多様性が能力に勝つという有名な結論は、実験の結果ではなく、証明された定理である
幅を広げると視野が広がる、という話はよく聞く。あまり聞かないのは、幅を広げた直後にほぼ必ず成果が落ちる、というほうだ。そして落ちたとき、人はたいてい幅のせいではなく自分のせいにする。
幅は、数の次に来る変数である
同じ10回の試行でも、10回とも同じ相手に同じ提案をした人と、5つの違う領域に散らした人とでは、返ってくるものの形が違う。前者は精度が上がる。後者は、自分がまだ知らない種類の答えに当たる可能性が残る。この単位が扱うのは、その散らし方——行動の幅である。
幅は無料ではない。ある領域に時間を移せば、別の領域から時間が消える。だからこの単位の中心にあるのは、増やすか増やさないかではなく、どれだけ、どの順で移すか、という配分の問題である。
先に断っておく。この単位は、学び方の幅や技能の転移そのものを扱わない。それは学習と成長の棚の持ち場である。ここで見るのは、機会と確率の側——試行を別の領域へ散らすと、当たりに触れる確率がどう変わり、代わりに何を失うか、だけだ。この道具は、この棚の他の道具と掛け算で効く。
値切り:「多様性ボーナス」は、定理であって実証ではない
幅を勧める議論のほとんどは、ある一つの結果に行き着く。多様な集団は、能力の高い集団に勝つ——多様性ボーナスと呼ばれる主張である。
出どころは、ホンとページが2004年に PNAS に発表した論文だ。中身は数理モデルである。問題解決をする主体に、問題の表現の仕方と探索のやり方を与え、十分に大きな候補の集団からランダムに選んだチームと、成績上位だけを集めたチームを比べる。すると前者が勝つ場合がある。理由も明示されている。候補の集団が大きくなるほど、成績上位の主体どうしは解き方が似てくるので、能力の高さが多様性の少なさで相殺される、というものだ。
これは証明された定理であって、職場や人生から集めたデータではない。
数学者のトンプソンが2014年に Notices of the American Mathematical Society で行った検討は、この定理が何を仮定しているかを剥がしていった。定理が成り立つには、同じ主体を何万人分でも複製できること、チームの規模が最初の候補の数よりはるかに大きいこと、そして一人では解けないが全員でなら解けるという条件が要る。現実の採用でも、人生の選択でも、6人の候補から数万人のチームは作れない。トンプソンはさらに、ここでいう多様性という語がモデルの中で数学的に定義されていないことを指摘した。呼び名は後から付いている。
念のため書いておくと、これは多様性が無価値だという話ではない。数理モデルの結論を、実証の結論として引用してはいけない、という話である。幅を勧める一般書——たとえば専門を絞らないことを説く『Range』のような本——も同じ経路を通る。この単位は、そこを一度だけ値切る。
探索は、短期的にはほぼ必ず損をする
幅の代償について、いちばん正直に書いたのは原典のほうである。
マーチが1991年に Organization Science に発表した論文は、組織の学習を、いま持っているやり方を磨くことと、まだ知らない可能性を探ることの2つに分けた。そして、探索から返ってくるものは、磨くことから返ってくるものに比べて、確実性が低く、時間的に遠く、行動の場所から組織的に離れている、と書いた。
ここから出てくるのは、有名だが誤読されやすい結論である。適応の過程は、磨くことのほうを速く改善する。手応えが早く、はっきりしているからだ。だから放っておくと、人も組織も探索から手を引く方向へ流れる。長期に良いことは、短期に良いとは限らない。ある時点で良いことが、別の時点で良いとも限らない。
つまり探索は、成功例を見て憧れるようなものではなく、短期の損を先に払う行為である。この順序を知らずに幅を広げると、数か月後に成果が落ちたところで、幅のせいではなく自分のせいだと解釈して、元の1本に戻る。
チームの多様性の実証は、期待より地味だ
集団の側の実証はどうか。ここが、多様性ボーナスといちばん取り違えられる場所である。
ファン・ダイク、ファン・エンゲン、ファン・クニッペンベルフが2012年に Organizational Behavior and Human Decision Processes に発表したメタ分析は、146件の研究から612の効果量を集めた。結果は、属性の多様性——性別・年齢・国籍など——と成果の相関が r=.02 で統計的に有意ではなく、課題に関係する多様性——専門や職務経験の違い——が r=.05 で有意だが小さい、というものだった。
そして、この論文がいちばん厄介な発見として報告したのは次の点である。2種類の多様性の差は、主に成果を人が主観で評定したときに現れる。売上や正答率のような客観的な指標で測ると、どちらの多様性も成果と有意な関係を持たなかった。
r=.05 という値は、実務の言葉に直すと、多様性で成果を説明できる割合は1%に満たない、という意味である。幅は効かないと言いたいのではない。幅を、成果を数倍にする装置として売る言葉づかいが、実証と合っていない、というだけだ。
では幅は何の役に立つのか——土台は典型、ひとつまみだけ異例
ここまでで話を終えると、幅は無駄だという逆の雑な結論になる。実証はもう一段細かい。
ウッジらが2013年に Science に発表した研究は、1,790万本の論文が過去の何を引用しているかを調べ、その組み合わせが典型的か異例かを測った。最も引用される論文の形は、極端な新奇さではなかった。引用の大半は極めて典型的な組み合わせで固めつつ、裾にだけ異例な組み合わせを含む——この形の論文が高い引用を得る率は100本あたり9.11本で、基準の100本あたり5本のおよそ2倍だった。
言い換えると、幅は土台を置き換えるものではなく、土台の上に少量だけ載せるものである。全部を異例にした論文は、この研究の中で報われていない。
個人の側にも、よく引かれる研究がある。レイジアが2005年に Journal of Labor Economics で示したのは、仕事や学業で経験した役割の種類が多い人ほど、自分で事業を始める確率が高いという関係だった。標本は米国の一つの大学の卒業生である。ただし、この研究が示したのは起業という行動への参入であって、その後うまくいったかどうかではない。幅が広い人が起業しやすい、と、幅が広いと成功する、はまったく別の文である。
時間・変化:幅は、増やす順番がある
配分の変更には、決まった時間の形がある。
第一に、幅を広げた直後は成果が落ちる。マーチの言う短期の損である。落ちること自体は失敗ではなく、予定である。予定として書いてあれば、そこで撤回せずに済む。
第二に、幅が効き始めるまでの時間は、領域によって違う。既にある土台に近い領域ほど早く、遠い領域ほど遅い。だから、いきなり最も遠い領域から始めるのは、いちばん長く損を払う設計になる。
第三に、幅は放っておくと勝手に狭まる。手応えの早いほうへ流れるからだ。だから幅の維持は意志ではなく、配分の記録の問題になる。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、幅を性格の話にすることである。好奇心があるかどうか、という枠に入れた瞬間、配分という手の届く変数が消える。
第二の妨げは、幅の測り方を持たないことだ。種類を数えていないと、たまたま最近やった新しいことが1件あるだけで、幅があると感じられてしまう。
標本の偏りを断っておく。この単位の実証は、ほぼすべて米国と西欧のもので、対象は企業のチーム、研究者、そして一つの大学の卒業生に偏る。メタ分析の元になった研究の多くは横断的で、うまくいかなかったチームは記録に残りにくい。日本では、職務の範囲の決め方も異動の仕組みも違うので、相関の大きさをそのまま持ち込むことはできない。数字は方向だけ持ち帰るのが誠実である。
助けるのは、試行に領域のタグを付ける習慣だ。件数を数えるのは幅を測ることにならない。種類の数を数える必要がある。
最初の一歩は10分。直近の試行を10件、思い出せる範囲で書き出し、それぞれに領域のタグを1つだけ付ける。仕事・お金・体・人・学び・遊び、程度の粗さでよい。見るのは2つだけ——タグの種類が何種類あったかと、最も多いタグが10件のうち何件を占めたか。ほとんどの人は、1種類で7割を超える。
次の単位は 147「タイミング制御」——同じ道具箱の隣にある道具で、幅を決めたあとに残る問い、いつ入って、いつ出るかを扱う。そこでは、37%という有名な数字と、破産を避けるための数学が、それぞれの適用範囲へ戻される。
- Hong & Page 2004(PNAS 101(46):16385-16389)の多様性ボーナスは数理モデルの定理であって実証ではない。候補の集団が大きくなるほど成績上位の主体どうしは解き方が似てくるため、能力の高さが多様性の少なさで相殺されうる、という構造を示したものである
- Thompson 2014(Notices of the American Mathematical Society 61(9):1024-1030)は、この定理が成り立つには主体を何万人分でも複製できること、チームの規模が最初の候補数よりはるかに大きいこと、一人では解けないが全員でなら解けることが要ると指摘し、モデルの中で多様性という語が数学的に定義されていないことも示した
- March 1991(Organization Science 2(1):71-87)は、探索から返ってくるものは、いまのやり方を磨くことに比べて確実性が低く、時間的に遠く、行動の場所から組織的に離れていると述べた。適応の過程は手応えの早い側を速く改善するため、放っておくと探索から手を引く方向へ流れる
- van Dijk, van Engen & van Knippenberg 2012(Organizational Behavior and Human Decision Processes 119:38-53)は146件の研究から612の効果量を集め、属性の多様性と成果の相関が r=.02 で有意でなく、課題に関係する多様性が r=.05 で有意だが小さいと示した
- 同じメタ分析の最も厄介な発見は、2種類の多様性の差が主に成果を人が主観で評定したときに現れ、売上や正答率のような客観的な指標では、どちらの多様性も成果と有意な関係を持たなかったことである
- Uzzi et al. 2013(Science 342(6157):468-472)は1,790万本の論文を分析し、引用の大半を極めて典型的な組み合わせで固めつつ裾にだけ異例な組み合わせを含む論文が高い引用を得る率は100本あたり9.11本で、基準の100本あたり5本のおよそ2倍だと示した。幅は土台を置き換えるものではなく、土台の上に少量載せるもの
- Lazear 2005(Journal of Labor Economics 23(4):649-680)は米国の一つの大学の卒業生を分析し、仕事や学業で経験した役割の種類が多い人ほど自分で事業を始める確率が高いと示した。ただしこれは起業への参入の話であって、その後うまくいったかどうかではない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 多様性は能力に勝つと研究で証明されているのだから、とにかく幅を広げたほうが得だ | Hong & Page 2004 は数理モデルの定理であって、職場や人生から集めたデータではない。Thompson 2014 が示したように、定理は主体の無限の複製や、候補数よりはるかに大きいチーム規模といった条件の上に立っている。実証の側では、van Dijk et al. 2012 のメタ分析(146件の研究・612の効果量)で、属性の多様性は r=.02 で有意ではなく、課題関連の多様性が r=.05 で有意だが小さいにとどまった |
| 探索は長い目で見れば得なのだから、幅を広げて成果が落ちたら、やり方が間違っているということだ | March 1991 の原典は、探索から返ってくるものが確実性が低く時間的に遠いと明示している。短期の損は失敗の証拠ではなく、探索の定義に含まれている。むしろ手応えの早い側が速く改善するせいで、放っておけば人も組織も探索から手を引く。落ちたことを自分のせいと解釈して元の1本に戻る、という経路が最もありふれた失敗である |
| 新しい領域に飛び込むほど、大きな当たりに近づける | Uzzi et al. 2013 が1,790万本の論文で示した形は逆である。高い引用を得やすいのは、引用の大半を極めて典型的な組み合わせで固め、裾にだけ異例を含む論文だった(100本あたり9.11本、基準は5本)。全部を異例にした側は報われていない。幅は土台を置き換えるものではなく、土台の上にひとつまみ載せるものである |
幅の話が気持ちよく響くのは、それが増やす話に見えるからだ。実際にやることは減らすことである。新しい領域に3時間を置くには、いまうまくいっている何かから3時間を抜かなければならない。そして抜いた側は今週すぐ痛み、置いた側はいつ効くか分からない。この非対称を知ったうえで配分を書き換える人だけが、幅を持てる。残りの人は、幅について語ることで幅の代わりにする。
Q1. van Dijk らのメタ分析は ____ 件の研究から ____ の効果量を集め、属性の多様性と成果の相関は r= ____ で有意ではなく、課題に関係する多様性は r= ____ で有意だが小さいと示した。さらに、この差は主に成果を ____ で評定したときに現れた。穴埋め
Q2. Hong & Page 2004 の多様性ボーナスを実証の結論として引用してはいけない理由を、Thompson 2014 が挙げた前提を2つ含めて述べよ。一問一答
Q3. Uzzi et al. 2013 が1,790万本の論文から示した、高い引用を得やすい論文の形はどれか。選択
Q4. March 1991 が探索について述べた3つの性質を挙げ、そこから導かれる「最もありふれた失敗の経路」を説明せよ。一問一答
Q5. Lazear 2005 が米国の一つの大学の卒業生のデータから示したことは何か。選択
直近の試行を10件、思い出せる範囲で1行ずつ書き出す。試行とは、断られる可能性のあった働きかけや、初めてのやり方を試したこと。10件に満たなければ、あるだけでよい。次に、1件につき領域のタグを1つだけ付ける。タグは、仕事・お金・体・人・学び・遊び、程度の粗さで構わない。1件に2つ以上のタグを付けない——迷ったら、その試行に最も時間を使った領域を選ぶ。記録として残すのは、10行のタグ付きの一覧と、末尾に2つの数字。タグの種類の数と、最も多いタグが占めた件数である。増やす計画は今日は立てなくてよい。まず、いまの幅を見る。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Hong L., Page S.E. (2004) 'Groups of diverse problem solvers can outperform groups of high-ability problem solvers', Proceedings of the National Academy of Sciences 101(46):16385-16389 — www.pnas.org
- Thompson A. (2014) 'Does Diversity Trump Ability? An Example of the Misuse of Mathematics in the Social Sciences', Notices of the American Mathematical Society 61(9):1024-1030 — www.ams.org
- March J.G. (1991) 'Exploration and Exploitation in Organizational Learning', Organization Science 2(1):71-87 — pubsonline.informs.org
- van Dijk H., van Engen M.L., van Knippenberg D. (2012) 'Defying conventional wisdom: A meta-analytical examination of the differences between demographic and job-related diversity relationships with performance', Organizational Behavior and Human Decision Processes 119:38-53 — doi.org
- Uzzi B., Mukherjee S., Stringer M., Jones B. (2013) 'Atypical Combinations and Scientific Impact', Science 342(6157):468-472 — www.science.org
- Lazear E.P. (2005) 'Entrepreneurship', Journal of Labor Economics 23(4):649-680 — www.journals.uchicago.edu