運のいい人の共通点が必ず見つかるのは、運の悪かった人を数えていないからだ
運の本は、たいてい運のいい人を集めて共通点を数える。共通点は必ず見つかる。運の悪かった人を、誰も数えていないからだ。
この棚の入口——運を、確率を動かす手続きに割る
運は、それについて語る人がいちばん儲かる話題である。米国のピュー研究所が2024年10月に成人9,593人へ行い、2025年に公表した調査では、占星術・ホロスコープ・タロット・占い師のいずれかを年に1回以上使う人が30%いた。ただし、人生の大きな決断でかなり頼ると答えたのは1%、少し頼るを合わせても6%にとどまる。市場は巨大で、実際に舵を預けている人は少ない。多くの人は、当たると思って買っているのではなく、面白いから買っている。
検証のほうは、市場に比べて驚くほど小さい。1985年に Nature に載った二重盲検の実験——どちらが本物の出生図に基づく記述かを、実験者にも被験者にも分からない形で選ばせる設計——では、占星術師の的中は、事前に本人たちが宣言した水準に届かなかった。引き寄せの側も同じ形をしている。売り物の量と、検証の量が釣り合っていない。
この棚が占い・風水・引き寄せを扱うのは、ここまでである。矛先は、それを楽しんでいる人ではなく、巨大な市場と小さな検証という非対称のほうに向ける。そして厄介なのは、その反対側——運は科学的に良くできると言う本のほうも、たいてい同じ手つきをしていることだ。うまくいった人を後から集めて、共通点を数える。共通点は必ず見つかる。うまくいかなかった人を数えていないからだ。
だから、この棚は結果を保証しない。扱うのは、確率を動かす手続きだけである。運を能力と呼ぶのはやめて、試行の設計と呼ぶ。
掛け算の地図——この棚は梯子ではない
この棚には16の道具がある。並んではいるが、順に積み上がる階段ではない。掛け算である。
行動を起こす量、来たものに気づく感度、情報が届く人間関係、そして倒れたあと立ち上がる回数——このどれか一つがゼロなら、他がいくら大きくても積はゼロになる。感度をどれだけ上げても、打席に立たない人には何も来ない。試行を1日100回やっても、来たものに気づかなければ通り過ぎる。だから読む順は自由で、入口はこの単位だけである。
地図はここで一度だけ描く。以降の15単位では描き直さない。各単位は、自分の1本の柱だけを深く掘る。
仕組みのほうも先に言っておく。試行が結果を動かすのは、1回あたりの成功率が上がるからではない。結果の分布が右へずれるからである。1回の当たる確率が同じでも、回数が増えれば、少なくとも1回当たる確率は上がる。しかも大きな当たりは分布の裾にあるので、裾に触れるには回数がいる。裾に触れた人の話だけが本になり、触れなかった人の回数は誰も数えない——ここまでが、この単位の全体の見取り図である。
値切り:「運は能力である」という枠組みそのもの
この棚の設計のもとになった有名な主張がある。幸運な人は不運な人の約2倍の新しい出来事を経験する、というものだ。イギリスの心理学者リチャード・ワイズマンが2003年の一般書で示した、運の研究の代表的な数字として流通している。
この数字の一次情報を探した。査読論文のデータベース——生物医学系の PubMed と心理学系の PsycNET——と学術検索で、著者名と主題を組み合わせて当たった。見つかるのは書籍と、書籍を要約した記事だけだった。この2倍という数字を報告した査読論文には、たどり着けなかった。存在しないと断定はしない。ただ、確かめようとした人がたどり着けない場所にある数字を、根拠として使うことはできない。
設計そのものにも触れておく必要がある。この研究は、新聞広告などで自分は幸運だ/自分は不運だと名乗り出た人を集めて比べたものだと説明されている。自己申告で二群に分けた時点で、群の違いは出来事の量の違いなのか、出来事を幸運と数える癖の違いなのかが分からなくなる。同じ1日を、片方は3つの幸運と数え、もう片方は0と数える。独立した追試が行われて確認されたという記録も、見つけられなかった。
失敗の標本は、どこへ消えたか
「うまくいった人を集めて共通点を数える」という手つきの一般形は、経営学のほうで名前がついている。デンレルが2003年に Organization Science に発表した論文は、こう論じた。いま観察できる組織は、大量の脱落を経た生き残りである。加えて、本や経済誌は成功した組織ばかりを取り上げる。その結果、標本から失敗が抜け落ちる。
この抜け落ちが何を生むか。デンレルの主張のうち、この単位にとって重要なのは次の一点だ。全体の母集団では成果と無関係な、あるいはむしろ危険な行動——たとえば資源を一点に集中させること——が、生き残りだけを見た標本では成果と正の関係を持つように見える。危険な行動は分散を大きくするので、当たった者は上に大きく外れ、外した者は標本から消えるからである。
運の本が並べる共通点は、この構造の上に立っている。だから、共通点が見つかったという報告からは、それをやれば確率が上がるという結論は出てこない。出てくるのは、上に外れた人はそれをやっていた、という文だけだ。
置き換える実証——上がるのは打率ではなく、打席数
では、後から共通点を数える代わりに、何を数えればよいのか。創造性の研究に、この問いへの古い答えがある。
サイモントンが1997年に Psychological Review で定式化した等確率則——equal-odds rule——は、こうだ。生涯の作品数が多い人ほど、傑作の数も多い。ただし、総作品数に対する傑作の割合は、生産量が増えてもほとんど変わらない。量と質の指標の相関は、複数の領域でおおむね .5 から .7 の範囲にあった。多く出した人の当たりが多いのは、打率が上がったからではなく、打席に立った回数が多いからである。
この規則は実験室でも確かめられている。米国で2015年に発表された研究は、16歳から31歳の246人に発想課題を課し、出た答えを3人の判定者が独立に評価した。答えの総数が多い人ほど、創造的と判定された答えの数も多かった(相関は0.73)。総数を増やすと当たりの数が増える、という関係だけが再現された。
もう一つ、大規模なデータからの発見がある。シナトラらが2016年に Science に発表した研究は、20年以上の経歴を持つ物理学者2,887人の論文を追い、最も引用された論文がキャリアのどこに現れるかを調べた。答えは、どこにでも同じ確率で現れる、だった。最高の仕事が来る時期は、経歴の中で当てられない。当てられないなら、増やせるのは打席の数のほうだけである。
時間・変化:試行は、増やすより止めないほうが難しい
試行の総数は、意志の量ではなく、時間の関数である。
第一に、量は前半で決まらない。等確率則が意味するのは、後半に残っている打席の数がそのまま後半の当たりの数を決めるということだ。だから、若いうちに集中して、あとは回収するという設計は、この規則と相性が悪い。
第二に、試行は事故で止まる。病気、介護、災害、勤め先の消滅——止まる理由の多くは自分の外から来る。止まったあと再開できるかどうかが、生涯の総数を大きく左右する。
第三に、数え方が変わる。同じ月に同じ回数の試行をしても、うまくいっていない時期は、自分が何もしていないように見える。これは記憶の性質であって、事実ではない。だから記録が要る。
実務上の含意は地味だ。試行の総数を上げる最短の道は、勢いよく増やすことではなく、止まっている期間を短くすることである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、運を能力として読む癖である。この読み方だと、うまくいかない理由は自分の中にあることになり、試行の設計という手の届く変数が視野から消える。
第二の妨げは、試行を大きくしすぎることだ。1回に賭ける量が大きいほど、失敗のあと止まっている期間が長くなる。総数を最大にしたいなら、1回を小さくするしかない。
ここで、この棚として必ず断っておくことがある。不運のなかには、個人の技術ではどうにも相殺できない種類がある。病気、災害、生まれた場所、景気。チェティらが2014年に The Quarterly Journal of Economics に発表した研究は、米国の4,000万人を超える親子の行政記録を使い、所得が下位5分の1の家庭に生まれた子が上位5分の1に達する確率を地域ごとに測った。サンノゼでは12.9%、シャーロットでは4.4%だった。同じ国の中で、生まれた場所だけで3倍近い差がある。試行の設計は、この差を消さない。努力が足りないから運が悪い、という文はこの棚のどこにも書かれない。
標本の偏りも断っておく。この単位の数字は、ほぼすべて米国と西欧のもので、対象は科学者・大学生・専門職に強く偏る。自己申告と横断調査が多く、うまくいかなかった人はそもそも調査に答えない。日本の読者にそのまま当てはまる保証はない。数字は方向だけ持ち帰るのが誠実である。
助けるのは、試行を数える習慣だ。金額でも成果でもなく、回数を数える。回数は誰にでも今日測れる。
最初の一歩は10分。直近7日をカレンダーと送信済みメールで見返して、自分から起こした試行——断られる可能性のあった働きかけ——が何件あったかを数える。ゼロでも構わない。ゼロだと分かっている状態と、分からない状態は違う。
次の単位は 146「行動多様性」——同じ道具箱の隣にある道具で、試行の数を数えたあとに、その試行が何種類の領域に散っているかを見る。数を増やすことと、幅を持たせることは別の変数で、代償も別にある。
- 米国のピュー研究所が2024年10月に成人9,593人へ行い、2025年に公表した調査では、占星術・ホロスコープ・タロット・占い師のいずれかを年に1回以上使う人が30%、そのうち主に娯楽としてが20%で、人生の大きな決断でかなり頼るは1%、少し頼るを合わせても6%だった。市場は巨大で、舵を預けている人は少ない
- Carlson 1985(Nature 318:419-425)の二重盲検の実験では、出生図に基づく人物記述を選ばせる課題で、占星術師の的中は事前に本人たちが宣言した水準に届かなかった。売り物の量と検証の量が釣り合っていない、というのがこの棚の出発点である
- 幸運な人は不運な人の約2倍の新しい出来事を経験するという有名な数字は、2003年の一般書に由来する。PubMed と PsycNET と学術検索で探したが、この数字を報告した査読論文にはたどり着けなかった。自己申告で幸運/不運を名乗り出た人を比べる設計であり、独立した追試の記録も見つけられなかった
- Denrell 2003(Organization Science 14(3):227-243)は、観察できる組織が大量の脱落を経た生き残りであるため標本から失敗が抜け落ち、その結果、母集団では成果と無関係な危険な行動——資源を一点に集中させるなど——が生き残りの標本では成果と正の関係に見えることを示した
- Simonton 1997(Psychological Review 104(1):66-89)の等確率則は、生涯の作品数が多い人ほど傑作の数も多いが、総作品数に対する傑作の割合は生産量が増えてもほとんど変わらないとした。量と質の指標の相関は複数の領域でおおむね .5 から .7 の範囲にあった。上がるのは打率ではなく打席数である
- Sinatra et al. 2016(Science 354(6312):aaf5239)は、20年以上の経歴を持つ物理学者2,887人を分析し、最も引用された論文が経歴のどこに現れるかは同じ確率でどこにでもありうると示した。最高の仕事が来る時期は当てられない
- Chetty et al. 2014(The Quarterly Journal of Economics 129(4):1553-1623)は米国の4,000万人超の親子の行政記録から、所得が下位5分の1の家庭の子が上位5分の1に達する確率がサンノゼで12.9%、シャーロットで4.4%だと示した。不運には、個人の技術で相殺できない種類がある
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 運のいい人の共通点を調べた研究があるのだから、その共通点を真似れば運は良くなる | Denrell 2003 が示したのは、生き残りだけを見た標本では、母集団では成果と無関係な行動さえ成果と正の関係に見えるという構造である。共通点が見つかったという報告から出てくるのは、上に外れた人はそれをやっていたという文だけで、それをやれば確率が上がるという結論ではない。加えて、幸運な人は不運な人の約2倍の新しい出来事を経験するという代表的な数字は、査読論文としての一次情報にたどり着けなかった |
| 行動量を増やせば、当たりを引く精度も上がっていく | Simonton 1997 の等確率則では、総作品数が多い人ほど傑作の数は多いが、総数に対する傑作の割合はほとんど変わらない。Sinatra et al. 2016 が物理学者2,887人で示したように、最高の仕事がキャリアのどこに現れるかも当てられない。増えるのは当たりの数であって、当たりの率ではない |
| 運が悪いのは、結局その人の行動が足りないからだ | Chetty et al. 2014 の米国4,000万人超の行政記録では、下位5分の1から上位5分の1へ達する確率は、サンノゼで12.9%、シャーロットで4.4%だった。同じ国の中で、生まれた場所だけで3倍近い差がつく。病気・災害・生まれた場所・景気は、試行の設計では相殺できない。この棚が扱うのは、動かせる部分と動かせない部分を分けることであって、動かせない部分を本人の責任に付け替えることではない |
運を能力と呼ぶのは、たいへん便利な習慣である。自分の分は努力不足で説明でき、他人の分は才能で説明できる。どちらの説明にも、記録は要らない。記録を取り始めると、先週の試行が2件だったことや、そのうち1件は先方の返事が来る前にこちらから取り下げたことが見えてしまい、能力の話がしにくくなる。皮肉なことに、運を能力と呼んでいるあいだだけ、運は本当に手の届かないところにある。
Q1. 米国のピュー研究所が2024年10月に成人9,593人へ行い、2025年に公表した調査では、占星術・タロット・占い師のいずれかを年に1回以上使う人は ____%、そのうち主に娯楽としてが ____%、人生の大きな決断でかなり頼ると答えたのは ____% だった。穴埋め
Q2. 幸運な人は不運な人の約2倍の新しい出来事を経験する、という有名な数字について、本文はどこを探して何が分かったと書いているか。あわせて、この主張のもとになった研究設計の問題を1つ挙げよ。一問一答
Q3. Denrell 2003 が示した、失敗が標本から抜け落ちることの帰結として、本文の内容に合うものはどれか。選択
Q4. Simonton 1997 の等確率則によれば、生涯の総産出数が多い人ほど高い評価を受けた作品の数は ____ が、総産出数に対するその割合は生産量が増えても ____。量と質の指標の相関は、おおむね .5 から ____ の範囲だった。穴埋め
Q5. 本文が示した、試行の総数を左右する3つの時間的な事実を、本文に出てきた順に並べよ。(事故で止まる/うまくいっていない時期は自分が何もしていないように見える/量は前半で決まらない)並べ替え
カレンダーと送信済みのメッセージを直近7日分だけ見返して、自分から起こした試行の件数を数える。ここでいう試行とは、断られる可能性のあった働きかけのこと——応募した、提案した、誘った、値段を聞いた、下書きを人に見せた、初めての場所に行った、など。相手がいなくても成立する試行(初めてのやり方を1回試した、など)も1件に数えてよい。成果が出たかどうかは問わない。断られた件も1件である。記録するのは件数の数字1つだけ。ゼロだった場合はゼロと記録する。ゼロだと分かっている状態と、分からない状態は違う。この課題では、占いや診断サービスを使う必要はいっさいない。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Pew Research Center (2025) 'Astrology, Tarot Cards or Fortune Tellers Used by 30% of Americans'(2024年10月21〜27日実施、American Trends Panel、n=9,593) — www.pewresearch.org
- Carlson S. (1985) 'A double-blind test of astrology', Nature 318:419-425 — www.nature.com
- Denrell J. (2003) 'Vicarious Learning, Undersampling of Failure, and the Myths of Management', Organization Science 14(3):227-243 — pubsonline.informs.org
- Simonton D.K. (1997) 'Creative productivity: A predictive and explanatory model of career trajectories and landmarks', Psychological Review 104(1):66-89 — psycnet.apa.org
- Jung R.E., Wertz C.J., Meadows C.A., Ryman S.G., Vakhtin A.A., Flores R.A. (2015) 'Quantity yields quality when it comes to creativity: a brain and behavioral test of the equal-odds rule', Frontiers in Psychology 6:864 — www.frontiersin.org
- Sinatra R., Wang D., Deville P., Song C., Barabási A.-L. (2016) 'Quantifying the evolution of individual scientific impact', Science 354(6312):aaf5239 — www.science.org
- Chetty R., Hendren N., Kline P., Saez E. (2014) 'Where is the Land of Opportunity? The Geography of Intergenerational Mobility in the United States', The Quarterly Journal of Economics 129(4):1553-1623 — academic.oup.com