ自体は悪くない。 二つ目——同じ言葉で、別のものを数えている。「達成した」も、「輪が回っている」も、測るたびに定義が変わる。
ファネルは、やり直すものではない
この棚は、四つの段を順に絞る過程として始まった。市場と言葉。来てもらって、選ばれるまで。使ってもらう、続いてもらう。広がる、増える。
最後まで来て言えるのは、この過程がうまくいっているかどうかを判定する数字が、どの段にも一つは置かれていて、そのどれもが、誰かが決めた定義の上に立っているということである。 市場の大きさも、位置取りも、価値提案の明確さも、認知も、資格化された見込み客も、健全さの点数も、離れないことの指標も、そして達成の閾値も。
だから、思ったように増えなかったとき、ファネルを最初からやり直す必要は無い。 どこかの段に戻って、その数字を誰が、何を、どう数えたのかを見直すだけである。 定義が動いていれば、数字は勝手に動く。動いた数字を見て段を作り直すと、作り直した段の上に、また同じ定義が乗る。
そして、いちばん確かめるのが難しいのは、増えたときのほうである。 減ったときは原因を探す。増えたときは、探さない。 二十年ぶんの研究が繰り返し示してきたのは、増えて見えたものの相当な部分が、売り込みの効果だったり、似た者どうしが集まっていただけだったりしたということである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、閾値を、達成の証明として扱うことである。書いた本人が、いささか恣意的だと書いている。 そして、比べたという100社近くの一覧は公開されていない。
もう一つ。増えたことを、輪が回った証拠として読むこと。 売り込みを統制すると伝染が消えた例があり、類似性が知覚された伝染の半分以上を説明した例がある。増えた理由の候補は、いつも複数ある。
この単位では、投資や資金調達の助言はしない。 達成したかどうかで次の段階を判断せよ、という形の話も書かない。
助けるのは、自分が「うまくいっている」と判断するときの数字を一つ選び、その数字が最後に定義を変えたのはいつかを確かめるという一手である。思い出せなければ、それは定義ではなく、習慣である。
標本の偏りを断っておく。この単位で引いた実証は、ある連絡網の2,740万人、ある交流の場の130万人、11の耐久消費財、そして一つの薬の普及である。 どれも、読者の商いとは規模も種類も違う。 言えるのは、増えた理由を一つに決めるのが、大規模なデータと無作為化実験を使ってさえ難しい、ということのほうである。
最初の一歩は5分。自分が「うまくいっている」と判断するときに見ている数字を一つ選び、その定義を一行で書き、最後に定義を変えたのがいつかを一言添える。 変えていなければ「変えていない」、思い出せなければ「思い出せない」と書く。
この棚は、四つの段を順に絞る過程として始まった。最後の段の最後の要素まで来て、確かめられたのは、どの段の数字にも、それを決めた誰かがいる、ということだった。 40%を定めた人は、恣意的だと書き添えるだけの正直さを持っていた。書き添えられた但し書きは、引かれるときに落ちた。 そして落ちた但し書きの代わりに、その数字は、達成の証明として使われている。この棚が16回追いかけてきたのは、その但し書きのほうである。
- 「利用者の40%が無くなったらとても困ると答えれば達成」の出どころは、2009年に公開されたある実務家の個人ブログの記事であり、査読誌ではない。本文には、率直に言えばこの閾値はいささか恣意的だが100社近くの結果を比べたうえで定めた、と書かれている。
- 同じ記事は、勢いを得るのに苦労する会社は常に40%を下回り、強い勢いを得る会社のほとんどは40%を超える、と書いている。常にとほとんどが一文の中に並んでおり、この非対称は原文のままである。ただしその100社近くの一覧は公開されていない。
- 増え方の輪という概念を定義し、その効果を推定した査読研究には行き着かなかった。行き着いたのは、1969年のManagement Science 15巻5号の普及模型——ある消費者が最初に買う時期が、それ以前に買った人の数に関係するという仮定を、11の耐久消費財で検証したもの——と、1992年のThe Journal of Industrial Economics 40巻1号の形式模型である。
- 2001年のAmerican Journal of Sociology 106巻5号は、社会的な伝染の証拠として長く引かれてきた古典的な普及研究が、社会的な伝染と売り込みの効果を取り違えていたと指摘した。元のデータに新たに集めた広告のデータを補って分析すると、売り込みの努力を統制した時点で伝染の効果は消える。
- 2009年のProceedings of the National Academy of Sciences 106巻51号は、2,740万人の利用者からなる世界規模の連絡網で、従来の方法が商品の取り入れの決定について仲間の影響を300%から700%過大に推定しており、類似性が知覚された行動の伝染の50%超を説明することを示した。
- 2012年のScience 337巻6092号は、130万人を対象にした無作為化実験で影響と被影響性を分けて測り、影響を与える人ほど影響を受けにくく、しかも網の中で固まっていることを示した。平均で語れる構造ではない。
- この棚の四つの段には、それぞれ進み具合を判定する数字が置かれており、そのどれもが誰かの決めた定義の上に立っている。思ったように増えなかったとき、ファネルを最初からやり直す必要は無い。どこかの段に戻って、その数字を誰が何をどう数えたのかを見直すだけである。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 利用者の40%が「無くなったらとても困る」と答えれば、商品と市場の適合は達成されている | この閾値の出どころは2009年に公開されたある実務家の個人ブログの記事で、査読誌ではない。本文には、率直に言えばこの閾値はいささか恣意的だが100社近くの結果を比べたうえで定めた、と書かれている。同じ記事は、勢いを得るのに苦労する会社は常に40%を下回り、強い勢いを得る会社のほとんどは40%を超える、とも書いている。ただしその100社近くの一覧は公開されておらず、当方は確かめられる形で示した資料に行き着かなかった。 |
| 増えているなら、輪が回っている証拠である | 2001年のAmerican Journal of Sociology 106巻5号は、社会的な伝染の証拠として長く引かれてきた古典的な普及研究を再分析し、その研究と後続の研究が社会的な伝染と売り込みの効果を取り違えていたと指摘した。元のデータに新たに集めた広告のデータを補って分析すると、売り込みの努力を統制した時点で伝染の効果は消える。 |
| 似た人たちが同じ頃に同じ行動を取ったなら、それは影響が伝わったということである | 2009年のProceedings of the National Academy of Sciences 106巻51号は、2,740万人の利用者からなる世界規模の連絡網について、影響と類似性を区別する枠組みを作り、従来の方法がこの網における商品の取り入れの決定について仲間の影響を300%から700%過大に推定していること、そして類似性が知覚された行動の伝染の50%超を説明することを示した。 |
増え方に名前を付けるのは簡単である。名前を付けたあとで、それが本当に増え方なのかを確かめるのが難しい。減ったときは原因を探すが、増えたときは探さないからである。この棚が16回追いかけてきたのは、増えた理由のほうではなく、増えたと判定した数字を誰がどう作ったかのほうだった。40%を定めた人は、恣意的だと書き添えるだけの正直さを持っていた。その但し書きは、引かれるときに落ちた。
Q1. 40%という閾値について、その出どころの本文に書かれていた但し書きを、原文の趣旨に沿って1文で書け。一問一答
Q2. 古典的な普及研究を2001年に再分析した論文が、売り込みの努力を統制したときに起きたと報告したのはどれか。選択
Q3. 2,740万人の連絡網を分析した研究によれば、従来の方法は仲間の影響を ____ %から ____ %過大に推定しており、____ が、知覚された行動の伝染の ____ %超を説明する。穴埋め
Q4. 1969年に提示された普及模型の基本の仮定は、ある消費者が最初に買う ____ が、それ以前に買った人の ____ に関係している、というものである。模型の行動的な根拠は ____ 的な行動と ____ 的な行動という言葉で説明され、11の耐久消費財のデータで検証された。穴埋め
Q5. この単位で並べた出来事を、年の古い順に並べよ。(従来の方法が仲間の影響を300〜700%過大推定していたと出る/前に買った人の数が次の人に効くという模型が出る/古典的な普及研究の伝染効果が売り込みを統制すると消える/影響と被影響性が無作為化実験で分けて測られる)並べ替え
紙かメモアプリを開く。自分が「うまくいっている」と判断するときに見ている数字を一つ選ぶ(売上でも、件数でも、来店の頻度でも、続いている人の数でもよい)。その数字の定義を一行で書く——何を、どの期間で、誰について数えたものか。次に、その定義を最後に変えたのがいつかを一言添える。変えていなければ「変えていない」、思い出せなければ「思い出せない」と書く。最後に、その定義を決めたのが自分か、誰かから渡されたものか、道具の既定値かを一言で書く。誰にも尋ねない。手元にあるものだけで完結させる。いま組織に属していない場合は、自分が続けている取り組みについて、うまくいっていると判断する数字で行えばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Ellis S. (2009) 'The Startup Pyramid', Startup Marketing Blog(個人の実務ブログ。査読誌ではない。2026年8月に本文を確認) — www.startup-marketing.com
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