居場所を作っても、外の労働市場が動けば人は辞める
職場の人間関係を良くすれば人は辞めない、という順序はよく語られる。316の研究をまとめた数字では、同僚との関係は、辞めるかどうかを当てる材料として最も弱い部類にある。効かないのではない——期待している場所が違う。
賛成ではない発言の置き場の上に、留まるかどうかを載せる
前の単位で、異論が出たあとに何が起きるかを見た。ここではその上に、そもそもその人が来月もここにいるのか——所属と関係の充足を載せる。
持ち場を先に狭めておく。友情そのものは友達の棚、家庭という居場所は家族の棚、ひとりでいることと健康の関係は病気の棚と健康の棚の持ち場である。この単位が扱うのは一点だけだ——職場の関係が、離職をどれだけ予測するか。居場所という言葉を、予測の話に割る。
値切り:居場所を作れば辞めない、という順序
離職の研究は、この分野では珍しく蓄積が厚い。2000年に Journal of Management へ出た包括的なメタ分析が、それまでの知見を整理し、以後の標準になった。2018年には Personnel Psychology で更新版が出ている。316の研究、約105万人、57の予測因子。数字はこうだ。
実際に辞めたかどうかとの関係が最も強いのは、辞めることを考えているかどうか——撤退の思考で、.56。次が職探しの行動で、.40。代替となる雇用がある、という認知が .23。職務満足は -.28、組織コミットメントは -.29、職務への埋め込みは -.26。そして同僚との関係は -.14 だった。57の予測因子の中で、最も弱い部類である。
読み方を間違えないようにしたい。-.14 は、関係が無意味だという意味ではない。関係は、態度を経由してゆっくり効く変数で、辞めるという行為の直前にあるのは、思考と行動——考えたか、探したか、のほうだ、という意味である。
だから、順序はこうなる。職場の関係を良くすることは、辞めることを考える頻度を下げるかもしれない。しかし、外の労働市場が動いて、探せば見つかる状態になれば、考えたことのある人は探し、探した人の一定割合は辞める。関係は、その流れの上流にあるが、流れそのものを止める堰ではない。
これは施策の否定ではない。期待の置きどころの調整である。関係づくりに、離職率の下げ幅という値札を貼ると、必ず期待外れになる。値札を貼らなければ、関係づくりは失敗しない。
帰属の欲求は基本的だが、満腹になる
では、関係は何のためにあるのか。1995年に Psychological Bulletin へ出た帰属欲求のレビューが、この問いにいちばん素直な答えを置いている。
このレビューによれば、人が必要としているのは二つで、一つは相手との頻繁なやりとり、もう一つは、その関係が安定していて、相手が自分を気にかけていて、これからも続くという感覚である。片方だけでは足りない。毎日会っているが誰も自分を気にかけていない職場も、大切にされているが年に一度しか会わない関係も、この条件を満たさない。
そして、ここが重要なところだ。レビューは、この欲求には満腹があると書いている。必要なのは一定の最小限の数の結びつきと、一定量のやりとりで、その水準を超えて関係を増やしても、得られるものは逓減する。もう一つ、関係はある程度まで置き換えがきくとも書かれている。
組織の言葉に直すとこうなる。全員と仲良くなる必要はない。必要なのは、業務の外の話ができる相手が、少数、安定してあることだ。数の目標を掲げると、この条件はかえって満たされにくくなる。
留まる側から見ると、別のものが見える
離職の研究には、もう一つの系統がある。なぜ辞めるかではなく、なぜ留まるかを測る系統だ。
2001年に Academy of Management Journal へ出た研究は、職務への埋め込みという考え方を提案した。三つの要素からできている——その職場と地域で持っている結びつきの本数、自分と環境の噛み合いの良さ、そして辞めたら失うものの大きさである。米国の食料品チェーンの177人と病院の208人を追跡し、職務満足・組織コミットメント・代替雇用の認知・職探しをすべて入れたあとでも、病院の標本では実際の離職の予測に有意な上乗せがあった。食料品の標本では限界的な水準だった。
同僚の効果そのものを集めた分析もある。2008年に Journal of Applied Psychology へ出た161標本・77,954人のメタ分析は、同僚からの支援と、同僚との対立を、役割の認識・仕事への態度・引きこもり・成果へつなぐ枠組みで検証し、多くの経路が支持されたと報告した。
並べるとこうなる。関係は、辞める確率を直接動かすのではなく、辞めたときに失うものの量を増やす。だから、関係が効いているとき、それは満足度としてではなく、辞める計算の重さとして現れる。
時間・変化:辞める人の分布は、後半に薄い尾を引く
在職期間を横軸にとって、何割が残っているかを描くと、線は最初に急に落ち、あとは緩やかになる。最初の数か月から1年で相当数が抜け、そこを越えた人はしばらく残る。
研究の側も、100年かけて見る場所を変えてきた。2017年に Journal of Applied Psychology へ出た総説は、この分野の1世紀を振り返り、初期は離職を減らす実務的な手立てが中心で、20世紀半ばから理論の構築と検証が主役になり、21世紀に入ってからは、なぜ辞めるかではなく、なぜ留まるかの心理と、態度が時間とともに描く軌跡、そして組織全体としての人材の流出へ関心が移ったとまとめている。
第三に、関係は辞めたあとにも残る。辞めた人が半年後に戻ってくるか、仕事を紹介してくれるかは、在職中の関係の関数である。離職率だけを見ていると、この部分は最初から視野に入らない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、関係づくりに離職率という値札を貼ることだ。値札を貼ると、効果は必ず期待を下回り、次に来るのは、施策そのものをやめる判断になる。
第二の妨げは、関係を人数で管理しようとすることである。帰属の欲求には満腹がある。3人で足りている人に5人を割り当てても、増えるのは予定だけだ。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠は、米国と西欧の、しかも数百人以上の組織で採られたものがほとんどである。数十万人規模を集計したメタ分析ほど、標本は大きな組織に偏る。この棚が想定する10人から30人の組織を対象にした研究は、ほとんど存在しない。日本の雇用慣行——長期の在籍、異動、新卒での一括採用——にそのまま当てはまる保証もない。数字は方向だけ持ち帰るのが誠実である。
なお、この単位が扱うのは離職の予測までである。ひとりでいることと心身の状態の関係は、病気の棚と健康の棚の持ち場で、ここでは踏み込まない。
助けるのは、数を数えることだ。ただし増やすためではなく、いま何人いるかを知るために数える。少数で足りるという知見が本当なら、必要なのは目標ではなく現在地である。
最初の一歩は5分。職場で業務外の話ができる相手が何人いるかを数える。0人でも構わない。0だと分かっている状態と、分からない状態は違う。
次の単位は 173「学習・実験の制度化」——ここまでで、関係と文化の4つが置けた。信頼、承認、異論、所属。次のSTEPからは、その上に、組織が自分のやり方を変えていくための仕組みを載せる。まずは、振り返りを制度として持っているかどうかからだ。
- Rubenstein, Eberly, Lee & Mitchell 2018(Personnel Psychology 71(1):23-65)は316研究・約105万人・57の予測因子を集計し、実際の離職との関係の強さを、撤退の思考 .56、職探しの行動 .40、代替雇用の認知 .23、職務満足 -.28、組織コミットメント -.29、職務への埋め込み -.26、同僚との関係 -.14 と報告した
- 同僚との関係の -.14 は、関係が無意味だという意味ではない。関係は態度を経由してゆっくり効く変数で、辞めるという行為の直前にあるのは、考えたか・探したかのほうである。関係は流れの上流にあるが、流れを止める堰ではない
- Griffeth, Hom & Gaertner 2000(Journal of Management 26(3):463-488)は、それまでの離職研究を包括的に集計し、以後の標準となった。この単位の数字は、その系統の2018年の更新版に基づいている
- Baumeister & Leary 1995(Psychological Bulletin 117(3):497-529)のレビューは、帰属の欲求が満たされる条件を、相手との頻繁なやりとりと、安定して気にかけられ続くという感覚の両方だとした。さらに、この欲求には満腹があり、一定の最小限の数を超えると得られるものは逓減し、関係はある程度まで置き換えがきくと書いている
- Mitchell, Holtom, Lee, Sablynski & Erez 2001(Academy of Management Journal 44(6):1102-1121)は、職務への埋め込みを、結びつきの本数・環境との噛み合い・辞めたら失うものの3要素で測り、米国の食料品チェーン177人と病院208人で、満足・コミットメント・代替雇用の認知・職探しをすべて入れたあとでも、病院の標本では離職の予測に有意な上乗せがあると示した
- Chiaburu & Harrison 2008(Journal of Applied Psychology 93(5):1082-1103)は161標本・77,954人を集計し、同僚からの支援と同僚との対立が、役割の認識・仕事への態度・引きこもり・成果へつながる枠組みの多くの経路を支持した
- Hom, Lee, Shaw & Hausknecht 2017(Journal of Applied Psychology 102(3):530-545)の総説によれば、離職研究の1世紀は、実務的な減らし方から理論の構築と検証へ、そして21世紀には、なぜ辞めるかではなく、なぜ留まるかと、組織全体としての人材の流出へ関心を移してきた
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 職場に居場所を作れば、人は辞めなくなる | 316研究・約105万人を集計した2018年のメタ分析では、実際の離職との関係が最も強いのは撤退の思考(.56)と職探しの行動(.40)で、同僚との関係は -.14 と最も弱い部類だった。関係は流れの上流にあるが、外の労働市場が動けば、考えたことのある人は探し、探した人の一定割合は辞める。これは施策の否定ではなく、期待の置きどころの調整である |
| 職場の人間関係は、多いほど満たされる | Baumeister & Leary 1995 のレビューは、帰属の欲求には満腹があると書いている。必要なのは一定の最小限の数の結びつきと一定量のやりとりで、その水準を超えて増やしても得られるものは逓減する。しかも条件は数ではなく、頻繁なやりとりと、安定して気にかけられ続くという感覚の両方が揃うことである |
| 関係が効いているなら、満足度調査の点数に出るはずだ | Mitchell et al. 2001 が示したのは別の経路だった。職場と地域での結びつきの本数、環境との噛み合い、辞めたら失うものの大きさ——これらは、満足・コミットメント・代替雇用の認知・職探しをすべて統制したあとでも、離職の予測に上乗せを持った。関係が効いているとき、それは満足度としてではなく、辞める計算の重さとして現れる |
居場所という言葉は、施策の名前としてよくできている。誰も反対できず、費用は小さく、効果を測る単位が存在しない。測ろうとして離職率を持ってくると、316研究・約105万人の数字が、同僚との関係は最も弱い部類だと告げてくる。皮肉なのは、値札を外した瞬間に、関係づくりは一度も失敗しなくなることだ。効果が測れない施策は、期待を裏切ることもできない。
Q1. Rubenstein ら 2018 のメタ分析(316研究・約105万人)で、実際の離職との関係が強い順に上位2つの予測因子とその値を挙げ、あわせて同僚との関係の値を書け。一問一答
Q2. Baumeister & Leary 1995 が挙げた、帰属の欲求が満たされるための2つの条件を書け。あわせて、このレビューが述べている満腹についての主張を1文で書け。一問一答
Q3. Mitchell ら 2001 が提案した職務への埋め込みの3つの要素を挙げ、この研究が何を統制したあとでも上乗せの予測力を示したかを書け。一問一答
Q4. 同僚との関係の値が -.14 だったことについて、本文の読み方に合うものはどれか。選択
Q5. Hom ら 2017 の総説が述べた、離職研究の1世紀の移り変わりとして本文の内容に合うものはどれか。選択
いまの職場で、業務外の話ができる相手が何人いるかを数えて、整数を1つ記録する。ここでいう業務外の話とは、仕事の用件がなくても交わせる会話のこと——週末の予定、体調、読んだもの、家のことなど、どれか1つでも当てはまれば1人に数える。役職や部署は問わない。相手の名前は書かず、人数だけを記録する。誰かに話しかける必要はないし、関係を増やす課題でもない。増やすためではなく、いま何人いるかを知るために数える。0人でも構わない。0だと分かっている状態と、分からない状態は違う。組織に所属していない場合は、直近1年で継続的に仕事のやりとりがあった相手、または過去に所属した組織を思い出して同じ基準で数える。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Rubenstein A.L., Eberly M.B., Lee T.W., Mitchell T.R. (2018) 'Surveying the forest: A meta-analysis, moderator investigation, and future-oriented discussion of the antecedents of voluntary employee turnover', Personnel Psychology 71(1):23-65 — onlinelibrary.wiley.com
- Griffeth R.W., Hom P.W., Gaertner S. (2000) 'A Meta-Analysis of Antecedents and Correlates of Employee Turnover: Update, Moderator Tests, and Research Implications for the Next Millennium', Journal of Management 26(3):463-488 — journals.sagepub.com
- Baumeister R.F., Leary M.R. (1995) 'The need to belong: Desire for interpersonal attachments as a fundamental human motivation', Psychological Bulletin 117(3):497-529 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Mitchell T.R., Holtom B.C., Lee T.W., Sablynski C.J., Erez M. (2001) 'Why People Stay: Using Job Embeddedness to Predict Voluntary Turnover', Academy of Management Journal 44(6):1102-1121 — journals.aom.org
- Chiaburu D.S., Harrison D.A. (2008) 'Do Peers Make the Place? Conceptual Synthesis and Meta-Analysis of Coworker Effects on Perceptions, Attitudes, OCBs, and Performance', Journal of Applied Psychology 93(5):1082-1103 — papers.ssrn.com
- Hom P.W., Lee T.W., Shaw J.D., Hausknecht J.P. (2017) 'One hundred years of employee turnover theory and research', Journal of Applied Psychology 102(3):530-545 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov