「維持率5%で利益25〜85%増」——発行元の公開ページには「ほぼ100%」と書いてある
この段には、たぶんこの分野でいちばん引かれる数字がある。顧客の離反率を5%下げると利益が25%から85%増える。皮肉なことに、その原典を発行した側が公開しているページには、顧客をわずか5%多く維持することで利益をほぼ100%押し上げることができる、と書いてある。同じ1本を出どころに挙げながら、引かれる数字が違う。
前の単位では、期待という言葉を扱った。ここでは、続いている相手にもう一段売るという話を扱う。ここから段はひとつ進んで、続いている客から、どう広がり、どう増えるのかの話になる。
この段には、たぶんこの分野でいちばん引かれる数字がある。 顧客の離反率を5%下げると、利益が25%から85%増える。 会議で通る。資料に載る。そして、この数字は版によって違う。
同じ1本から、違う数字が流通している
原典は1990年の実務誌の記事である。査読誌ではない。 表題は「離反ゼロ——質が役務にやってくる」。当方は原典本文に到達できていない。購読の壁の内側にある。 到達できたのは、発行元が公開しているページである(2026年8月閲覧)。そこにこう書かれている。
> “Companies can boost profits by almost 100% by retaining just 5% more of their customers.”(企業は、顧客をわずか5%多く維持することで、利益をほぼ100%押し上げることができる)
「ほぼ100%」である。 一方、二次で流通している形は「25%から85%」であり、「25%から95%」もある。同じ1本を出どころに挙げながら、引かれる数字が違う。
当方が言えるのはここまでである。 どれが原典本文の記述に忠実なのかは、原典本文に到達していないので判定できない。 判定できないまま、三通りの数字が同じ脚注を持って流通している——それがこの単位で確かめられた事実である。
通奏低音の二つ目が、ここでいちばん露骨に出る。同じ言葉で、別のものを数えている。 「利益」が何を指すのか、「5%」が何に対する5%なのか、比較の相手は何か。版が違えば、そのどれかが違っている。
続く客が儲かる客とは限らない、という結果がある
**では査読の側はどうか。2000年に *Journal of Marketing* 64巻4号へ出た論文が、この命題を正面から検証している。契約に縛られない状況——会員でも購読でもない、ふつうの売り買い——で、大手の通信販売の三年ぶんの日次データ**を使った。
検証したのは四つの命題である。①顧客の継続期間と収益性のあいだに強い正の関係があるか ②利益は時間とともに増えるか ③長く続く客に応じる費用は少ないか ④長く続く客は高い価格を払うか。 論文は、それぞれについて賛成と反対の両方の論拠を立てたうえで検証している。
結果の一文が、これである。
> “The empirical findings observed in this study challenge all the expectations derived from the literature.”(この研究で観測された実証的知見は、文献から導かれる期待のすべてに異議を唱えるものである)
> “Long-life customers are not necessarily profitable customers.”(長く続く顧客が、必ずしも儲かる顧客とは限らない)
四つとも、である。 論文はそのうえで、判別分析によって、より儲かる客に力を向けるための三つの指標を特定している。否定して終わってはいない。
同じ著者たちは2003年に同誌67巻1号で、儲かる継続期間そのものを推定する枠組みを提案し、頻度や金額に基づく従来の枠組みより優れていることを示した。「長さ」ではなく「儲かる長さ」を測り直す方向に、話が移っている。
満足と収益のあいだには、関係がある。ただし直線ではない
否定ばかりではない。1994年に同誌58巻3号へ出た論文は、国全体の顧客満足の指標と、投下資本利益率などの会計上の測度を突き合わせて、質が満足を高め、満足が収益性を高めるという道筋を支持した。
そして同じ論文は、市場占有率を増やすことが、かえって顧客満足を下げうるという仮説も立て、予備的な支持を得ている。規模を追うことと、満足を保つことは、同じ方向を向いていないことがある。
**2000年に *Journal of Service Research* 3巻2号へ出た論文**は、この鎖について重要な条件を付けている。抄録の書き出しがこうである。
> “Customer satisfaction programs do not always deliver anticipated results. Disenchanted, some have labeled satisfaction measurement a ‘trap’ and argued for abandoning customer satisfaction as a means for optimizing customer retention and profitability.”(顧客満足の施策は、期待された結果を常にもたらすわけではない。幻滅した一部の人々は、満足の測定を罠と呼び、顧客維持と収益性を最適化する手段としての顧客満足を放棄すべきだと論じた)
論文は、それは間違いかもしれないと言う。 鎖そのものは概念として堅い。ただし——
> “an important step is to recognize that the links in the satisfaction-profit chain are asymmetric and nonlinear.”(重要な一歩は、満足から利益への鎖の各環が、非対称であり非線形であると認識することである)
非対称。 満足が下がったときの影響と、上がったときの影響が、同じ大きさではない。非線形。 同じ1点の改善でも、どの水準からの1点かで効き方が違う。「満足度を1点上げれば利益が何%」という形の話が、そもそも成り立たない。
時間・変化:長さそのものと、その中身
**1998年に *Marketing Science* 17巻1号へ出た論文は、満足と維持のあいだに関係があるかどうかについて相当な論争があったと書き出し、ある携帯通信の顧客について22か月にわたる知覚と行動のデータ**で、関係の続く長さを模型化した。
結果は、解約するかとどまるかの決定より前に得られた満足の評価が、関係の長さと正に関連していたというものである。そして、その関係の強さは、顧客がその組織と過ごしてきた期間の長さによって変わる。
> “Customers who have many months’ experience with the organization weigh prior cumulative satisfaction more heavily and new information (relatively) less heavily.”(その組織と何か月もの経験を持つ顧客は、それまでの累積した満足をより重く、新しい情報を(相対的に)より軽く重み付けする)
長く付き合っている相手ほど、直近の出来事では動かない。 逆に言えば、付き合いの浅い相手は、直近の一件で動く。
三十年ぶんを並べると、こうなる。 1990年に実務誌が数字を出し、1994年に満足と収益性の道筋が支持され、1998年に満足と継続期間の関係が測られ、2000年に契約に縛られない状況で「長く続く客が必ずしも儲かる客ではない」と出て、同じ2000年に鎖は非対称・非線形だと整理され、2003年に「儲かる継続期間」を測り直す枠組みが出た。
数字のほうは、1990年のまま引かれ続けている。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「維持率を5%上げれば利益が◯%」を、自分の商いの目標として置くことである。原典本文には到達できておらず、流通している数字は三通りある。そして契約に縛られない状況では、長く続く客が必ずしも儲かる客ではなかった。
もう一つ。「既存の客に売るほうが安い」を、確かめられた比として扱うこと。 契約に縛られない状況を調べた研究は、長く続く客に応じる費用が少ないという命題にも、異議を唱えている。
この単位では、値上げや値引き、どの客を切るかの助言はしない。 「儲からない客を切れ」という形の話は書かない。書けるのは、どの数字がどう作られたか、までである。
助けるのは、「長く続いている」と「利益が出ている」を、別々の欄に書くという一手である。同じ欄に書いているあいだ、二つは自動的に同じものになる。
標本の偏りを断っておく。ここで引いた実証は、通信販売・携帯通信・北米の公開企業を対象にしたものが中心である。 契約の有無で結論が変わることが、この単位ではっきり示されている。自分の商いが契約に縛られる形か、そうでないかを、まず分けること。
最初の一歩は5分。手元の記録から、付き合いの長い相手を三件選び、それぞれについて「どのくらい続いているか」と「直近にいくら分の取引があったか」を、別々の欄に書き出す。 金額が分からなければ「分からない」と書く。二つの欄を並べて見ると、長さと大きさが揃っていないことが、たいてい一目で分かる。
次の単位は 254「顧客ロイヤルティ・愛着形成力」——離れないことを何と呼び、どう測ってきたのか。そこで、成長を予測できる唯一の数字とされたものの追試を見る。
- 「顧客の離反率を5%下げると利益が25%から85%増える」の原典は1990年の実務誌の記事で、査読誌ではない。当方は原典本文に到達できておらず、到達できたのは発行元が公開しているページであり、そこには顧客をわずか5%多く維持することで利益をほぼ100%押し上げることができる、と書かれている。
- 二次では25%から85%、25%から95%という形も流通している。同じ1本を出どころに挙げながら、引かれる数字が違う。どれが原典本文に忠実かは、原典本文に到達していないので判定できない。
- 2000年のJournal of Marketing 64巻4号は、契約に縛られない状況で大手通信販売の三年ぶんの日次データを使い、四つの命題を検証した。実証的知見は文献から導かれる期待のすべてに異議を唱えるものであり、長く続く顧客が必ずしも儲かる顧客とは限らないと報告している。
- 同じ論文は否定して終わってはおらず、判別分析によって、より儲かる客に力を向けるための三つの指標を特定している。同じ著者らは2003年の同誌67巻1号で、儲かる継続期間そのものを推定する枠組みを提案し、頻度や金額に基づく従来の枠組みより優れていることを示した。
- 1994年のJournal of Marketing 58巻3号は、国全体の顧客満足の指標と投下資本利益率などの会計上の測度を突き合わせ、質が満足を高め満足が収益性を高める道筋を支持した。同時に、市場占有率を増やすことがかえって顧客満足を下げうるという仮説にも予備的な支持を得ている。
- 2000年のJournal of Service Research 3巻2号は、満足から利益への鎖の各環が非対称であり非線形であると認識することが重要な一歩だと述べた。満足度を1点上げれば利益が何%、という形の話は成り立たない。
- 1998年のMarketing Science 17巻1号は、ある携帯通信の顧客について22か月にわたるデータで関係の続く長さを模型化し、解約かとどまるかの決定より前に得られた満足の評価が関係の長さと正に関連することを示した。その組織と何か月もの経験を持つ顧客は、それまでの累積した満足をより重く、新しい情報を相対的により軽く重み付けする。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 顧客の離反率を5%下げると、利益が25%から85%増える | 原典は1990年の実務誌の記事であり、査読誌ではない。当方は原典本文に到達できておらず、到達できたのは発行元が公開しているページ(2026年8月閲覧)で、そこには利益をほぼ100%押し上げることができる、と書かれている。二次では25%から85%、25%から95%という形も流通している。どれが原典本文に忠実かは、原典本文に到達していないので判定できない。判定できないまま、三通りの数字が同じ脚注を持って流通している。 |
| 長く続いている顧客ほど、儲かる顧客である | 2000年のJournal of Marketing 64巻4号は、契約に縛られない状況で、大手通信販売の三年ぶんの日次データを使い、継続期間と収益性の正の関係・利益の増加・応対費用の低さ・高い価格の支払いという四つの命題を検証した。実証的知見は、文献から導かれる期待のすべてに異議を唱えるものであり、長く続く顧客が必ずしも儲かる顧客とは限らない、と報告している。 |
| 満足度を1点上げれば、利益が一定の割合で増える | 2000年のJournal of Service Research 3巻2号は、満足から利益への鎖の各環が非対称であり非線形であると認識することが重要な一歩だと述べている。満足が下がったときの影響と上がったときの影響は同じ大きさではなく、同じ1点の改善でも、どの水準からの1点かで効き方が違う。同論文は、鎖そのものは概念として堅いとしたうえで、この非対称性と非線形性を取り込むことが理解に大きな価値を加えたと述べている。 |
この数字が三十年もったのは、確かめられたからではなく、確かめようとする人にとって都合が良かったからである。上げれば増える、と言われれば上げにいくし、上げたあとで増えなくても、上げ方が足りなかったことにできる。査読の側が同じ三十年で確かめたのは、長さと儲けが揃っていない、ということのほうだった。
Q1. 「維持率5%で利益が増える」の数字について、当方がどこまで到達し、そこに何と書かれていたかを1文で書け。一問一答
Q2. 契約に縛られない状況で四つの命題を検証した2000年の研究の結論はどれか。選択
Q3. 2000年のJournal of Service Researchは、満足から利益への鎖の各環が ____ であり ____ であると認識することが重要な一歩だと述べた。だから「満足度を1点上げれば利益が何%」という形の話は成り立たない。穴埋め
Q4. 22か月のデータで関係の長さを模型化した研究は、付き合いの長い顧客の重み付けについて何を報告したか。1文で書け。一問一答
Q5. この単位で並べた出来事を、年の古い順に並べよ。(満足と継続期間の関係が22か月のデータで測られる/実務誌が数字を出す/長く続く客が必ずしも儲かる客ではないと報告される/質と満足と収益性の道筋が支持される)並べ替え
紙かメモアプリを開く。二つの欄を作る。左の欄の見出しを「続いている長さ」、右の欄の見出しを「直近の取引の大きさ」とする。手元の記録から、付き合いの長い相手を三件選ぶ(相手の実名や特定できる情報は書かず、A・B・Cとする)。各件について、どのくらい続いているかを左の欄に、直近にどのくらいの取引があったかを右の欄に書く。金額が分からなければ「分からない」と書く。最後に、左の欄の順番と右の欄の順番が同じかどうかを一言で書く。誰にも尋ねない。新たに相手を調べに行かない。いま組織に属していない場合は、長く続けている定期的な支出や関係で、同じ二つの欄を書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Reichheld F.F., Sasser W.E. Jr. (1990) 'Zero Defections: Quality Comes to Services', Harvard Business Review 68(5), September-October 1990(実務誌。査読誌ではない。発行元の公開ページを2026年8月に確認) — www.bain.com
- Reinartz W.J., Kumar V. (2000) 'On the Profitability of Long-Life Customers in a Noncontractual Setting: An Empirical Investigation and Implications for Marketing', Journal of Marketing 64(4):17-35 — doi.org
- Reinartz W.J., Kumar V. (2003) 'The Impact of Customer Relationship Characteristics on Profitable Lifetime Duration', Journal of Marketing 67(1):77-99 — doi.org
- Anderson E.W., Fornell C., Lehmann D.R. (1994) 'Customer Satisfaction, Market Share, and Profitability: Findings from Sweden', Journal of Marketing 58(3):53-66 — doi.org
- Anderson E.W., Mittal V. (2000) 'Strengthening the Satisfaction-Profit Chain', Journal of Service Research 3(2):107-120 — doi.org
- Bolton R.N. (1998) 'A Dynamic Model of the Duration of the Customer’s Relationship with a Continuous Service Provider: The Role of Satisfaction', Marketing Science 17(1):45-65 — doi.org