「期待を超えろ」の期待は、望ましい水準か、当然の水準か、予測される水準か——決まっていない
この段の助言は二つある。期待を超えろ。最後を良くしろ。皮肉なことに、前者の土台である「知覚から期待を引く」枠組みは、期待という語の概念的な定義そのものに問題があるという理由で1993年に妥当性を疑われ、後者の原典は、14度の水に手をつける実験と、内視鏡検査を受けた154人の痛みの記録だった。
前の単位では、離れそうな相手を見つけて手を打つ話を扱った。ここでは、その手前にある言葉——期待を扱う。
この段の助言は二つある。 一つは「期待を超えろ」。もう一つは「最後を良くしろ」。どちらも、もとをたどると測定の話である。 ここでは、その測り方そのものに向けられた批判を見る。
差で測る、という方法があった
役務の質を測るときに、長く使われてきた考え方がある。事前に期待した水準と、実際に知覚した水準の、差を取る。 差がプラスなら期待を超えている。マイナスなら下回っている。単純で、実務に説明しやすい。
**この方法に、1992年に *Journal of Marketing* 56巻3号が正面から異を唱えた。** 抄録にこうある。
> “A literature review suggests that the current operationalization of service quality confounds satisfaction and attitude.”(文献の検討が示唆するのは、役務の質についての現在の操作化が、満足と態度を混同しているということである)
そして、知覚だけを測る方法と比べた結果、四つを報告している。①知覚に基づく測度のほうが、役務の質という構成概念のより良い測り方かもしれない ②役務の質は消費者の満足に先立つ ③消費者の満足は購買意図に有意に効く ④役務の質が購買意図に及ぼす効果は、消費者の満足が及ぼす効果より小さい。
四つ目が、実務にいちばん効く。 質そのものより、満足のほうが、次に買うかどうかに近いところにある。
「差で測る」ことへの批判は、翌年さらに具体的になった
1993年に同誌57巻4号へ出た論文は、この差の枠組みを概念と操作の両面から検討している。結論の言い方が、はっきりしている。
> “The examination indicates that the P-E framework is of questionable validity because of a number of conceptual and definitional problems”(この検討が示すのは、知覚から期待を引くという枠組みが、いくつかの概念上・定義上の問題ゆえに妥当性の疑わしいものだということである)
挙げられている問題は三つ。①期待という語の概念的な定義 ②この枠組みにおける期待という成分の理論的な正当化 ③公刊された文献で指定されている期待の測度の、測定としての妥当性。
「期待」という語が何を指すのかが、決まっていない。 望ましい水準なのか、あって当然の水準なのか、予測される水準なのか。測るたびに、答える人が別のものを思い浮かべる。
この棚の通奏低音の二つ目が、ここでいちばん露骨に出る——同じ言葉で、別のものを数えている。
**そして、同じ1993年に、この方法を作った側が *Journal of Retailing* 69巻1号140-147頁で反論を書いている。 表題は「役務の質の測定をさらに改善することについて」である。論争として成立している、ということでもある。決着ではなく、論争である。**
この三本が一年のあいだに並んでいることに、意味がある。 実務の側では、この差の枠組みは確立した測り方として紹介されることが多い。確立していたら、翌年に反論が出て、その反論に応答が出ることはない。 三十年たったいまも、どちらの測り方を使うかは、研究者によって分かれている。
実務で使う分には、それで困らない。 困るのは、「期待を超えた/超えなかった」を、社内の目標や評価の根拠として使うときである。引く側が決まっていない引き算の結果を、達成・未達の判定に使うことになる。
「最後を良くしろ」の原典は、痛みの研究である
もう一つの助言——最後を良くしろ——の出どころへ行く。
**1993年に *Psychological Science* 4巻6号へ出た実験である。参加者は二つの不快な体験を受けた。短い試行では、片手を14度の水に60秒つける。長い試行では、もう片方の手を14度の水に60秒つけたあと、水温を徐々に15度まで上げながら、さらに30秒つけたままにする。** 15度も痛いが、多くの人にとってはっきり和らぐ。
あとで、どちらを繰り返すかを選ばせた。
> “A significant majority chose to repeat the long trial, apparently preferring more pain over less.”(有意に多数が長い試行を繰り返すほうを選んだ。見かけ上、より少ない痛みよりも、より多い痛みを選んだことになる)
総量では長いほうが痛いのに、そちらを選んだ。 論文はこう結んでいる。
> “duration plays a small role in retrospective evaluations of aversive experiences; such evaluations are often dominated by the discomfort at the worst and at the final moments of episodes.”(不快な体験の事後の評価において、持続時間が果たす役割は小さい。そうした評価はしばしば、最悪の瞬間と最後の瞬間の不快さに支配される)
**1996年に *Pain* 66巻1号へ出た論文が、これを実際の医療の場で確かめた。内視鏡検査を受けた154人と、砕石術を受けた133人について、痛みの強さを実時間で記録**し、あとから振り返っての評価と突き合わせた。
> “Patients’ judgments of total pain were strongly correlated with the peak intensity of pain and with the intensity of pain recorded during the last 3 min of the procedure.”(患者の総量としての痛みの判断は、痛みの最大の強さと、処置の最後の3分間に記録された痛みの強さに、強く相関していた)
> “Despite substantial variation in the duration of the experience, lengthy procedures were not remembered as particularly aversive.”(体験の持続時間にかなりのばらつきがあるにもかかわらず、長い処置がとりわけ不快だったとは記憶されていなかった)
これが原典である。痛みの研究であって、買い物や接客の研究ではない。
時間・変化:接客の連なりで測ると、平均も効いていた
**では、接客で測るとどうなるのか。2004年に *Journal of Service Research* 7巻1号へ出た論文が、まさにそれをやった。役務のやりとりを出来事の連なり**として捉え、何が全体の評価に効くのかを模型で検証している。
前提の置き方が丁寧である。
> “In the early service literature, it was assumed that firms should deliver a consistent performance during a service encounter. However, research in psychology states that this is not necessarily true.”(初期の役務の文献では、企業はやりとりのあいだ一貫した出来を届けるべきだと想定されていた。しかし心理学の研究は、それが必ずしも真ではないと述べている)
そして結果である。
> “They show that the average performance during the encounter is important. However, their results also stress the importance of peak experiences for satisfaction formation.”(彼らは、やりとりのあいだの平均的な出来が重要であることを示す。ただし結果は、満足の形成にとって頂点の体験が重要であることも強調している)
平均も効いていた。 論文の助言も、そう書かれている——やりとり全体の出来を管理するだけでなく、それに加えて、良い頂点の体験を用意することもできる。
「最後だけ良くすればいい」ではない。「平均に加えて、頂点も」である。 そして、この検証では終わりの効果が前面には出ていない。痛みの研究で強く出た「最後の3分」と、接客の研究で強く出た「平均と頂点」は、同じものではない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「期待を超えろ」を、測れる目標として扱うことである。差で測る枠組みは、期待という語の定義が決まっていないという理由で、妥当性を疑われている。測れないものを超えることはできない。
もう一つ。痛みの研究の結論を、接客の法則として使うこと。 原典は14度の水と、内視鏡と砕石術である。接客の連なりで測り直すと、平均も効いていた。
この単位では、値付けや値引きの助言はしない。 期待を下げておいて超える、という形の話も書かない。それは相手を操作する設計であって、この棚の持ち場ではない。
助けるのは、自分が「期待」という語で何を指しているかを、一度だけ決めておくという一手である。望んでいる水準か。あって当然の水準か。実際にそうなるだろうと予測している水準か。 三つは別物で、相手も、そのどれかを思い浮かべて答えている。
決めておくと、実務の言い方も変わる。 「期待を超える」ではなく、「何を、いつまでに、どの水準で」と言えるようになる。数や日付で言い切れる水準だけが、あとから超えたかどうかを判定できる。 言い切れないものは、超えたことにも、超えなかったことにもできてしまう。
もう一つ、平均が効いていたという結果は、実務にとってむしろ扱いやすい。山場を作るには段取りと費用がいるが、平均を上げるのは、いつもやっていることの水準を上げることである。 そして接客の連なりで測った研究は、その両方が効くと書いている。
標本の偏りを断っておく。差で測る方法についての論争は、北米の役務業を対象にしたものである。 そして頂点と終わりの研究は、痛みという特殊な体験から出発している。どちらも、そのまま自分の商いに移せるとは限らない。
最初の一歩は5分。自分が最近、相手に何かを約束した場面を一つ思い出し、そのときに伝えた水準が「望ましい水準」「あって当然の水準」「予測される水準」のどれだったかを、一言で書く。 分からなければ「分からない」と書く。分からないなら、相手も分かっていない。
次の単位は 253「収益拡張・アップセル力」——ここから段はひとつ進む前の最後の単位を終えて、続いている客からどう広がるかの話に入る。そこで、同じ1本の記事から違う数字が流通しているという例に出会う。
- 1992年のJournal of Marketing 56巻3号は、役務の質についての現在の操作化が満足と態度を混同していると指摘し、知覚に基づく測度のほうが役務の質という構成概念のより良い測り方かもしれないと報告した。
- 同じ研究は、役務の質が消費者の満足に先立つこと、消費者の満足が購買意図に有意に効くこと、そして役務の質が購買意図に及ぼす効果は消費者の満足が及ぼす効果より小さいことも報告している。
- 1993年のJournal of Marketing 57巻4号は、知覚から期待を引く枠組みが、期待の概念的定義・期待という成分の理論的正当化・期待の測度の測定妥当性という三つの問題ゆえに妥当性が疑わしいと結論した。期待という語が何を指すのかが決まっていない。
- 同じ1993年に、この測り方を作った側がJournal of Retailing 69巻1号140-147頁で応答を書いている。表題は、役務の質の測定をさらに改善することについて、である。決着ではなく論争である。
- 「最後を良くしろ」の原典は痛みの研究である。1993年のPsychological Science 4巻6号の実験では、14度の水に60秒つける短い試行と、そのあと徐々に15度へ上げながら30秒延長する長い試行を比べ、有意に多数が長いほうを繰り返すことを選んだ。
- 1996年のPain 66巻1号は、内視鏡検査を受けた154人と砕石術を受けた133人について痛みの強さを実時間で記録し、総量としての痛みの判断が、痛みの最大の強さと、処置の最後の3分間に記録された強さに強く相関することを示した。持続時間にかなりのばらつきがあっても、長い処置がとりわけ不快だったとは記憶されていなかった。
- 2004年のJournal of Service Research 7巻1号は、役務のやりとりを出来事の連なりとして模型化し、やりとりのあいだの平均的な出来が重要であることを示したうえで、満足の形成にとって頂点の体験も重要だと強調した。最後だけ良くすればいい、ではない。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 期待を超えれば満足する。だから期待と知覚の差を管理すればよい | 1992年のJournal of Marketing 56巻3号は、役務の質についての現在の操作化が満足と態度を混同していると指摘し、知覚に基づく測度のほうが良い測り方かもしれないと報告した。1993年の同誌57巻4号は、知覚から期待を引く枠組みが、期待の概念的定義・期待という成分の理論的正当化・期待の測度の測定妥当性という三つの問題ゆえに妥当性が疑わしいと結論している。 |
| 最後の印象を良くすれば、全体が良く記憶される | その原典は痛みの研究である。1993年の実験では、14度の水に60秒つける短い試行と、そのあと徐々に15度へ上げながら30秒延長する長い試行を比べ、有意に多数が長いほうを繰り返すことを選んだ。1996年の研究は内視鏡検査154人と砕石術133人で、総量としての痛みの判断が最大の強さと最後の3分間の強さに強く相関することを示した。買い物や接客の研究ではない。 |
| 接客では、平均的な出来より、山場と終わりのほうが効く | 2004年のJournal of Service Research 7巻1号は、役務のやりとりを出来事の連なりとして模型化して検証し、やりとりのあいだの平均的な出来が重要であることを示した。そのうえで、満足の形成にとって頂点の体験も重要であることを強調している。助言も、全体の出来を管理するだけでなく、それに加えて良い頂点を用意することもできる、という形になっている。 |
期待を超えろ、という助言が三十年もったのは、外れないからではなく、外れたかどうかを判定する道具が壊れているからである。超えたかどうかは、何を期待と呼ぶかで決まり、何を期待と呼ぶかは決まっていない。決まっていないものは、超えたことにも、超えなかったことにもできる。
Q1. 1993年に「知覚から期待を引く枠組みは妥当性が疑わしい」と結論した論文が挙げた、三つの問題を書け。一問一答
Q2. 「最後を良くしろ」の原典の実験では、短い試行は片手を ____ 度の水に ____ 秒つけ、長い試行はそのあと水温を徐々に ____ 度まで上げながらさらに ____ 秒つけたままにした。有意に多数が、長いほうを繰り返すことを選んだ。穴埋め
Q3. 役務のやりとりを出来事の連なりとして測った2004年の研究が示したのはどれか。選択
Q4. 1992年の研究が報告した四つのうち、役務の質と満足の、購買意図への効果の大小について書け。一問一答
Q5. 1996年に実際の医療の場で確かめた研究は、総量としての痛みの判断が何と強く相関したと報告したか。標本の規模も含めて書け。一問一答
紙かメモアプリを開く。最近、相手に何かを約束した場面を一つ思い出す(納期、対応の範囲、仕上がり、返答の早さ、どれでもよい)。そのとき自分が伝えた水準を、一行そのまま書き写す。次に、その水準が三つのうちどれだったかを一言で書く——望んでほしい水準か、あって当然の水準か、実際にそうなるだろうと予測している水準か。分からなければ「分からない」と書く。最後に、その三つのうち、自分が普段いちばんよく伝えているのはどれかを一言で書く。相手に確認しない。相手の受け取り方は推測して書かない。いま組織に属していない場合は、自分が誰かに約束した予定や返事で行えばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Cronin J.J., Taylor S.A. (1992) 'Measuring Service Quality: A Reexamination and Extension', Journal of Marketing 56(3):55-68 — doi.org
- Teas R.K. (1993) 'Expectations, Performance Evaluation, and Consumers’ Perceptions of Quality', Journal of Marketing 57(4):18-34 — doi.org
- Parasuraman A., Berry L.L., Zeithaml V.A. (1993) 'More on improving service quality measurement', Journal of Retailing 69(1):140-147 — doi.org
- Verhoef P.C., Antonides G., de Hoog A.N. (2004) 'Service Encounters as a Sequence of Events', Journal of Service Research 7(1):53-64 — doi.org
- Kahneman D., Fredrickson B.L., Schreiber C.A., Redelmeier D.A. (1993) 'When More Pain Is Preferred to Less: Adding a Better End', Psychological Science 4(6):401-405 — doi.org
- Redelmeier D.A., Kahneman D. (1996) 'Patients’ memories of painful medical treatments: real-time and retrospective evaluations of two minimally invasive procedures', Pain 66(1):3-8 — doi.org