同じ船を数え直したら、忘れる速さがほとんど消えた——「組織記憶」は比喩であって、目盛りではない
記憶という語は、保管庫の絵を呼び出す。棚があり、箱があり、探せば出てくる。ところが組織記憶と呼ばれているものについては、その概念が提案されてから15年たっても、量的に測った研究がほとんど無かった。
名前だけが立派な、もう一つの語
前の単位では、同じ名前の下で別のものが測られていることを見た。ここではその上に、名前だけが立派で、そもそも測られたことがほとんど無い、もう一つの語を置く。
持ち場を狭めておく。記録を残す道具やサービスの選び方は扱わない。個人の物忘れのほうは、この棚の担当ではない。ここで見るのは、組織記憶という語が何を提案した語で、その語のもとで実際に測られてきたものは何か、である。
何を提案した論文か
1991年に Academy of Management Review 16巻1号へ出た論考が、この語の出発点として引かれる。組織記憶を、現在の意思決定に持ち出すことのできる、組織の歴史から蓄えられた情報と定義し、それがどこに保持されるかを五つに分けた。人、文化、仕事のやり方、組織の構造、そして仕事場の物理的な配置である。加えて、組織の外側にある記録も保持先として挙げられている。
これは概念の提案である。査読誌に載った論考であり、何を提案した論文かとして引くぶんには問題がない。問題は、提案が測定のように扱われることのほうだ。
2010年に Organization Studies 31巻4号へ出た実証研究は、この点を率直に書いている。1991年の論考は、組織記憶についての量的な実証研究を1件も引用しておらず、そしてこの状況は、その後15年あまりのあいだにさほど変わっていない、と。この研究自身が、この概念の命題を実際に検証した最初期のものの一つだと位置づけられている。ドイツ語圏の122人の回答にもとづき、仕事のやり方の標準化と組織記憶の関係が、情報を明文化することを通じて説明されると報告した。
2010年に Management Learning 41巻2号へ出たもう1本は、この古典を引用した論文が300件を超えることを確かめたうえで、引用の数を数えてもそこから何が取り出されたのかは分からないと書き、引用の文脈そのものを内容分析した。
減価という数字は、たしかにある
では何が測られてきたのか。測られてきたのは、記憶ではなく、生産の効率である。
1990年に Management Science 36巻2号へ出た研究は、複数の組織の生産データを使って、学習が組織のなかでどれだけ持続し、組織のあいだでどれだけ移るかを調べた。要旨はこう書く。生産を通じて獲得された知識は急速に減価する。学習の慣行的な尺度である累積生産量は、学習の持続性を著しく過大に評価する。学習が組織をまたいで移るという証拠はいくらかあり、生産を遅く始めた組織のほうが生産性が高い。ただし、いったん生産を始めてしまうと、他の組織の学習から利益を得ているようには見えない。
1995年に Management Science 41巻11号へ出た研究は、舞台を工場からサービス業へ移した。米国ペンシルベニア州南西部の36店舗のピザ店である。同じ会社からの営業許可を受けた店で、所有しているのは10の異なる事業者。1年半にわたって週ごとのデータを集めた。結果は三つ。経験を積むにつれて1単位あたりの費用が有意に下がった。学習によって得られた知識は、これらの組織で急速に減価した。そして知識は、同じ事業者が所有する店のあいだでは移ったが、別の事業者が所有する店へは移らなかった。
2000年に American Economic Review 90巻4号へ出た研究は、航空機の生産データで同じ形を確かめている。データは単純な学習仮説とは整合しない。つまり、累積生産量が増えれば1単位あたりの費用が下がるという予測が成り立たない。かわりに強く支持されたのは、過去の生産経験が時間とともに減価するという、組織的な忘却を含んだモデルのほうだった。
そして、同じ船を数え直した1本
ここまでなら、減価は確定した現象に見える。ところが2007年、Management Science 53巻6号に、それを揺らす論文が出た。
対象は、米国の戦時の船舶生産という、この分野でよく知られた事例研究である。著者は、国立公文書館にある一次資料からデータを作り直し、組織的な忘却の速さを推定し直した。得られた値は、これまでに報告されてきたものよりずっと小さく、ゼロである可能性さえある——というのが結論だった。
これは、前の研究が間違っていたという話ではない。同じ現象について、どのデータで、何を統制して推定するかによって、速さが大きく動くという話である。だから、減価の速さについて単一の数字を持ち歩くことはできない。「知識は1年で何割が失われる」という形の一文を見たときに確かめるべきなのは、その割合が何のデータから、何を統制して出てきたかである。
保存されている量と、使われている量は別である
1995年の研究には、もう一つ読みどころがある。知識が、同じ事業者の店のあいだでは移り、別の事業者の店へは移らなかった、という部分だ。
店の作りも、扱う商品も、手順の書式も、同じ会社の許可のもとで揃っている。にもかかわらず、境界をまたぐと移らない。つまり、記録が同じ形で存在していることと、それが実際に取り出されて使われることは、別々の問題である。
組織記憶という語が扱いにくいのは、保存されている量と、取り出せる量と、実際に使われた量を、一語で呼んでしまうからである。減ったように見えるものが、本当に減ったのか、そこにあるのに使われなかっただけなのかは、生産の効率という一つの数字からは切り分けられない。
「同じ失敗を繰り返す」の出どころを探す
人材開発の設計資料には、こう書かれていることがある。「組織記憶が失われると、同じ失敗を繰り返す確率が高まる」。もっともらしい。では、この確率を測った研究はどこにあるのか。
探した範囲を書いておく。まず、組織的な忘却と学習曲線を扱った査読論文——Management Science、American Economic Review、Organization Studies に載ったもの——を当たった。見つかったのは、1単位あたりの費用や生産性の推定であって、同じ失敗が繰り返される確率ではない。次に、1991年の論考を引用した研究の引用文脈を分析した2010年の論文を当たった。そこで扱われているのは、何が引用されてきたかであって、失敗の再発率ではない。最後に、この一文がそのままの形で現れる文書を追った。行き着いたのは経済メディアの記事と実務向けの解説で、そこから先へ出典をたどると消える。
だから「そんな研究は存在しない」とは書かない。書けるのは、探して、一次情報にたどり着けなかった、までである。もし将来この確率を測った研究が出てきたら、そのときに確かめるのは一つだけだ——何を失敗と数え、何を同じと数えたか。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、記憶という語が呼び出す保管庫の絵である。棚と箱の絵を思い浮かべると、問題は置き場所の話に見えてくる。実際に測られてきたのは、置き場所ではなく、あとで同じことができるかどうかのほうだった。
標本の偏りは断っておく。この分野の実証は、生産量や費用を長期に記録している業種——造船、航空機、多店舗の飲食——に強く偏っている。数字が残っているところしか測れないからである。日本の小さな組織を対象にしたものは見当たらない。そして、記録を残す余裕のある組織ほど記録が残る、という向きは排除できない——学ぼうとする人ほど学ぶ機会を得やすい、という逆向きも、同じデータから同じくらい読める。
助けるのは、残っているかどうかではなく、取り出せるかどうかを一度だけ確かめてみることである。取り出せなかったという結果も、立派な結果である。
最初の一歩は3分。半年以上前に自分が決めたことを一つ思い出し、その理由が今どこに残っているかを記録する。記録の中か、文書の中か、自分の記憶の中だけか。三つのうちどれかを選ぶだけでよい。
時間・変化:推定値のほうが、時間とともに動いた
1990年、1995年、2000年、2007年。この順に並べると、減価という現象そのものは繰り返し確認されている。動いたのは速さの推定値のほうで、しかも小さくなる向きだった。
同じ期間、概念の側はほとんど動いていない。1991年に提案された五つの保持先は、300件を超える論文に引用されながら、量的に検証されるまでに20年近くかかった。比喩は速く広がり、目盛りはあとから来る。
次の単位は 205「チーム学習と集合知」——ここでは、残っているものと使えるものが別だと見た。その上に、複数の人が同時に考えるとき、その成績が誰の成績なのか、という問いを置く。
- Walsh & Ungson 1991(Academy of Management Review 16(1):57-91)は、組織記憶を現在の意思決定に持ち出せる過去の情報と定義し、保持先を人・文化・仕事のやり方・組織の構造・仕事場の物理的な配置の五つに分けて提案した。加えて組織の外側の記録も挙げている。これは概念の提案であって測定ではない
- Fiedler & Welpe 2010(Organization Studies 31(4):381-407)は、1991年の論考が組織記憶についての量的な実証研究を1件も引用しておらず、その状況はその後15年あまりでさほど変わっていないと書いた。この研究自身が、ドイツ語圏の122人の回答にもとづく最初期の実証の一つである
- Anderson & Sun 2010(Management Learning 41(2):131-145)は、この古典を引用した論文が300件を超えるものの、引用の数を数えてもそこから何が取り出されたかは分からないと述べ、引用の文脈そのものを内容分析した
- Argote, Beckman & Epple 1990(Management Science 36(2):140-154)は、生産を通じて獲得された知識が急速に減価すること、学習の慣行的な尺度である累積生産量が学習の持続性を著しく過大に評価することを報告した。生産を遅く始めた組織のほうが生産性は高いが、いったん始めると他組織の学習から利益を得ているようには見えなかった
- Darr, Argote & Epple 1995(Management Science 41(11):1750-1762)は、米国ペンシルベニア州南西部の36店舗のピザ店(同一チェーンの営業許可、10の異なる事業者が所有)から1年半の週次データを集めた。経験とともに1単位あたりの費用は有意に下がり、獲得した知識は急速に減価し、知識は同じ事業者の店のあいだでは移ったが別の事業者の店へは移らなかった
- Thompson 2007(Management Science 53(6):908-918)は、米国の戦時の船舶生産について国立公文書館の一次資料からデータを作り直し、組織的な忘却の速さがこれまでに報告されてきたよりずっと小さく、ゼロである可能性さえあると報告した。減価の速さについて単一の数字は持ち歩けない
- 「組織記憶が失われると同じ失敗を繰り返す確率が高まる」という一文について、Management Science・American Economic Review・Organization Studies の組織的忘却と学習曲線の実証、および1991年の論考の引用文脈研究を当たったが、測られていたのは1単位あたりの費用や生産性であって、失敗の再発率ではなかった。一次情報にたどり着けなかった
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 組織記憶が失われると同じ失敗を繰り返す確率が高まる、と研究が示している | この一文の出どころを、Management Science・American Economic Review・Organization Studies に載った組織的忘却と学習曲線の実証研究、および Walsh & Ungson 1991 の引用文脈を分析した Anderson & Sun 2010 まで当たったが、測られていたのは1単位あたりの費用や生産性であって、失敗の再発率ではなかった。そのままの形で現れるのは経済メディアの記事と実務向けの解説で、そこから先は出典が消える。存在しないとは言えないが、一次情報にはたどり着けなかった |
| 組織の知識は、放っておけば1年でこれくらい失われる、という決まった速さがある | Argote, Beckman & Epple 1990 と Darr, Argote & Epple 1995 は急速な減価を報告し、Benkard 2000 も経験が時間とともに減価するモデルのほうがデータに合うと報告した。ところが Thompson 2007(Management Science 53(6))が、米国の戦時の船舶生産について国立公文書館の一次資料からデータを作り直したところ、忘却の速さはこれまで報告されてきたよりずっと小さく、ゼロである可能性さえあると結論した。速さの推定値は、どのデータで何を統制するかで大きく動く |
| 記録が同じ形で残っていれば、知識は共有されている | Darr, Argote & Epple 1995 が米国の36店舗のピザ店で見たのは、同じチェーンの営業許可のもとで手順も商品も揃っていながら、知識が同じ事業者の店のあいだでは移り、別の事業者の店へは移らなかったということだった。保存されている量と、取り出せる量と、実際に使われた量は別である。組織記憶という語は、その三つを一語で呼んでしまう |
組織記憶という語のいちばん優れたところは、失われたことを誰も確かめられない点にある。取り出せなかったとき、最初から無かったのか、あったのに気づかなかったのか、あったのに使わなかったのかは、外からは同じに見える。だから引き継ぎがうまくいかなかった年には「記憶が失われた」と書けるし、うまくいった年には「記憶が守られた」と書ける。20年かけて測られたのは、そのどちらでもなかった。
Q1. 2007年に Management Science 53巻6号へ出た論文は、米国の戦時の船舶生産について国立公文書館の一次資料からデータを作り直し、組織的な忘却の速さがこれまでの報告よりずっと小さく、( )である可能性さえあると結論した。穴埋め
Q2. 1995年に Management Science 41巻11号へ出た研究が、米国の36店舗のピザ店で見つけた、知識の移り方についての結果を答えよ。一問一答
Q3. 「組織記憶が失われると同じ失敗を繰り返す確率が高まる」という一文について、本文はどこを探し、何が見つかったと書いているか。一問一答
Q4. 1991年に Academy of Management Review 16巻1号へ出た論考について、本文の内容に合うものはどれか。選択
Q5. 本文が並べた、減価をめぐる研究を古い順に並べよ。(航空機の生産データで、経験が時間とともに減価するモデルが強く支持される/米国の36店舗のピザ店で、1年半の週次データから急速な減価が示される/複数の組織の生産データで、累積生産量が学習の持続性を過大に評価すると報告される/国立公文書館の一次資料から作り直され、忘却の速さがずっと小さいと報告される)並べ替え
半年以上前に自分が決めたことを一つ思い出す。仕事の進め方でも、道具の選び方でも、暮らしの段取りでもよい。思い出したら、そのとき「なぜそう決めたか」の理由が、いま次のどこに残っているかを一つ選んで記録する。(A)自分が書いた記録の中(メモ・日誌・やりとりの履歴など)(B)自分以外も読める文書の中(手順書・共有された記録・公開された説明など)(C)自分の記憶の中だけ。三つのどれとも言えない場合は「理由を思い出せない」と記録する。それも結果である。文書を新しく作る必要も、記録を探し出すために時間をかける必要もない。3分で思い出せる範囲でよい。組織に所属していない場合は、ひとりで決めたことで構わない——契約の乗り換え、通院先の選択、道具の買い替えなどでもよい。誰かに理由を尋ねたり、当時の判断を評価したりはしない。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Walsh J.P., Ungson G.R. (1991) 'Organizational Memory', Academy of Management Review 16(1):57-91 — journals.aom.org
- Fiedler M., Welpe I. (2010) 'How Do Organizations Remember? The Influence of Organizational Structure on Organizational Memory', Organization Studies 31(4):381-407 — mediatum.ub.tum.de
- Anderson M.H., Sun P.Y.T. (2010) 'What have scholars retrieved from Walsh and Ungson (1991)? A citation context study', Management Learning 41(2):131-145 — journals.sagepub.com
- Argote L., Beckman S.L., Epple D. (1990) 'The Persistence and Transfer of Learning in Industrial Settings', Management Science 36(2):140-154 — pubsonline.informs.org
- Darr E.D., Argote L., Epple D. (1995) 'The Acquisition, Transfer, and Depreciation of Knowledge in Service Organizations: Productivity in Franchises', Management Science 41(11):1750-1762 — ideas.repec.org
- Benkard C.L. (2000) 'Learning and Forgetting: The Dynamics of Aircraft Production', American Economic Review 90(4):1034-1054 — www.nber.org
- Thompson P. (2007) 'How Much Did the Liberty Shipbuilders Forget?', Management Science 53(6):908-918 — econpapers.repec.org