「受け入れたのに使わなくなる」には、名前が付いている
使いはじめの合言葉は、価値に到達するまでの時間を短くせよ、である。皮肉なことに、その指標の効果を推定した査読研究には行き着かず、代わりに行き着いたのは、受け入れることと使い続けることを別の行動として扱い、受け入れたのに使わなくなるという現象にわざわざ名前を付けた、二十五年ぶんの研究のほうだった。
前の単位では、話がまとまるところを扱った。ここでは、決まったあと——使いはじめの時期に何が起きるのかを扱う。ここから段はひとつ進んで、選ばれたあと、使ってもらい、続いてもらう話になる。
この段の合言葉は「価値に到達するまでの時間を短くせよ」である。 最初の成功体験までを速くすれば、その後も使い続けてもらえる。もっともらしい。 ここでは、この助言の根拠がどこにあるのかを見る。
「価値到達時間」という言葉を、査読側で探した
まず、その言葉そのものを探した。書誌データベースで、この指標の効果を推定した査読研究には行き着かなかった。 実務の道具の画面には欄があり、支援会社の資料には目安が載っている。その目安の出どころには、届かない。
ただし、この単位では、そこを深追いしない。 「行き着けなかった」の話は、この棚では既に二回使っている。代わりに、この主題で実際に積み上がっている研究のほうへ移る。 そちらのほうが、実務に効く発見を持っている。
受け入れることと、使い続けることは、別の行動である
**2001年に *MIS Quarterly* 25巻3号へ出た論文**が、この分野の起点になっている。抄録の最後のほうに、この単位の核心がある。
> “This study draws attention to the substantive differences between acceptance and continuance behaviors”(この研究は、受け入れの行動と、使い続ける行動のあいだの実質的な違いに注意を向ける)
そして、もう一つ。
> “offers an initial explanation for the acceptance-discontinuance anomaly.”(受け入れたのに使わなくなる、という変則に対する最初の説明を提示する)
「受け入れたのに、使わなくなる」という現象に、わざわざ名前が付いている。 契約したことと、使い続けることは、別の行動として扱われている。
この論文が立てた模型では、使い続ける意図は、使ってみた満足と、使い続けることの有用性の認識によって決まる。 そして満足のほうは、使う前の予想が確かめられたかどうかと、有用性の認識によって決まる。検証はオンライン銀行の利用者への実地調査で行われた。
ただし、測られているのは「意図」である
ここを見落とすと、この単位は読み違える。 抄録の該当箇所はこうである。
> “This paper examines cognitive beliefs and affect influencing one’s intention to continue using (continuance) information systems (IS).”(この論文は、情報システムを使い続けるという意図に影響する認知的信念と情動を検討する)
測られているのは、使い続ける意図であって、実際に使い続けたかどうかではない。 論文自身がそう書いている。「意図」と「行動」のあいだにどれだけ距離があるかは、この論文の外側の問題である。
そして、その距離を測った研究がある。
2007年に同誌31巻4号へ出た論文は、意図の予測力そのものに条件を付けた。繰り返される行動は、学習によって自動的になる。 そうなると、意図の重みが下がる。
> “our results support the argument that habit acts as a moderating variable of the relationship between intentions and IS continuance behavior, which may put a boundary condition on the explanatory power of intentions”(結果は、習慣が意図と使い続ける行動の関係を調整する変数として働くという主張を支持する。これは、意図の説明力に境界条件を置くものかもしれない)
使い続けるほど、意図では説明できなくなる。 そして同じ論文が、習慣の形成に効く三つを挙げている——満足、過去の行動の頻度、使い方の網羅性。
「使いはじめを速くせよ」という助言は、この三つのうち二つ目と三つ目に触れている。 ただし、触れているのと、効果が推定されているのは別である。
使う前と、使ったあとでは、判断の材料が入れ替わる
もっと古い研究が、この段でいちばん実務に効く発見を持っている。
1999年に同誌23巻2号へ出た論文は、同じ組織の中で、これから使う人と、すでに使っている人を比べた。結果が、はっきりしている。
> “Potential adopter intention to adopt is solely determined by normative pressures, whereas user intention is solely determined by attitude.”(これから使う人の導入の意図はもっぱら規範的な圧力によって決まるが、すでに使っている人の意図はもっぱら態度によって決まる)
入る前は「まわりがそうしているから」で動き、入ったあとは「自分がどう思うか」で動く。
さらに——
> “Whereas pre-adoption attitude is based on perceptions of usefulness, ease-of-use, result demonstrability, visibility, and trialability, post-adoption attitude is only based on instrumentality beliefs of usefulness and perceptions of image enhancements.”(使う前の態度は、有用性、使いやすさ、結果を示せること、目に見えること、試せることの知覚に基づくが、使ったあとの態度は、有用性という道具的な信念と、印象が良くなるという知覚だけに基づく)
使う前は五つの手がかりを見ていて、使ったあとは二つしか見ていない。 判断の材料が、入れ替わるのではなく、減る。
この発見の実務上の含みは大きい。 契約前に効いた説明——試せます、目に見えます、結果を示せます——は、契約後には効かない。 契約後に残っているのは、実際に役に立っているかどうかと、それを使っている自分がどう見えるかの二つである。
時間・変化:信念そのものが、使いながら変わる
2004年に同誌28巻2号へ出た論文は、この話を時間軸に伸ばしている。利用者の信念と態度は、実際に使う経験を通じて変わり、その変化がその後の使い方を変える。 二つの縦断研究で、予想が確かめられたかどうかと満足という二つの要因が、信念と態度の変化を理解するのに決定的だと報告している。
つまり、使いはじめの時期に起きているのは「定着」ではない。 起きているのは、判断の材料が減り、信念そのものが書き換わるという過程である。
この過程に、外から手を入れる余地はある。 ただし——この分野が四半世紀かけて確かめたのは、その過程の構造であって、「何日以内に最初の成功体験を作れば何%残る」という形の数字ではない。
**もう一本、時間の幅を持った研究を置いておく。2000年に *Management Science* 46巻2号へ出た論文は、四つの組織の四つのシステムについて、導入前・導入一か月後・導入三か月後の三時点で測った。合計156名。有用性の知覚の分散の40%から60%、利用の意図の分散の34%から52%を説明したと報告している。自発的な利用が二件、義務的な利用が二件である。**
説明できているのは、意図の分散の三分の一から半分ほどである。 残りの半分は、この模型の外にある。そして、ここでもやはり、説明されているのは意図である。
さらに遡ると、**満足という概念そのものの形も、1980年に *Journal of Marketing Research* 17巻4号で定式化されている。 そこでは満足が、期待と、期待が確認されなかった度合いの関数として表され、満足が次に態度の変化と購買意図に影響すると論じられた。二段階の実地調査で、ある予防的な医療サービスの利用者と非利用者の双方について支持された。**
四十年以上前の枠組みが、いまも使いはじめの説明の土台になっている。 そして、その枠組みが最初から扱っているのは、期待と、期待が裏切られたかどうかである。「速く価値に到達させる」ではなく、「何を期待させたか」のほうが、この枠組みの中心にある。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、使いはじめの指標を、契約前と同じ言葉で説明することである。使う前に効いた説明は、使ったあとには効かない。同じ資料を渡し続けると、渡す側だけが一貫していることになる。
もう一つ。意図を、行動の代わりに読むこと。 この分野の主要な研究は、使い続ける意図を測っている。そして、使い続けるほど意図の説明力は下がる(習慣が調整する)。
この単位では、相手に何かを聞き出す課題は作らない。 使いはじめの相手に感想を尋ねる、という形の課題は書かない。書けるのは、自分の手元にある記録を見ることまでである。
助けるのは、自分が使いはじめの相手に渡している説明を、契約前に渡した説明と並べて見るという一手である。二つが同じなら、材料が減ったあとの相手に、減る前の材料を渡している。
標本の偏りを断っておく。ここで引いた研究は、情報システムの利用を対象にしたものである。 物を売る商い、場所で提供する役務、一回きりの取引に、同じ構造がそのまま当てはまるとは言えない。言えるのは、「契約した」と「使っている」を別の行動として数えるべきだ、というところまでである。
最初の一歩は5分。自分が契約前に渡している説明と、契約後に渡している説明を、それぞれ一行で書き出して並べる。 二つが同じなら「同じ」と書く。同じであること自体は悪くない。並べて見るまで、たいてい気づかない、というだけである。
次の単位は 250「製品活用定着力」——使い続けてもらうという話。そこで、この分野でいちばん引かれるモデルの相関の相手が、何だったのかを見る。
- 価値に到達するまでの時間という指標について、その効果を推定した査読研究には行き着かなかった。実務の道具の画面には欄があり支援会社の資料には目安が載っているが、その目安の出どころには届かない。
- 2001年のMIS Quarterly 25巻3号は、受け入れの行動と使い続ける行動のあいだの実質的な違いに注意を向け、受け入れたのに使わなくなるという変則に対する最初の説明を提示した論文である。契約したことと使い続けることは、別の行動として扱われている。
- 同じ論文の模型では、使い続ける意図は、使ってみた満足と、使い続けることの有用性の認識によって決まる。満足のほうは、使う前の予想が確かめられたかどうかと、有用性の認識によって決まる。検証はオンライン銀行の利用者への実地調査で行われた。
- ただし測られているのは、使い続ける意図であって、実際に使い続けたかどうかではない。論文自身が、意図に影響する認知的信念と情動を検討すると書いている。
- 2007年のMIS Quarterly 31巻4号は、習慣が意図と使い続ける行動の関係を調整する変数として働き、意図の説明力に境界条件を置くと報告した。習慣の形成に効くのは、満足・過去の行動の頻度・使い方の網羅性の三つである。
- 1999年のMIS Quarterly 23巻2号は、同じ組織の中でこれから使う人とすでに使っている人を比べ、これから使う人の意図はもっぱら規範的な圧力で決まり、すでに使っている人の意図はもっぱら態度で決まると報告した。
- 同じ研究で、使う前の態度は有用性・使いやすさ・結果を示せること・目に見えること・試せることの五つに基づいたが、使ったあとの態度は、有用性という道具的な信念と、印象が良くなるという知覚の二つだけに基づいていた。材料は入れ替わるのではなく、減る。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 契約してもらえば、あとは使い続けてもらえる | この分野では、受け入れの行動と使い続ける行動が実質的に異なるものとして扱われており、受け入れたのに使わなくなるという現象には、変則という名前が付いている。2001年のMIS Quarterlyの論文は、その変則に対する最初の説明を提示した論文として自らを位置づけている。 |
| 契約前にうまくいった説明を続ければ、使いはじめもうまくいく | 同じ組織の中でこれから使う人とすでに使っている人を比べた1999年の研究では、使う前の態度は有用性・使いやすさ・結果を示せること・目に見えること・試せることの五つに基づいていたが、使ったあとの態度は、有用性という道具的な信念と、印象が良くなるという知覚の二つだけに基づいていた。さらに、これから使う人の意図はもっぱら規範的な圧力で決まり、すでに使っている人の意図はもっぱら態度で決まる。 |
| 使い続ける意図が高ければ、実際に使い続ける | この分野の主要な研究が測っているのは、使い続ける意図であって、実際に使い続けたかどうかではない。さらに2007年の研究は、繰り返される行動が学習によって自動的になるため、習慣が意図と使い続ける行動の関係を調整する変数として働き、意図の説明力に境界条件を置くと報告している。使い続けるほど、意図では説明できなくなる。 |
使いはじめの時期が語りやすいのは、そこで何かが起きているからではなく、そこでしか記録が取れないからである。契約の日付は残る。最初に触った日も残る。そのあいだで相手の判断の材料が五つから二つに減っていくことは、どの画面にも表示されない。
Q1. 「受け入れたのに使わなくなる」という現象を、この分野は何と呼び、どの論文がそれに最初の説明を与えたと自ら述べているか。1文で書け。一問一答
Q2. 同じ組織の中でこれから使う人とすでに使っている人を比べた1999年の研究で、「使ったあとの態度」が基づいていたのはどれか。選択
Q3. 2007年の研究によれば、____ は意図と使い続ける行動の関係を調整する変数として働き、意図の ____ に境界条件を置く。その形成に効くのは、____ ・過去の行動の ____ ・使い方の網羅性の三つである。穴埋め
Q4. 1999年の研究は、これから使う人と、すでに使っている人の「意図」が、それぞれ何によって決まると報告したか。1文で書け。一問一答
Q5. 2001年の模型で、使い続ける意図に至る順序を並べよ。(使い続ける意図/使う前の予想が確かめられたかどうか/使ってみた満足)並べ替え
紙かメモアプリを開く。自分が相手に渡している説明を二つ思い出す。ひとつは、決まる前に渡しているもの(案内、提案、見積りの前書き、店頭での説明)。もうひとつは、決まったあとに渡しているもの(使い方の案内、最初の連絡、納品時の説明)。それぞれで自分が主に伝えていることを、一行ずつ書く。次に、その二つを見比べて、同じことを言っているか、違うことを言っているかを一言で書く。最後に、決まったあとの説明のほうに「実際に役に立っているかどうか」に触れた部分があるかどうかを、あるかないかで書く。誰にも尋ねない。相手の反応は書かない。いま組織に属していない場合は、自分が何かを引き受ける前と後に相手へ伝えていることで行えばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Bhattacherjee A. (2001) 'Understanding Information Systems Continuance: An Expectation-Confirmation Model', MIS Quarterly 25(3):351-370 — doi.org
- Limayem M., Hirt S.G., Cheung C.M.K. (2007) 'How Habit Limits the Predictive Power of Intention: The Case of Information Systems Continuance', MIS Quarterly 31(4):705-737 — doi.org
- Karahanna E., Straub D.W., Chervany N.L. (1999) 'Information Technology Adoption Across Time: A Cross-Sectional Comparison of Pre-Adoption and Post-Adoption Beliefs', MIS Quarterly 23(2):183-213 — doi.org
- Bhattacherjee A., Premkumar G. (2004) 'Understanding Changes in Belief and Attitude Toward Information Technology Usage: A Theoretical Model and Longitudinal Test', MIS Quarterly 28(2):229-254 — doi.org
- Venkatesh V., Davis F.D. (2000) 'A Theoretical Extension of the Technology Acceptance Model: Four Longitudinal Field Studies', Management Science 46(2):186-204 — doi.org
- Oliver R.L. (1980) 'A Cognitive Model of the Antecedents and Consequences of Satisfaction Decisions', Journal of Marketing Research 17(4):460-469 — doi.org