「価値提案を明確にせよ」の価値提案は、2017年のレビューに「いまだよく理解されていない」と書かれている
価値提案を明確にせよ、というのはいまいちばんよく言われる助言の一つで、左に相手の困りごと、右に差し出すものを書いて線で結ぶ枠まで用意されている。皮肉なことに、その概念を正面から棚卸しした2017年の査読レビューは、実務家も研究者もこの用語をますます使うようになっているのに、概念はいまだよく理解されておらず実装もされていない、と書いた。
前の単位では、市場のなかで自分をどこに置くのかを扱った。ここでは、その位置から実際に何を差し出すと言うのか——価値提案を扱う。
価値提案を明確にせよ、というのは、いまいちばんよく言われる助言の一つである。 枠が用意されていて、左に相手の困りごと、右に自分の差し出すもの、それを線で結ぶ。埋めれば言葉が決まる、ということになっている。 ここでは、その「価値提案」という概念そのものが、査読の側でどう扱われているかを見る。
概念のほうを、レビューが評価している
**2017年に *Journal of the Academy of Marketing Science* 45巻4号へ出たレビュー**が、この概念を正面から棚卸ししている。抄録の書き出しは、この概念を持ち上げるところから始まる。
> “The customer value proposition (CVP) has a critical role in communicating how a company aims to provide value to customers.”(顧客価値提案は、企業が顧客にどう価値を提供しようとしているのかを伝えるうえで、決定的な役割を持つ)
そして次の一文が、この単位の核心である。
> “Managers and scholars increasingly use CVP terminology, yet the concept remains poorly understood and implemented; relatively little research on this topic has been published, considering the vast breadth of investigations of the value concept.”(実務家も研究者もこの用語をますます使うようになっているが、概念はいまだよく理解されておらず、実装もされていない。価値という概念についての調査の幅の広さに比べて、この主題について公刊された研究は比較的少ない)
用語の普及と、概念の確立は、別のことである。 レビュー自身が、この分野の文献を断片的と呼び、強い理論的基盤を欠いていると書いている。
「価値提案は効かない」という話ではない。 効くかどうかを言えるだけの研究が、まだ積み上がっていない、という話である。そして、その状態のまま、枠を埋める道具のほうが先に広まった。
「価値」が何を指すのかを、1988年に定義しなければならなかった
この概念が固まりにくいのには、下地がある。**1988年に *Journal of Marketing* 52巻3号へ出た論文は、いまも最もよく引かれる価値の論文だが、その仕事の中身は定義**である。抄録にこうある。
> “Evidence from past research and insights from an exploratory investigation are combined in a conceptual model that defines and relates price, perceived quality, and perceived value.”(過去の研究からの証拠と探索的な調査からの洞察が、価格・知覚品質・知覚価値を定義し関係づける概念モデルへと統合される)
1988年の時点で、価格・品質・価値という三つの語を「定義し、関係づける」ことが、一本の論文になった。 それだけこの三つは、当時、混ざって使われていたということである。
**2011年に *European Journal of Marketing* 45巻1・2合併号へ出た論文も、同じ場所を指している。抄録の第一文が、価値提案の概念は相対的にほとんど注意を払われてこなかったと書き、そのうえで誰に向けた価値提案なのかを利害関係者ごとに分ける五段階の手順を提案している。「誰に向けて」を明示的に分ける手順が、2011年に新規性として提案されている**ということでもある。
何が差別化に効いたかを、実際に測った研究はある
概念の側は固まっていない。それでも、何を差し出すと関係の中で位置が上がるのかを測った研究はある。
**2006年に *Journal of Marketing* 70巻1号へ出た研究**は、買い手が取引先を絞り込んでいく状況で、供給側が何によって差別化されるかを調べたものである。結果はこうである。
> “The results suggest that relationship benefits display a stronger potential for differentiation in key supplier relationships than cost considerations.”(結果が示唆するのは、主要な取引先としての関係において、関係上の便益は費用の考慮よりも強い差別化の可能性を示す、ということである)
具体的には、中核の差別化要因として挙げられたのは、支援の手厚さと、人としてのやりとりだった。 次に来るのが、相手の知識や、相手が市場に出るまでの時間を短くできること。品質と納期、そして取得の費用と運用の費用は、中程度。 そして——
> “Finally, price shows the weakest potential for differentiation.”(最後に、価格は差別化の可能性がもっとも弱い)
価格がいちばん弱かった。 これは値下げが効かないという意味ではない。「他と違う存在になる」という目的に対して、価格という手段の効きがいちばん小さかった、という意味である。
この結果は、価値提案という概念が固まっていないこととは別の水準にある。概念は固まっていなくても、「何を差し出すと相手の側で位置が上がるか」は測れる。 測れば順位が出る。そして出た順位は、価値提案の枠を埋めるときに多くの人が最初に書くもの——安さ、品質、速さ——を、上位に置いていなかった。
もう一つ、**2012年に *Industrial Marketing Management* 41巻1号へ出た論文が、価値を軸にした売り方を概念化しようとしている。題そのものが実務家の言葉を引いたもので、それは売り込みを売ることから取り除くようなものだという言い回しになっている。2012年の時点でなお、この売り方は「概念化を目指す」段階にあった。** 手法として確立していて、あとは実行するだけ、という状態ではない。
「誰に向けて」を分けることが、2011年に新規性だった
もう少し細かく見ておく。2011年の論文が提案した五段階の手順は、要するに「まず誰がいるのかを数え、その一人ひとりに向けて別の言い分を作る」というものである。買う人だけでなく、使う人、決める人、払う人、紹介する人、支える人——この分野では、そこを分けて書くことが、2011年に新しい提案として通った。
これは、実務の感覚からすると当たり前に見える。 買う人と使う人が違うことくらい、店に立っていれば毎日わかる。それが査読の側では2011年に提案として通ったということは、それまでの価値提案の議論が「相手はひとり」という前提で書かれていたということでもある。
この単位の証拠の読み違え方は、ここにある。 用語が普及していることを、その概念が精密になっていることの証拠として読む。実際には、用語が普及するほど、それぞれの人が別のものを指して同じ語を使うようになる。 2017年のレビューが「よく理解されていない」と書いたのは、研究者が怠けていたからではない。同じ語で違うものが指されていたからである。
時間・変化:概念は広まり、道具は増え、研究は追いついていない
並べてみると、順番が独特である。1988年に価値の定義が論文になり、2006年に何が差別化に効くかが測られ、2011年に「誰に向けた価値提案か」を分ける手順が提案され、2012年には価値を軸にした売り方の概念化が試みられ、そして2017年のレビューが「概念はいまだよく理解されていない」と書いた。
その一方で、枠を埋める道具のほうは、2014年に一般書として出て広く行き渡った。 この道具は査読の対象ではない。左右の欄を線で結ぶという形が、確かめられた手続きとして流通しているわけではない。
道具が悪いという話ではない。 埋める作業には、自分が何を言おうとしているかを一箇所に集めるという効き目がある。言えないのは、「この枠を埋めた組織のほうが、埋めなかった組織より良い結果を出した」という比較である。それを測った研究に、当方は行き着かなかった。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、枠が埋まったことを、言葉が決まったことと取り違えることである。枠は必ず埋まる。埋まらない枠は、そもそも枠として配られない。
もう一つ。「価値」という語は、この分野で三つの意味を行き来してきた。 相手が受け取るもの。相手が払うもの。その差。自分がいまどの意味で使っているかを言えないまま、価値提案という言葉を使うと、相手と話が噛み合わない。
助けるのは、自分の説明文から「価値」という語をいったん全部消してみるという一手である。消したあとに残る文が、実際に差し出しているものである。残らなければ、差し出しているものの記述が、まだ無い。
同じことは、「ソリューション」「メリット」「最適化」にも起きる。これらの語の便利さは、消しても文が成立してしまうところにある。 成立するということは、その語が何も足していなかったということである。足していないのに置かれていたのは、その位置に何を書けばいいかが決まっていなかったからである。 責める話ではない。決まっていない場所を、決まっていないと分かるようにするだけで、次に何を調べればよいかが決まる。
そしてもう一つ。枠を埋めるときは、必ず「誰に向けて」を先に決めてから埋める。 2011年の論文がわざわざ五段階の手順にしたのは、そこを飛ばすと、買う人・使う人・決める人が混ざったまま一つの言い分ができあがるからである。混ざった言い分は、誰に見せても半分だけ当たる。半分だけ当たる言葉は、直しようがない。
標本の偏りを断っておく。ここで引いた実証は、企業間の取引を対象にしたものが中心である。 個人の客を相手にする商いに、同じ順位(支援と人のやりとりが強く、価格が弱い)がそのまま当てはまるかは、ここでは確かめられていない。
最初の一歩は5分。自分が外に出している説明文を1つ選び、そこから「価値」「バリュー」という語を全部消して読み返す。 意味が変わらなければ、その語は飾りだった。意味が通らなくなったら、その場所に何を書くべきかが、いま分かっていない場所である。
次の単位は 244「ブランド知覚基盤」——差し出すと言った言葉が、外でどう受け取られているのか。そして、その受け取られ方を代表する数字として使われている星の評点が、何とどれだけ一致しているのか。
- 2017年のJournal of the Academy of Marketing Science 45巻4号のレビューは、顧客価値提案について、実務家も研究者もこの用語をますます使うようになっているが概念はいまだよく理解されておらず実装もされていない、と書いた。同レビューは文献を断片的と呼び、強い理論的基盤を欠くと評している。
- 同レビューは、価値という概念についての調査の幅の広さに比べて、価値提案という主題について公刊された研究は比較的少ない、とも書いている。用語の普及と、概念の確立は別のことである。
- 1988年のJournal of Marketing 52巻3号は、いまも最もよく引かれる価値の論文だが、その仕事の中身は、価格・知覚品質・知覚価値を定義し関係づける概念モデルの提示である。1988年の時点で、この三つを定義し分けることが一本の論文になっていた。
- 2011年のEuropean Journal of Marketing 45巻1・2合併号は、価値提案の概念が相対的にほとんど注意を払われてこなかったと述べ、誰に向けた価値提案なのかを利害関係者ごとに分ける五段階の手順を提案した。誰に向けてを明示的に分けることが、2011年に新規性として提案されている。
- 2006年のJournal of Marketing 70巻1号は、買い手が取引先を絞り込む状況で、関係上の便益が費用の考慮より強い差別化の可能性を示すと報告した。中核の差別化要因は支援の手厚さと人としてのやりとりで、次いで相手の知識と市場に出るまでの時間の短縮だった。
- 同じ研究で、品質と納期、取得の費用と運用の費用は中程度の可能性にとどまり、価格は差別化の可能性がもっとも弱いと報告された。ただしこの研究は企業間の取引を対象にしており、個人の客に同じ順位が当てはまるかは確かめられていない。
- 枠を埋める道具そのものは2014年に一般書として行き渡ったが、査読の対象ではない。当方は、この枠を埋めた組織のほうが埋めなかった組織より良い結果を出したという比較を測った研究には行き着かなかった。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 価値提案は、経営学で確立した概念である | 2017年のJournal of the Academy of Marketing Scienceのレビューは、実務家も研究者もこの用語をますます使うようになっているが、概念はいまだよく理解されておらず実装もされていない、価値という概念についての調査の幅に比べてこの主題の公刊研究は比較的少ない、と書いている。同レビューは文献を断片的と呼び、強い理論的基盤を欠くと評した。効かないのではなく、効くかどうかを言えるだけの研究がまだ積み上がっていない。 |
| 枠を埋めれば、差し出すものの言葉が決まる | 枠は必ず埋まる。埋まらない枠は枠として配られない。そして当方は、この種の枠を埋めた組織のほうが埋めなかった組織より良い結果を出したという比較を測った研究には行き着かなかった。枠が広く行き渡ったのは2014年の一般書によってであり、それは査読の対象ではない。 |
| 差別化のいちばんの手は、価格である | 企業間の取引で何が差別化に効くかを調べた2006年のJournal of Marketingの研究では、関係上の便益が費用の考慮より強い差別化の可能性を示し、中核の差別化要因は支援の手厚さと人としてのやりとりだった。品質・納期・取得費用・運用費用は中程度で、価格は差別化の可能性がもっとも弱いと報告されている。値下げが効かないという意味ではなく、他と違う存在になるという目的に対する効きが小さいという意味である。 |
価値提案という言葉が便利なのは、中身が決まっていないからである。決まっていないから、どんな商いにも当てはまり、どんな枠にも収まり、埋めた人はみな埋めたと言える。三十年かけて確かめられたのは、価格・品質・価値という三つの語を分けて使うべきだ、というところまでだった。
Q1. 2017年のレビューは、顧客価値提案について、実務家も研究者もこの用語をますます使うようになっているが、概念はいまだよく ____ されておらず、____ もされていない、と書いた。同レビューは文献を ____ 的と呼び、強い ____ 基盤を欠くと評している。穴埋め
Q2. 企業間の取引で何が差別化に効くかを調べた2006年の研究で、差別化の可能性が「もっとも弱い」と報告されたのはどれか。選択
Q3. 1988年に出た、いまも最もよく引かれる価値の論文がしたことは、____ ・知覚 ____ ・知覚 ____ という三つを定義し、____ づける概念モデルを提示することだった。穴埋め
Q4. 枠を埋める道具について、この単位が「行き着かなかった」と書いているのは、どんな研究か。1文で書け。一問一答
Q5. 次の出来事を、起きた順に並べよ。(枠を埋める道具が一般書として行き渡る/価値を定義する論文/概念はいまだよく理解されていないとレビューが書く/何が差別化に効くかを測る)並べ替え
紙かメモアプリを開く。自分が外に出している説明文を1つ選ぶ(ウェブの一段落、提案書の冒頭、案内の紙、自己紹介の定型文のどれでもよい)。その文章から「価値」「バリュー」「価値ある」といった語を全部消して、残った文をそのまま書き写す。次に、消したあとで意味が変わらなかった箇所と、意味が通らなくなった箇所を、それぞれ何個あったか数える。最後に、意味が通らなくなった箇所のうち1つを選び、その場所に本来は何が入るはずかを1行だけ書いてみる。書けなければ「書けない」と書く。誰にも見せない。誰にも尋ねない。いま組織に属していない場合は、自分の経歴の紹介文や、作ったものの説明文で行えばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Payne A., Frow P., Eggert A. (2017) 'The customer value proposition: evolution, development, and application in marketing', Journal of the Academy of Marketing Science 45(4):467-489 — doi.org
- Frow P., Payne A. (2011) 'A stakeholder perspective of the value proposition concept', European Journal of Marketing 45(1/2):223-240 — doi.org
- Zeithaml V.A. (1988) 'Consumer Perceptions of Price, Quality, and Value: A Means-End Model and Synthesis of Evidence', Journal of Marketing 52(3):2-22 — doi.org
- Ulaga W., Eggert A. (2006) 'Value-Based Differentiation in Business Relationships: Gaining and Sustaining Key Supplier Status', Journal of Marketing 70(1):119-136 — doi.org
- Terho H., Haas A., Eggert A., Ulaga W. (2012) 'It’s almost like taking the sales out of selling—Towards a conceptualization of value-based selling in business markets', Industrial Marketing Management 41(1):174-185 — doi.org
- Osterwalder A. ら (2014) Value Proposition Design, Wiley(一般書。査読誌ではない。書誌は公開図書目録で2026年に確認) — openlibrary.org