「失敗の42%は市場が無いから」の42%は、そう死んだ会社の割合ではなかった
顧客の話は、たいてい数字から始まる。新しい事業が失敗する理由の第1位は市場が無かったことで、42%を占める。皮肉なことに、その原資料にはあっさりたどり着けて、たどり着いた先に書いてあったのは、101件の事後談を分類したという断り書きと、上位20の合計は100%を大きく超えるという注意書きと、「ここには確かに生存者バイアスは無い」という一文だった。
この棚は、誰に向けて書かれているか
想定している読者は、いま、客を相手にしている人である。
営業の担当かもしれないし、一人で作って一人で売っている人かもしれない。問い合わせに答えている人、既にある取引先を回している人、店に立っている人、見積もりを出す人もいる。行政・学校・病院・非営利で、利用者や患者や生徒を相手にしている人も含む。今回が初めての人もいる。 だからこの棚は「営業は」「マーケターは」「経営者は」で主語を立てない。決裁権も、価格を決める権限も、広告に使える予算もあると想定しない。 使える手は、商圏・単価・在庫・取引先との力関係・繁忙期・その業界の商習慣で決まる——どれも本人の熱意とは別の次元で選択肢を決めている。この棚は、売れないことを、読者の工夫や努力の不足として描かない。
もう一つ断っておく。客は、選ばれる側でもある。 売る側が客を選ぶ話に寄せない。買う側・使う側が読んで不快にならない書き方をする。
この棚は、16の要素それぞれについて言うことを3つに絞る——それは何を指すのか。どこまで効くと確かめられているのか。その範囲の外で何が起きるか。 これをやれば売れる、の棚にはしない。
この棚の地図——四つの段を、順に絞る
この棚は道具箱ではない。順序のある絞り込みの過程である。①青 241〜244|市場と、言葉——どこに客がいると見積もるか、自分をどこに置くか、何を差し出すと言うか、その言葉が外でどう受け取られるか。②緑 245〜248|来てもらって、選ばれるまで——知ってもらう、見込みを見分ける、話をする、決まる。③橙 249〜252|使ってもらう/続いてもらう——使いはじめ、使い続ける、離れない、期待をどう扱うか。④桃 253〜256|広がる/増える——もう一段売る、離れないことの正体、人が人を連れてくる、増え方そのもの。
この四つは、順番どおりにやればうまくいくという話ではない。 使ってもらって初めて、自分が何を売っていたのかがわかることも多い。離れられて初めて、市場の見立てのほうが違っていたと気づくこともある。段は身につける順で、こなす順ではない。
最初の段の最初の要素が市場機会設計力である。この話にも、たいてい先に数字が付く——新しい事業が失敗する理由の第1位は「市場が無かったこと」で、42%を占める。 市場の見立て方を並べる前に、その42%がどこから来たのかを追う。
42%を追いかけた——原資料には、たどり着いた
出どころは、ある投資情報の会社が公開している調査報告である。行き着けなかったのではない。行き着いた(2026年8月にPDF本文を取得して確認した)。 表紙にこうある。
> “From lack of product-market fit to disharmony on the team, we break down the top 20 reasons for startup failure by analyzing 101 startup failure post-mortems.”(プロダクト・マーケット・フィットの欠如からチームの不和まで、101件の失敗の事後談を分析して、失敗の理由の上位20を切り分けた)
101件である。 そして第1位の節に、こう書いてある。
> “Tackling problems that are interesting to solve rather than those that serve a market need was cited as the number one reason for failure in a notable 42% of cases.”(市場の必要を満たすよりも、解くのが面白い問題に取り組むことが、42%という目立つ割合のケースで、失敗の第1の理由として挙げられた)
「42%の会社が市場が無くて失敗した」ではない。「42%のケースで、第1の理由として挙げられた」である。 しかも同じ報告の前置きに、こうある。
> “Since many startups offered multiple reasons for their failure, you’ll see that chart highlighting the top 20 reasons doesn’t add upto 100% (it far exceeds it).”(多くの企業が複数の理由を挙げているので、上位20を示す図の合計は100%にならない——大きく超える)
合計が100%を大きく超える表の、上から1つ目である。 2位は資金が尽きたこと(29%)、4位は競合に負けたこと(19%)と続く。引かれるときには、この構造がまるごと落ちる。
数えられているのは誰か——101人が、書く気になった
この報告のいちばん興味深い一文は、順位表の中ではなく、前置きにある。
> “There is certainly no survivorship bias here.”(ここには確かに生存者バイアスは無い)
失敗した会社ばかりを見ているのだから、生き残った側に偏ってはいない。それはそのとおりである。 ただし、同じ前置きの少し後に、この報告がどうやって作られたかが書いてある。
> “It’s worth noting that this type of data-driven analysis would not be possible without a number of founders being courageous enough to share the stories of their startup’s demise with the world.”(この種のデータに基づく分析は、自社の終わりの物語を世に共有する勇気を持った創業者が何人もいなければ成り立たない、という点は書いておく価値がある)
母集団は「失敗した事業」ではない。「失敗の顛末を、自分の言葉で公開した101件」である。 黙って畳んだ人、書かなかった人、書けなかった人、そもそも始まる前に消えた話は、この101件に入っていない。そして、自分で書いた事後談に「市場が無かった」と書くことと、「資金繰りを読み違えた」「共同創業者と決裂した」と書くことは、書き手にとって同じ重さではない。
この報告が嘘だという話ではない。 101件を読んで分類したという作業は、実際に行われている。言えるのは、42%という数字が答えているのは「何が事業を殺すか」ではなく、「終わりを公開する気になった人が、何を第1の理由として書いたか」だということである。
何が成否に効くのかを、まとめて測った人たちがいる
事後談ではなく、成否そのものを測った研究のほうへ移る。**2008年に *Journal of Product Innovation Management* 25巻1号へ出たメタ分析は、新技術ベンチャーの成功要因についての31件の実証研究を統合したものである。この論文はまず、自分たちの別の調査を引いて生存率を書いている。1991年から2000年にかけて米国で設立された11,259社のうち、4年後に常勤5人超で残っていたのは36%(4,062社)、5年後には21.9%(2,471社)**だった。
そのうえで、文献に出てくる24の成功要因を整理して統合した結果を報告している。均質に有意だったのは8つ——供給網の統合、市場の広がり、企業の年齢、創業チームの規模、資金、創業者の市場での経験、創業者の業界経験、特許による保護。そして5つは有意ではなかった——創業者の研究開発の経験、創業者の起業経験、環境の変動性、環境の多様性、競争の激しさである。
「競争が激しい市場は避けよ」も「起業の経験がある人のほうがうまくやる」も、24の候補のうち、統合すると有意にならなかった側に入っている。 残る11の要因は不均質で、下位集団によって成功要因になったり失敗要因になったりした。
**見積もりの側にも、査読された話がある。2008年に *Management Science* 54巻9号へ出た研究は、最初の市場に入る前に複数の市場機会の候補を並べていたか**を調べた。抄録に、そうした起業家は業績上の利益を得るとあり、そのすぐ次にこうある。
> “the positive relationship between the number of market opportunities identified prior to first entry and new firm performance is nonlinear and subject to decreasing marginal return”(参入前に見つけた市場機会の数と新企業の業績の正の関係は、非線形であり、逓減する)
候補を並べることには効果がある。ただし増やすほど効くわけではない。
時間・変化:見積もりの精度は、経験では上がらなかった
**2010年に *Strategic Management Journal* 31巻8号へ出た論文**は、これから事業を始めようとしている人たちの見通しを追いかけたものである。抄録にこうある。
> “I find substantial overoptimism in nascent entrepreneurs’ expectations, in that they overestimate the probability that their nascent activity will result in an operating venture.”(これから始める人の予想には相当な過度の楽観が見られる。自分の活動が実際に事業として動き出す確率を過大に見積もっている)
そして、この論文でいちばん引かれない一文がこれである。
> “I find that the preparation of projected financial statements results in more overly optimistic venture sale forecasts.”(財務の予測を作ることが、より過度に楽観的な売上の見通しをもたらすことがわかった)
計画書を作ると、見通しは正確になるのではなく、より楽観的になった。 2014年に *Journal of Economic Perspectives* 28巻3号へ出た総説も、多くの起業家がリスク調整後の低い収益しか得ていないのに参入し続けるという事実から出発して、過信を説明の候補の一つとして検討している。
一方で、予測が当たらないわけではない。 2006年に *Management Science* 52巻3号へ出た研究は、初期段階の事業を評価する専門家が37の項目を見て良い点と悪い点をそれぞれ数え上げていることを示し、その手続きが専門家自身の正しい予測の91.8%を再現し、標本の外・時期の外の検証でも86.0%を当てたと報告している。当たっていたのは、複雑なモデルではなく、良い点と悪い点を別々に数えるという単純な数え上げのほうだった。
この棚が16回くり返す手つき——数字を作ったのは、誰か
この棚が16回くり返す手つきを、入口で正面から書く。
顧客について流通している数字は、たいてい、その数字を売っている人が作った。 42%を出したのは投資情報の会社である。この先の段で出てくる指標——獲得にいくらかかったか、生涯でいくら払うか、どれだけ推奨してくれるか、どれだけ健全か——そのほとんどは、その指標を測る道具や助言を売っている主体が発明し、名前を付け、広めたものである。
悪意の話ではない。 実務の側が測りたいものに先に名前を付けるのは自然なことで、査読の側はそもそも別の速度で動いている。問題は、そうやって作られた数字が、査読された事実と同じ顔で流通することのほうである。
もう一つの手つきがある——同じ言葉で、別のものを数えている。 顧客も、満足も、離れないことも、測るたびに定義が変わる。それは最後の単位で回収する。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、数字を、決断を後押しする道具として使うことである。42%と唱えれば会議は通るかもしれないが、何件を、誰が、どう分類した42%かは、誰も言わない。
標本の偏りを断っておく。この棚が扱う証拠の多くは、北米と欧州で、しかも成長を狙う企業と、その顧客を対象に採られている。 日本の商いを対象にした査読研究はごく少ない。
市場の大きさを総需要・自分が届く範囲・実際に取れる分の三段に分ける道具は広く使われているが、当方は、この推定法そのものの精度を検証した査読研究には行き着かなかった。 使うなという話ではない。三段に分けることは、精度を上げる手続きではなく、話を整理する手続きである、という話である。
助けるのは、数字より先に、誰が何を数えたのかを読むという一手である。母集団はどう作られたのか。合計は100%になるのか。分類したのは誰か。
最初の一歩は5分。手元にある資料から、市場や顧客についての数字を1つ選び、その数字の発行元と、数え方が書かれている場所を探して、母集団の定義を1行だけ書き写す。 書いていなければ「書いていない」と書く。それが収穫である。
次の単位は 242「差別化ポジショニング力」——その市場のなかで自分をどこに置くのか、という話の根拠が、査読の側ではどこまで支えられているのか。
- この棚の読者は、いま客を相手にしている人である。営業の担当も、一人で作って一人で売っている人も、問い合わせに答えている人も、行政・学校・病院・非営利で利用者を相手にしている人も含み、決裁権も価格を決める権限も広告の予算もあると想定しない。そして客は選ばれる側でもあるので、売る側が客を選ぶ話に寄せない。
- 「新しい事業が失敗する理由の第1位は市場が無かったことで42%」の原資料には行き着ける。ある投資情報の会社が公開している調査報告で、母集団は101件の失敗の事後談である。第1位の記述は「42%のケースで、失敗の第1の理由として挙げられた」であって、42%の会社が市場欠如で失敗したという意味ではない。
- 同じ報告の前置きが、多くの企業が複数の理由を挙げているので上位20の合計は100%を大きく超えると自ら書いている。2位は資金が尽きたこと29%、4位は競合に負けたこと19%。引かれるときには、この構造がまるごと落ちる。
- その報告は「ここには確かに生存者バイアスは無い」と書いている。同時に、この分析は自社の終わりの物語を世に共有する勇気を持った創業者がいなければ成り立たない、とも書いている。母集団は失敗した事業ではなく、終わりを自分の言葉で公開した101件である。
- 2008年のJournal of Product Innovation Management 25巻1号のメタ分析は、31件の実証研究を統合し、24の成功要因のうち均質に有意だったのは8つ、有意でなかったのは5つと報告した。有意でなかった側に、創業者の起業経験と、競争の激しさが入っている。同論文が引く生存率は、11,259社のうち4年後36%・5年後21.9%である。
- 2008年のManagement Science 54巻9号は、参入前に市場機会の選択肢の集合を見つけた起業家が業績上の利益を得る一方、その関係は非線形で逓減すると報告した。候補を並べることには効果があるが、増やすほど効くわけではない。
- 2010年のStrategic Management Journal 31巻8号は、これから始める人の予想に相当な過度の楽観があり、しかも財務の予測を作ることがより楽観的な売上の見通しをもたらすと報告した。一方2006年のManagement Science 52巻3号は、良い点と悪い点を別々に数え上げるという単純な手続きが、標本の外・時期の外の検証で86.0%を当てたと報告している。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 新しい事業が失敗する理由の第1位は市場が無かったことで、42%を占める | 原資料には行き着ける。101件の失敗の事後談を分類したもので、第1位の記述は「42%のケースで、失敗の第1の理由として挙げられた」である。同じ報告が、多くの企業が複数の理由を挙げているので上位20の合計は100%を大きく超えると自ら書いている。そして母集団は失敗した事業ではなく、終わりを自分の言葉で公開した101件である——報告自身が、この分析は終わりの物語を共有する勇気を持った創業者がいなければ成り立たないと書いている。 |
| 競争の激しい市場を避け、起業の経験がある人と組めば、成功の確率は上がる | 31件の実証研究を統合したメタ分析では、文献に出てくる24の成功要因のうち、競争の激しさと創業者の起業経験は、どちらも有意でなかった5つの側に入っている。有意だったのは、市場の広がり、創業チームの規模、資金、創業者の市場での経験、創業者の業界経験など8つである。ただし有意でないことは、劣っていることではない。統合すると向きが定まらなかった、という意味である。 |
| 市場を三段に分けて見積もれば、機会の大きさが正確にわかる | 総需要・届く範囲・取れる分という三段の分け方は道具として広く使われているが、当方はこの推定法そのものの精度を検証した査読研究には行き着かなかった。一方、見積もりの精度を測った研究は、これから始める人の予想に相当な過度の楽観があり、しかも財務の予測を作ることがより楽観的な見通しをもたらすと報告している。三段に分けることは、精度を上げる手続きではなく、話を整理する手続きである。 |
出どころのある数字が便利なのは、正確だからではなく、どう作られたかを誰も読まないからである。読まれないかぎりその42%は今日も、市場を疑う口実としても、疑わない口実としても、等しくよく効く。同じ報告をもう一段めくると、そこにあったのは失敗の原因ではなく、失敗について書く気になった人の名簿だった。
Q1. 「失敗の理由の第1位は市場が無かったこと」の原資料は、____ 件の失敗の事後談を分析したものである。第1位の記述は「____ %のケースで、失敗の第1の理由として ____ られた」であり、報告自身が、多くの企業が複数の理由を挙げているので上位20の合計は ____ %を大きく超えると書いている。穴埋め
Q2. その報告は「ここには確かに生存者バイアスは無い」と書いている。それでもなお、この101件という母集団がどう作られたのかを、報告自身の記述にもとづいて1文で説明せよ。一問一答
Q3. 31件の実証研究を統合したメタ分析で、24の成功要因のうち「有意でなかった5つ」に含まれていたのはどれか。選択
Q4. これから事業を始めようとしている人の見通しを追った研究は、財務の予測を作ることについて何を報告したか。1文で書け。一問一答
Q5. この棚の四つの段を、順に並べよ。(市場と、言葉/広がる、増える/使ってもらう、続いてもらう/来てもらって、選ばれるまで)並べ替え
紙かメモアプリを開く。自分の手元にある資料——受け取った提案書、業界の記事、社内で回ってきた資料、自分が作った企画書のどれでもよい——から、市場や顧客についての数字を1つ選ぶ。その数字の発行元を探し、数え方が書かれている場所(調査の概要、方法、注記、脚注のどれか)を開いて、母集団の定義——誰を対象に、何件を数えたのか——を1行だけそのまま書き写す。書かれていなければ「書かれていない」と1行書く。最後に、その数字の合計が100%になる種類のものかどうかを一言添える。誰にも尋ねない。手元の資料だけで完結させる。いま組織に属していない場合は、目に入った記事や広告の中の数字を1つ選べばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- CB Insights『The Top 20 Reasons Startups Fail』(発行元の公開レポート。査読誌ではない。101件の事後談の分析、2026年8月にPDF本文を取得して確認) — s3-us-west-2.amazonaws.com
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