空腹の判事の研究には、同じ年・同じ雑誌に反論が載っている
判断力は疲れると落ちる、という話の証拠として、休憩明けに65%だった有利な決定が休憩直前にはほぼ0%になる、という図が引かれてきた。同じ年、同じ雑誌に、審理の並び順で説明できるという反論が載っている。困ったことに、疲労が判断に効くこと自体は、別の実験のほうで確かめられている。
扱うのは体そのものではなく、判断の置き場所
先に持ち場を分けておく。睡眠の取り方、運動の処方、食事の整え方は健康の棚が、疾患は病気の棚が持っている。この単位はそこへ入らない。
ここで扱うのは一点だけである。判断の質は、いつやるかで変わる。同じ人が、同じ材料で、同じ問いに答えても、時間帯と直前までの睡眠で答えが変わる。だとすれば、動かせるのは体ではなく、判断を置く場所のほうだ。
運と呼ばれるものを試行の設計に分解すると、ここは「良い球が来たときに、判断できる状態でいられるか」に当たる。球が来る時刻は選べないが、こちらから出す判断の時刻は、たいてい選べる。
値切り:空腹の判事という、あまりにも有名な研究
疲れると判断力が落ちる、という話の代表例として引かれてきた研究がある。ダンジガー、レヴァヴ、アヴナイム=ペッソが2011年に PNAS に発表した、イスラエルの仮釈放委員会の1,112件の決定を分析したものだ。休憩明けの1件目では有利な決定が約65%なのに、審理が進むにつれて下がり、休憩直前にはほぼ0%になる。休憩を挟むと、また65%に戻る。
この図は強烈で、講演でも記事でもよく使われた。ところが、同じ2011年に、同じ PNAS に反論が載っている。
ワインシャル=マーゲルとシャパードが指摘したのは、審理の並び順である。事件は無作為に並んでいない。弁護人が付いていない受刑者は後ろに回されやすく、そして弁護人が付いていない側は、そもそも仮釈放が認められにくい。順番が結果と相関していれば、時間の経過はその代理指標になってしまう。
もう1つの再分析もある。グレックナーが2016年に Judgment and Decision Making に発表したシミュレーションだ。有利な決定は不利な決定より時間がかかる——原著のデータでも7.37分対5.21分である。休憩の前に残り時間が少なくなると、時間のかかる案件は次の枠に回される。完全に合理的な判事が無作為な順序で処理しても、それだけで有利な決定の確率は右下がりになる。著者の結論は、大部分はこれで説明できるが全部ではない、というものだった。
疲労が判断に効かない、という話ではない。効くとしても、あの図はその証拠として使えない、という話である。
置き換える実証:自覚のほうが先に止まる
判断の材料になる実験は別にある。ヴァン・ドンゲン、メイズリン、マリントン、ディンジスが2003年に Sleep に発表した研究だ。健康な成人48人を、床にいる時間が1日4時間・6時間・8時間の3群に分け、14日間続けた。比較のために、3日間まったく眠らせない群も置いた。
結果は2つの線に分かれる。注意を測る課題の反応の抜けは、6時間群でも日を追って増え続け、14日目には一晩徹夜した水準に達した。ところが、本人がつける眠気の評定は、途中から横ばいになる。著者らの表現では、参加者は増え続ける認知の低下に概ね気づいていなかった。
これが厄介なのは、自己申告が使えなくなることだ。眠気の自覚は、成績の悪化の代理にならない。大丈夫だと感じることは、大丈夫であることの証拠にならない。
時間帯そのものも効いている
睡眠とは別に、時刻そのものの効果も測られている。
シーヴェルトセン、ジーノ、ピオヴェザンが2016年に PNAS に発表した研究は、デンマークの公立学校の全国テストを2009/10年度から2012/13年度まで集めた。受験の時刻が1時間遅くなるごとに、成績は標準偏差の0.9%(95%信頼区間 0.7〜1.0%)下がる。一方、20分から30分の休憩を挟むと、成績は標準偏差の1.7%(95%信頼区間 1.2〜2.2%)上がる。
大人の現場でも同じ形が出る。リンダーらが2014年に JAMA Internal Medicine に発表した研究は、米国の23の診療所・204人の臨床医が2011年5月から2012年9月に扱った急性気道感染の受診21,867件を調べた。抗菌薬が処方される確率は診療枠が進むほど上がり、1時間目を基準にすると、3時間目で1.14倍、4時間目で1.26倍になる。患者の重さで説明できる差ではない。
数字は小さい。1時間で0.9%、4時間目で1.26倍。人生を左右する大きさではないが、判断の順番を入れ替えるだけで得られるなら、拾わない理由もない。
時間・変化:成績は落ち続け、自覚は頭打ちになる
この単位で覚えておく形は1つだけである。2本の線が、途中から離れる。
1本目は成績の線で、条件が続くかぎり下がり続ける。2本目は自覚の線で、ある水準まで来ると止まる。最初の数日は2本が一緒に動くので、自分の感覚で管理できているように見える。離れ始めるのは、そのあとだ。
だから「調子が悪い日に大事な判断を避ける」という運用は、途中から効かなくなる。調子の悪さが、感じられなくなるからである。効くのは、感覚に依存しない置き方のほうだ——判断が要る用件を、あらかじめ決めた時間帯に集める。この棚の他の道具と同じで、これも掛け算の1項目にすぎない。ここがゼロなら、他の道具がいくら大きくても積はゼロになる。
睡眠時間と死亡率のU字は、相関である
もう1つ、よく引かれる図に触れておく。睡眠時間と死亡率のU字だ。
カプッチョ、デリア、ストラッツーロ、ミラーが2010年に Sleep に発表したメタ分析は、16の前向き研究・27のコホート・1,382,999人・112,566件の死亡を統合した。短い睡眠の相対リスクは1.12(95%信頼区間 1.06〜1.18)、長い睡眠は1.30(1.22〜1.38)である。
ただし著者ら自身が書いているとおり、これは観察研究の統合であって、睡眠時間が原因なのか、健康状態の指標にすぎないのかは、この設計では決まらない。とくに長時間側は、病気があるから長く寝ている可能性が残る。相関の図を因果の指示として読むと、方向を間違える。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、自己申告である。眠気の自覚が頭打ちになる以上、自分の感覚で判断の可否を決める運用は、いちばん必要な局面で外れる。
標本の偏りを断っておく。この単位の研究は、イスラエルの仮釈放委員会、米国の実験室で管理された48人、デンマークの学校、米国の診療所という、限られた場面に偏っている。管理された実験の48人は、若い健康な成人である。日本では、厚生労働省が2024年に公表した睡眠の指針が引く2019年の国民健康・栄養調査で、1日の平均睡眠時間が6時間未満の人が男性37.5%・女性40.6%を占めており、6時間睡眠を14日続ける条件は実験室の設定ではなく多数派の日常に近い——だからこそ、実験の数字をそのまま自分の低下量として読むのは無理がある。数字は向きだけ持ち帰るのが誠実である。
助けるのは、判断の置き場所を先に決めておくことだ。自分にとって頭が動く時間帯を1つ決め、判断が要る用件をそこへ寄せる。何時が良いかは人によって違うので、他人の推奨時刻を借りない。
最初の一歩は10分。今週の予定から、判断が要る用件を1件選び、頭が動く時間帯へ移す。移したら、実際にその時間で決められたかどうかを1行記録する。決められなかったなら、それは時間帯以外の要因が効いている証拠になる。
次の単位は 160「長期視点保持」——道具箱のいちばん奥に置いてある道具だ。今日の判断をどの時刻に置くかと、3年後に効く行動をどう残すかは、別の道具として点検してよい。
- Danziger, Levav & Avnaim-Pesso 2011(PNAS 108(17):6889-6892):イスラエルの仮釈放委員会の1,112件の決定で、休憩明けの有利な決定は約65%、審理が進むとほぼ0%まで下がり、休憩を挟むと65%に戻る。判断力は疲れると落ちるという主張の代表例として広く引用された
- Weinshall-Margel & Shapard 2011(PNAS 108(42)):同じ年に同じ雑誌へ提出された反論。事件は無作為に並んでおらず、弁護人の付いていない受刑者は後ろの順番に回されやすく、その側はもともと仮釈放が認められにくい。順序が結果と相関していれば、経過時間はその代理指標になってしまう
- Glöckner 2016(Judgment and Decision Making 11(6):601-610):有利な決定は不利な決定より時間がかかり(原著のデータで7.37分対5.21分)、休憩前に残り時間が減ると長い案件は次の枠へ回る。完全に合理的な判事が無作為な順序で処理しても有利な決定の確率は右下がりになり、大部分はこれで説明できるが全部ではない
- Van Dongen, Maislin, Mullington & Dinges 2003(Sleep 26(2):117-126):健康な成人48人を床にいる時間4時間・6時間・8時間の3群に分けて14日間、加えて3日間の完全断眠群を置いた。6時間群でも注意課題の反応の抜けは日を追って増え続け、一晩徹夜した水準に達したが、本人がつける眠気の評定は途中で横ばいになり、参加者は増え続ける低下に概ね気づいていなかった
- Sievertsen, Gino & Piovesan 2016(PNAS 113(10):2621-2624):デンマークの公立学校の全国テストを2009/10年度から2012/13年度まで集めた分析。受験の時刻が1時間遅くなるごとに成績は標準偏差の0.9%(95%信頼区間 0.7〜1.0%)下がり、20〜30分の休憩を挟むと標準偏差の1.7%(1.2〜2.2%)上がる
- Linder ら 2014(JAMA Internal Medicine 174(12):2029-2031):米国の23診療所・204人の臨床医が2011年5月から2012年9月に扱った急性気道感染の受診21,867件で、抗菌薬が処方される確率は診療枠が進むほど上がり、1時間目を基準に3時間目で1.14倍、4時間目で1.26倍だった
- Cappuccio, D'Elia, Strazzullo & Miller 2010(Sleep 33(5):585-592):16の前向き研究・27コホート・1,382,999人・112,566件の死亡を統合したメタ分析で、短い睡眠の相対リスクは1.12(95%信頼区間 1.06〜1.18)、長い睡眠は1.30(1.22〜1.38)。著者ら自身が、睡眠時間が原因か健康状態の指標かはこの設計では決まらないと述べている
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 判断力が疲れで落ちることは、仮釈放の判事の研究がはっきり示している | 1,112件の決定で有利な判断が65%からほぼ0%まで下がる図は有名だが、同じ2011年に同じ雑誌へ、事件の並び順による説明が提出されている——弁護人の付いていない受刑者は後ろに回されやすく、その側はもともと認められにくい。2016年の再分析では、有利な決定のほうが時間がかかるため(7.37分対5.21分)、合理的な判事が無作為な順序で処理しても同じ右下がりが生じることが示された。疲労が効かないという話ではなく、あの図は証拠に使えないという話である |
| 自分の眠気の感覚を目安にすれば、判断してよい日かどうかは分かる | 48人を14日間観察した実験では、床にいる時間が6時間の群でも注意課題の反応の抜けは増え続け、一晩徹夜した水準に達した。ところが本人の眠気の評定は途中で横ばいになる。成績の線は下がり続け、自覚の線は止まる——最初の数日だけ2本は一緒に動くので、感覚で管理できているように見える。大丈夫だと感じることは、大丈夫であることの証拠にならない |
| 睡眠時間が短いと死亡率が上がる。長く寝るのも危ない。あのU字がそう言っている | 16の前向き研究・27コホート・1,382,999人を統合したメタ分析で、短い睡眠の相対リスクは1.12、長い睡眠は1.30である。ただしこれは観察研究の統合で、著者ら自身が、睡眠時間が原因なのか健康状態の指標にすぎないのかはこの設計では決まらないと書いている。とくに長時間側は、病気があるから長く寝ている可能性が残る。相関の図を因果の指示として読むと方向を間違える |
疲れた判事の図は、よくできていた。休憩を入れると数字が戻る、という展開まで付いている。反論が同じ年に同じ雑誌へ出ていたことは、あまり一緒に運ばれなかった。話として弱くなるからである。代わりに残るのは、地味な2本の線だ——成績は落ち続け、自覚は途中で止まる。つまり、この単位でいちばん信用できない計測器は、あなたの感覚のほうである。皮肉なのは、その感覚が最も自信に満ちているのが、たいてい2本の線が離れきったあたりだということだ。せめて、判断の時刻くらいは先に決めておくほうがいい。決めるのは、まだ2本が揃っている今日である。
Q1. イスラエルの仮釈放 ____ 件の分析では有利な決定が休憩明け約65%から休憩直前にほぼ0%まで下がるとされたが、同じ2011年の反論は ____ が無作為でないこと(弁護人の付いていない受刑者が後ろに回されやすい)を指摘し、2016年の再分析は有利な決定が ____ 分、不利な決定が5.21分かかることから同じ形が生じうると示した。穴埋め
Q2. 48人を14日間観察した2003年の睡眠制限実験で観測された、2本の線の食い違いを説明せよ。一問一答
Q3. 時間帯そのものの効果を示した2つの研究の数値を、国と対象を添えて挙げよ。一問一答
Q4. 睡眠時間と死亡率のU字について、本文の記述と一致するものはどれか。選択
Q5. この単位が示した運用の結論として、最も適切なものはどれか。選択
今週の予定から、判断が要る用件を1件選ぶ。返事を決める、条件を選ぶ、断るかどうかを決める——どれでもよい。次に、自分にとって頭が動く時間帯を1つ決める。他人の推奨時刻を借りず、この1か月で「よく決められた」と思える時刻を思い出して決める。決めたら、その用件を実際にその時間帯へ移す。移したあと、1行だけ記録する:移した用件、移す前の時刻、移した先の時刻、その時間で決められたかどうか。決められなかった場合も、そのまま記録する——時間帯以外の要因が効いている証拠になる。予定を動かせない立場の読者は、移す代わりに「判断だけを別の時刻に切り出す」でよい(会議は動かさず、返事をする時刻だけを決める)。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Danziger S., Levav J., Avnaim-Pesso L. (2011) 'Extraneous factors in judicial decisions', PNAS 108(17):6889-6892 — www.pnas.org
- Weinshall-Margel K., Shapard J. (2011) 'Overlooked factors in the analysis of parole decisions', PNAS 108(42) — www.pnas.org
- Glöckner A. (2016) 'The irrational hungry judge effect revisited: Simulations reveal that the magnitude of the effect is overestimated', Judgment and Decision Making 11(6):601-610 — www.sas.upenn.edu
- Van Dongen H.P.A., Maislin G., Mullington J.M., Dinges D.F. (2003) 'The Cumulative Cost of Additional Wakefulness: Dose-Response Effects on Neurobehavioral Functions and Sleep Physiology From Chronic Sleep Restriction and Total Sleep Deprivation', Sleep 26(2):117-126 — academic.oup.com
- Sievertsen H.H., Gino F., Piovesan M. (2016) 'Cognitive fatigue influences students' performance on standardized tests', PNAS 113(10):2621-2624 — www.pnas.org
- Linder J.A., Doctor J.N., Friedberg M.W., Reyes Nieva H., Birks C., Meeker D., Fox C.R. (2014) 'Time of Day and the Decision to Prescribe Antibiotics', JAMA Internal Medicine 174(12):2029-2031 — jamanetwork.com
- Cappuccio F.P., D'Elia L., Strazzullo P., Miller M.A. (2010) 'Sleep Duration and All-Cause Mortality: A Systematic Review and Meta-Analysis of Prospective Studies', Sleep 33(5):585-592 — academic.oup.com
- 厚生労働省 (2024)『健康づくりのための睡眠ガイド 2023』(令和元年 国民健康・栄養調査の結果を引用) — www.mhlw.go.jp