4歳の待機時間が15歳を予測する力は、家庭の背景を入れると3分の2が消える
4歳で菓子を我慢できた子は将来うまくいく、という話は、しつけの根拠として長く配られてきた。大きな標本で測り直すと、二変量の相関は原著の半分になり、家庭の背景を入れると、そこからさらに3分の2が消えた。残ったのは、20秒待てるかどうかだった。
扱うのは根性ではなく、割引率
長期視点、と呼ばれているものを1つに絞る。将来の1単位を、今日の何単位として扱っているか。これが割引率で、この単位が扱うのはここだけである。やり抜く力の鍛え方や学習の続け方は、学習と成長の棚の持ち場になる。
割引率は、人によって違う。ここまではよい。困るのは、その人の割引率が、測り方によっても違うことだ。フレデリック、ローウェンスタイン、オドノヒューが2002年に Journal of Economic Literature に発表した総説は、それまでの実証研究から算出された年率の暗黙の割引率を並べ、その幅が −6% から無限大まで散らばることを示した。同じ人間の同じ性質を測っているはずの数字が、この幅で散る。
つまり「あなたの割引率」を1つの数字として持ち歩くことはできない。持ち歩けるのは、どの場面で自分の将来が急に安くなるか、という場面の一覧のほうだ。
値切り:マシュマロを我慢できた子の未来
待つ力の話で最も流通したのは、あの実験である。4歳の子どもの前に菓子を1つ置き、少し待てば2つになると告げて、部屋を出る。
原典はショウダ、ミシェル、ピークが1990年に Developmental Psychology に発表した論文で、就学前の待機時間が思春期の能力の評価と関連する、と報告した。標本は米国の1つの大学の付属保育園に通っていた子どもたちで、人数は3桁に届かない。
2018年、ワッツ、ダンカン、クアンが Psychological Science に概念的追試を発表する。標本を大きくし、大学を出ていない母親の子どもに焦点を当てた。結果はこうだ。4歳時点で1分長く待てることは、15歳の学力の約10分の1標準偏差に対応する。この二変量の相関は原著の半分の大きさで、家庭の背景・初期の認知能力・家庭環境を統制すると、さらに3分の2が消えた。行動面の指標との関連は、もっと小さく、統計的に有意になることはまれだった。
いちばん効く1行は別にある。15歳時点の学力の違いの大半は、20秒以上待てたかどうかで説明がついた。20分ではない。20秒である。
測っていたのは、我慢の総量ではなかった。最初の数十秒で「待てば来る」と見込めるかどうか——それは家庭が今までどれくらい約束を守ってきたかの記録でもある。
GRITも同じ形で縮む
同じ形の縮み方をした概念がもう1つある。
ダックワース、ピーターソン、マシューズ、ケリーが2007年に Journal of Personality and Social Psychology に発表した論文は、長期目標への粘り強さと情熱をGRITと名づけ、6つの研究で成果の分散の平均4%を説明したと報告した。知能や誠実性を統制しても上乗せがある、というのが売りだった。
クレデ、タイナン、ハームズが2017年に同じ雑誌へ発表したメタ分析は、88の独立標本・584の効果量・66,807人を統合した。結論は3つ。GRITは誠実性と非常に強く相関し、別の構成概念として立ちにくい。成果や継続との相関は中程度にとどまる。そしてGRITを高める介入が成果に及ぼす効果は弱い可能性が高い。上乗せがあるとすれば、それは2つの下位要素のうち「努力の粘り強さ」の側だけだった。
長期視点を人格の強さとして売ると、こうなる。強さは測りにくく、測ると既存の性格特性に吸収され、鍛えようとすると効果が薄い。
待てることは測れる。ただし経路は投資である
では待つ力に意味がないのか、というとそうではない。測れば、確かに何かと相関する。
ファルク、ベッカー、ドーメン、エンケ、ハフマン、ズンデが2018年に The Quarterly Journal of Economics に発表した研究は、76か国・約8万人に同じ手続きで選好を測った。世界人口とその所得の約9割をカバーする標本で、忍耐強さは一人当たり所得と頑健に相関する唯一の選好だった。日本もこの調査に含まれている。
ゴルスティン、グレンクヴィスト、リンダールが2014年に The Economic Journal に発表した研究は、スウェーデンで13歳時点の時間選好を測り、行政記録で50年以上追跡した。学業成績、健康、労働、生涯所得と関連する。ただし著者らが示した経路は、我慢ではない——早い時期の人的資本への投資、つまり教育や技能に資源を回したかどうかを通っている。
待てる人が得をしているのではなく、待てる条件にある人が投資している、と読むほうが、データの形に合う。
時間・変化:長期視点は待機時間ではなく、試行の間隔に出る
3年という単位で人生を眺めても、3年は動かない。動くのは、その間に何回試したかである。
長期視点を「待つ根性」として運用すると、成果が出ない期間の耐久試験になる。耐久試験の記録は、たいてい本人の性格の話に回収される。続いた人は粘り強く、途中でやめた人は粘り強くない。何も測っていないのに、説明だけが増える。
置き換えるなら「試行を止めない仕組み」のほうだ。3年後に効く行動を、今日の予定表に1件置く。来週も置く。置いたかどうかは、感情ではなく予定表を見れば分かる。20秒待てるかどうかで説明がついた実験と同じで、必要なのは長い我慢ではなく、次の1回が確実に来る仕掛けである。
仕組みで測ると、粘り強さは性格から手続きに変わる。手続きは他人にも引き継げるが、性格は引き継げない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、長期の目標が予定表に降りてこないことだ。3年後の話は、今日の15時に何をするかに変換されないかぎり、感想として保存される。
標本の偏りを断っておく。この単位の研究は、米国の1つの大学の付属保育園、米国の陸軍士官学校と全国調査、スウェーデンの行政記録に偏っている。76か国の選好調査は例外的に広いが、測っているのは仮想の選択への回答である。日本の読者にそのまま当てはまる部分は限られる——待てるかどうかは、その社会で約束がどれくらい守られてきたかにも左右されるからだ。数字は向きだけ持ち帰るのが誠実である。
助けるのは、粒度を落とすことである。3年後に効く行動は、たいてい今日30分で1回できる形に割れる。割れないなら、それはまだ行動ではなく願望の状態にある。
最初の一歩は10分。3年後に効く行動を1つ書き、今日か明日の予定表に置く。置いた時刻まで書く。あとで見返して、置いたのに実行しなかった回数を数える——数えるのは、成功回数ではなくそちらのほうだ。
この棚を閉じる
この棚は16の道具でできている。行動量、行動多様性、タイミング制御、損切り速度。チャンス察知、バイアス管理、期待値思考、準備状態。弱い紐帯の幅、情報仲介力、信頼残高、運の伝播受容性。心理的回復力、財務的余裕、身体的持続力、そして長期視点保持。
これらは足し算ではない。掛け算である。試行を増やしても機会に気づけなければ積は動かず、気づいても待てる余裕がなければ受けられず、受けても続けられなければ次はない。どれか一つがゼロなら、他の15がいくら大きくても、積はゼロになる。だから読む順は自由で、点検すべきなのはいちばん小さい項である。
そして最後にもう一度書いておく。この掛け算で動くのは確率であって、結果ではない。病気も、災害も、生まれた場所も、景気も、この16項のどこにも入っていない。入っていないものを個人の技術で相殺できるふりをするのが、この棚がずっと値切ってきた話の正体だった。だから最後に残る問いは、運が良くなったかどうかではない。この16項のうち、いまいちばん小さいのはどれか、である。
- Frederick, Loewenstein & O'Donoghue 2002(Journal of Economic Literature 40(2):351-401):それまでの実証研究から算出された年率の暗黙の割引率は −6% から無限大まで散らばる。測り方によって推定値がこれだけ動くため、自分の割引率を1つの数字として持ち歩くことはできない。持てるのは、どの場面で将来が急に安くなるかという場面の一覧のほうである
- Shoda, Mischel & Peake 1990(Developmental Psychology 26(6):978-986):就学前の待機時間が思春期の能力評価と関連するという原典。標本は米国の1つの大学の付属保育園に通っていた子どもたちで、人数は3桁に届かない
- Watts, Duncan & Quan 2018(Psychological Science 29(7):1159-1177):大学を出ていない母親の子どもに焦点を当てた概念的追試。4歳で1分長く待てることは15歳の学力の約10分の1標準偏差に対応するが、この二変量の相関は原著の半分で、家庭の背景・初期の認知能力・家庭環境を統制するとさらに3分の2が減少した。行動面の指標との関連はもっと小さく、有意になることはまれだった
- 同じ追試のいちばん効く1行:15歳時点の学力の違いの大半は、4歳時点で20秒以上待てたかどうかで説明がついた。20分ではなく20秒である。測られていたのは我慢の総量ではなく、待てば来ると見込めるかどうかだった
- Duckworth, Peterson, Matthews & Kelly 2007(Journal of Personality and Social Psychology 92(6):1087-1101):長期目標への粘り強さと情熱をGRITと名づけ、6つの研究で成果の分散の平均4%を説明し、知能や誠実性を統制しても上乗せがあると報告した
- Credé, Tynan & Harms 2017(Journal of Personality and Social Psychology 113(3):492-511):88の独立標本・584の効果量・66,807人を統合したメタ分析。GRITは誠実性と非常に強く相関して別の構成概念として立ちにくく、成果や継続との相関は中程度にとどまり、GRITを高める介入が成果に及ぼす効果は弱い可能性が高い。上乗せがあるのは下位要素のうち努力の粘り強さの側だけだった
- Falk ら 2018(The Quarterly Journal of Economics 133(4):1645-1692、76か国・約8万人)では忍耐強さが一人当たり所得と頑健に相関する唯一の選好で、日本も含まれる。Golsteyn, Grönqvist & Lindahl 2014(The Economic Journal 124(580):F739-F761)ではスウェーデンで13歳時点の時間選好が学業・健康・労働・生涯所得を予測したが、経路は我慢ではなく早い時期の人的資本への投資だった
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| マシュマロを我慢できた子は将来成功する。自制心こそが人生を決める | 大きな標本での概念的追試では、4歳で1分長く待てることは15歳の学力の約10分の1標準偏差に対応するにとどまり、この相関は原著の半分の大きさで、家庭の背景・初期の認知能力・家庭環境を統制するとさらに3分の2が消えた。行動面の指標との関連はもっと小さい。しかも15歳の学力の違いの大半は、20秒以上待てたかどうかで説明がつく。測られていたのは我慢の総量ではなく、待てば来ると見込める環境にいたかどうかである |
| やり抜く力は、知能や性格とは別の能力で、鍛えれば成果が上がる | 88の独立標本・584の効果量・66,807人を統合したメタ分析では、GRITは誠実性と非常に強く相関して別の構成概念として立ちにくく、成果や継続との相関は中程度、そしてGRITを高める介入の効果は弱い可能性が高いと結論された。上乗せがあるのは下位要素のうち努力の粘り強さの側だけである。新しい能力が見つかったのではなく、既にあった性格特性に新しい名前が付いた、という説明でおおむね足りる |
| 自分の割引率が分かれば、長期の判断は改善できる | 実証研究から算出された年率の暗黙の割引率は −6% から無限大まで散らばる。測り方が変われば推定値が変わるので、自分の割引率を1つの数字として持ち歩くことはできない。実務で使えるのは数値ではなく、どの場面で自分の将来が急に安くなるかという場面の一覧と、その場面に判断を置かない段取りのほうである |
この棚は、運を良くする方法を1つも配らなかった。配ったのは、確率を少し動かす手続きと、その手続きを大きく見せるために使われてきた数字の検算だけである。マシュマロも、やり抜く力も、比率も、IQの13ポイントも、判事の空腹も、値切ったあとに残ったものは、どれも講演の締めに向かない大きさだった。皮肉なのは、その小ささこそが、この棚が売り物にならない理由であり、同時に持ち帰れる唯一の理由でもあることだ。16の道具のうち、いちばん小さい項が積を決める。どれが小さいかは、他人には見えない。見えているのは、この16個の掛け算をこれから何回まわすかを決められる人が、この文章の読者側に一人しかいないという事実くらいである。
Q1. マシュマロ実験の主張が測り直しで縮んでいった順序を、上から並べよ。(家庭の背景・初期の認知能力・家庭環境を統制すると、さらに3分の2が減少した/概念的追試の二変量の相関は原著の半分の大きさだった/原典は米国の1つの大学の付属保育園の子どもたちで、就学前の待機時間が思春期の評価と関連すると報告した/行動面の指標との関連はもっと小さく、有意になることはまれだった)並べ替え
Q2. 88の独立標本・584の効果量・____ 人を統合したメタ分析によれば、GRITは ____ と非常に強く相関して別の構成概念として立ちにくく、成果や継続との相関は ____ にとどまり、GRITを高める介入の効果は弱い可能性が高い。穴埋め
Q3. 待つ力が成果と相関することを示した2つの研究を挙げ、そこから読み取れる経路を説明せよ。一問一答
Q4. 自分の割引率について、本文の記述と一致するものはどれか。選択
Q5. この棚の閉じ方として、本文の記述と一致するものはどれか。選択
3年後に効いていてほしいことを1つだけ書く。次に、それを今日か明日に30分でできる行動へ割る。割れないなら、それはまだ行動ではなく願望なので、割れるところまで小さくする。割れたら、予定表に時刻を書いて置く——日付だけでは足りず、時刻まで書く。最後に、その行を1週間後に見返す目印を付けておき、見返したときに「置いたのに実行しなかった回数」を数える欄を1つ作る。数えるのは成功回数ではなく、そちらである。3年後の話が思いつかない読者は、代わりに「いま続けている物事のうち、3年後にも続いていてほしいものを1つ」書き、同じ手順で30分に割る。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Frederick S., Loewenstein G., O'Donoghue T. (2002) 'Time Discounting and Time Preference: A Critical Review', Journal of Economic Literature 40(2):351-401 — www.aeaweb.org
- Shoda Y., Mischel W., Peake P.K. (1990) 'Predicting adolescent cognitive and self-regulatory competencies from preschool delay of gratification: Identifying diagnostic conditions', Developmental Psychology 26(6):978-986 — scholarworks.smith.edu
- Watts T.W., Duncan G.J., Quan H. (2018) 'Revisiting the Marshmallow Test: A Conceptual Replication Investigating Links Between Early Delay of Gratification and Later Outcomes', Psychological Science 29(7):1159-1177 — journals.sagepub.com
- Duckworth A.L., Peterson C., Matthews M.D., Kelly D.R. (2007) 'Grit: Perseverance and Passion for Long-Term Goals', Journal of Personality and Social Psychology 92(6):1087-1101 — psycnet.apa.org
- Credé M., Tynan M.C., Harms P.D. (2017) 'Much ado about grit: A meta-analytic synthesis of the grit literature', Journal of Personality and Social Psychology 113(3):492-511 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Falk A., Becker A., Dohmen T., Enke B., Huffman D., Sunde U. (2018) 'Global Evidence on Economic Preferences', The Quarterly Journal of Economics 133(4):1645-1692 — academic.oup.com
- Golsteyn B.H.H., Grönqvist H., Lindahl L. (2014) 'Adolescent Time Preferences Predict Lifetime Outcomes', The Economic Journal 124(580):F739-F761 — academic.oup.com