「採用コストが23%下がる」の出どころを、五系統さがして見つけられなかった
採用の話は、たいてい数字から始まる。人材の層を分析すれば採用コストが23%下がり、労働市場を分析すれば採用にかかる期間が30%縮む。皮肉なことに、五系統をたどってもどちらにも一次情報が無く、代わりに見つかったのは「なぜ採用の施策が効くのかを、我々はまだよく分かっていない」と書いた査読論文だった。
この棚は、誰に向けて書かれているか
想定している読者は、いま、人を採る側になんらかの形で関わっている人である。
人事の担当かもしれないし、現場で面接に駆り出されている人かもしれない。数人の会社で経理も総務も採用も一人で回している人、部門で1人だけ増やしたい人、業務委託で採用の一部を請け負っている人、行政・学校・病院・非営利の組織の人もいる。今回が初めての人もいる。 だからこの棚は「人事は」「採用担当者は」「経営者は」「面接官は」で主語を立てない。決裁権も予算も人事権もあると想定しない。 使える手は、予算・人数・時期・事業の状況・その組織の慣行で決まる——どれも本人の熱意とは別の次元で選択肢を決めている。この棚は、人が採れないことを、読者の努力や発信力の不足として描かない。
もう一つ断っておく。採用は双方向である。 組織が候補者を選ぶだけでなく、候補者も組織を選ぶ。選ぶ側の視点だけで書かない。
この棚は、16の要素それぞれについて言うことを3つに絞る——それは何を指すのか。どこまで効くと確かめられているのか。その範囲の外で何が起きるか。 これをやれば採れる、の棚にはしない。
この棚の地図——四つの段を、順に絞る
この棚は道具箱ではない。順序のある絞り込みの過程である。①青 225〜228|どこに、どう向かって出るか——市場の見立て、外へ出す言葉、その言葉の中身、そして働く側が書いたもの。②緑 229〜232|集めて、絞って、渡す——認知と母集団、選考で誰を落としているか、選考の受け取られ方、承諾までの段。③橙 233〜236|入ってからの立ち上がり——入社後の社会化、役割との噛み合い、続くかどうか、聞いた話と実際の差。④桃 237〜240|残る側と、次の入口——広がりと昇進、愛着と呼ばれるもの、紹介の輪、そして採る・残る・似てくるの循環。
この四つは、順番どおりにやればうまくいくという話ではない。 入ってからの様子を見て初めて、市場の見立てのほうが変わることも多い。段は身につける順で、こなす順ではない。
最初の段の最初の要素が採用市場機会設計力である。この話にも、たいてい先に数字が付く——人材の層を分析すれば採用コストが23%下がる。労働市場を分析すれば採用期間が30%縮む。 市場の見立て方を並べる前に、その数字がどこから来たのかを追う。
出どころを探した——五系統で消えた
①出どころとされる求人サービスの公開ページ(2026年8月閲覧)。紹介ページを三つ当たったが、数値の出所を示す文書には行き着かない。
②同じ会社が出している統計まとめの資料。 販促用のその資料には行き着いた(次の単位で扱う)。そこに23%も、30%短縮も、載っていない。 ③一般検索を三通りの語形で。 人材の層と採用単価、要員計画と採用期間、サービス名と23%。出てくるのは二次記事だけで、一次はゼロ。
④査読側へ。 要員計画の系統的レビューには行き着いた(後述)。ただしそれは効果推定ではなく、文献の棚卸しだった。
⑤書誌データベースで要員計画の効果推定を探した。 経営実務としての効果を測った査読論文には行き着かなかった。
「存在しない」とは書かない。書けるのは、行き着けなかった、までである。 残るのは、その数字を出した主体が、方法も標本も公開していないという事実だけである。
中核理論とされる論文には、標本も効果量も無い
数字を否定して終わりにせず、理論のほうを開く。 中核として掲げられるのは**2005年の *Human Resource Management* 44巻2号の論文である。ところが、そこに書かれた題の論文は書誌データベースに登録がない。同誌同巻同号にあるのは別の題の論文で、内容は人材の意思決定を科学として立て直そうという提案である。** 抄録の一文目がこうである。
> “Two paradigm shifts are discussed here: talentship and sustainability.”(ここでは二つのパラダイムの転換を論じる)
> “It includes talent segmentation, or identifying pivotal talent pools where the quality and/or availability of human capital makes the biggest difference to strategic success.”(それは人材の切り分け、すなわち人的資本の質や利用可能性が戦略上の成否をいちばん左右する要の人材層を見つけることを含む)
要の人材層という発想の出所ではある。しかし標本も効果量も一つも無い。 この領域で「基本文献」として並ぶもののうち、2003年のものはハンドブックの一章である。査読誌の論文ではない。 悪いという話ではない。「査読で確かめられた効果」と「よく引かれる基本文献」は別のものだ、という話である。
数えられているのは誰か——用語の解説を読む
市場の見立ては、たいてい公表された統計から始まる。そこで、数字ではなく用語の解説のほうを読む。
総務省統計局の令和4年就業構造基本調査は、全国の約54万世帯・15歳以上の世帯員約108万人を対象に実施された調査である。その用語の解説に、こうある。
> 「実際に仕事を探したり、準備したりしているかどうかによって、『求職者』と『非求職者』とに区分した。」
「求職者」は、働きたい人ではない。探す行動を取っている人である。 働きたいが探していない人は、同じ調査の中で「非求職者」として別に立てられている。採用の側が見る指標には、その人たちは入ってこない。
もう一つ。厚生労働省の労働経済動向調査は、人手の過不足感でよく引かれる調査だが、政府統計の窓口にはこう書かれている——常用労働者30人以上を雇用する事業所を対象に年4回実施する、と。30人未満の事業所は、この「人手不足感」に最初から入っていない。 しかもこの調査は基幹統計ではなく一般統計である。
母集団の定義は、数字より前にある。そして定義は、たいてい数字より小さい活字で書かれている。
要員計画の国際レビュー自身が、取りこぼしを書いている
**2023年に *Health Policy* 132号へ出た系統的レビューは、保健と社会的ケアの分野の要員計画を、2005年から2022年までの文献101件から整理したものである。効果推定は一つも報告していない。** そのうえで抄録に、こうある。
> “Unregistered workers were poorly represented as was the social care workforce.”(登録されていない働き手は、社会的ケアの働き手と同様、十分に代表されていなかった)
> “There is also a minimal presence within the literature regarding lower paid, unregistered, and voluntary roles within health settings.”(より低賃金の、登録されていない、あるいは無償の役割についての記述も、文献の中にはごくわずかしかない)
要員計画の文献そのものが、数えられていない働き手がいることを書いている。 統計の定義の話と、同じ形である。
時間・変化:二十三年、レビュー側の自己申告は変わっていない
2000年、*Journal of Management* 26巻3号の総説が、採用研究の到達点をこう書いた。
> “Reviewers have concluded that we still do not know a great deal about why recruitment activities have the effects they do.”(採用の施策がなぜそのような効果を持つのかについて、我々はまだ多くを知らない、と総説の書き手たちは結論してきた)
2013年、*Annual Review of Psychology* 64巻の総説は、自分の仕事を “a selective review”(選び取った総説)と呼び、先行研究の限界に注意を向けると書いた。2023年、要員計画の国際レビューは101件を集めて効果推定を一つも出さず、代わりに誰が文献に出てこないかを書いた。
二十三年で、レビュー側の自己申告はほとんど動いていない。 一方、流通しているほうの数字は、この間ずっと同じ%のまま引かれ続けている。動かない数字は、たいてい誰も測り直していない。
この分野の助言は、採った人と、残っている人からしか書かれていない
この棚が16回くり返す手つきを、入口で正面から書く。
「この採り方でうまくいった」と書けるのは、その人を採って、入ってもらえて、まだ辞めていないからである。 手元に残るのは、応募してきた人の記録、通した人の記録、入った人の記録、いま在籍している人の答えである。落とした候補者がその後どうなったか、辞退した人がどこへ行ったか、辞めた人がなぜ辞めたか、そもそも応募しなかった人が何を見て応募しなかったか——これらは、組織の手元のデータに最初から存在しない。
しかもこの狭さは研究の側で範囲制限と呼ばれ、どう補正するかで数字が動くこと自体が、いまも決着していない争点である。 補正の仕方を変えると、同じデータから別の順位表が出てくる。「採れた組織の話」を集めるほど話は滑らかになり、滑らかになった分だけ、そこには採れなかった側の情報が入っていない。
この棚には、もう一つの手つきがある——採用の成果は、いつ測るかで別のものになる。 それは最後の単位で回収する。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、数字を、決断を後押しする道具として使うことである。23%と唱えれば会議は通るかもしれないが、何と何を比べた数字かは、誰も言えない。
標本の偏りを断っておく。この棚が扱う証拠の多くは、北米と欧州の、しかも大学生と大企業を対象に採られている。 日本の採用を対象にした査読研究はごく少なく、採用の成果として測られたものの多くは、入社した人についての記録である。
助けるのは、数字より先に、母集団の定義を読むという一手である。誰が数えられていて、誰が数えられていないのか。 統計の良し悪しの話ではない。どの定義にも外側がある、という話である。
最初の一歩は5分。公開されている労働市場の統計を1つ選び、用語の解説を開いて、母集団の定義を1行だけ書き写す。 数字は見なくてよい。定義の中に、自分がいま探している人が入っているかを見ることが収穫である。
次の単位では、その市場に向けて組織の側が出す言葉——「うちはこういう職場だ」という発信が、候補者の何を動かし、何を動かさなかったのかを見る。その根拠として長く引かれてきた論文が、実は反証だった、という話になる。
- この棚の読者は、いま人を採る側になんらかの形で関わっている人である。人事の担当も、面接に駆り出されている人も、一人で全部を回している人も、業務委託の人も、行政・学校・病院・非営利の人も、今回が初めての人も含み、決裁権も予算も人事権もあると想定しない。人が採れないことを読者の努力や発信力の不足として描かず、採用は双方向であって選ぶ側の視点だけでは書かない
- この棚は並列の道具箱ではなく、順序のある絞り込みである。①青225〜228 どこに、どう向かって出るか、②緑229〜232 集めて、絞って、渡す、③橙233〜236 入ってからの立ち上がり、④桃237〜240 残る側と、次の入口。ただし順番どおりにやればうまくいく話ではなく、段は身につける順であって、こなす順ではない
- 人材の層の分析で採用コストが23%下がる、労働市場の分析で採用期間が30%縮む、という二つの数字について、2026年8月に五系統をたどったが一次情報に行き着けなかった。求人サービスの公開ページ、同社の統計まとめ資料、三通りの語形での一般検索、査読側の系統的レビュー、書誌データベースの五つである。存在しないとは書けず、行き着けなかった、までである
- 中核理論として掲げられる2005年の論文は、設計側が書く題では書誌データベースに登録がなく、同誌同巻同号にあるのは別の題の論文である。抄録は、ここでは二つのパラダイムの転換を論じる、と始まり、要の人材層を見つけるという発想の出所ではあるが、標本も効果量も一つも無い。よく並ぶ基本文献のうち2003年のものは、査読論文ではなくハンドブックの一章である
- 総務省の就業構造基本調査は、実際に仕事を探したり準備したりしているかどうかによって求職者と非求職者を区分すると用語の解説に明記している。求職者とは働きたい人ではなく、探す行動を取っている人である。厚生労働省の労働経済動向調査は常用労働者30人以上の事業所を対象とする一般統計であり、30人未満の事業所は人手不足感の集計に最初から入っていない
- 2023年の要員計画の国際レビューは2005年から2022年までの文献101件を集め、効果推定を一つも報告していない。そのうえで抄録が、登録されていない働き手は社会的ケアの働き手と同様に十分に代表されていなかった、と書く。誰が数えられていないかは、日本の統計の定義だけでなく、要員計画の文献自身の自己申告としても出てくる
- この分野の助言は、採った人と、残っている人からしか書かれていない。落とした候補者・辞退した候補者・辞めた人・そもそも応募しなかった人は、組織の手元のデータに最初から存在しない。この狭さは研究の側で範囲制限と呼ばれ、どう補正するかで数字が動くこと自体がいまも決着していない争点である。もう一つの手つき、いつ測るかで別のものになる、は最後の単位で回収する
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 人材の層を分析すれば採用コストが平均23%下がり、労働市場を分析すれば採用期間が30%縮む | 2026年8月に五系統をたどったが、どちらの数値にも一次情報に行き着けなかった。求人サービスの公開ページ、同社の統計まとめ資料、三通りの語形での一般検索、査読側の系統的レビュー、書誌データベースの五つである。同社自身の統計まとめ資料にも、23%も30%短縮も載っていない。存在しない、とは書けない。行き着けなかった、までである |
| 中核理論として掲げられる2005年の論文が、その効果の裏づけになっている | 設計側が書く題の論文は書誌データベースに登録がなく、同誌同巻同号にあるのは別の題の論文である。その中身は、抄録が「ここでは二つのパラダイムの転換を論じる」と始まる提案であって、標本も効果量も一つも無い。効果の推定ではない |
出どころの無い数字が便利なのは、当たっているからではなく、何と何を比べたのかを誰も訊かないからである。訊かれないかぎりその23%は今日も、人を増やす口実としても、増やさない口実としても、等しくよく効く。同じ資料をもう一段めくると、そこにあったのは効果ではなく、二つのパラダイムの転換についての提案だった。
Q1. 総務省の就業構造基本調査は、実際に仕事を ____ たり ____ たりしているかどうかで「求職者」と「非求職者」を区分する。厚生労働省の労働経済動向調査の対象は常用労働者 ____ 人以上の事業所であり、基幹統計ではなく ____ 統計である。穴埋め
Q2. 「人材の層の分析で採用コスト23%減」「労働市場の分析で採用期間30%短縮」を2026年8月に五系統たどった結果を、たどった先を挙げて書きなさい。一問一答
Q3. 中核理論として掲げられる2005年の論文について、本文が確かめたこととして正しいのはどれか。選択
Q4. この棚が16回くり返す二つの手つきのうち、この単位で正面から展開されるのはどれか。選択
Q5. 本文が「二十三年、自己申告は動いていない」として並べた三つを古い順に並べなさい。(A)文献101件を集めながら効果推定を一つも出さず、登録されていない働き手が十分に代表されていないと書いた要員計画の国際レビュー(B)これは選び取った総説だと著者自身が呼んだ採用研究の総説(C)採用の施策がなぜ効くのかを我々はまだ多く知らない、と結論してきたと書いた総説並べ替え
紙かメモアプリを開く。公開されている労働市場の統計を1つ選ぶ(就業構造基本調査でも、労働経済動向調査でも、自治体や業界団体が出している需給の資料でもよい)。その統計の「用語の解説」または「調査の概要」を開き、母集団の定義——誰を対象にした調査なのか——を1行だけそのまま書き写す。数字は書き写さない。次に、その定義の外側に置かれるのはどんな人かを自分の言葉で1行書き足し、最後に、いま自分が探している(あるいは過去に探した)人がその定義の内側に入るかどうかを、入る/入らない/分からない のどれかで書く。採用の実務に今すぐ関われない場合は、自分が過去に受けた選考のころの統計でも、住んでいる地域の公開資料でもよい。統計の良し悪しは評価しない。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Boudreau J.W., Ramstad P.M. (2005) 'Talentship, talent segmentation, and sustainability: A new HR decision science paradigm for a new strategy definition', Human Resource Management 44(2):129-136 — doi.org
- Breaugh J.A., Starke M. (2000) 'Research on Employee Recruitment: So Many Studies, So Many Remaining Questions', Journal of Management 26(3):405-434 — doi.org
- Breaugh J.A. (2013) 'Employee Recruitment', Annual Review of Psychology 64(1):389-416 — doi.org
- Sutton C., Prowse J., McVey L., Elshehaly M., Neagu D., Montague J., Alvarado N., Tissiman C., O'Connell K., Eyers E., Faisal M., Randell R. (2023) 'Strategic workforce planning in health and social care – an international perspective: A scoping review', Health Policy 132:104827 — doi.org
- 総務省統計局「令和4年(2022年)就業構造基本調査 用語の解説」および「結果の概要」(2026年8月閲覧) — www.stat.go.jp
- 厚生労働省「労働経済動向調査」(一般統計。政府統計コード00450072、2026年8月閲覧。調査対象の記述は労働政策研究・研修機構「労働統計所在案内」で補った) — www.e-stat.go.jp
- Rynes S.L., Cable D.M. (2003) 'Recruitment Research in the Twenty-First Century', in Borman W.C., Ilgen D.R., Klimoski R.J. (eds) Handbook of Psychology, Vol. 12: Industrial and Organizational Psychology, Wiley, pp.55-76 — doi.org